拝むな、恋せよ!

信徒失格。

その四文字が重く胸に突き刺さったまま、失意のうちに数日が過ぎた。相沢と極力会話を断つようにしたおかげか、ナギ様の俺に対する氷のような態度も、ほんの少しずつではあるが和らいできた気がする。

だが、あの新しく誕生してしまった『ダーク信徒』こと相沢は、今日も事あるごとにナギ様の周囲をしつこくつきまとっていた。あいつは信徒の皮をかぶった肉食獣だ。少しでも不審な挙動を見せたら、即座に信徒失格の烙印を押して追放してやるのに……。

しかし、今の俺にはそれすらできない。なぜなら、俺は『レモングミ』の壁に敗北した男だからだ。
ナギ様の御好み一つ把握しておらず、筆頭信徒を自称していた己の浅はかさが恥ずかしい。だから俺はあの日、相沢たちが帰った直後にコンビニやスーパーを梯子し、店頭に並ぶあらゆる種類のレモングミを買いあさった。

飛ぶように消えていくお小遣い。だが、ナギ様経費として消えるのであれば本望というもの。
以来、俺の昼食はあんパンとレモングミだ。これ以上ないほど神聖な献立である。
口内に広がる強烈な酸っぱさと悔しさに涙を浮かべ、喉を詰まらせそうになりながら、俺は今日もレモングミを数粒口に放り込み、遠くに見える二人の姿を影から見守り続けていた。

――そんな、ある日の放課後だった。

今日も今日とてナギ様のご帰宅を陰ながら見送ろうと、レモングミを噛みしめながら席を外されているナギ様をお待ちしていた。だが、どれだけ待ってもナギ様が一向に教室へ戻られる気配がない。
机の上には鞄が残されているので、じきにお戻りになるとは思うのだが……一体どうされたのだろうか。まさか、聖体に何か不測の事態でも……!?

ふと見ると、相沢の机の上にも鞄が置かれたまま、本人の姿が消えていた。

その瞬間、悪夢のような予感が脳裏を駆け巡る。
あの時、夕闇の空き教室で相沢が下級生に見せつけていた、あの凄絶な密着プレイ――!

まさか……!? ナギ様が危ない!!

「っ……!」

俺は弾かれたように教室を飛び出すと、ナギ様のもとへ全速力で駆け出した。
……とはいえ、ナギ様は一体どこにおられるのだ!?
とりあえず校内の人目につかない場所、二人きりになれそうな怪しい物陰を片っ端から探して回った。だが、どこにもお二人の姿はない。

俺のあずかり知らぬ場所で、ナギ様がダーク信徒の毒牙にかかっているのでは――!?

「ナギ様! ナギ様ぁぁぁ……っ!」
「……渚なら、まだ印刷室でプリントの整理をやってもらってるぞ」
「……へ?」

廊下の角で、通りがかった担任の声が不意に響いた。
そうだ、失念していた。ナギ様は今日、係の仕事で放課後にプリント整理をされる予定だったのだ。
俺は一目散に印刷室へと爆走し、勢い任せに扉を押し開けた。

「ナギ様っ!」

ハァハァと息を荒らげる俺の視界に入ってきたのは――ナギ様と、あろうことか、その隣で親しげに作業を手伝う相沢の姿だった。

「よう、低級信徒。遅かったじゃねーか」

相沢の勝ち誇ったようなニヤけた笑みと、あからさまな煽り。それが鋭利な刃となって俺の胸をえぐる。
俺が呑気にレモングミを噛みしめている間に、あいつはナギ様のお手伝いという名誉あるポジションを奪い取っていたのだ。

「僕に何か用……?」

ナギ様の冷徹な眼差しに見下ろされ、俺はそれ以上言葉を紡ぐことができなかった。

「……お、お邪魔……しました……」

満足に空気も吸えないまま、俺は逃げるように教室へと引き返した。
何かが胸を強く圧迫して、息苦しい。隣に並んでいた二人の光景が、焼き付いて離れない。
俺はもう、ナギ様の筆頭信徒でも何でもないのだ。気の利かない、ただの無能な低級信徒だ。

悔しいはずなのに、なぜだかそれ以上に、正体不明のドロドロとした熱い感情が胸の奥から押し寄せてくる。
レモングミを噛み砕き、涙を必死にこらえながら、やり場のない感情を拳に込めて机を叩いた。

そうして一人、自席で突っ伏していると、しばらくして静かな足音が教室に戻ってきた。
ナギ様だ。俺は慌てて跳ね起きると、直角に頭を下げた。

「ナギ様! 大変申し訳ありませんでした! 俺、ナギ様のお仕事もお手伝いできず……完全に信徒失格です!!」

ナギ様は俺の目の前にスッと立ち止められると、どこか困惑したような、深い憂いを帯びた瞳で俺を見つめられた。

「……えっと、別に、信徒じゃなくていいんだけど……」
「……っ!?」

し、信徒じゃなくていい……!?
ついに、ついに破門されたというのか……!?
気の利かない使えない信徒だと、完全に切り捨てられてしまったのでは――!?

「……廣崎、もうそういうのは……」
「あ、あの! 相沢はどうしたんですか!?」

絶望のあまり思わず喰ってかかると、ナギ様は少し圧倒されたように言葉を詰まらせた。

「え?……なんか、下級生の子が呼びに来て、どこか行ったけど」

下級生……!? あいつ、ナギ様に手を出すのを阻まれた腹いせに、欲望の発散先を下級生に切り替えたな! どこまで不潔な肉食獣なんだ!

「そ、それで、プリントのお手伝いは大丈夫でしたか!?」
「ああ、うん……。颯真がうるさくてあんまり捗らなかったから、遅くなっちゃったけど」

……颯真、てめぇ!! 手伝うどころか神の足を引っ張りやがったのか!
それでも信徒か! ……だが、まだあいつには『レモングミ』というアドバンテージがある。今の俺の信仰心では、あいつに立ち向かう資格すら――いや待て、一人で抱え込んでいてどうする。

「ナギ様! よろしければこちらも召し上がってください!」

俺はポケットから新品のレモングミを取り出し、両手で捧げるように献上した。
すると、ナギ様は心底不思議そうな顔でそれを見つめ――

「いや……僕、レモングミあんまり好きじゃないから」
「……は? い、いやしかし! 相沢が、ナギ様が美味しそうに食べているのを見たと言って……!」
「ああ。あれ、課題が終わらなくて寝不足だったから、目覚まし代わりに食べてただけ」
「……っ!?」

……クソ相沢ぁぁぁぁぁッ!!!

ここ数日、偽情報に躍らされて強烈な酸っぱさに悶絶し続けた俺の血汗涙を返せ!!
握りしめたレモングミの袋が、メリメリと悲鳴を上げる。
真実は明かされた。あいつは信徒でも何でもない、ただのガセネタを撒き散らす邪教徒だ! 筆頭信徒の座は、依然としてこの俺のもの――!

「ナギ様! 今度こそ俺が全身全霊でお護りいたします!」
一瞬、ナギ様の美しすぎる瞳に小さな期待の光が宿った気がした。
だが、俺が口にした次の言葉――「この筆頭信徒めにおまかせください!」を聞いた瞬間。
ナギ様の顔から、スッと一切の感情が消え去った。

「……ハァ」

重く冷ややかなため息が、静まり返った教室に響く。

「……さよなら」

冷徹な一言を残し、ナギ様は鞄を肩に掛けると、振り返ることなく風のように教室を去っていってしまわれた。

「…………」

……デジャヴだろうか。
俺はまたしても夕暮れの教室にポツンと取り残され、なぜこうなったのかも分からないまま、口の中に残ったレモンの苦味をただ呆然と噛みしめていた。