拝むな、恋せよ!

今日は待ちに待った休日。
窓の向こうには晴れ渡る青空が広がり、初夏の日差しがカーテン越しに柔らかい光を投げかけている。
今日も世界は平和だ――。
朝からナギ様がおられるご自宅の方角に向けて、正座で静かに手を合わせ、祈りを捧げる。これぞ信徒にとって最も神聖な時間だ。

「おい、なんか飲み物ねーの?」

朝、昼、夜、ナギ様のことを考えない日はありません。どんなことがあろうと、たとえナギ様に嫌われようとも、この信仰心が消えることは一生ありません――。

「おいキモさか、無視すんじゃねーよ」
「ましろーん、俺牛乳でいいからさー。口の中がパサパサになっちゃって」
「……つーか、お前らうるさいんだよ!! 神聖な祈りが台無しじゃねーか!」

朝っぱらから俺の部屋でゴロゴロしながら、あんパンを貪っている二人の汚らわしい強欲自己中男たちへ、俺は殺意を込めた眼光を向けた。
なぜ俺は、休日の朝から相沢と遊李を家に上げてしまっているのか……。
理由は、つい数日前の出来事に遡る。

◇

ナギ様とサシで下校した翌日。いつもにも増して、ナギ様の俺に対するお態度が明らかによそよそしく、冷たかったのだ。
やはり、ナギ様を無事にお宅へお送りする道中での俺の言動に、何か重大な不敬があったと言わざるを得ない。俺のナギ様に対する信仰心には、まだ足りないものがあるのだ……。ナギ様はその未熟さに俺自身で気づかせようと、あえてこのような試練の塩対応をなさっているに違いない。

『相沢、そういうわけで、俺は己の無力さに負けた。代わりに死んでくれ……』
『……は? ふざけんなよキモさか! 勝手に一人で完結して生き残ろうとしてんじゃねーよ!』

フン、往生際の悪い男だ。もともとはこいつが幼気な下級生の純な心を弄んでいたのが悪いのではないか。そう喉まで出かかった正論を叩きつけてやろうとしたのだが、周囲の目を恐れた相沢に、思い切り暑苦しい手で口を塞がれた。

『これ以上キモさかと学校でこそこそ話してたら、マジで変な関係疑われるだろ!』

そうやって理不尽な圧力をかけられ、半ば強引に連絡先を交換させられたのだ。その恐ろしい結果が、今日のこの惨状である。
まさか相沢と二人きりで部屋に篭ろうものなら、万が一にも肉食獣の逆鱗に触れた際、何をされるか分かったものではない。そこで俺は『護身用』として同志の遊李を呼び寄せたのだが……蓋を開けてみれば、こいつは『護身用』ではなく単なる『ご飯用』だった。俺の部屋のローテーブルに山積みされた「ナギ様へのお供え物(回収済みあんパン)」を、黙々と無心で消化している。

仕方がないので一階のキッチンから冷えた牛乳を調達し、二人の前にダンと置いてやった。

「つーか、お前の部屋、意外と普通なんだな。キモさかのことだから、紀織の写真が部屋中に貼り付けられてんのかと思ってたわ」
「んなわけねーだろ!!」

心外な言いがかりに即座に噛みついたものの、鋭い推察力に冷や汗が流れた。
だが、甘いな相沢。部屋にナギ様の写真がないのは事実だが、隠し撮りなどという人道に反する暴挙を神に対して働けるはずがないのだ。
俺が所有している唯一の神像――それは一年生の最初に撮影したクラス写真である。その端っこに小さく写り込んだナギ様のお顔を、画像加工アプリで限界まで拡大し、粗いピクセルでぼやけてしまったナギ様のお姿を、俺は机の引き出しの奥底に密かに忍ばせて毎夜拝んでいるだけなのだから。

……そういえばこの前、一軍の連中がナギ様を囲んで楽しそうに写真を撮っていたっけ。あの時、俺がどんな気持ちで指をくわえて……否、なんて無礼で不躾な奴らなんだと憤怒の炎を燃やしながら見つめていたことか。

「あーあ、キモさかがミスったせいで、誤解を解く計画が台無しじゃねーかよ」
「だから、お前の不純な計画など、初めから手伝うつもりはないと言っている。俺は筆頭信徒の名にかけて、ナギ様をお守りするだけだ」
「あのさ、筆頭信徒だか何だか知らねーが、だいたいどうやったら一緒に帰るだけで紀織の怒りを買えるんだよ。お前、そもそも最初から好かれてねーんじゃねーの? で、パシリとしても使えねー奴だって切られたとか」
「そ、そんなことはない! ……はずだ」

……いや、待てよ。
確かに俺はあの日、「無事に城までお送りする」という使命に囚われるあまり、鞄持ちという信徒としての基本的なお給仕すら怠っていた。気の利かない使えない信徒だと思われてしまったのだろうか……。だからナギ様はあの時、一瞬だけあんなにも鋭く「信徒」という言葉に反応されたのか……!?

「……信徒失格だな」
「あ、そういえばマシロン、まだナギ様の食の好み聞けてないよね? 前に言ったよね、次失敗したら信徒失格だって〜」
「ッ……!!」

信徒失格――!?
そんな……まさか……。
俺はナギ様に、こんなにも純粋で無垢な祈りを捧げ続けているというのに……!
あまりの衝撃と絶望に、言葉を失ってその場に崩れ落ちそうになる。

そんな俺の傷口に、塩を塗り込むように相沢が追撃を仕掛けてきた。

「ちなみに、俺は紀織の好みくらい知ってるぜ。あいつ、レモングミが好きなんだよ。この間、美味そうに食べてるとこ見たからな」

相沢がドヤ顔で言い放つ。
その瞬間、頭を巨大なハンマーで殴られたような強い衝撃が走った。

俺がどれだけ苦労しても聞き出せなかった神の御好みを、この男はいとも簡単に解明していたというのか……!
ちくしょう、完敗だ……! 保存が効く上に、甘すぎないすっぱい系が好きという完璧すぎる分析。

「……今日から、信徒交代だな」

相沢はニヤリと口角を上げ、不敵な悪の笑みを俺に向けた。
まずい。最悪の邪教徒――「ダーク信徒」が爆誕してしまった……!

「新しい信徒様ー! 俺の宝くじの当選運を上げてください!」
「遊李ぃ! お前はどこまで現金で薄情な奴なんだ!!」

あっさりと乗り換えた裏切り者に天罰が下ることを祈る俺を横目に、相沢はふてぶてしい態度で新しいあんパンの袋を開け、豪快にかぶりついた。

「低級信徒。牛乳、おかわり」
「……っ」

威風堂々と差し出されたコップを拒絶することもできず、俺は悔しさに震える手で、ダーク信徒のコップへと静かに牛乳を注ぐのだった。