拝むな、恋せよ!

ステージ裏へと辿り着いたものの、辺りを見渡しても紀織の姿はどこにもなかった。
中庭を埋め尽くす大観衆は、校舎の壁際までみっちりとごった返し、その大半がナギ様うちわやサイリウムを握りしめている。
特設ステージでは、俺たちの前のグループによるギター演奏が終盤に差し掛かっていた。

「おい……マジであいつ、来ねーつもりかよ!? もうどうすんだよ!!」

相沢のイライラが最高潮に達している。俺だって、ナギ様ならぬ本物の神様に心の中で必死にすがっていた。だが、無情にも前のグループの演奏が終わり、司会者のアナウンスが響いてしまう。いよいよ俺たちの順番だ。

「マシロン! もうこうなったらステージの上からナギ様に謝罪するんだ! それしかない!」
「……え!?」

ステージで、謝罪……!?
確かに、マイクを通して大音量で叫べば、校舎のどこかにいる紀織に思いが届くかもしれない。だが、もしそれでも来なかったら? いや、迷っている暇なんて1秒もない。やるしかないんだ。それしか方法がないのだから!

俺は舞台袖の司会者に事情を話し、マイクをひったくるように受け取ると、しんと静まり返ったステージへ一人で駆け上がった。
客席から一斉に「誰……?」という不穏なざわめきが湧き起こる。そりゃそうだ。目当ての神(ナギ様)ではなく、どこの馬の骨とも知れない男が単身で降臨したのだから当然である。

だが、今の俺にそんな客の目なんてどうでもいい。
俺は、このステージの上から、紀織にちゃんと謝らなきゃいけないんだ。今まで重ねてきた数々の無礼と、自分の愚かさを、全力で謝罪しなければいけないのだ!

俺は両手でがっしりとマイクを握りしめ、胸いっぱいに息を吸い込んだ。

「……紀織! さっきはバカなこと言って本当にごめん! 全部、俺が悪かった!!」

スピーカーを通して響き渡る俺の叫びに、中庭が静まり返る。

「紀織は神なんかじゃない! それを一番わかってあげなきゃいけなかったのは俺なんだ! 俺は紀織を『神様』にまつり上げることで、ずっと自分の本当の気持ちから逃げてただけだ! それで散々、紀織の心を傷つけた! 本当に俺は最低のバカ野郎だ……。本当に、ごめっ……紀織……っ、紀……織……っ」

溢れ出した涙が一気に頬を伝い、ボタボタと胸元を濡らす。視界がグニャグニャに歪む。
それでも、俺は言わなきゃいけない。紀織が真っ直ぐに俺にぶつけてくれたみたいに、俺も自分の本当の気持ちを伝えなきゃいけないんだ……!
俺はごしごしと手の甲で乱暴に涙を拭うと、再びマイクを口元に押し当てた。

「紀織! 俺は信徒としてじゃなく、紀織と同じ……対等な一人の人間として言いたい! 俺は、紀織のことが――大好キ──」
キィィィィィン!!

「――ぐはっ!?」

耳を刺す大音量のハウリングが爆裂し、一番肝心な言葉は見事にノイズの彼方へと吹き飛んだ。

最悪だ……! 俺の決死の覚悟が台無しである!
恥ずかしさで爆発しそうになりつつ、もう一度叫び直そうとした、その時だった。

遠く離れた校舎の影から、見紛うはずもない――あの美しい人影が一瞬だけ見えた。
俺の叫びを聞いていたのか、紀織は戸惑うように視線を泳がせると、背を向けて校舎の奥へと走り去ってしまった。

「紀織……!?」

俺は反射的にステージの階段を駆け下りた。
それを見た遊李が、いつになく鋭い眼光でスッと近づいてくる。

「行け、マシロン! 間は俺がもたせておいてやるから、絶対にナギ様を連れてこい!」
「……お、おう!」

な、なんて頼もしい仲間なんだ……! いつ間にこいつはこんなにも頼れる男になっていたのか!
俺を信頼し、背中を押してくれる親友がいる。だから、俺は絶対に紀織を連れて、今度こそ必ずここに戻ってくる!
走れ、俺! メロスの如く疾走するんだ!

……だが、待てよ。
遊李のやつ、一体どうやってこの大観衆の前で『間をもたせる』つもりなんだ……?
あいつに、一人で持たせられるような芸当があっただろうか……?

嫌な予感が脳裏をよぎったが、今は考えている場合じゃない。
とにかく俺は、必ず紀織を連れて帰る!
俺はそう心に強く誓うと、己の信じる道を全力で駆け抜けていったのだった。