恋愛相談する相手、間違えました。

 あの日は、雲一つない晴天だった。六月にしては暑すぎる陽射しのもと、行われた球技大会。

 初めて彼を見たとき、バスケのプレイを見たとき、そして声を聴いたとき。

 その瞬間、こんなにかっこいい人はいないと思った。

 
 *



 クラスの女子バレーを観戦しながら、俺の隣で光輝がつぶやく。

 「はー。今日ほんっとうに暑い」

 サッカー部らしく鍛えられたふくらはぎが、半ズボンから覗いている。明るめの茶髪は一見ストレートに見えるが、本当は少し癖があり、毎日アイロンでまっすぐにしていると言っていた。額に流れ落ちている汗がハンドタオルで拭われる。

 彼とは同じクラスになってすぐの席が近くだったことがきっかけで仲良くなった。明るく、みんなと分け隔てなく接するところは俺と正反対の性格だが、話していくうちに自然と仲良くなり、そこからは一緒に行動することが多い。

 二年生女子は優勝候補の一チームでもあったため、二ゲーム続けてしまった。男子のサッカーもすでに負けてしまっていたため、俺たちのクラスはこの時点で敗退ということになる。つまり、もうどのクラスを応援してもいいということだ。
 
 「誰か体育館行かない?涼みに行こうよ」

 光輝が周りの人に呼び掛けているが、みんなクラスに戻ってカードゲームやお菓子パーティーをするという流れになっていたため応答がない。

 まあ、カードゲームも楽しそうだがいつでもできることではある。折角なら他のクラスのスポーツでも見た方が楽しいと思ったため光輝と二人で体育館に行くことにした。

 正直涼めれば何でもいい。それに、かっこいい人を見ることができるかもしれない。

  「俺バスケの試合直接見るの初めてかも」

 「まあ、見ときなってバスケの試合って見るだけで楽しいから」

 光輝はスポーツ観戦が好きだがその中でも特にバスケの試合観戦が好きらしい。

  「次の試合は、一年C組対ニ年A組です。応援者の移動は速やかにお願いします」

 体育館に実行委員の声が響き渡っている。

 空いたコートに黒色のクラスTシャツで身を固めた男子陣が入ってくる。

 今俺から見て右側のコートに入ってきているのは一年生だろうか。反対側から入ってきた人たちと比べて体格や身長の差を少し感じる。

 「おーーい。早く練習しようぜ」

 右側のコートから聞こえたその声がやけに耳に届いた。

 その声の正体はすぐに分かった。

 ……めちゃくちゃタイプだ。

 一目見た瞬間そう思った。あまり一目ぼれなどはしたことない。こんなに目を惹かれたのは初めてだった。

 身長は百七十㎝ちょっとで俺と十㎝差くらいあるだろうか。少し小動物感のある可愛らしい顔立ち。髪は明るめの茶髪で、割と短い。

 「ねえ、あっちの右コートって俺らと同じ1年?」

 「そうそう!1C強いらしいからどっちが勝つか楽しみだな」

 俺と同い年か。同い年と言われればそうだし、どちらかというと下にも見える。

 彼のことを知りたい。最初は単純にそう思った。

 ボールを持ちシュート練習をみんなが始めたとき、八人くらいがゴールを囲んで各々練習していたはずなのに、なぜか彼の姿しか目に入らなかった。

 しなやかな動き。ゴールを見据える真剣な目。それでいて、楽しんでいるようニ少し上がった口角。

 そのすべてに目を惹かれていた。

 彼のことを知りたい。そして彼と仲良くなりたい。試合中彼を見ながら俺はそのことばかり考えていた。

 「あの今ボール持ってる子って、なんていう名前か知ってる?」

 「あー。たしか、斎藤とかだったかな?俺のバスケ部の友達がシュートが上手って言ってた気がする。間違ってなければ」

 光輝が試合に熱中しながらも教えてくれる。

 「うわー。今のシュート惜しい。もう少しだったのに!」

 「斎藤…」

 名前を聞いたとき、胸が熱くなったことを今でも覚えている。

 

 その試合は、一年C組はニ年生相手に七対四で勝ち、それからも順調に勝ちを収めていったのを潤と一緒に観戦した。守が3Pを決め逆転勝ちした決勝戦は、バスケを知らない俺でさえ、すごいということが分かった。

 俺の視線に斎藤は気づくことはあったのだろうか。いや、ないだろう。彼は試合に没頭していたため、俺の視線など気づくことはない。ただ、どうにかしてでも彼に俺のことを知ってもらいたい。仲良くなりたいと勝手ながら思っていた。

 

 
 そして、俺にとっても守にとっても大切になったあの日。

 数学テスト前、誰かが廊下の奥でうずくまっているのを見つけた。しかしみんなテスト前で余裕がないのか、見て見ぬふりをして通り
 過ぎていく。

 大丈夫かな。

 放っておけなくてなんとなく声をかけた。

 「大丈夫ですか?」

 だるそうな動作で向けられた顔を見て心臓が跳ねそうになった。

 その人は、あの日以来俺が目で追っていた守だったから。

 そこからの記憶はほとんどない。なんとかたどたどしい敬語で話し、少しでも力になりたい、守の体調がよくなればいい。そんな思いで、自動販売機で急いで買ったホットレモンを渡したことは覚えている。

 その日から、弱っている守を見て、俺が守りたいと思うようになった。

 そばにいたい。もっと近くにいたい・

 そして、いつしかそれが「好き」という気持ちに変わっていた。



 
 俺は昔から、同姓を好きになることが多かった。

 多くの人の恋愛対象が異性であることを知ったのは、小学生になってからだったと思う。

 だから俺は、恋愛の話をするときは周りに合わせ、自分のことを話さないようにしている。周りに気を遣わせたくないし、自分の恋愛に期待していないから。

 ただ、SNS上では比較的オープンにしている。相談用チャットグループを作り、そこでは「MIKU」という名前で相談に乗っている。

 SNSでは、相手の顔も素性も分からない。それは自分も同じで、必要以上のことを相手に明かす必要はない。だからこそ気軽にできるところがあるし、SNS上での人とのつながりは、ときには心の隙間を埋めてくれるものだと俺は思う。

  俺がニ年生になってから、同級生の守という男の子とチャットをして、相談に乗るようになった。

 守という名前と年齢に少し驚いたが、そんな人はたくさんいる。特に気にすることはなかった。



 人の相談に乗ることや人の話を聞くことが好きだった。相手が一番話しやすく、俺の実際の年齢とも近い年齢を考えたら大学生かな、と思い、大学一年生と設定した。ニックネームは好きなキャラクターのものを借りた。

 話していくうちに、その人のネット上での性格や、少しずつ見えてくる素の部分が分かってくる。守くんは礼儀があり、根が真面目な子という印象を持った。


 あるときから少しずつ違和感を感じ始めた。

 俺と学校の始業式の日にち、クラス編成が同じだったこと。


 そこではまだ確信には変わらなかったが、もしかしたら、俺と同じクラスにいる人の誰かなのかもしれないと思い始めた。

 校外学習についての話が出たとき、俺と守は同じ班になり、遊園地に行くことになっていた。そのことを守くんがチャット上で話していた。

 そのとき、彼が同じ学校、同じクラスの斎藤守だと確信した。

 ただ、それは同時に、守にはすでに気になる人がいるということでもあった。

 その日から好きな料理にさえ手をつける気になれなかった。



 その相手が俺なんて夢にも思っていなかった。

 だから、守から気になる人と出会った日の話を聞いたときは、心臓が跳ねるように胸が高鳴った。

 守が、俺のことを恋愛的に気にしてくれている…

 
 そして、お互いにとって大切な日だと思っていたということを、誤って守に伝えてしまった。

 守が違和感を覚えているのも無理はない。普通に考えて、俺がそのことを知っているはずないのだから。

 守からそのことをMIKUに相談されても、答えられることなんてない。

 だけど、このチャットを終えてしまったら、守の気持ちを知る術がなくなってしまう。

 相手の心の内をこのような形で知るのは反則。

 それでも俺にとっては、それくらい成就させたい恋だった。

 だから、どんな手を使ってでも手に入れたい。

 

 翌朝-

 『返信おそくなっちゃってごめんね。守くんがテストをホットレモンのおかげで乗り越えることができたっていう意味で、その人は言ったんじゃないかな?』
 
 できる限り、当たり障りのない言葉を選んで返信する。

 本当のことを言うわけにはいかない。

 それでも、俺はこの関係を終わらせる勇気がなかった。

 もう少しだけ、守のそばにいたかった。