MIKUさんからの返信が来たことに、朝起きてから一番に安堵する。
『そうですよね。本当にホットレモンと彼には助けられました』
朝の準備を進めていると、また通知が鳴る。
『あまりそのことは気にしなくていいと思うよ』
『そうしようと思います。お話聞いてくれてありがとうございます!』
MIKUさんの言う通り、潤が言っていた言葉に意味はなく、あまり気にしなくていいことなのだろうと思った。
そう思っていたかった。
だけど、物事はそんなに自分たちの都合よく進まないらしい。
気づかないほうがいいこととは、このようなことを言うのだろう。
――夏休み一週間前。
「よーし。あと一週間で夏休みだーーー」
光輝がガッツポーズをしながら、教室で声を上げる。
「夏休み、四人で遊びに行かね?」
「いいね」
「どこ行くー?」
「やっぱり夏といえば海だろ」
「海はまちがいない」
四人の予定が空いているのが夏休みの終盤、八月の終わりしかなかったため、その日に県内の海に行く約束をした。
昼休みの後は、クラス移動をする生物の授業だ。
昼ご飯の後の授業ほど眠いものはない。いかに睡魔と戦えるかの時間になる。
潤は、もう移動したのか……。さっきまで机にあった教科書がなくなっている。
そこに、ぽつんとスマホだけが残されている。
「これって潤のだよね?」
光輝に一応確認する。
「そうだったと思う。潤、大事なスマホ置き忘れるなんて」
笑いながら光輝が言う。
俺は移動教室まで潤のスマホを持っていくことにした。
――ピロン。
通知音が鳴った。自分のスマホかと思って確認するが、通知は来ていない。
気になって、潤のスマホをタップする。
『MIKUにAmiさんから返信が来ました
相談聞いていただきありがとうございました。』
画面に映っている通知バーを見て、頭が真っ白になる。
……え。どういうこと?
しばらく俺は、その意味を理解することができなかった。
潤のスマホにMIKUさん宛てのメッセージが届いているということは……。
MIKUさんの正体は、潤だったということになる。
あまりの急展開に、頭が追いつかない。
いつの間にか終わっていた授業、部活。
その間もずっと、俺はそのことについて考えていた。
すなわち、俺は好きな人本人に恋愛相談をしていたことになる。
このことを潤は気づいていませんように。
そう願ったが、その願いも一瞬で砕かれる。
ホットレモンの出会いの話をしている時点で、その相手は一人に絞られる。チャットしている相手が俺だということも、潤には明らかになってしまう。
……終わった。
俺の恋は、本人に直接気持ちを伝える前に終わってしまったのかもしれない。
夏休みも始まり、潤とも顔を合わせることがなくなった。
MIKUさんとも、基本的に俺が相談したいときに連絡して、MIKUさんが答えてくれるという感じのチャットの場だったため、最近はやり取りをしていない。
何度か潤から遊びの誘いはあった。
だが、気持ちの整理がいまだにできない俺は、「部活があるからごめん」という言い訳を繰り返し使い、誘いを断った。
本当は潤に、今すぐにでも会いたい。
だけど、どんな顔をして会えばいいのか分からない。怖い。
そんな思いが、ぐるぐると頭をよぎる。
そもそも、なぜ潤は気づいていながらも、俺からの自分に関する恋愛相談に乗り続けたのだろうか……。
どれだけ考えても、分からない。相談できる人も、今はいない。
そして、海当日――。
学校近くの駅に集合して、海まで向かう。
「よーし、みんな集まったし海まで行くぞー!」
そう言いながら、光輝がそれぞれに忘れ物はないかを確認していく。
「あいかわらず光輝は元気だな」
「そうだね」
久しぶりに顔を合わせた潤は、夏休み前と変わらない様子だった。
それはそうだろう。きっと、潤は今も俺にMIKUの正体がばれていないと思っている。
俺だって、そうしたかった。
「潤、夏休み誘ってくれてたのに、一回も会えなくてごめん……」
「仕方ないよ。守は部活頑張ってるし……ほんとうにお疲れさま」
「……ありがとう」
俺が潤のことを好きだと知っていると思うと、恥ずかしくなり、会話もままならなかった。
そんな気持ちに耐えることができなくなり、俺は今日一日、潤のそばから離れることにした。
電車の席も潤と離れた席に座る。
昼ご飯も、対角線上に座る。
「奏汰ー。一緒にアイス買いに行こうぜ」
「お! いいね。ちょっくらコンビニ行くか!」
隙があれば、奏汰か光輝と話したり、一緒に行動したりする。
そんなことを必死に繰り返していると、いつの間にか日が暮れていた。
「アイス、潤と光輝が何選ぶか気になるね」
「そうだな……。あのさ、守。潤となにかあった?」
まあ、そうだよね。
あからさまに距離を取っている俺の行動を、周りが気にしないはずがない。
「うーん。直接なにかあったわけではないんだけど、ちょっと気まずくて」
「無理に言わなくてもいいけど、なにか相談とかあったら俺らのことも頼ってよ」
「うん。ありがとう。ごめんな、気を遣わせちゃって」
「そんなこと気にしないでいいし、謝んないでほしい。だけど、傷ついているとしたら潤のほうだと思うよ」
「え……?」
「いや、だって想像してみてよ。守が久しぶりに会った友達に、今までと違う態度をあからさまに取られたら嫌じゃない……?」
潤にそんな態度を取られる想像をする。
……嫌だし、かなり傷つく。
「傷つくよな。だから俺と奏汰とかの心配するよりも先に、今すぐ潤の心配をしたほうがいいよ。なにがあったかは分からないけど」
俺は自分のことで精いっぱいで、潤の気持ちなんて少しも考えられていなかった。
なんで潤は俺に隠してMIKUさんとしてチャットをし続けたのか、とか。
なんで俺にキスまでしたのか、とか。
そんなことばかり考えて、目の前の潤に向き合えていなかった。
「ありがとう。光輝。俺、やっぱり間違えてた」
ははっ、と声を出して光輝が笑う。
「同じクラス二年目だからな。お前の顔見たら、なんとなく分かるわ」
SNSには、SNSだけの良さがある。
ただ、現実の友達だからこそ言えること、分かり合えることもあるのだと実感した。
「もう日が暮れちゃうよー」
「ほんと一日早かったな。部活の一日はあんなに長いのに」
今日の思い出に浸りながら、俺たちは帰りの準備をする。
潤のほうを見ると、黙々と一人でテントの片づけを進めている。
心なしか、その横顔は悲しそうに見える。
俺、今日ほとんど潤と喋ってない。顔も見ていない。
俺は今日、何で笑っていたのだろうか。何を話していたのだろうか。
潤は何を見て、何をして笑っていたのだろうか。
楽しかったはずの時間が、分からなくなっていく。
俺はなんてひどいことをしたのだろうか。
自分が奏汰と光輝、そして潤にひどいことをしたことだけは分かる。
ちゃんと潤と話そう。
もう一度、そう思った。
片づけが終わり、思いの限り写真を撮り終えた俺たちは、帰りの電車を調べていると、
「ごめん。俺と奏汰、この後二人で近くのお店に行こうって話してて、だから帰りは別でいい?」
「悪いな」
そう言って二人は俺に目配せをしてくる。
彼らなりの気配りをしてくれたのだろう。本当に今日は二人に助けられてばかりだ。
「うん。じゃあ、また夏休み後」
俺がそう言うと、二人は砂浜を歩いて行った。
残された俺と潤の間に、沈黙が流れる。
少し先には、潤が海のほうを見ながら立っている。
「あのさ! 潤――」
俺は一度、ゆっくりと息を吸った。
今日一番大きな声で。
これまでで一番強い気持ちで。
ずっと直接言えなかった想いを、潤に伝える。
そう、決意した。
俺の声に振り返った潤は、涙で頬を濡らしていた。
『そうですよね。本当にホットレモンと彼には助けられました』
朝の準備を進めていると、また通知が鳴る。
『あまりそのことは気にしなくていいと思うよ』
『そうしようと思います。お話聞いてくれてありがとうございます!』
MIKUさんの言う通り、潤が言っていた言葉に意味はなく、あまり気にしなくていいことなのだろうと思った。
そう思っていたかった。
だけど、物事はそんなに自分たちの都合よく進まないらしい。
気づかないほうがいいこととは、このようなことを言うのだろう。
――夏休み一週間前。
「よーし。あと一週間で夏休みだーーー」
光輝がガッツポーズをしながら、教室で声を上げる。
「夏休み、四人で遊びに行かね?」
「いいね」
「どこ行くー?」
「やっぱり夏といえば海だろ」
「海はまちがいない」
四人の予定が空いているのが夏休みの終盤、八月の終わりしかなかったため、その日に県内の海に行く約束をした。
昼休みの後は、クラス移動をする生物の授業だ。
昼ご飯の後の授業ほど眠いものはない。いかに睡魔と戦えるかの時間になる。
潤は、もう移動したのか……。さっきまで机にあった教科書がなくなっている。
そこに、ぽつんとスマホだけが残されている。
「これって潤のだよね?」
光輝に一応確認する。
「そうだったと思う。潤、大事なスマホ置き忘れるなんて」
笑いながら光輝が言う。
俺は移動教室まで潤のスマホを持っていくことにした。
――ピロン。
通知音が鳴った。自分のスマホかと思って確認するが、通知は来ていない。
気になって、潤のスマホをタップする。
『MIKUにAmiさんから返信が来ました
相談聞いていただきありがとうございました。』
画面に映っている通知バーを見て、頭が真っ白になる。
……え。どういうこと?
しばらく俺は、その意味を理解することができなかった。
潤のスマホにMIKUさん宛てのメッセージが届いているということは……。
MIKUさんの正体は、潤だったということになる。
あまりの急展開に、頭が追いつかない。
いつの間にか終わっていた授業、部活。
その間もずっと、俺はそのことについて考えていた。
すなわち、俺は好きな人本人に恋愛相談をしていたことになる。
このことを潤は気づいていませんように。
そう願ったが、その願いも一瞬で砕かれる。
ホットレモンの出会いの話をしている時点で、その相手は一人に絞られる。チャットしている相手が俺だということも、潤には明らかになってしまう。
……終わった。
俺の恋は、本人に直接気持ちを伝える前に終わってしまったのかもしれない。
夏休みも始まり、潤とも顔を合わせることがなくなった。
MIKUさんとも、基本的に俺が相談したいときに連絡して、MIKUさんが答えてくれるという感じのチャットの場だったため、最近はやり取りをしていない。
何度か潤から遊びの誘いはあった。
だが、気持ちの整理がいまだにできない俺は、「部活があるからごめん」という言い訳を繰り返し使い、誘いを断った。
本当は潤に、今すぐにでも会いたい。
だけど、どんな顔をして会えばいいのか分からない。怖い。
そんな思いが、ぐるぐると頭をよぎる。
そもそも、なぜ潤は気づいていながらも、俺からの自分に関する恋愛相談に乗り続けたのだろうか……。
どれだけ考えても、分からない。相談できる人も、今はいない。
そして、海当日――。
学校近くの駅に集合して、海まで向かう。
「よーし、みんな集まったし海まで行くぞー!」
そう言いながら、光輝がそれぞれに忘れ物はないかを確認していく。
「あいかわらず光輝は元気だな」
「そうだね」
久しぶりに顔を合わせた潤は、夏休み前と変わらない様子だった。
それはそうだろう。きっと、潤は今も俺にMIKUの正体がばれていないと思っている。
俺だって、そうしたかった。
「潤、夏休み誘ってくれてたのに、一回も会えなくてごめん……」
「仕方ないよ。守は部活頑張ってるし……ほんとうにお疲れさま」
「……ありがとう」
俺が潤のことを好きだと知っていると思うと、恥ずかしくなり、会話もままならなかった。
そんな気持ちに耐えることができなくなり、俺は今日一日、潤のそばから離れることにした。
電車の席も潤と離れた席に座る。
昼ご飯も、対角線上に座る。
「奏汰ー。一緒にアイス買いに行こうぜ」
「お! いいね。ちょっくらコンビニ行くか!」
隙があれば、奏汰か光輝と話したり、一緒に行動したりする。
そんなことを必死に繰り返していると、いつの間にか日が暮れていた。
「アイス、潤と光輝が何選ぶか気になるね」
「そうだな……。あのさ、守。潤となにかあった?」
まあ、そうだよね。
あからさまに距離を取っている俺の行動を、周りが気にしないはずがない。
「うーん。直接なにかあったわけではないんだけど、ちょっと気まずくて」
「無理に言わなくてもいいけど、なにか相談とかあったら俺らのことも頼ってよ」
「うん。ありがとう。ごめんな、気を遣わせちゃって」
「そんなこと気にしないでいいし、謝んないでほしい。だけど、傷ついているとしたら潤のほうだと思うよ」
「え……?」
「いや、だって想像してみてよ。守が久しぶりに会った友達に、今までと違う態度をあからさまに取られたら嫌じゃない……?」
潤にそんな態度を取られる想像をする。
……嫌だし、かなり傷つく。
「傷つくよな。だから俺と奏汰とかの心配するよりも先に、今すぐ潤の心配をしたほうがいいよ。なにがあったかは分からないけど」
俺は自分のことで精いっぱいで、潤の気持ちなんて少しも考えられていなかった。
なんで潤は俺に隠してMIKUさんとしてチャットをし続けたのか、とか。
なんで俺にキスまでしたのか、とか。
そんなことばかり考えて、目の前の潤に向き合えていなかった。
「ありがとう。光輝。俺、やっぱり間違えてた」
ははっ、と声を出して光輝が笑う。
「同じクラス二年目だからな。お前の顔見たら、なんとなく分かるわ」
SNSには、SNSだけの良さがある。
ただ、現実の友達だからこそ言えること、分かり合えることもあるのだと実感した。
「もう日が暮れちゃうよー」
「ほんと一日早かったな。部活の一日はあんなに長いのに」
今日の思い出に浸りながら、俺たちは帰りの準備をする。
潤のほうを見ると、黙々と一人でテントの片づけを進めている。
心なしか、その横顔は悲しそうに見える。
俺、今日ほとんど潤と喋ってない。顔も見ていない。
俺は今日、何で笑っていたのだろうか。何を話していたのだろうか。
潤は何を見て、何をして笑っていたのだろうか。
楽しかったはずの時間が、分からなくなっていく。
俺はなんてひどいことをしたのだろうか。
自分が奏汰と光輝、そして潤にひどいことをしたことだけは分かる。
ちゃんと潤と話そう。
もう一度、そう思った。
片づけが終わり、思いの限り写真を撮り終えた俺たちは、帰りの電車を調べていると、
「ごめん。俺と奏汰、この後二人で近くのお店に行こうって話してて、だから帰りは別でいい?」
「悪いな」
そう言って二人は俺に目配せをしてくる。
彼らなりの気配りをしてくれたのだろう。本当に今日は二人に助けられてばかりだ。
「うん。じゃあ、また夏休み後」
俺がそう言うと、二人は砂浜を歩いて行った。
残された俺と潤の間に、沈黙が流れる。
少し先には、潤が海のほうを見ながら立っている。
「あのさ! 潤――」
俺は一度、ゆっくりと息を吸った。
今日一番大きな声で。
これまでで一番強い気持ちで。
ずっと直接言えなかった想いを、潤に伝える。
そう、決意した。
俺の声に振り返った潤は、涙で頬を濡らしていた。
