拝むな、恋せよ!

「……で? 甘いものが苦手って言われて撃沈したわけ?」

放課後の教室。俺はなぜか、同志であるはずの遊李からマジ切れ寸前の顔で睨まれていた。

こいつのナギ様への信仰心は、俺のそれとは根本的に違う。俺が「無償の愛」なら、こいつは「見返り重視の有償」だ。欲望のためならどこまでも拝み倒す、実に浅ましい男である。

「あのさ、お前のナギ様への信仰心ってそんなもんなの? 好物ひとつリサーチできないで、よく一番弟子気取ってられるね……『ひろあきくん』?」
「……ッ!!」

心臓に鋭いナイフが突き刺さる。
宝くじの高額当選を狙う強欲男に言われたくはないが、丸一年同じクラスにいて食の好みを把握していないのは事実……! ぐうの音も出ない。

「一年間、お前はナギ様の何を見てたんだよ」
「うるせーな! お前だって1年間同じクラスだったろ!」
「俺は信者じゃなくてただの棚ぼた狙いだからいいの。とにかくさ、お前の信仰心の実力ってやつを見せてくれよ。まさかナギ様にマジで『恋』しちゃって、胸がキュンキュンして何も聞けませんでしたー、なんてオチじゃないよね?」

遊李がニヤニヤと顔を近づけて目を細めてくる。
『恋』という不敬なキーワードに、心臓が跳ね上がった。ナギ様に話しかけるときのあの動悸が、恋だと言うのか!? 冗談じゃない!

「こ、恋なんて不純な妄想するわけないだろ! いいか、俺は清く正しく、ナギ様の聖なるお好みを拝聴するだけだ!」
「おう! 相沢とかいう偽信者に屈するなよ! お前が真のナギ様信者だ!」
「当たり前だ! 俺の信仰心をなめるなよ!」

◇

そうだ。信徒たるもの、指をくわえて遠くから拝んでいるだけでは他のモブと同列。俺はナギ様の一番の信徒になるのだ。

好みを調べる最も確実な方法――それは、昼食をご一緒すること。

翌日、昼休みのチャイムが鳴り響いた瞬間。俺は隣の席のナギ様に向かい、人生最大の勇気を振り絞って話しかけた。

「ナギ様、今日、俺と一緒にお昼食べてくれましぇっ……っ」

……噛んだ。切腹したい。

あまりの恥ずかしさに耳まで沸騰し、言い直そうとしたその時だった。

「フッ……」

澄んだ鈴の音が弾けた。
ナギ様が、小さく吹き出しておられた。

初めて見る、ナギ様の微笑み。美しすぎる。神々しすぎる。尊さのオーバードーズで脳の酸素が足りない。

幸福感で死にそうになっていた、まさにその瞬間――。

「紀織、あっちで一緒に食おうぜ」

悪魔の割り込みが入った。相沢颯真だ。
当然のような顔で俺とナギ様の間に割り込み、ナギ様の聖なる肩に馴々しく手を置く。
一瞬怯んだ俺を、相沢は「邪魔だ」とばかりに見下してきた。

一触即発。俺の脳内で激しい嫉妬と殺意が暴れ回った、次の瞬間だった。

ナギ様はそっと相沢の手を払い除けると、すっと俺の方へと身体を向けた。

「ごめん、今日は『ひろさかくん』と食べるから」

「「……は?」」

俺と相沢の間抜けな声が綺麗にハモった。

ひろさかくん……?
それは……もしかして、俺のことだろうか。

恐る恐る視線を向けると、ナギ様の美しい瞳がまっすぐ俺を捉えていた。やっぱり俺だ! 苗字に戻ったけど絶妙に間違ってる!!

相沢は悔しそうに目を細め、俺を苦々しく睨みつけると、鼻で笑って去っていった。

……勝った。相沢に勝ったのだ。
ナギ様が俺を選んでくださったという事実は、何よりも誇らしい。

(でも『ひろさか』だから実質名前は覚えられてないんだよな……!!)

相沢への勝利と「誤爆認知」の虚しさが交差し、勝った気がまるでしない。

だが、嘆いている暇はない。
なぜ神が俺を選ばれたのかは謎のままだが、まさかの「ナギ様とサシでランチ」という大イベントが発生してしまったのだから。

湧き上がる動悸を必死で抑え込みながら、俺は神を接待するという信徒の使命感だけで、ガタガタと震える膝を立ち上がらせた。