拝むな、恋せよ!

そんなことがあってから、僕はしばらく酷く落ち込んでいた。
また真白が颯真と楽しそうに会話しているところでも見せつけられたら、今度こそ冷静でいられる自信がなかったからだ。

けれど幸いなことに、あれから二人が二人きりで接している姿を見かけることはなかった。
真白は変わらず、隣の席で熱い視線を僕に向け続けてくれている。彼の中に「神様」として祀り上げられていようと何だろうと、彼の瞳が僕だけを映しているという事実だけが、かろうじて僕の理性を繋ぎ止めていたのだ。

――だが、そんな薄氷を踏むような平穏は、ある放課後、呆気なく打ち砕かれた。

先生からプリントの整理を頼まれ、印刷室で作業をしていた時のことだ。頼んでもいないのに「手伝ってやる」と強引に入ってきた颯真と二人きりで作業をしていると、突然、廊下から荒い足音が近づいてきた。

「ナギ様っ!」

教室の扉が勢いよく開かれ、真白が血相を変えて飛び込んできたのだ。
颯真ではなく、僕を探してここまで駆けつけてくれた。その事実だけで胸が跳ね上がり、泣きたいほどの歓喜が押し寄せたのも束の間――真白は僕と颯真の姿を見るなり、気まずそうに顔を歪めて逃げるように去っていってしまった。

(颯真がいるから、自分は必要ない……そう思わせてしまったのか……!?)

胸を突くような焦燥感に襲われた。ベタベタと距離を詰めてくる颯真のウザいスキンシップをすべて無視し、僕は大慌てで仕事を済ませて教室へと引き返した。

教室へ戻ると、真白はどこか暗い表情で自席に座っていた。帰らずに、僕を待っていてくれたのだ。
今日こそ、もう一度「一緒に帰ろう」と僕から誘うんだ――。そう心に決め、静かに彼へ近づいた。

けれど、僕が口を開くより早く、真白は必死の形相で深々と頭を下げてきた。

「ナギ様のお仕事もお手伝いできず……完全に信徒失格です!!」

どこまでも僕を遠ざける、あまりに一方的な信仰心。
僕の瞳を見てくれるなら、それでもいいと自分に言い聞かせてきた。けれど、またしても「神と信徒」という冷たい壁を打ち立てられた瞬間、もう限界だった。これ以上、自分を偽ることなんてできない。僕は真白と、ただ対等な人間として向き合いたいのだ。

「……信徒じゃなくていいんだけど」

漏れ出た本音を遮るように、真白は焦った様子で颯真の話題を口にし始めた。僕が一瞬の困惑に固まっていると、真白は僕がレモングミを好きだと思い込んで差し出してきて――それが颯真から聞いた情報なのだと明かした。

ドクン、と心臓が気持ちの悪い音を立てた。
僕の知らないところで、二人はまだ繋がっている。僕がどれだけ苦しんでいるかも知らず、二人は裏で親密に言葉を交わしていたというのか。

脳内がドロドロとした激しい嫉妬心で満たされていく中、真白は追い討ちをかけるように、眩しい笑顔で言い放った。

「ナギ様! 今度こそ俺が全身全霊でお護りいたします! この筆頭信徒めにおまかせください!」

——まただ。
また、僕を「神」の座に押し込めて逃げるのか。

あの日、夕暮れの通学路で突き放された時以上のショックと、どれだけ叫んでも届かない虚しさが僕を襲った。怒りと激痛で視界が激しく歪む。
わかってもらえない苛立ちを隠すこともできず、僕は酷く低く冷え切った声で、ただ一言「さよなら」と告げてその場を去った。

どうして真白は、毎日僕のことをあんなにも熱心に見つめ続けているのに、僕の心の中だけは見てくれないのか。
そんな「信仰心」という都合のいいフィルター越しじゃなく。僕をただの一人の男として、その熱い視線で射抜いてほしいだけなのに——。

そして、僕の中で抑え込んできた真白への狂おしい想いは、ある日突然、完全に爆発することとなった。

体育の授業の前、体育館のステージ脇で颯真と話していた時のことだ。
颯真の口から「真白の家に行った」という衝撃の事実が明かされた。
頭の芯が沸騰しそうだった。けれど、僕はまだこの時点では「冷静」だったのだ。必死で爪を立てて理性を繋ぎ留め、冷徹な仮面を貼り直して自分を保てていた。

それなのに——あいつが余計な口を挟んできたのだ。

「そうそう! 俺たちで美味しくいただいちゃいました〜!」

遊李のその一言を聞いた瞬間、脳内でパチンと何かが弾け飛んだ。
生まれて初めて、「理性」というタガが完全に外れる音を聞いた。言葉の正しい意味で「キレる」という感覚を、僕は人生で初めて理解したのだ。

どす黒い殺意とドロドロとした独占欲が渦を巻き、僕の体を内側から突き破ろうとしていた。
バスケットボールの試合中、僕はその荒れ狂う感情を力任せにコートへ叩きつけた。けれど、頭の冷え切った別の場所——魂の深い部分では、残酷なほど静かに、一つの決意が固まっていた。

手段なんてどうでもいい。どんな手を使ってでも、真白を僕のものにする。

僕は神様なんかじゃない。ただの、欲望にまみれた一人の男なのだと、真白の頭と身体に強制的に教え込んでやる。
真白が泣こうが、怯えて泣き叫ぼうが関係ない。
真白は僕のものだ。もう二度と、遠慮なんてしてやらない。

放課後、僕はわざと自分の鞄を自席に残したまま教室を出た。
そして、人通りのない特別校舎の空き教室を選び、二人きりになれる場所で真白を待った。
真白の僕に対する執着が本物なら、絶対に僕を探し当ててここへやって来るはずだ。

夕闇が差し込む静まり返った部屋で、真白を待つ時間は永遠のように長く感じられた。
彼が来ることは確信していたけれど、心臓がうるさいほど跳ね上がり、落ち着かない。僕はただ、彼がこのドアを開けてくれるのを、祈るような心地で待ち続けた。

そして——ドアが開き、息を切らした真白が僕のもとへたどり着いてくれた。

ドア口の前に立ち、怯えたように僕を見つめる真白。
僕は静かに足音を忍ばせ、逃げ場を塞ぐように彼の目の前へ立ちふさがった。

「……来るのが遅いじゃないか、真白」
「僕をどれだけ待たせるの?」

心底愛おしい、僕のたった一人の人。
もう絶対に、どんなことがあろうと君を逃がしてなんかあげない。