期末試験を終え、いよいよ待ちに待った夏休みが始まった。
終業式が終わった放課後、俺は相沢とナギ様を呼び出し、有志ステージで踊る楽曲の打ち合わせを行った。
ナギ様に踊っていただく以上、あまりに軽々しく品のない楽曲など論外だ。俺は歌詞の文学性と神聖さを最優先し、厳選に厳選を重ねた重厚な楽曲候補を何曲か用意して臨んだ。
……しかし、俺の努力は相沢によって秒で却下された。そしてあいつの勝手な独断と偏見により、最近世間で流行っているという、神々しさの欠片もないチャラチャラしたアイドルの曲に決定してしまったのだ。
なぜかナギ様も相沢の選曲に静かに頷き、理解を示されていたが、俺は未だにあの歌詞の意味すらわからない軽薄な曲のどこが良いのかさっぱり理解できなかった。
夏休みの前半、俺は自宅の部屋で血の滲むようなダンスの練習に明け暮れた。
言い出しっぺの俺が足を引っ張るわけにはいかない。むしろ「俺が二人を引っ張る」くらいの気概でいなければと、動画が擦り切れるほど画面に噛み付き、細かな振り付けやカウントまで徹底的に頭と体に叩き込んだのだ。
そして迎えた、初めての集合練習の日。
じりじりと肌を焼く猛暑日の中、外で踊るのは危険だと判断した俺たちが途方に暮れていたところ、相沢のツテで格安でダンススタジオを借りられることになった。
繁華街の雑居ビル2階にある、一面鏡張りの本格的なスタジオ。
現地集合の約束だったが、俺が到着した時には、すでにナギ様と相沢が到着していた。
ドアを開けた瞬間――俺は踊る前から、完全にノックアウトされた。
有名スポーツブランドのスタイリッシュなジャージを完璧におしゃれに着こなした、二人の超絶イケメン。そのあまりにも圧倒的なビジュアルの暴力に、俺の顔面は始まってもいないうちからボコボコに叩きのめされた。
あまりの格差に無駄な気後れを覚え、入るのを躊躇していると、背後からやってきた遊李に見つかった。
「あー、マシロン、素敵なジャージ。もしかしてお母さんからのプレゼント?」
「うるせーよ!」
図星だよ! 俺が中学時代、母さんが近所の商店街の安売りで買ってきたノーブランドの怪しげなジャージだ! 「すぐに背が伸びるから」と二回りもでかいサイズを買わされたせいで、高校生になった今、ようやくジャストサイズになった秘蔵の一品だぞ!
「よー、廣崎。相変わらず期待を裏切らねーファッションセンスだな」
相沢が鼻で笑ってくる。相変わらず一言余計な奴だ。
ナギ様はといえば、俺に気を使ってわざわざ後ろを向き、必死に笑いを噛み殺してくれている。その配慮は大変ありがたいのだが、目の前の巨大な鏡に肩をプルプル揺らしているお姿がバッチリ映り込んでいた。
「つーか、遊李! こんなところまで撮影してんじゃねーよ!」
いつの間にかスマホのカメラを向け、ニヤニヤと動画を回している爆弾魔を怒鳴りつける。だが、奴はどこ吹く風でレンズを向け続けていた。
まあいい。馬鹿にするのも今のうちだ。俺は今日、ファッションショーをしに来たのではない。圧倒的なダンスパフォーマンスを見せつけに来たのだ。夏休み前半を捧げて叩き込んだ、俺の完璧な腕前を見せてやる!
こうして始まった、記念すべき全体練習。
俺は惜しげもなく、一人部屋で磨き上げた実力を披露した。
だが――。
「おい廣崎! 一人で勝手に突っ走って踊ってんじゃねーよ!」
「真白、音楽をよく聴いて」
二人の想定外すぎる指摘に、俺の自信はあえなく粉々に砕け散った。
……なぜだ。事前の脳内イメージトレーニングでは、世界最高峰のダンサー顔負けに踊れていたはずなのに。俺は……俺はこんなにもリズム感というものが欠落した人間だったというのか……!?
「マシロン、動き固すぎじゃない? ロボットダンス?」
見学席の遊李から容赦のないヤジが飛んでくる。
ちょっと待て、これは努力とか根性以前の物理的な問題ではないか!?
しかも、悔しいことに相沢の動きはキレッキレだった。素人の俺から見ても文句なしに上手い。
「俺、昔ダンス習ってたから」
一通り踊り終えた後、ペットボトルの水を飲みながら相沢がさらりと言い放った。俺の知らないところで、すでに圧倒的なスペック差をつけられていたのだ。にわか仕込みの俺がいくら頑張ったところで敵うはずもない。
相沢との絶望的な実力差に愕然としていると、ナギ様がいつの間にか相沢から熱心にダンスの指導を受けていた。
二人の距離が、異様に近い。
相沢の手が紀織の肩に触れ、フォームを修正するために腕を優しく包み込む。
その光景が視界に入った瞬間――俺の胸の奥が、吐き気がするほどドロドロとかき乱され、頭にカッと激しい血が上った。
「やめろ……俺の紀織に近づくな……」
そうだ、紀織は俺のものだ。絶対にお前みたいな邪悪な奴には渡さない……って、
「遊李か! お前、耳元で人の心の声を勝手に代弁してんじゃねーよ!!」
「あー、ごめんごめん。違った?」
「……いや、違わなくもないけど……って、そういうことじゃねーよ!」
ニヤニヤしながら四六時中カメラを回している遊李の、能天気な顔が無性に腹立たしい。
「いやー、マシロン、うっかりしてるとマジでナギ様取られちゃうよ?」
「……と、取られるとかそういう問題じゃない! 俺は邪悪なカースト頂点からナギ様をお守りしようとしているだけでだな……っ!」
なぜ『取られる』という言葉に、俺の心臓はこれほどまでに嫌な跳ね方をするのか。相沢は間違いなく邪悪な存在だ。だから筆頭信徒としてお守りする。ただそれだけの話のはずなのに――。
それから、休憩を挟みながら何度も音を合わせて練習を重ねた。
ナギ様は恐ろしいほど物覚えが早く、元々の運動神経の良さも手伝って、みるみるうちに上達していった。練習が終わる頃には、あっという間に相沢と完璧なシンクロを見せるまでになっていたのだ。
「おい、廣崎。お前、本当にそんなんで本番大丈夫か?」
夕方になり、スタジオの片付けをしながら相沢が呆れたように言ってきた。
「だ、大丈夫だ! 帰ってからも死ぬ気で練習するし……!」
「まあ、まだ本番まで時間あるしな。次に集まる時までに、もう少しマシになるよう頑張って上達してこいよ」
相沢の何気ない、けれど事実すぎる一言が、俺の胸に鋭く突き刺さった。
この夏休み、俺なりに一生懸命、時間を惜しんで頑張ってきたのだ。
「頑張ってるよ!!」
気づいた時には、抑えきれない感情のまま叫んでいた。
自分でも、なぜこんなにも激しい苛立ちが込み上げてくるのかわからない。目の前に隣同士で並んで立つ二人の姿を見ているだけで、胸がギュッと押し潰されるような息苦しさと、焼けつくような焦燥感が込み上げてくる。
こんな、コントロールの効かない不快な感情は生まれて初めてだ。
これ以上二人の姿を見ていたら、自分がどうかなってしまいそうで――俺は逃げるようにスタジオを飛び出していた。
俺は、最近どこかおかしい。
ナギ様を見つめるだけで、体の中に熱が満ちていく。いつもの冷静な自分じゃいられなくなっていく。
そんな得体の知れない自分を振り切るように、俺は夏の風を切って全力で家まで走り抜けた。
帰宅後、そのまま熱いシャワーに飛び込み、今日一日の汗と一緒に、胸に渦巻くドロドロとした感情をすべて洗い流そうとした。シャワーを浴び終えると、少しだけ頭が冷えて落ち着きを取り戻した。
さっぱりした心地で、タオルで髪を拭きながら脱衣所を出た、その時だった。
ふと、玄関の方から母さんの焦ったような話し声が聞こえ、視線を向けた俺は――己の目を疑った。
「あ、あの……どちら様……? え、紀織くん……!?」
そこに立っていたのは、半袖の服を少し乱し、微かに息を荒らげた……紛れもないナギ様だった。
嘘だろ……。ついに我が家に、神が直接降り立たれたというのか……!?
夕闇の差し込む狭い玄関で、神々しすぎるお姿と圧倒的な存在感を放つナギ様。
その前で、ヨレヨレのTシャツ短パン姿の俺と、普段着のノーメイクで油断しきっていた母さんは、ただただ口を開けて呆然と立ち尽くし、神をお迎えするにはあまりに惨めすぎる己の身なりを、激しく後悔するのだった。
終業式が終わった放課後、俺は相沢とナギ様を呼び出し、有志ステージで踊る楽曲の打ち合わせを行った。
ナギ様に踊っていただく以上、あまりに軽々しく品のない楽曲など論外だ。俺は歌詞の文学性と神聖さを最優先し、厳選に厳選を重ねた重厚な楽曲候補を何曲か用意して臨んだ。
……しかし、俺の努力は相沢によって秒で却下された。そしてあいつの勝手な独断と偏見により、最近世間で流行っているという、神々しさの欠片もないチャラチャラしたアイドルの曲に決定してしまったのだ。
なぜかナギ様も相沢の選曲に静かに頷き、理解を示されていたが、俺は未だにあの歌詞の意味すらわからない軽薄な曲のどこが良いのかさっぱり理解できなかった。
夏休みの前半、俺は自宅の部屋で血の滲むようなダンスの練習に明け暮れた。
言い出しっぺの俺が足を引っ張るわけにはいかない。むしろ「俺が二人を引っ張る」くらいの気概でいなければと、動画が擦り切れるほど画面に噛み付き、細かな振り付けやカウントまで徹底的に頭と体に叩き込んだのだ。
そして迎えた、初めての集合練習の日。
じりじりと肌を焼く猛暑日の中、外で踊るのは危険だと判断した俺たちが途方に暮れていたところ、相沢のツテで格安でダンススタジオを借りられることになった。
繁華街の雑居ビル2階にある、一面鏡張りの本格的なスタジオ。
現地集合の約束だったが、俺が到着した時には、すでにナギ様と相沢が到着していた。
ドアを開けた瞬間――俺は踊る前から、完全にノックアウトされた。
有名スポーツブランドのスタイリッシュなジャージを完璧におしゃれに着こなした、二人の超絶イケメン。そのあまりにも圧倒的なビジュアルの暴力に、俺の顔面は始まってもいないうちからボコボコに叩きのめされた。
あまりの格差に無駄な気後れを覚え、入るのを躊躇していると、背後からやってきた遊李に見つかった。
「あー、マシロン、素敵なジャージ。もしかしてお母さんからのプレゼント?」
「うるせーよ!」
図星だよ! 俺が中学時代、母さんが近所の商店街の安売りで買ってきたノーブランドの怪しげなジャージだ! 「すぐに背が伸びるから」と二回りもでかいサイズを買わされたせいで、高校生になった今、ようやくジャストサイズになった秘蔵の一品だぞ!
「よー、廣崎。相変わらず期待を裏切らねーファッションセンスだな」
相沢が鼻で笑ってくる。相変わらず一言余計な奴だ。
ナギ様はといえば、俺に気を使ってわざわざ後ろを向き、必死に笑いを噛み殺してくれている。その配慮は大変ありがたいのだが、目の前の巨大な鏡に肩をプルプル揺らしているお姿がバッチリ映り込んでいた。
「つーか、遊李! こんなところまで撮影してんじゃねーよ!」
いつの間にかスマホのカメラを向け、ニヤニヤと動画を回している爆弾魔を怒鳴りつける。だが、奴はどこ吹く風でレンズを向け続けていた。
まあいい。馬鹿にするのも今のうちだ。俺は今日、ファッションショーをしに来たのではない。圧倒的なダンスパフォーマンスを見せつけに来たのだ。夏休み前半を捧げて叩き込んだ、俺の完璧な腕前を見せてやる!
こうして始まった、記念すべき全体練習。
俺は惜しげもなく、一人部屋で磨き上げた実力を披露した。
だが――。
「おい廣崎! 一人で勝手に突っ走って踊ってんじゃねーよ!」
「真白、音楽をよく聴いて」
二人の想定外すぎる指摘に、俺の自信はあえなく粉々に砕け散った。
……なぜだ。事前の脳内イメージトレーニングでは、世界最高峰のダンサー顔負けに踊れていたはずなのに。俺は……俺はこんなにもリズム感というものが欠落した人間だったというのか……!?
「マシロン、動き固すぎじゃない? ロボットダンス?」
見学席の遊李から容赦のないヤジが飛んでくる。
ちょっと待て、これは努力とか根性以前の物理的な問題ではないか!?
しかも、悔しいことに相沢の動きはキレッキレだった。素人の俺から見ても文句なしに上手い。
「俺、昔ダンス習ってたから」
一通り踊り終えた後、ペットボトルの水を飲みながら相沢がさらりと言い放った。俺の知らないところで、すでに圧倒的なスペック差をつけられていたのだ。にわか仕込みの俺がいくら頑張ったところで敵うはずもない。
相沢との絶望的な実力差に愕然としていると、ナギ様がいつの間にか相沢から熱心にダンスの指導を受けていた。
二人の距離が、異様に近い。
相沢の手が紀織の肩に触れ、フォームを修正するために腕を優しく包み込む。
その光景が視界に入った瞬間――俺の胸の奥が、吐き気がするほどドロドロとかき乱され、頭にカッと激しい血が上った。
「やめろ……俺の紀織に近づくな……」
そうだ、紀織は俺のものだ。絶対にお前みたいな邪悪な奴には渡さない……って、
「遊李か! お前、耳元で人の心の声を勝手に代弁してんじゃねーよ!!」
「あー、ごめんごめん。違った?」
「……いや、違わなくもないけど……って、そういうことじゃねーよ!」
ニヤニヤしながら四六時中カメラを回している遊李の、能天気な顔が無性に腹立たしい。
「いやー、マシロン、うっかりしてるとマジでナギ様取られちゃうよ?」
「……と、取られるとかそういう問題じゃない! 俺は邪悪なカースト頂点からナギ様をお守りしようとしているだけでだな……っ!」
なぜ『取られる』という言葉に、俺の心臓はこれほどまでに嫌な跳ね方をするのか。相沢は間違いなく邪悪な存在だ。だから筆頭信徒としてお守りする。ただそれだけの話のはずなのに――。
それから、休憩を挟みながら何度も音を合わせて練習を重ねた。
ナギ様は恐ろしいほど物覚えが早く、元々の運動神経の良さも手伝って、みるみるうちに上達していった。練習が終わる頃には、あっという間に相沢と完璧なシンクロを見せるまでになっていたのだ。
「おい、廣崎。お前、本当にそんなんで本番大丈夫か?」
夕方になり、スタジオの片付けをしながら相沢が呆れたように言ってきた。
「だ、大丈夫だ! 帰ってからも死ぬ気で練習するし……!」
「まあ、まだ本番まで時間あるしな。次に集まる時までに、もう少しマシになるよう頑張って上達してこいよ」
相沢の何気ない、けれど事実すぎる一言が、俺の胸に鋭く突き刺さった。
この夏休み、俺なりに一生懸命、時間を惜しんで頑張ってきたのだ。
「頑張ってるよ!!」
気づいた時には、抑えきれない感情のまま叫んでいた。
自分でも、なぜこんなにも激しい苛立ちが込み上げてくるのかわからない。目の前に隣同士で並んで立つ二人の姿を見ているだけで、胸がギュッと押し潰されるような息苦しさと、焼けつくような焦燥感が込み上げてくる。
こんな、コントロールの効かない不快な感情は生まれて初めてだ。
これ以上二人の姿を見ていたら、自分がどうかなってしまいそうで――俺は逃げるようにスタジオを飛び出していた。
俺は、最近どこかおかしい。
ナギ様を見つめるだけで、体の中に熱が満ちていく。いつもの冷静な自分じゃいられなくなっていく。
そんな得体の知れない自分を振り切るように、俺は夏の風を切って全力で家まで走り抜けた。
帰宅後、そのまま熱いシャワーに飛び込み、今日一日の汗と一緒に、胸に渦巻くドロドロとした感情をすべて洗い流そうとした。シャワーを浴び終えると、少しだけ頭が冷えて落ち着きを取り戻した。
さっぱりした心地で、タオルで髪を拭きながら脱衣所を出た、その時だった。
ふと、玄関の方から母さんの焦ったような話し声が聞こえ、視線を向けた俺は――己の目を疑った。
「あ、あの……どちら様……? え、紀織くん……!?」
そこに立っていたのは、半袖の服を少し乱し、微かに息を荒らげた……紛れもないナギ様だった。
嘘だろ……。ついに我が家に、神が直接降り立たれたというのか……!?
夕闇の差し込む狭い玄関で、神々しすぎるお姿と圧倒的な存在感を放つナギ様。
その前で、ヨレヨレのTシャツ短パン姿の俺と、普段着のノーメイクで油断しきっていた母さんは、ただただ口を開けて呆然と立ち尽くし、神をお迎えするにはあまりに惨めすぎる己の身なりを、激しく後悔するのだった。

