拝むな、恋せよ!

誰も追ってこないことを確認しながら、俺たちは校舎の裏手にある、人気のない体育館裏まで逃げてきた。
文化祭特有のガヤガヤとした喧噪も、ここまで来れば遠い歓声のようにしか聞こえない。建物の影と、吹き抜ける秋風が心地よかった。

俺はこの暑苦しい着ぐるみを今すぐにでも脱ぎ捨てたかったが、下にTシャツを着ていない今の状態で脱げば、神の前で無残な半裸を晒すことになる。仕方がなく頭のフードだけをパカッと外し、近くのコンクリートの段差に腰かけた。
ナギ様も、俺の隣に静かに腰を下ろされる。
絢爛豪華な狩衣を纏った崇高な神と、汗だくでハァハァ言っている犬。……客観的に見て酷すぎる組み合わせだ。

「ごめん、緊急事態とはいえ、勝手に引っ張り回しちゃって……」
「いいよ。……むしろ、もううんざりしてたところだったから。助かった、ありがとう」

そう言って浮かべられた微笑みは、どんな混雑も一瞬で静まり返らせそうなほど美しく、俺は息を呑んだ。ドクンと跳ねた心臓を誤魔化すように、慌てて視線を足元へ落とす。

「べ、べつに! それが神にお仕えする狛犬としての俺の役目だからな!」
「……そっか。役目、か」

ナギ様はぽつりと呟くと、ため息混じりに視線を遠くへ投げられた。……しまった、また俺は何か気に障るようなことを言ってしまったのだろうか。

「真白は……本当に、それだけのために僕を助けてくれたの?」
「……え?」
「今日も朝からずっと、どこにも行かずに遠くから僕を見てただろ? それも全部『役目』だからなの?」

ナギ様の真剣で、どこか焦燥感の滲む強い眼差しに見つめられ、息が詰まる。

「……えっと、そ、それは……」

そうだ。俺はナギ様を純粋に崇拝し、お護りするだけの筆頭信徒のはずだ。その想いに嘘偽りはないし、相沢のような不純な感情なんてあるはずがない。
……いや待てよ。今は『ダチ』という極秘任務の最中だったはずだ! ということは、ナギ様は俺に完璧な『友情の答え』を期待していらっしゃるのか!?

「と、友達として……心配だったから……!」
「……友達、か」

ナギ様は自嘲するように目を細めると、低く、静かに告げた。

「なあ、真白。……僕たち、もう友達をやめよう」
「……へ?」

突きつけられた唐突な絶交宣言に、頭が真っ白になった。
……やっぱりダメだったんだ。身の程知らずに『ダチ』なんて調子に乗っていたから、神の逆鱗に触れて破門されたんだ。神であるナギ様が、俺みたいな底辺と対等な友達になりたいはずなんてないのだから。

分かっていたはずなのに、胸の奥が、引き裂かれるようにズキズキと痛む。
視界が急激に滲み、涙がボロボロと溢れ出してきた。嫌だ、嫌だ……! 破門されたくない、ナギ様に嫌われたくない! 信徒でも、ただの背景でもいい。何も望まないから、俺を切り捨てないでくれ……!

そんな情けない俺を見下ろし、ナギ様はハァッと深く息を吐き出すと、意を決したように俺の肩を強く掴んだ。
俺の肩を掴むナギ様の手が細かく震えている。その瞳には切迫したような熱が宿っていた。

「真白。……僕と、付き合ってくれないか?」

…………ツキアウ?

聞き慣れない言葉の響きに、ドクンと胸が跳ね上がる。
ボロボロと溢れていた涙が、困惑のあまり一瞬で引っ込んだ。

ナギ様が……俺と付き合う!?
いやいやいや! あり得ない、天地がひっくり返っても絶対にあり得ない!!
神が信徒と交際したいなんて思うはずがないのだ。なら、これは一体どういう意味だ!?
……あ、そうか! 「ちょっと用事に付き合えよ」とか「俺のパシリとして付き従え」という、あの『付き合う』か!!

なんだ、驚かせるなよ……! だが、俺にとってはそれで十分すぎる! 神の傍らに従者として置いてもらえるなら、これ以上の誉れはない!

俺は溢れる忠誠心を全身全霊で証明すべく、立ち上がってビシッと叫んだ。

「わかりました! これから俺は下僕として、ナギ様のためにどこまでも付き従います!!」

――パキッ、と何かが割れるような音が聞こえた気がした。
一瞬で、ナギ様の顔から一切の血の気が引き、蒼白になる。

「……いい加減にしろよ」
「……え?」
「僕は神でも何でもない!! そういうのは、もううんざりなんだよ!!」

怒号だった。
今まで聞いたこともない、ナギ様の裂けるような叫びが体育館裏に響き渡る。
その殺気立った美貌の中で、うっすらと赤くなった瞳には、涙が滲んでいた。

「真白なんて……大嫌いだ!!」

圧倒的な気迫と恐怖に、腰が抜けてその場にへたり込む。
立ち上がったナギ様は、氷のように冷酷な、けれど今にも壊れそうな表情で俺を見下ろした。

「有志のダンスは出ない。……もう、好きにすればいいよ」

吐き捨てるような低い声。
ナギ様は一度も振り返ることなく、狩衣の裾を翻して、その場から走り去っていってしまった。

日陰の静寂の中に、一人取り残された俺。
あまりのショックに指一本動かすことすらできず、ただただ「大嫌いだ」というナギ様の叫びが、呪いのように頭の中で無限ループしていた――。