恋愛相談する相手、間違えました。

 「守……本当にごめん」

 え……?

 「MIKUの正体。実は、俺なんだ。ずっと隠していてごめん」

 うん。知ってたよ。

 俺は絶望した――


 MIKUの正体を今まで明かしてくれなかった潤に。


 それを知った、最初は。だけど今は、


 先に気持ちを伝えることができなかった自分に。

 「何回も言おうと思っていたんだ……だけど――」

 この先、潤が言うことが気になる。だけど、振られる前に、先に俺の気持ちを伝えたい。

 だから、

 「ちょっと待って、潤。先に言わせて……」

 俺は、潤の顔を見つめた。

 今まで何度も、MIKUさんに、潤に、相談してきた。

 好きってどういうことなのか。

 どうしたら自分の気持ちが分かるのか。

 何度考えても、答えが出ないときもあった。

 でも、分かったんだ。

 潤と一緒にいると嬉しい。

 潤にいつも笑っていてほしい。

 潤が俺以外の誰かと楽しそうにしていると寂しい。

 この気持ちが、俺の「好き」の形だってことに。

 「俺は……」

 一度、言葉に詰まった。

 それでも、今度は逃げたくなかった。

 「俺は、渡辺潤が好きだ」

 「うん」

 さらに潤の目から涙がこぼれる。

 これ以上、潤を泣かせたくなかった。

 気づいたら俺は潤のもとへ走り、思い切り抱きしめていた。

 「今日も、本当にごめん。俺が潤のこと好きって思ってること、すでにばれていたって考えると恥ずかしくて、情けなくて。振られるのが怖くて。だから、あんな避ける態度をとった」

 「うん」

 「夏休みも潤と顔を合わせるのがなんか気まずくて、部活があるからって言って断った」

 俺が潤の肩に顔をうずめて話している間、潤はうなずきながら、ずっと俺の頭を撫でてくれていた。

 「守、ありがとう」

 そう言って、潤が俺の肩に手を置く。

 「俺も今日、伝えようとしていたことがあったんだ」

 潤は少し息を吸ってから、話し始めた。

 「MIKUとして、相手が守だと知らずにチャットしていたとき、最初は、この人の相談に乗りたいっていう気持ちだった。相談に乗っていくうちに、相手が守だって気づいて……」

 MIKUさんとチャットをしていた日々の記憶が蘇ってくる。

 「守が俺のことを好きになってくれたって知って、本当に嬉しかった。そこで俺は、守とのチャットはやめるべきだったんだ」

 潤の言葉を、俺は黙って聞いていた。

 「だけど……どんな手を使ってでも、俺は守のことを手に入れたかった」

 その言葉に、思わず顔を上げる。

 「俺が守の気になる人になった日よりも前から、俺は守のことが好きだったから」

 ……え?

 考えもしなかった言葉に、理解が追いつかない。

 「守、こんな形になってごめん」

 潤は少しだけ目を伏せた。

 そして、俺の目をまっすぐ見つめる。

 「俺は、守が好きです」

 顔を上げると、潤は涙を浮かべながら俺に微笑んでいた。

 その姿は、俺が今までで見たどんなものよりも美しかった。

 「俺と付き合ってほしい」

 「うん……こんな俺でいいの?」

 潤は俺のどこが好きなの?

 いつから好きなの?

 そんな疑問が次から次へと浮かんでくる。

 その間も、潤はまっすぐな目で俺だけを見つめていた。

 「俺は、守じゃないとだめなの。俺だけの守になって」

 「……うん」

 潤の、潤んだ瞳が徐々に近づく。

 「もう練習じゃないから」

 潤の腕が俺の肩に回り、目を閉じた瞬間、唇が重なった。

 唇に伝わる潤の温もりが心地よくて、ずっとこうしていたかった。

 「……ん」

 何度、お互いに角度を変えて唇を重ね合ったのか分からない。

 静かな波音が聞こえてきて、俺はようやく我に返った。

 「ちょっ、ちょっと待って。ここ海辺だよ」

 急いで離れた俺に、潤は不安そうな顔をする。

 「今は周りに誰もいないよ」

 「だけど……」

 「まあ、これからいっぱいできるから。お楽しみは後にとっておこうか」

 そう言いながら、潤が俺に手を伸ばす。

 その手に自分の手を重ね、強く握った。

 潤も、握り返してくれる。

 そのまま俺たちは手を繋いで、並んで歩き始めた。

 さっきまで聞こえていた波の音が、今はどこか心地よく感じる。

 つないだ手から伝わる温かさに、潤が隣にいることを実感する。

 今日まで、ずっと分からなかった。

 「好き」って、どういう気持ちなのか。

 でも今は、少しだけ分かる気がする。

 好きな人と一緒にいると、こんなにも嬉しいんだ。

 俺は潤の手を握ったまま、ゆっくりと砂浜を歩いた。



 「そういえば、なんで潤は俺がチャット相手だって分かってからも、チャットを続けたの?さっきも少し言ってたけど……」

 「ああ……まあ、それは……」

 言葉を詰まらせる潤に対して、悪い答えが返ってこないかとドキドキする。

 「簡単に言うと、俺がどうしても守と両思いでいたかったからだよ」

 予想外の答えに、俺は何も返せずにいる。そんな俺を見て、潤が続ける。

 「守が俺のことをどう思っているかを少しでも多く知っていれば、俺は守に嫌われるようなことをするのを防げるかもしれない。もっと守に好きになってもらえるかもしれない、って思ってそれを願ったからだよ」

 俺のことを、そんなに想ってくれていたんだ……。

 今まで知らなかった潤の思いに、驚きを隠せない。

 「自分のためだけに隠して、こんなことやっていたなんて、気持ち悪いよね。しかも、こんな形で守に知られることになって、本当にかっこ悪いよな」

 「たしかに。潤はずるい……。俺だけ自分の気持ちを知られて、本当に嫌になったし」

 「……ごめん」

 「だけど、そんなに俺のこと好きでいてくれていたなんて……」

 「それは好きだよ!」

 急に大きくなった潤の声に、少しびっくりする。

 「一年生の頃に守を見たときから、俺はこの人と仲良くなりたいって本気で思った。理屈なんかじゃなくて、直感で」

 「そんなに球技大会のときの俺、かっこよかったか? 別に普通だと思うけど。汗だくだったし」

 「それがかっこよかったんだよ。俺がスポーツをできないから、こんなに俊敏に動ける人がいるんだって驚いた」

 独特な潤の感想に、思わず笑ってしまう。

 「まあ、あれでもバスケ部の中だと全然俊敏じゃないんだけどね」

 驚いた顔をする潤が面白くて、俺は続けて笑った。

 そんな間も、潤の体温が手を通して伝わってくる。

 手をつないでいるだけで、こんなにも隣にいることを感じられるんだ、と思った。

 「守、今なんか考え事してたでしょ?」

 「……え? なんもしてない、してない」

 「いーや。絶対に考えてた」

 俺のことを分かっている潤に、またもや驚く。

 「あの……手繋いでると、こんなにも温かいんだなって思って……」

 俺は語尾を濁しながら、言うので精一杯だった。

 そんな俺を見て、潤が隣で嬉しそうな顔をしているのが分かる。

 「じゃあ、手はこうやって繋ごう」

 潤の指が、俺の指に絡まる。

 緊張で、自分の手汗がひどいことだけは分かる。

 「え……っと、これは?」

 「え? 守、知ってるでしょ。こっちは恋人つなぎ」

 恋人つなぎというものは知っている。

 知っているし、元カノともしたことはある。

 そして、いつの日か、潤にこれと同じように手を繋がれたこともあった。

 だけど、今日はそれらとは何かが違った。

 「知ってるけど……俺、好きな人とこういうことするのって初めてで……」

 俺の手をつなぐ潤の手に、少し力が入る。

 「そんな可愛いこと言われても、俺、今日は何も守にしてあげられないよ」

 「今日は、もうこれで十分です……」

 これ以上は、俺の心臓が持たない。

 潤が何かを思いついたような顔で、こっちを向く。

 「俺と初めてキスした日、覚えてる?」

 「覚えてる」

 あの日のことを忘れるはずがない……。

 「今もやばいけど、あの日もやばかったな」

 「そう、あの日も……!」

 俺は思い出した。

 俺が気になる人とうまくいくように、潤が勝手に「練習」を始めてきたことを。

 「潤!俺の気になる人が自分だって分かってて、あんなことしたんだろ?」

 「まあ……練習を始めたときには、守の気になる人が俺ってことは知ってたけど……」

 潤は焦ったように、言葉に詰まっている。

 「はーー。テスト前に潤の家に行ったときとか、あのあと帰って勉強どころじゃなかったんだから」

 今でも思い出すだけで、ドキドキするような思い出だ。

 「ああ。あのときね」

 潤は苦笑いをして、なんとかごまかそうとしている。

 そんなところも可愛いと思ってしまうのは、俺が潤のことを好きだからなのだろう。

 「まあ、これからはお互いの気持ちを確かめ合ってからだからな」

 「……え?」

 「……え? 俺、なんか変なこと言った?」

 「いや、言ってない。じゃあ……」

 じゃあ……なんだろうか。

 「今、守のこと抱きしめてもいい?」

 「今? 今は、だめ」

 「えーーー。なんで?」

 今にも抱きしめそうな潤を抑えながら、自分の鼓動を抑えるのに精いっぱいだった。


 太陽がゆっくりと水平線へ沈み、空をオレンジ色に染めていた・

 夕陽に照らされた潤の横顔を見ながら、俺は歩幅を合わせる。

 これからはそばにいて、話をできる人がいる。

 そう思うと、自然と頬が緩んだ。