拝むな、恋せよ!

ナギ様とサシでランチ!

お誘いしたのはいいが、神を目の前に向き合って食べるなど絶対にあってはならない。俺は今まで通り隣の席のまま、恐れ多くもほんのミリ単位で机と椅子をナギ様寄りに近づけさせていただいた。これがモブの俺に許されたギリギリの聖域(ソーシャルディスタンス)だ。

「あ、あの、ナギ様はどうして今日、俺なんかとお昼を……?」

どうしても気になり、弁当を広げながらそれとなく尋ねてみる。

「……最初に誘われたから」

ナギ様はいつもの冷静な口調でおっしゃった。

「なるほど」

神らしい公正公平なご回答。さすがナギ様。なのに、心のどこかで「お前と食べたかったから」なんて甘い答えを一瞬でも期待してしまった卑しい自分を、今すぐ宇宙の果てまで殴り飛ばしたい。

ナギ様はいつもお弁当持参だ。コンビニのおにぎりを召し上がる姿すら一度も拝んだことがない。今日も丁寧に包まれたナプキンの中から、美しく重ねられた高級そうな二段弁当箱がお目見えした。

その美しい指先で、上段の蓋が開けられた瞬間――

(あ……)

そこにあったのは、真ん中にポツンと梅干しが一つ鎮座する、真っ白な白飯。

嫌な予感がして息を呑む。続いて下段の蓋が開けられる。

……下段も、梅干し一粒の白飯。

まさかのダブル日の丸弁当!! 衝撃の光景に言葉を失う俺の横で、ナギ様がぽつりと呟いた。

「……父さんの弁当箱と、半分入れ違ったみたいだ」

……これじゃナギ様の好みがサッパリわからねーじゃねーか!!

いや、好みのリサーチより先に神への救済だ! 奇跡的に今日は俺も母親特製の弁当!

「な、ナギ様! よかったら俺のおかず、どうぞ!」

母さん唯一の得意料理である卵焼きと、味が絶対保証されている冷凍食品の唐揚げを、ナギ様の弁当箱の蓋の上に恐れ多くも献上した。

すると、ナギ様の美しいお顔が急にパッと華やいだ。

「ありがとう! ……えっと……ひろ……」

ナギ様の視線が、記憶のデータベースを探るように彷徨う。
来るか!? 『ひろさか』か!? 『ひろあき』か!? それとも奇跡の本名直撃か!?

「ヒロ様!」

そっちかーい!!
あだ名通り越して崇め返された!?
俺が信徒なのに神から『様』付けされるってどういう事態!?

……あ、そうか。
俺が「ナギ様」と呼んだから、敬称をそのまま返してくれたのか!
ということは、相沢がナギ様を「紀織」と呼び捨てにしていたから、ナギ様も返礼として「颯真」と呼んでいた……!?

親しいからファーストネームで呼んでいたわけじゃない!!
脳内を駆け巡る圧倒的安心感。嫉妬で狂いそうだった心が、一瞬で浄化されていく。

(じゃあ俺が『紀織』って呼べば、『真白』って呼び返してくれるのか……!?)

……って、俺は何て恐れ多い不純な妄想をしているんだ!! 万死に値する!!
というか、神が俺の下の名前(真白)なんて覚えているはずがない!

「ふ、普通に……『廣崎』って呼んでくれたらいいんだけど……」

さりげなく本名をアピールし、名前の訂正を試みる。

「廣崎」

突然、ナギ様の口から低く澄んだ声で飛び出した俺の苗字。
ドクン、と心臓が肋骨を突き破らんばかりに跳ね上がった。

「は、はいっ……!」
「……いや、なんでもない」

クールな表情に戻る直前。一瞬だけ、ナギ様の瞳に射抜くような鋭い光が宿り、俺を凝視されたような気がした。気のせいだろうか……。

心臓の狂おしいざわつきを抑えきれぬまま、ナギ様の美しいお食事姿に見とれていたら、あっという間に昼休み終了のチャイムが鳴り響いた。

(結局、ナギ様の食べ物の好みをほとんど聞き出せなかった……最悪だ……)

「甘いものは苦手」と言っていたはずのナギ様が、俺の甘い卵焼きを真っ先に嬉しそうに食べてくださったことだけが、唯一の救いかもしれない。

放課後に、「……で? 卵焼きと唐揚げで満足しちゃったわけ?」と呆れ顔で煽ってくる遊李の顔を脳裏に浮かべながら、俺は悔し紛れにリベンジを誓うのだった。