拝むな、恋せよ!

ナギ様から極秘任務を命じられた俺は、あれからずっと頭を抱えていた。
ナギ様を「普通の人」として周囲に認知させるにはどうしたらいいか。……いや、ここはやはり筆頭信徒である俺自らが「友達としての正しい接し方」の手本を示していく必要があるのではないか。

翌朝。俺は自席でナギ様の登校を待ち構え、まずは第一歩として「友達らしいフランクな挨拶」をかますシミュレーションを繰り返していた。
そわそわと待っていると、今日も変わらず神々しいほどのオーラを纏ったナギ様が教室に入ってきた。反射的に思わず拝みそうになる両手を必死で固く握りしめて耐える。ナギ様が自席に降り立った、まさにその瞬間を見計らって声をかけようとした――その時だった。

「よう、紀織。今日もあっちぃなー」

相沢が自分のシャツの胸元をパタパタとさせながら、あまりにも自然にナギ様へ話しかけたのだ。

な、なんという自然体なダチムーブ……! これがスクールカースト頂点に君臨する王者の貫禄なのか……!?
クソッ、このままでは相沢に「一番の友達」の座を奪われてしまう!……いやダメだ、落ち着け俺。今はマウントを取り合っている場合ではない。極秘任務を遂行するためなら、相沢とだって不本意ながら手を取り合わねばならないのだ。

「真白、おはよう」

そうだ、俺だって挨拶くらい……って、え?

唐突に隣から聞こえた甘い声に弾かれたように顔を向けると、そこには俺をじっと見つめ、蕩けるような笑みを浮かべるナギ様のお姿があった。破壊力抜群の国宝級スマイルに、勢い余って椅子から転げ落ちそうになる。

「お、おはようございま……っ」

違う! 冷静になれ俺! 崇拝の言葉を呑み込み、一晩かけて練り上げた決死のダチセリフを叩きつける!

「よう、紀織! 俺たちの仲で、そんな堅苦しい挨拶はナシだぜ!」

「……お前、朝から何言ってんだ?」

すかさず相沢が冷ややかな口調で割り込んできた。
フッ、これだから何も知らない凡人は困る。俺が寝る間も惜しんでシミュレーションを重ねた渾身の「親友(ダチ)セリフ」だ。相沢ごときにこの高度な意図が理解できるはずもない。

だが、相沢は持ち前の野生の勘でただならぬ気配を察したらしい。俺は首根っこを掴まれ、半ば強引に教室の隅へと連行された。

「お前、昨日紀織と何を話したんだ? あの最悪の誤解はちゃんと解けたんだろうな?」

「ふっ……安心しろ。あれはもう完全に過去の話だ」

俺は相沢に、ナギ様が「神格化の孤独に苦しみ、普通の人間になりたがっている」という真実を教えてやった。

「へぇ、普通の人間ねぇ。……つまり、それを叶えてやれば紀織に猛烈に感謝されて好かれるわけか」

「……お前、まだそんな邪心に満ちたことを考えているのか!?」

「当たり前だろ。っつーか、お前だって紀織のこと狙ってんだろ?」

「……っ! ば、バババカかお前は! 一緒にするな! 俺は純粋で崇高な信仰心のもとにだな――」

「はいはい、論点ズレるからどうでもいいわ。まあ、手っ取り早くアピールするなら文化祭だな」

「文化祭……?」

「おう。全校生徒が集まる文化祭なら、絶好の『普通の人アピール』の場だろ」

「なるほど……!」

夏休み明けに開催される文化祭。ちょうど今日、クラスの出し物を決める話し合いが行われる予定だ。ここで全員の前で、ナギ様が「普通の高校生」として馴染めるような出し物を提案すればいい!

「これだ……!」

俺は思わず拳を強く握りしめた。
ナギ様、俺が必ずやこの文化祭で、あなたを完璧な「普通の人間」にしてみせます!

◇

そうして始まった、ホームルームの出し物決め。
俺はナギ様の神聖さから最も遠いであろう「ダンスパフォーマンス」を提案した。汗を流し、泥臭くステップを踏む姿を見せれば、間違いなく誰もがナギ様を「等身大の男子高校生」として再認識するはずだ。
もちろん、表向きはそんな意図を隠し、完璧なプレゼン原稿を熟考してきた。

「……以上のように、クラスの絆と友情を深め、高校生活最高の思い出を作るべきだと提案します!」

熱弁を振るい、クラスの空気を掴みかけた――その時だった。

「俺〜、ナギ様神社がいいなー」

遊李の呑気で恐ろしい一言が、静かな教室に響き渡った。

……瞬間に、クラス中に巨大な地鳴りのような重低音が轟いた。
まさか……!?

「えっ、ナギ様神社!? 超イイじゃんそれ!!」
「拝み放題じゃん! 絶対それにしようぜ!!」

クラスの一軍たちが一気に色めき立った。マズい、マズすぎる!!
遊李の奴、一体どれだけ核爆弾を落とせば気が済むんだ! クラスどころか日本が崩壊するぞ!
そんな「神道」そのもののような狂気の出し物に決まってしまえば、ナギ様の神格化は二度と覆らない不可逆のものになってしまう!

(おい相沢、この狂った流れを止めろ……!)と必死の視線を送ったが――肝心のリーダーは机に突っ伏して爆睡していた。役立たずめ!!

「はーい、じゃあ多数決取りまーす!」

待て実行委員! お前自分がナギ様拝みたいからって、このカオスなノリに便乗して強行突破しようとしてんじゃねーぞ!

「ナギ様神社がいい人ー?」

まあ、いくらなんでも、そんなふざけた出し物に普通のクラスメイトたちが賛同するはずが……って。

ほぼ全員の手が綺麗に上がってんじゃねーか!!

「はーい、満場一致でうちのクラスは『ナギ様神社』に決定でーす!」

パチパチパチ……と盛大な拍手と歓声が沸き起こる。地獄だ。ここが地獄の総本山だ!
俺はこの暴走を止めるべく、勢いよく席を立ち上がった。

「ちょっと待ってくれ! ナギ様神社って……肝心の紀織の気持ちはどうなるんだよ! 本人の許可もなしに勝手に決めるのはおかしいだろ!」

そうだ。当の本人が拒否すれば、この狂った流れは絶対に変わる。
あの夕暮れの空き教室で、あんなにも切実に「ただの人間になりたい」と助けを求めていらっしゃったのだ。こんな教団の御開帳みたいな出し物をナギ様が良いと言うはずがない!
そうだろ……紀織!!

「……僕は、別にいいけど」

いいのかーーーーーい!!?

ナギ様……! なんてお心が広く、慈悲深いお方なんだ……! ご自身の苦痛を押し殺してまで、愚かな民(クラスメイト)の意向を尊重しようとされるなんて……っ!

俺は目頭を熱くしながら、固く拳を握りしめた。
ナギ様、あなたのその優しさに甘えさせたりはしません。この筆頭信徒――いや、「親友」である俺が、何が何でも神社企画を阻止し、あなたを「普通の高校生」として守り抜いてみせます!

俺は来る文化祭に向け、胸の奥で静かに、そして激しく闘志を燃え上がらせるのだった。