拝むな、恋せよ!

真白に対して抱く感情の変化に気づいてからというもの、僕は自分の想いを受け入れつつも、激しい動揺を隠せずにいた。

今まで誰かを好きになるどころか、他人に興味すら持ったことがなかったのだ。しかも相手は男だ。それなのに、今の僕の頭の中は彼のことばかりで埋め尽くされている。こんな感情、絶対に彼に悟られたくなかった。彼がいつも僕に向けてくるあの透徹した綺麗な瞳に見つめられるたび、胸の奥の不潔な欲望まで見透かされそうな気がして、生きた心地がしなかったのだ。

そんなある日、中間テストの順位表が掲示板に張り出されたときのことだ。
数学の順位表の最上部に、手書きの太文字で躍る「廣崎」の二文字が目に飛び込んできた瞬間、僕の心臓は跳ね上がるように鳴り響いた。ただそれだけのことなのに、狂ったような鼓動が胸を打つ。
周囲の連中が「廣崎」と口々に噂するたび、胸の奥が焼き尽くされるようにざわついた。僕は必死に冷徹な仮面を貼り直し、

「廣崎って、誰だっけ?」

真白に聞こえるよう、わざと大きな声で名前を忘れたフリをした。自分は彼に一切興味がないのだと、周りにも、自分自身にも言い聞かせるために。
……けれど、そう口にした直後、遠くで傷ついたように肩を揺らした真白の背中が見えた。
(違う、そうじゃないんだ……!)
心の中で悲鳴を上げながら、僕は自分の愚かさに激しい後悔と吐き気すら覚えた。嫌われたらどうしよう、僕のつまらないプライドのせいで彼を深く傷つけてしまったのではないか。
そんな僕の心配を他所に、真白の視線は今までと何一つ変わらなかった。相変わらず下校時刻の最後の最後まで、あのどこまでも純粋な瞳で、僕のお見送りを続けてくれていたのだ。

引き返せないほどに膨れ上がってしまったこの感情を隠すため、僕は必死だった。
「ひろあきくん」や「ひろさかくん」と意図的に呼び間違えてみせることで、彼に無関心を装い続けた。幸いにも、一番最初に話しかけられた際、焦りのあまり「名前は?」と冷たく突き放してしまった実績があったおかげで、僕の不自然な演技は完璧な「無関心」として彼に届いていたようだった。僕の重すぎる本心に、彼が気づく様子は微塵もなかった。

だからこそ、彼が突然僕をランチに誘ってくれた日は、本当に驚いたのだ。
なぜだか分からないけれど、彼が一生分の勇気を振り絞って僕を誘ってくれたのだと、そのぎこちない表情や仕草から痛いほど伝わってきた。どうしようもない愛おしさが胸に押し寄せ、泣き出しそうになった。
直後に颯真からも誘われて心底焦ったけれど、僕が一緒に食べたいのは真白だけだった。けれど、素直に「廣崎と食べる」なんて言えば、彼を特別視しているとクラス中に宣言するようなものだ。だから僕は咄嗟に「ひろさかくんと食べるから」と再び名前を間違えてみせることで、あくまで『先に誘われたから仕方なく』というテイを装った。真白に理由を尋ねられた時も内心冷や汗ものだったが、何とか本心を悟られずに済み、深く胸を撫で下ろした。

……だが、その日に限って僕のお弁当が上段も下段も「日の丸ご飯」だったことには、顔から火が出るほど恥ずかしかった。
けれど、その情けない失態のおかげで、真白がおかずを分けてくれたのだ。彼の優しさに深く感動した僕は、つい、彼が僕を呼ぶ「ナギ様」を真似て、「ヒロ様」と口走ってしまった。
もともと人間関係の煩わしさを避けるため、相手の呼び方をそのままオウム返しにして返すのが僕の癖だったのだが、さすがにその呼び方は真白を目に見えて困惑させてしまった。僕は彼の意向に従い、おとなしく「廣崎」と呼ぶことにしたのだった。

その翌日。今度は真白と颯真から同時にランチに誘われ、僕は心底困り果てた。
真白と二人きりで食べたい。けれど、今回ばかりは自然な言い訳が思いつかない。悩んだ末、僕は「みんなで一緒に食べよう」と提案するしかなかった。真白と一緒に過ごすためには、それしか方法がなかったのだ。
真白をアウェイな一軍グループの中に引き込んでしまった申し訳なさはあったが、あんパンの話題で楽しそうに盛り上がる彼を見て、僕は密かに胸を撫で下ろしていた。

真白との距離は、少しずつ縮まっているはずだった。
けれど、僕の視界には常に颯真がいた。やたらと僕に距離を詰めてくる颯真の存在が邪魔で、真白との距離をそれ以上縮めることができない。真白もまた、僕たちの姿をいつも遠くから寂しそうに見つめているだけだ。
……彼は、僕が颯真と楽しそうに話している姿をどう思っているのだろう。
ほんの少しでもいい。僕と同じように、嫉妬してくれているのだろうか。

僕の頭の中は、もう真白の存在で狂いそうだった。
彼に見つめられるたび、肌の奥が熱く疼き出す。気づけば脳内では、彼を力ずくで押し倒し、その綺麗な瞳を涙で濡らさせている歪んだ妄想が何度も何度も繰り返されていた。
相手は男だ。それなのに、そんな浅ましい妄想に耽る自分が心底恐ろしかった。

隣の席で、食べかけのあんパンを握りしめたまま幸せそうに居眠りをしている真白の横顔を見つめる。
(そんなにあんパンが好きなら、僕がいくらでも買ってあげて、お腹いっぱい食べさせてあげるのに……)
満たされない独占欲と焦燥感を抱えたまま、僕は悶々とした日々を過ごしていた。

――そんな時だった。
あの校舎裏で、真白と颯真が息もできないほどの至近距離で密着し、破廉恥極まりない行為に及ぼうとしている現場を目撃してしまったのは――。