体育の授業が始まる直前の休み時間。早めに着替えを済ませた相沢は、ナギ様を体育館へと連れ出した。
なるほど、周囲に人が少なく自然に二人きりっぽい空気を作って会話を引き出すには絶好のシチュエーションだ。なかなか相沢もやるなと感心しながら、俺も気配を消して二人の後を追った。
広い体育館の中、生徒の姿はまだまばらだ。
ステージ側の端の方で、背を向けるように並び立つナギ様と相沢。顔面偏差値の異常に高い二人が並ぶと、それだけで神々しい眩しさに圧倒される。
……だが、そんな二人を見つめていると、なぜか胸の奥が妙にざわついた。俺が相沢に頼んだことなのに、今すぐ二人の間に入り込んで、あの邪教徒からナギ様を引き離したいという強い衝動に駆られるのは一体なぜなのだろう……。
俺は湧き上がる謎の感情を抑え込み、二人の会話が聞こえる距離まで、そ知らぬふりをしてジリジリと近づいた。早速何か話している。
「紀織ってさ、いつもクールだけど、苦手な奴とかいないの?」
「……苦手? 別に……いないけど」
「いや、いるだろ? ほら、なんていうか……暑苦しいっていうか、面倒くさいっていうか、キモいっていうかさぁ」
「うーん……」
「何考えてるかわからないっていうか、思い込みが激しいっていうか、キモいっていうか」
……さっきから相沢の奴、一体誰の話をしているんだ? しかも『キモい』って二回言わなかったか?
「……特に誰もいないけど」
「いや、いるじゃん。廣崎とかさぁ」
やっぱり俺かよ!!
ナギ様の答えを聞く前に、俺のメンタルが砕け散りそうだ……。というか、カースト頂点のコミュ力にしては聞き方が雑すぎるだろ!
相沢が露骨に俺の名前を出したせいで、ナギ様のお顔が心なしか一瞬だけ複雑そうに歪んだ気がした。
「……廣崎は、別に……」
そう呟いたまま、お口をキュッと閉じられたナギ様。クールな表情がさらに冷たさを増し、周囲の空気を一気に氷点下まで引き下げる。
やっぱり、怒っていらっしゃる……! 「それ以上聞くな」という絶対零度の圧が伝わってくる。
「相沢は、なんでそんなに彼のことを気にしてるの?」
「……き、気にしてなんかねーよ、あんな奴のことなんか! だいたい、信仰心だとか何とか言って、頭狂ってんだろ」
「……」
ナギ様は、否定も肯定もされない。当たり前だ、神が誰かの悪口なんて口にされるはずがないのだから。それなのに、俺はなんて浅はかに神の口から悪口を引き出そうとしてしまったのか……! 信徒として情けなさすぎる……!
相沢も言い過ぎたと思ったのか、気まずそうに首の後ろをかいた。
「……つーか、まあ、あいつの部屋にお前の写真が貼ってないだけ、まだまともかもしれないけど」
「……ッ!」
何気なく呟いた相沢の言葉に、ナギ様のクールな仮面がガラガラと崩れ去り、弾かれたように相沢を睨みつけられた。
「……廣崎の家に行ったのか……!?」
「……え? あ、いや……その……」
マズい……! せっかく俺たちの不潔な関係(濡れ衣)の誤解が解けかけていたというのに、これでは余計に怪しまれてしまうじゃないか!
俺は物陰から相沢に向け、「どうにか上手く誤魔化せ!」と必死のジェスチャーを送った。目が合った相沢は「分かってる」と言いたげに、小さくコクコクと頷きながら視線を泳がせた。
「べ、別に……行ったことは……なくもないが……その、二人きりとかじゃないし! その……別にお前の思ってるような関係じゃないっていうか……!」
「僕の思ってるような関係って?」
「……それは、その……なんというか、嫌らしい意味というか……?」
「い、嫌らしい!?」
ナギ様のお顔がクールとは程遠く、恐ろしいほど険しく歪んでいる。
マズい! 完全に大事故だ!! このまま放置したら、会話が恐ろしい方向へ脱線してしまう!
飛び出してフォローすべきかパニックになっていた、その時だった。
奇跡のような絶妙なタイミングで、遊李が二人の前を通りかかったのだ!
相沢も遊李に気づき、すかさず呼び止めた。そうだ、遊李も一緒だったことを証言してもらえば、二人きりではなかったことが完全に証明される!
俺は相沢と視線を合わせ、同時に深く頷き合った。
「なぁ、遊李も廣崎の家で俺たちと一緒だったよな!?」
遊李は一瞬きょとんとして目をぱちくりさせた後、何かの空気を察したのか、「あぁ!」と思い出したように声を上げた。そして、満面の笑みで言い放ったのだ。
「そうそう! 俺たちで美味しくいただいちゃいました〜!」
「「「……は?」」」
ナギ様と相沢、そして遠くにいた俺の声が、見事なまでにハモった。
直後、俺と相沢はすぐに「あんパン(供物)」のことだと理解したが――ナギ様だけは違った。
ナギ様は突然お顔を真っ赤に染めて俯くと、絶句するように手でお口を覆われたのだ。
……まさか。
いや嘘だろ!? ナギ様の脳内では「あんパン」ではなく「俺(真白)」に変換されて解釈されている……!?
ということはつまり、「俺たちで真白を美味しく(肉体的に)いただいちゃいました〜!」ってことかぁぁぁあ!!?
「き、君たちって……そういう関係だったのか……!?」
「「違う(違います)!!!」」
遊李、貴様ぁぁぁ!! 何を言ったらそうなるんだ! どんな最悪の3Pをほのめかしてくれてんだぁ!!
第二の核爆弾を投下した遊李は、俺たちのただならぬ殺気を察したのか、「じゃ、俺そろそろ準備体操するわ〜」と風のように去っていった。
てめぇ逃げるな! 地獄の爆弾を放置して逃げるんじゃない!!
顔面蒼白になった俺は、もう居ても立っても居られず、物陰からナギ様のもとへ飛び出した!
「ナギ様、違います! 遊李はそういう意味で言ったんじゃなくて……!」
「そうだよ! なんで俺がこいつらなんかと3Pしなくちゃいけないんだって話で……!」
「待て相沢! その言葉は今一番の禁句だ!!」
「……あ、わりぃ」
最悪だ。カオスだ……!
ナギ様が信じられないほどの殺気を全身から放ちながら、瞬き一つせず硬直されている。
ついに神の逆鱗に触れてしまった……。世界の終わりだ……。
キーンコーンカーンコーン……。
授業の開始を告げるチャイムとともに、俺たちの世界も静かに終焉を迎えたのだった。
なるほど、周囲に人が少なく自然に二人きりっぽい空気を作って会話を引き出すには絶好のシチュエーションだ。なかなか相沢もやるなと感心しながら、俺も気配を消して二人の後を追った。
広い体育館の中、生徒の姿はまだまばらだ。
ステージ側の端の方で、背を向けるように並び立つナギ様と相沢。顔面偏差値の異常に高い二人が並ぶと、それだけで神々しい眩しさに圧倒される。
……だが、そんな二人を見つめていると、なぜか胸の奥が妙にざわついた。俺が相沢に頼んだことなのに、今すぐ二人の間に入り込んで、あの邪教徒からナギ様を引き離したいという強い衝動に駆られるのは一体なぜなのだろう……。
俺は湧き上がる謎の感情を抑え込み、二人の会話が聞こえる距離まで、そ知らぬふりをしてジリジリと近づいた。早速何か話している。
「紀織ってさ、いつもクールだけど、苦手な奴とかいないの?」
「……苦手? 別に……いないけど」
「いや、いるだろ? ほら、なんていうか……暑苦しいっていうか、面倒くさいっていうか、キモいっていうかさぁ」
「うーん……」
「何考えてるかわからないっていうか、思い込みが激しいっていうか、キモいっていうか」
……さっきから相沢の奴、一体誰の話をしているんだ? しかも『キモい』って二回言わなかったか?
「……特に誰もいないけど」
「いや、いるじゃん。廣崎とかさぁ」
やっぱり俺かよ!!
ナギ様の答えを聞く前に、俺のメンタルが砕け散りそうだ……。というか、カースト頂点のコミュ力にしては聞き方が雑すぎるだろ!
相沢が露骨に俺の名前を出したせいで、ナギ様のお顔が心なしか一瞬だけ複雑そうに歪んだ気がした。
「……廣崎は、別に……」
そう呟いたまま、お口をキュッと閉じられたナギ様。クールな表情がさらに冷たさを増し、周囲の空気を一気に氷点下まで引き下げる。
やっぱり、怒っていらっしゃる……! 「それ以上聞くな」という絶対零度の圧が伝わってくる。
「相沢は、なんでそんなに彼のことを気にしてるの?」
「……き、気にしてなんかねーよ、あんな奴のことなんか! だいたい、信仰心だとか何とか言って、頭狂ってんだろ」
「……」
ナギ様は、否定も肯定もされない。当たり前だ、神が誰かの悪口なんて口にされるはずがないのだから。それなのに、俺はなんて浅はかに神の口から悪口を引き出そうとしてしまったのか……! 信徒として情けなさすぎる……!
相沢も言い過ぎたと思ったのか、気まずそうに首の後ろをかいた。
「……つーか、まあ、あいつの部屋にお前の写真が貼ってないだけ、まだまともかもしれないけど」
「……ッ!」
何気なく呟いた相沢の言葉に、ナギ様のクールな仮面がガラガラと崩れ去り、弾かれたように相沢を睨みつけられた。
「……廣崎の家に行ったのか……!?」
「……え? あ、いや……その……」
マズい……! せっかく俺たちの不潔な関係(濡れ衣)の誤解が解けかけていたというのに、これでは余計に怪しまれてしまうじゃないか!
俺は物陰から相沢に向け、「どうにか上手く誤魔化せ!」と必死のジェスチャーを送った。目が合った相沢は「分かってる」と言いたげに、小さくコクコクと頷きながら視線を泳がせた。
「べ、別に……行ったことは……なくもないが……その、二人きりとかじゃないし! その……別にお前の思ってるような関係じゃないっていうか……!」
「僕の思ってるような関係って?」
「……それは、その……なんというか、嫌らしい意味というか……?」
「い、嫌らしい!?」
ナギ様のお顔がクールとは程遠く、恐ろしいほど険しく歪んでいる。
マズい! 完全に大事故だ!! このまま放置したら、会話が恐ろしい方向へ脱線してしまう!
飛び出してフォローすべきかパニックになっていた、その時だった。
奇跡のような絶妙なタイミングで、遊李が二人の前を通りかかったのだ!
相沢も遊李に気づき、すかさず呼び止めた。そうだ、遊李も一緒だったことを証言してもらえば、二人きりではなかったことが完全に証明される!
俺は相沢と視線を合わせ、同時に深く頷き合った。
「なぁ、遊李も廣崎の家で俺たちと一緒だったよな!?」
遊李は一瞬きょとんとして目をぱちくりさせた後、何かの空気を察したのか、「あぁ!」と思い出したように声を上げた。そして、満面の笑みで言い放ったのだ。
「そうそう! 俺たちで美味しくいただいちゃいました〜!」
「「「……は?」」」
ナギ様と相沢、そして遠くにいた俺の声が、見事なまでにハモった。
直後、俺と相沢はすぐに「あんパン(供物)」のことだと理解したが――ナギ様だけは違った。
ナギ様は突然お顔を真っ赤に染めて俯くと、絶句するように手でお口を覆われたのだ。
……まさか。
いや嘘だろ!? ナギ様の脳内では「あんパン」ではなく「俺(真白)」に変換されて解釈されている……!?
ということはつまり、「俺たちで真白を美味しく(肉体的に)いただいちゃいました〜!」ってことかぁぁぁあ!!?
「き、君たちって……そういう関係だったのか……!?」
「「違う(違います)!!!」」
遊李、貴様ぁぁぁ!! 何を言ったらそうなるんだ! どんな最悪の3Pをほのめかしてくれてんだぁ!!
第二の核爆弾を投下した遊李は、俺たちのただならぬ殺気を察したのか、「じゃ、俺そろそろ準備体操するわ〜」と風のように去っていった。
てめぇ逃げるな! 地獄の爆弾を放置して逃げるんじゃない!!
顔面蒼白になった俺は、もう居ても立っても居られず、物陰からナギ様のもとへ飛び出した!
「ナギ様、違います! 遊李はそういう意味で言ったんじゃなくて……!」
「そうだよ! なんで俺がこいつらなんかと3Pしなくちゃいけないんだって話で……!」
「待て相沢! その言葉は今一番の禁句だ!!」
「……あ、わりぃ」
最悪だ。カオスだ……!
ナギ様が信じられないほどの殺気を全身から放ちながら、瞬き一つせず硬直されている。
ついに神の逆鱗に触れてしまった……。世界の終わりだ……。
キーンコーンカーンコーン……。
授業の開始を告げるチャイムとともに、俺たちの世界も静かに終焉を迎えたのだった。

