中間テスト。俺は自分の100点の数学答案用紙を手に、盛大に絶望していた。
油断していたわけじゃない。最後の一問、絶妙に計算式を間違えて「減点による99点」をもらう完璧なシナリオだったのだ。それなのに、担当教諭の気まぐれな採点ミスにより、悪夢の100点満点を叩き出してしまった!
そもそも、ナギ様をお守りするための『角度調整済み消しゴム』を微粒子単位で削り出す際、空気抵抗や摩擦係数の計算を極めすぎたのが運の尽きだった。無駄に高度な数学的知識を完全習得してしまった過去の自分を殴り倒したい。
何より恐ろしいのは、ナギ様は入学以来、全テストの『数学』で毎回例外なく100点満点を叩き出していらっしゃるということだ。
ダメだ……これでは数学100点という神の絶対領域に並んでしまう……。
モブが神と肩を並べるなど、あってはならない大不敬……!
しかも我が校は教科ごとに順位が張り出されるシステムだ。万が一、同率とはいえ俺の名前がナギ様と並んで掲載されでもしたら、それは神への最悪の冒涜である。
俺はその日のうちに職員室へ殴り込み、答案用紙の減点を猛抗議した。
「先生、ここ! 式が間違ってます! 答えが合ってても減点対象です!」
「いやあ廣崎、式は惜しかったが答えは合ってるからオマケで丸にしておいたよ」
「オマケの丸なんていりません! 神……じゃなくて、己の甘えを許せないんです!」
「自分のミスにここまで厳しいとは……廣崎、お前はなんて真面目で偉いんだ」
先生は感銘を受けたように何度も頷き、朱書きで「99点」と訂正してくれた。よし、最高だ!これでナギ様の単独首位(100点)は保たれた! 掲示板の順位表も必ず修正しておくよう念を押し、俺はホッと胸を撫でおろして帰宅した。
そして翌日。俺は意気揚々と成績順位表が張り出された掲示板へ向かった。
『総合成績第1位 渚 紀織』
この神々しい文字を拝むために俺は生きている。ナギ様は入学以来、常に首位をキープし続けていらっしゃるのだ。俺は毎夜、羊の代わりにナギ様の歴代全教科の点数を唱えて入眠しているため、数字はすべて脳内に暗記されている。当然、数学の全テスト「100点」という神の領域も完璧に記憶済みだ。もはや俺にとってナギ様の成績は経典(バイブル)である。
「お、また紀織に負けちまった……」
ナギ様と一緒に掲示板を見に来ていた相沢が、悔しそうに呟く。ふん、相沢の成績は2位だ。何も悔しがる必要はないだろ。神のすぐ隣で引き立て役に徹する、モブとしては最高の配置じゃないか。
それよりも俺が解せないのは、ナギ様が唯一苦手とされる現代文で、相沢の名がナギ様の上に君臨していることだ。
「現文、俺が教えてやろうか?」
ドヤ顔でナギ様の聖なる肩に手を置く相沢。瞬間、俺の殺意が跳ね上がった。
調子に乗るな、神の番犬分際が。今すぐその汚らわしい手に、ポケットに忍ばせた対・ナギ様接近者撃退用『角度調整済み消しゴム(微粒子削り出し仕様)』をデコピンでぶち込んでやろうか。
……だが、俺が行動を起こすより早く、周囲のざわめきが俺の耳に届いた。
「廣崎って誰だ?」
「確かA組にそんな奴いたよな……」
あちらこちらから囁かれる俺の名前。いつもなら「ナギ様さすが」「マジで次元が違う」といった称賛の声で溢れるはずの現場だ。なのになぜ、モブである俺の名が?
嫌な予感がして、俺は恐る恐る『数学』の順位表に視線を滑らせた。
そこには――1位にナギ様のお名前。それはいい。
問題は、そのすぐ上に力強い太黒マーカーで殴り書きされた『廣崎』の文字と、それを打ち消すようにナギ様の下へと伸ばされた雑な矢印だった。
教諭のやつ、直前で手書き修正しやがったな!?
あまりにも杜撰な手修正のせいで、学年中の視線が真っ先に俺の名前に集中している……!
最悪だ……。
引き立て役に徹するどころか、悪目立ちしてナギ様の存在感を喰ってしまった……!
くそっ……相沢、今日のところは俺の完敗だ……。
神を影から支えているつもりで、一番調子に乗っていたのは俺の方だった……。
「廣崎って、なんか聞いたことある。誰だっけ?」
狂乱する俺の頭上に、ナギ様の冷ややかで残酷な鈴の音が降ってきた。
昨日教えたばかりだ!!
脳内ゴミ箱フォルダへの自動転送スピードが速すぎる!!
覚える気ゼロどころか、記憶の保持期間が24時間未満かよ……!
愕然としながら何気なくナギ様に視線を移した、その時だった。
ほんの一瞬、ナギ様の美しい瞳が、まっすぐ俺を射貫いたように見えた。
……え、気のせいか!?
「この間、消しゴム落としてた奴だろ、隣の席の」
相沢の言葉に、ナギ様は「ああ」と思い出したような短い声を漏らした。
そして今度こそチラリとこちらへ視線を向けられたものの、すぐに興味なさそうに、冷ややかに顔をそらされてしまう。
それでも、一瞬でも思い出してくださった! それだけで光栄の極みだ。
絶対無比の孤高の神は、本日も完璧な美しさで教室の空気を浄化しておられた。
油断していたわけじゃない。最後の一問、絶妙に計算式を間違えて「減点による99点」をもらう完璧なシナリオだったのだ。それなのに、担当教諭の気まぐれな採点ミスにより、悪夢の100点満点を叩き出してしまった!
そもそも、ナギ様をお守りするための『角度調整済み消しゴム』を微粒子単位で削り出す際、空気抵抗や摩擦係数の計算を極めすぎたのが運の尽きだった。無駄に高度な数学的知識を完全習得してしまった過去の自分を殴り倒したい。
何より恐ろしいのは、ナギ様は入学以来、全テストの『数学』で毎回例外なく100点満点を叩き出していらっしゃるということだ。
ダメだ……これでは数学100点という神の絶対領域に並んでしまう……。
モブが神と肩を並べるなど、あってはならない大不敬……!
しかも我が校は教科ごとに順位が張り出されるシステムだ。万が一、同率とはいえ俺の名前がナギ様と並んで掲載されでもしたら、それは神への最悪の冒涜である。
俺はその日のうちに職員室へ殴り込み、答案用紙の減点を猛抗議した。
「先生、ここ! 式が間違ってます! 答えが合ってても減点対象です!」
「いやあ廣崎、式は惜しかったが答えは合ってるからオマケで丸にしておいたよ」
「オマケの丸なんていりません! 神……じゃなくて、己の甘えを許せないんです!」
「自分のミスにここまで厳しいとは……廣崎、お前はなんて真面目で偉いんだ」
先生は感銘を受けたように何度も頷き、朱書きで「99点」と訂正してくれた。よし、最高だ!これでナギ様の単独首位(100点)は保たれた! 掲示板の順位表も必ず修正しておくよう念を押し、俺はホッと胸を撫でおろして帰宅した。
そして翌日。俺は意気揚々と成績順位表が張り出された掲示板へ向かった。
『総合成績第1位 渚 紀織』
この神々しい文字を拝むために俺は生きている。ナギ様は入学以来、常に首位をキープし続けていらっしゃるのだ。俺は毎夜、羊の代わりにナギ様の歴代全教科の点数を唱えて入眠しているため、数字はすべて脳内に暗記されている。当然、数学の全テスト「100点」という神の領域も完璧に記憶済みだ。もはや俺にとってナギ様の成績は経典(バイブル)である。
「お、また紀織に負けちまった……」
ナギ様と一緒に掲示板を見に来ていた相沢が、悔しそうに呟く。ふん、相沢の成績は2位だ。何も悔しがる必要はないだろ。神のすぐ隣で引き立て役に徹する、モブとしては最高の配置じゃないか。
それよりも俺が解せないのは、ナギ様が唯一苦手とされる現代文で、相沢の名がナギ様の上に君臨していることだ。
「現文、俺が教えてやろうか?」
ドヤ顔でナギ様の聖なる肩に手を置く相沢。瞬間、俺の殺意が跳ね上がった。
調子に乗るな、神の番犬分際が。今すぐその汚らわしい手に、ポケットに忍ばせた対・ナギ様接近者撃退用『角度調整済み消しゴム(微粒子削り出し仕様)』をデコピンでぶち込んでやろうか。
……だが、俺が行動を起こすより早く、周囲のざわめきが俺の耳に届いた。
「廣崎って誰だ?」
「確かA組にそんな奴いたよな……」
あちらこちらから囁かれる俺の名前。いつもなら「ナギ様さすが」「マジで次元が違う」といった称賛の声で溢れるはずの現場だ。なのになぜ、モブである俺の名が?
嫌な予感がして、俺は恐る恐る『数学』の順位表に視線を滑らせた。
そこには――1位にナギ様のお名前。それはいい。
問題は、そのすぐ上に力強い太黒マーカーで殴り書きされた『廣崎』の文字と、それを打ち消すようにナギ様の下へと伸ばされた雑な矢印だった。
教諭のやつ、直前で手書き修正しやがったな!?
あまりにも杜撰な手修正のせいで、学年中の視線が真っ先に俺の名前に集中している……!
最悪だ……。
引き立て役に徹するどころか、悪目立ちしてナギ様の存在感を喰ってしまった……!
くそっ……相沢、今日のところは俺の完敗だ……。
神を影から支えているつもりで、一番調子に乗っていたのは俺の方だった……。
「廣崎って、なんか聞いたことある。誰だっけ?」
狂乱する俺の頭上に、ナギ様の冷ややかで残酷な鈴の音が降ってきた。
昨日教えたばかりだ!!
脳内ゴミ箱フォルダへの自動転送スピードが速すぎる!!
覚える気ゼロどころか、記憶の保持期間が24時間未満かよ……!
愕然としながら何気なくナギ様に視線を移した、その時だった。
ほんの一瞬、ナギ様の美しい瞳が、まっすぐ俺を射貫いたように見えた。
……え、気のせいか!?
「この間、消しゴム落としてた奴だろ、隣の席の」
相沢の言葉に、ナギ様は「ああ」と思い出したような短い声を漏らした。
そして今度こそチラリとこちらへ視線を向けられたものの、すぐに興味なさそうに、冷ややかに顔をそらされてしまう。
それでも、一瞬でも思い出してくださった! それだけで光栄の極みだ。
絶対無比の孤高の神は、本日も完璧な美しさで教室の空気を浄化しておられた。

