拝むな、恋せよ!

ナギ様と、恐ろしく気まずい別れを果たした翌朝。俺のスマホにナギ様からのメッセージが入っていた。
まさか、信徒としての身分を剥奪(破門)される通知だろうかと、心臓をバクバクさせながら恐る恐る画面を覗く。

『昨日、あれからバタバタして帰ってごめん。ダンスの練習、よかったら一緒に付き合うけど』

……神はお許しくださった。どこまでも慈悲深いナギ様。
だが、そんな神の優しさにこれ以上甘えるわけにはいかない! そもそも、自分の個人的な自主練に神をお付き合わせするなど、恐れ多いにも程がある所業だ。
俺は「自分の不手際でご迷惑をおかけするわけにはいかない」と、自力で乗り切る旨の決意に満ちた返信を送った。
すると、間髪入れずに『そっか……』という、なぜか文字から寂しげな雰囲気がダダ漏れているメッセージが返ってきた。……俺、何かまた選択肢を間違えただろうか……?

◇

そして迎えた、2回目の全体練習の日。
今日は学校の体育館を借りられることになり、俺は集合時間よりだいぶ早く来て練習を始めていた。あれから俺は練習方法を根本から見直し、自分の動画を撮影してフォームを徹底チェックする地道な方法に切り替えたのだ。

「だいぶよくなったね」

「……っ!?」

夢中になってステップを踏んでいた俺の耳元に、不意に透き通った声が滑り込んできた。振り返ると、いつの間にか来ていたナギ様が静かにたたずんでいらっしゃった。

「あ、あれ!? まだ集合時間には早いはずだが……」

「真白が早く来て自主練してるかと思って、僕も早く来てみたんだ」

「……え?」

俺のために……!?
なんだろう、胸の奥が熱い……どころか、火傷しそうなほどドクドクと沸騰している。ナギ様を直視できない。
あの日、我が家にナギ様が降臨(&自室で抱擁)して以来、俺の身体は完全におかしくなっているのだ。神の『ダチ』としてフランクで親しみやすいムーブをかまさなきゃならないはずなのに、目の前に立つと心臓がうるさすぎて全身の血が逆流してしまう。
俺は疲れているのか……? そうだ、最近ずっと朝から夜遅くまでダンスの練習に没歩していたせいだ。そうに違いない!

「……最後のステップはそうじゃなくて、こうするんだよ」

思考が迷走している隙に、ナギ様が背後からすっと距離を詰めてこられた。
背中にナギ様の胸板が触れそうで触れない、絶妙で残酷な距離感。手首をやさしく包み込まれ、耳元で奏でられるカウントの声が、やけに甘く色っぽく脳を揺らす。
左右にステップを合わせるが、ナギ様の発声よりも俺の肋骨を叩く鼓動の音の方が大きくて、指導が一切頭に入ってこない!
このまま、前みたいに力強く抱きしめられたら、俺の理性は……って、だめだ……!! 俺は一体何を考えているんだ!! 邪心の極みだろ!!

「あああもうだめだ! 紀織、罰として俺を一回殴ってくれ!!」

俺は己のドロドロとした邪念を叩き割るように激しく頭を振ると、バッ!と勢いよく後ろを振り返った。

ガツンッ!!

「いってぇぇぇーーー!!?」

脳天を殴打する、鉄拳のような冷徹すぎる一撃。
視界に火花が散り、あまりの痛みに目が覚めた。……あれ?

「ダメだとか、ふざけたこと抜かしてんじゃねーぞ、狛犬が」

そこにはナギ様ではなく、いつの間にかやってきていた相沢が、冷酷な瞳で手刀を振り下ろした姿勢のまま立っていた。
クゥ~ッ! 口の悪い物騒な神主に殴られる筋合いはない!!
頭を抱えて悶絶する俺の情けない姿を、見学席の遊李がちゃっかりスマホのカメラで連写している。相変わらず隙のない爆弾魔だ……。

しかし、死ぬ気で重ねた自主練の成果と、直前のナギ様による的確(かつ心臓に悪い)ご指導のおかげで、3人での通し練習は前回とは比べものにならないほど完璧に揃った。
最後にはあの相沢にすら「……まあ、様にはなってんな」とボソッと褒められ、俺はノリノリで体育館の片付けを始めていた。
すると、モップをかけていた相沢が「そういえば」と思い出したように声をかけてきた。

「お前ら、前の練習の日の帰り、無事に会えたのかよ? 紀織がカバン届けに行くって言わなかったら、俺んちまで取りに来させてたぞ」

軽い口調で投げかけられた、何気ない問いかけ。

……次の瞬間、俺とナギ様は示し合わせたかのように、完璧な静止画となって完全フリーズした。

汚部屋……。
半裸……。
前後反対のTシャツ……。

脳裏に、あの日あの部屋で繰り広げられた地獄の気づまずい狂想曲が、走馬灯のように鮮明に蘇る。

「……あ、あぁ……。会えたから……」

ナギ様は顔をみるみる真っ赤に染め上げ、裏返った蚊の鳴くような声でそう呟くと、ぎこちないロボットのような足取りでスッと離れていってしまった。

俺は無言のまま相沢の元へ歩み寄ると、その両肩にガシッと手を置いた。
俺の人生史上、最大最高・限界突破の圧を全身から立ち昇らせながら、死んだ魚の目で相沢の瞳を射貫く。

「……相沢よ、空気を読め。あれは俺の黒歴史だ。二度と、金輪際、死んでもその日のことには触れるな」

「……お、お前ら、いったい何があったんだ……?」

相沢がドン引きして引きつった顔を見せたが、知ったことではない。
こうしてあの日の出来事は、誰一人として真相に触れることなく、永久に闇の深淵へと葬り去られたのだった。

◇

夏休みも終わりに近づき、いよいよ新学期を迎えると、『ナギ様神社』の準備は狂気的なまでの加速を見せていた。
俺は有志ダンスの練習に全神経を注いでいたため、神社の監視をすっかり怠っていたのだが、出校日に教室を覗いて俺は絶句した。

鳥居……本格的な賽銭箱……ガラガラ鳴らす大きな鈴……。
そこには、素人レベルを遥かに超越した、完全なる「本物の神社」が鎮座していたのだ。
クラスメイトたちの「ナギ様のご利益を得たい」という執念と本気度が、ひしひしと……いや、どす黒く伝わってくる……!

完成したら俺も一番に拝みたい!! ……なんて言ってる場合じゃない!!
俺にはナギ様を「普通の人間」にお戻しするという、神から直々に下された極秘ミッションがあるのだ! 惑わされるな俺!

……だが、しかし。

『ナギ様写真入り・ご利益別お守り』だと……!?
色とりどりの刺繍が施されたお守り。中のナギ様ブロマイドを直接拝みたいが、お守りゆえに封印を解くことが許されないという、何という罪深き逸品……! ぐぬぬ、全種類コンプリートしたい……!!

『ナギ様おみくじ(直筆メッセージプリント付き)』だと……!?
全運勢(大吉〜大凶までナギ様のお言葉付き)を揃えて神棚に飾りたい……!!

『ナギ様限定ポストカードセット』だと……!?
完全に公式ブロマイドじゃねーか!! 全部! 全部買い占めたい……!!

くそっ、この間のお小遣いをほとんどレモングミで使い果たしちまったじゃねーか!! 相沢爆発しろ!!

……って、違う違う違う!! 俺は何を欲望にまみれているんだ!!
俺にはナギ様を普通の人間に戻すという崇高な使命が——ん? あの教室の奥に積まれた巨大な段ボール箱はなんだ?

嫌な予感を覚えつつ、俺は恐る恐る段ボールのフタを開けてみた。
そこにあったのは、アイドルライブで目にするような、デカデカと『ナギ様』『神降臨』と書かれた派手な応援うちわと、発光するサイリウムの山だった。……これはまさか!?

「フフッ、マシロンに見られてしまったか。これはナギ様を普通の人間にするための『聖遺物(フェスグッズ)』なのだよ!」

背後からぬっと現れた遊李が、ドヤ顔で自信満々に胸を張った。

「どこをどう見ても、今度の俺たちのダンスステージに乗じて売りさばこうとしている便乗商売グッズにしか見えないんだが……!?」

「マシロン、わかってないなあ。ステージが盛り上がれば盛り上がるほど、より多くの人に『ナギ様ってこんなに汗をかいて踊る、等身大の普通の高校生なんだ!』ってアピールできるだろ?」

「……あ」

一見狂気に見えるが……た、確かに遊李の言っていることには一理ある……!
大観衆の前でアイドルよろしく歓声を浴びれば、それは「遠い神様」ではなく「等身大の高校生」へと昇華されるのではないか……!?

「だからさ、本番のダンスステージ頑張ってくれよ! ナギ様の運命は、筆頭信徒であるマシロンにかかってるんだから!」

「おう! 任せろ! 俺が筆頭信徒の名にかけて、紀織を最高の『普通の高校生』にしてみせる!!」

そうだ、ナギ様神社(教団の誘惑)に魂を売っている場合ではないのだ。
俺には絶対に成し遂げなければならない使命がある! そのために夏休みを削って泥臭く練習してきたのだ。本番、絶対に成功させてやる!!

俺は来る文化祭本番に向け、かつてないほどの熱い気合いを拳に込めるのだった。