俺はなぜナギ様のご帰宅をお供させていただけることになったのか……。
神の隣を歩くことなど恐れ多すぎて、5歩先を行かれるナギ様の美しい背中を追いかけながら、その疑問に一人頭を悩ませていた。
やはり、俺の信徒としての資質と忠誠心を試されているのだろうか……。
信徒であるはずの俺が信頼を裏切るような真似(完全な誤解だが)をしたせいで、人を信じられなくなったナギ様が、もう一度俺を試し、真実の忠誠心を見極めようとなさっているのかもしれない!
そういえば、ナギ様がさっき教室で読んでいらっしゃった文庫本。ブックカバーの隙間から「太宰治」の文字が一瞬見えた気がする。俺はハッと気づいてしまったのだ。
――『走れメロス』。邪悪な王に立ち向かい、友を助けるために己の命を懸けて疾走する男の物語だ。
正直、相沢を友と思ったことなど一度もないし、あいつを助けるために走るなんて死んでもごめんだ。だが、行かなければ俺のナギ様への忠誠心に関わってしまう! 忠誠心のために、俺は走るのだ! 城(ナギ様のご自宅)まで無事に送り届け、ナギ様に俺の不滅の忠誠心を証明してみせる! そうすれば、ナギ様もきっと俺たちの無実を信じてくださるに違いない!
城まで、俺はどんな試練にも打ち勝って、走り抜けてやる!
――走れ、俺!!
「……廣崎、あんまり走ると危ないよ?」
背後から、鈴の音のような低く澄んだお声が響いた。
「……あっ!」
しまった! 気合を入れすぎて『走れメロス』に感情移入するあまり、いつの間にかナギ様を5メートル以上も置き去りにして爆走していた!
小走りぎみに俺を追いかけてきてくださるナギ様のお姿に、俺は顔面蒼白になりながら、直角以上の勢いで深々と頭を下げる。
「す、すみませんっ! ナギ様を走らせてしまうなど、万死に値する暴挙……っ!」
冷や汗をダラダラと流しながら平伏すると、ナギ様は呆れたように、けれどふっとお口元を可憐に緩められた。
「……いいよ。一緒に、歩こう」
「……っ!」
なんと恐れ多い神のお戯れ……! さっそく第一の試練発生だ。
神のお隣を並んで歩くなどという不敬が許されるはずもない。俺は慌てて半歩後ろに身を引いて歩調を合わせた。すると、ナギ様も俺の動きを察したように、わざわざ歩くスピードを緩めてくださったのだ。
クソッ、これじゃあ日没までに城に着かなくなってしまう!!
急げば神を追い抜かしてしまうし、半歩下がれば歩調が遅くなる。
ナギ様のご慈悲と優しさは死ぬほど嬉しいが、俺には日没までにナギ様を無事にお宅へお送りするという絶対の使命があるのだ!
もどかしい歩調を保ちながら歩く夕暮れの通学路。時折、風の悪戯で触れそうになるナギ様の指先に、俺はひどい手汗をかきながら必死に拳を握りしめた。なんだか全身が妙に熱い。神の聖なるオーラを至近距離で浴びすぎて、体がオーバーヒートを起こしているのだろうか。
半歩下がってはスピードが落ち、最終的に歩調が噛み合わなくなった俺たちは、とうとう道端で完全に立ち止まってしまった。
「ナギ様、俺のことは気になさらず、どうぞお先に歩を進めてください!」
そう言って一歩身を引いたが、ナギ様はその場を動こうとせず、スッと俺の方へ美しいお身体を向けられた。
「……ねぇ、廣崎は、颯真が好きなの?」
唐突に投下された不穏すぎる質問に、跳ね上がった心臓が口から飛び出しそうになる。
「そそそ、そんなことは天地がひっくり返っても絶対にありません! 遊李だってただの友達で……いや、あいつは友達以下のただの強欲な同志というだけで!!」
「……それは、本当に信じていいの?」
ナギ様がさらに一歩詰め寄られ、至近距離から覗き込まれた。ガラス細工のように美しい瞳が、こちらの嘘や誤魔化しを一切許さない鋭さで、俺の魂を射貫くように見つめてくる。
「もももちろんです! 天地神明に誓って、俺の心におられるのはナギ様ただお一人だけというか……っ!」
言葉の限りを尽くし、純度100%の信仰心をぶつけた。
するとナギ様は、真偽を探るようにしばらくじっと俺の瞳を見つめられた後、「ふーん」と小さく吐息を漏らした。そして、どこか月モノが落ちたような、少し安心したような柔らかい表情になられたのだ。
信じてくださったのだろうか……!? 確信が持てず、俺は追い打ちをかけるように熱い忠誠を重ねた。
「俺はこれからもずっと、ナギ様だけにお仕えしていきます! 一生、筆頭信徒として……!」
「……信徒、として?」
次の瞬間。ナギ様のお顔から、すっと温もりが消え失せた。
まるで冷たい影が落とされたかのように、表情が凍りついていく。
なぜだ……!? 何か気に障るような不敬を口にしてしまったのだろうか。もしかして、「一生」などという言葉が少し図々しすぎただろうか……!?
ナギ様のお顔はいつの間にか、初対面の頃のような、立ち入りを拒むクールで完璧な「神」の仮面に戻っていた。そして、何事もなかったかのように冷ややかなお声を響かせた。
「……廣崎、ここまででいい。じゃあ、また明日」
「……えっ、え!?」
唐突に切り出された別れの言葉に、俺の思考は完全にフリーズした。
ナギ様は一度も振り返ることなく、長い影を引きながら、静かに、けれど速い足取りで去っていかれてしまった。
俺はその場に取り残され、夕闇が迫る道端で、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
(……まさか、城にたどり着けずに終わってしまった……)
相沢よ、俺はお前を助けてやることができなかった……。俺の代わりに死んでくれ……。
俺は日没の赤から群青へと変わる空の下で、自分だけは助かった(誤解が解けた)のか、それとも相沢とともに惨殺された(切り捨てられた)のかも分からぬまま、絶望の深い深いため息を吐き出すのだった。
神の隣を歩くことなど恐れ多すぎて、5歩先を行かれるナギ様の美しい背中を追いかけながら、その疑問に一人頭を悩ませていた。
やはり、俺の信徒としての資質と忠誠心を試されているのだろうか……。
信徒であるはずの俺が信頼を裏切るような真似(完全な誤解だが)をしたせいで、人を信じられなくなったナギ様が、もう一度俺を試し、真実の忠誠心を見極めようとなさっているのかもしれない!
そういえば、ナギ様がさっき教室で読んでいらっしゃった文庫本。ブックカバーの隙間から「太宰治」の文字が一瞬見えた気がする。俺はハッと気づいてしまったのだ。
――『走れメロス』。邪悪な王に立ち向かい、友を助けるために己の命を懸けて疾走する男の物語だ。
正直、相沢を友と思ったことなど一度もないし、あいつを助けるために走るなんて死んでもごめんだ。だが、行かなければ俺のナギ様への忠誠心に関わってしまう! 忠誠心のために、俺は走るのだ! 城(ナギ様のご自宅)まで無事に送り届け、ナギ様に俺の不滅の忠誠心を証明してみせる! そうすれば、ナギ様もきっと俺たちの無実を信じてくださるに違いない!
城まで、俺はどんな試練にも打ち勝って、走り抜けてやる!
――走れ、俺!!
「……廣崎、あんまり走ると危ないよ?」
背後から、鈴の音のような低く澄んだお声が響いた。
「……あっ!」
しまった! 気合を入れすぎて『走れメロス』に感情移入するあまり、いつの間にかナギ様を5メートル以上も置き去りにして爆走していた!
小走りぎみに俺を追いかけてきてくださるナギ様のお姿に、俺は顔面蒼白になりながら、直角以上の勢いで深々と頭を下げる。
「す、すみませんっ! ナギ様を走らせてしまうなど、万死に値する暴挙……っ!」
冷や汗をダラダラと流しながら平伏すると、ナギ様は呆れたように、けれどふっとお口元を可憐に緩められた。
「……いいよ。一緒に、歩こう」
「……っ!」
なんと恐れ多い神のお戯れ……! さっそく第一の試練発生だ。
神のお隣を並んで歩くなどという不敬が許されるはずもない。俺は慌てて半歩後ろに身を引いて歩調を合わせた。すると、ナギ様も俺の動きを察したように、わざわざ歩くスピードを緩めてくださったのだ。
クソッ、これじゃあ日没までに城に着かなくなってしまう!!
急げば神を追い抜かしてしまうし、半歩下がれば歩調が遅くなる。
ナギ様のご慈悲と優しさは死ぬほど嬉しいが、俺には日没までにナギ様を無事にお宅へお送りするという絶対の使命があるのだ!
もどかしい歩調を保ちながら歩く夕暮れの通学路。時折、風の悪戯で触れそうになるナギ様の指先に、俺はひどい手汗をかきながら必死に拳を握りしめた。なんだか全身が妙に熱い。神の聖なるオーラを至近距離で浴びすぎて、体がオーバーヒートを起こしているのだろうか。
半歩下がってはスピードが落ち、最終的に歩調が噛み合わなくなった俺たちは、とうとう道端で完全に立ち止まってしまった。
「ナギ様、俺のことは気になさらず、どうぞお先に歩を進めてください!」
そう言って一歩身を引いたが、ナギ様はその場を動こうとせず、スッと俺の方へ美しいお身体を向けられた。
「……ねぇ、廣崎は、颯真が好きなの?」
唐突に投下された不穏すぎる質問に、跳ね上がった心臓が口から飛び出しそうになる。
「そそそ、そんなことは天地がひっくり返っても絶対にありません! 遊李だってただの友達で……いや、あいつは友達以下のただの強欲な同志というだけで!!」
「……それは、本当に信じていいの?」
ナギ様がさらに一歩詰め寄られ、至近距離から覗き込まれた。ガラス細工のように美しい瞳が、こちらの嘘や誤魔化しを一切許さない鋭さで、俺の魂を射貫くように見つめてくる。
「もももちろんです! 天地神明に誓って、俺の心におられるのはナギ様ただお一人だけというか……っ!」
言葉の限りを尽くし、純度100%の信仰心をぶつけた。
するとナギ様は、真偽を探るようにしばらくじっと俺の瞳を見つめられた後、「ふーん」と小さく吐息を漏らした。そして、どこか月モノが落ちたような、少し安心したような柔らかい表情になられたのだ。
信じてくださったのだろうか……!? 確信が持てず、俺は追い打ちをかけるように熱い忠誠を重ねた。
「俺はこれからもずっと、ナギ様だけにお仕えしていきます! 一生、筆頭信徒として……!」
「……信徒、として?」
次の瞬間。ナギ様のお顔から、すっと温もりが消え失せた。
まるで冷たい影が落とされたかのように、表情が凍りついていく。
なぜだ……!? 何か気に障るような不敬を口にしてしまったのだろうか。もしかして、「一生」などという言葉が少し図々しすぎただろうか……!?
ナギ様のお顔はいつの間にか、初対面の頃のような、立ち入りを拒むクールで完璧な「神」の仮面に戻っていた。そして、何事もなかったかのように冷ややかなお声を響かせた。
「……廣崎、ここまででいい。じゃあ、また明日」
「……えっ、え!?」
唐突に切り出された別れの言葉に、俺の思考は完全にフリーズした。
ナギ様は一度も振り返ることなく、長い影を引きながら、静かに、けれど速い足取りで去っていかれてしまった。
俺はその場に取り残され、夕闇が迫る道端で、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
(……まさか、城にたどり着けずに終わってしまった……)
相沢よ、俺はお前を助けてやることができなかった……。俺の代わりに死んでくれ……。
俺は日没の赤から群青へと変わる空の下で、自分だけは助かった(誤解が解けた)のか、それとも相沢とともに惨殺された(切り捨てられた)のかも分からぬまま、絶望の深い深いため息を吐き出すのだった。

