拝むな、恋せよ!

ナギ様に相沢との関係を誤解され、あの後大慌てで後を追ったものの、時すでに遅くナギ様はすでに帰宅されたあとだった。

生きた心地がしないまま迎えた翌朝。
登校してこられたナギ様のお姿を認め、俺は心臓をバクバクと暴れさせながら、意を決して話しかけた。

「あ、あの……、ナギ様……っ」

ナギ様はちらりとこちらに美しい瞳を向けられたものの、すぐにどこかよそよそしく視線を逸らしてしまわれた。
明らかに、いつものナギ様と雰囲気が違う……!
神に仕える身でありながら、あの大悪党・相沢と破廉恥極まりない接触を図っていた(と誤解されている)俺に、心底幻滅されてしまわれたのだろうか……!?

だが、すべては天地神明に誓って誤解なのだ!
一刻も早くこの最悪な濡れ衣を晴らすべく、無礼を承知で言葉を紡ごうとした――まさにその時だった。

「紀織、昨日のあれは誤解なんだよ!」

必死の形相で、俺以上に無礼な勢いでナギ様の前に立ちはだかったのは相沢だった。

「……えっと」

ナギ様は困惑したように、けれど相沢に対してもどこか冷ややかに視線を彷徨わせる。
本来ならば、ナギ様がこれほどお困りの時点で迷わず『角度調整済み消しゴム』を相沢の足元へ転がすところだが、今回ばかりは俺も共犯(被疑者)の扱いだ。そうもいかない。

「そうなんです! あれは完全な誤解で、俺とこいつの間には何もなくて……!」
「何も、ない? ……えっと、……うん」

明らかにぎこちない、冷え切ったお声。俺たちの必死の弁明を1ミリも信じていらっしゃらないことが痛いほど伝わってくる。

「紀織、本当なんだって! 大体、俺がこんな奴とどうこうなるわけないだろ!」
「俺だって、こんな奴死んでもお断りです!!」

吐き捨てた瞬間、相沢からナイフのような視線で睨まれたが、信徒としてのプライドに関わる本心なのだから譲れるはずもない。

するとナギ様は、氷のように鋭く冷静なお声を上げられた。

「……それなら、二人はあそこで何をしていたの?」

「「……そ、それは……っ」」

核心を突く鋭利な刃に、俺と相沢の声が綺麗に重なった。
一瞬で言葉に詰まった俺たちを見て、ナギ様の美しい眉がピクッと不快そうに揺れる。しまった、このままでは不貞を認めたも同然になってしまう……!

「相沢が俺に、その……っ」

この際、相沢の「男が好き」という秘密を暴露してしまおうかとも頭をよぎった。だが、『バラしたらタダじゃおかねーぞ』という幻聴とともに、相沢から刺すような殺気が飛んできて思わず口をつぐんでしまう。くそっ、あらかじめ口裏を合わせておくべきだった……!

「……ちょっと言い争いになって、そしたら相沢が強引に迫ってきたんです!」

必死の思いで相沢の秘密に触れないギリギリの言い訳を捻り出すと、案の定、相沢がつっかかってきた。

「ちょっと待てキモさか! それじゃ俺が一方的に襲いかかったみたいだろうが!」
「事実だろ! お前が俺を挑発するようなこと言うから……っ」
「お前が俺を逆撫でするような口叩いたからだろ! あんなこと言われりゃ誰だってカッとなって迫りたくもなるわ!」

……はっ!!

熱くなりすぎて、自分が何を口走っているのか気づいた時には遅かった。
ナギ様が白磁のような美しい頬をほんのりと赤く染め、可憐なお口元を手で覆いながら俯いていらっしゃる。

「……そんなにも、理性を抑えられないくらい……すごいことをしていたんだね」

溢れ出る極寒の空気。軽蔑と動揺の混ざり合った、酷く冷ややかなお声が教室に響き渡った。

「「……は?」」

……しまったぁぁぁーーー!!!
『相沢の圧』に屈して肝心な『口封じの喧嘩』という部分をぼかしたせいで、ナギ様の脳内でとんでもないピンク色の地獄絵図へと上書き保存されてしまった!!
マズイ! 絶対にマズイ! 絶妙に命取りだ!!

俺と相沢は顔を見合わせ、同時に絶望で顔を歪ませた。
まさにその時である。俺たちのすぐ横を、同志(のはずの)遊李が呑気に通りかかったのだ。

俺は藁にも縋る思いで、遊李の制服の袖を掴んだ。

「遊李! お前からも言ってくれ! 俺と相沢、怪しい関係どころか友達でも何でもないよな!?」

遊李は一瞬目をぱちくりさせ、俺と相沢、そして冷気を纏うナギ様を交互に見つめた。
(頼む遊李! 俺のこの血の涙を流さんばかりの顔から察してくれ……! お前のその無駄に回る口で、この絶体絶命の窮地を救ってくれ!!)

心の叫びが届いたのか、遊李はハッとしたように目を見開いた。そして、満面の笑みで口を開いたのだ。

「あー……俺という存在がありながら相沢くんにまで手を出すなんて、マシロンったらマジで浮気者〜。ちょっと嫉妬しちゃうな〜」

「……っ!?」

……遊李ぃぃぃーーーーーー!!!
このクソバカたれがーーーーー!!!

冗談を叩き込んでいい空気じゃねえんだよ!!
人生最大級の殺意をみなぎらせ、巨大隕石級の爆弾発言を投下した遊李を血走った目で睨みつける。さすがの能天気男も教室の異様な冷気(絶対零度)に気づいたのか、「じゃ」と一言残して煙のように去っていった。

待て!! 逃げるな遊李!! 爆弾だけ置いて去るんじゃねえ!!

惨劇のあとに残されたのは、粘度の高い気味の悪い沈黙だった。
俺は恐る恐る、神の御顔へと視線を向けた……。

ナギ様は絶句したご様子で、固くお口を閉ざされている。
終わった。完全に終わった。
相沢との密会(誤解)どころか、俺が遊李と相沢を天秤にかける『最悪の泥沼二股男』として脳内フォルダに格納されてしまった……!!

「ナギ様! これはマジで違っ――」
「……僕、鞄を置きに行ってくるから」

スッと席をお立ちになったナギ様は、俺の悲痛な叫びを遮り、逃げるように教室を去っていかれた。

残された俺と相沢は、その場に崩れ落ちるようにして神の後ろ姿を見送り……そして、固い決意(復讐と同盟)を目で交わし合うのだった。