定期テスト当日、ついにこの日がやってきてしまった。
あの日以降、俺は部活で忙しい日が多く、一緒に帰ることができたのは一、二回だけだった。だからあの日以来一緒に勉強をすることはなかった。残念のような、少し安心するような、変な気持ちだ。
一限のテストは数学だ。テストが始まるまで十五分を切った。
潤や奏汰、光輝は俺の隣で数学の教科書を開いて最後の確認をしている。
「守、今日数学あるけど大丈夫?ちょっと体調悪そうだけど」
潤が、あの日と同じような心配そうな顔をして、こっちを見ている。
「うん…大丈夫なのかな」
「頑張って勉強してきた守なら、ぜっったい大丈夫。俺が隣で見てきたし」
「ありがとう」
潤に教えてもらったおかげで、理解は深まった気がする。だけど苦手意識のあるものを、抵抗なくこなすことは俺には難しい。
「あのさ、守。学校行く前にホットレモン作ってきたんだけど、よかったら飲む?」
ホットレモン…!!
「いいの…?」
「うん。これ飲んだら少しは落ち着くかもしれないし」
魔法瓶が開いた瞬間、ほのかにレモンの香りが漂ってきた。潤が付属のコップにホットレモンを注いでくれる。
「いただきます」
口に入れた瞬間、レモンの爽やかな酸味とはちみつのまろやかな甘みがバランス良く広がっていった。
「…美味しい!!」
「ほんと?それはよかった」
嬉しそうに潤は頬を緩める。
「こんなに美味しいもの作れるなんて、潤は本当に天才だよ」
「褒めすぎだって」
潤が褒められたときに見せる、少し恥ずかしそうな表情や、それを隠すような仕草。俺はいつの間にか、そんな潤の姿が好きになっていて、もっと見たいと思うようになっていた。
「少しは緊張がほぐれた?」
聞きながら潤が俺の顔を覗き込んでくる。一瞬で胸が高鳴る。
「うん。だいぶ楽になったかも」
「それは良かった」
一緒に勉強をしてるうちに潤のことについて気づくことがいくつかあった。
一つ目は、俺との距離感が近いということ。今の顔を覗き込むのもそうだが、とにかく距離感がバグっているとは、このことを言うのだろう。
ニつ目は、意外と独占欲が強いということ。
「おーい。俺も数学やばいんだけど、どうしよう…」
隣で光輝が嘆いている。その隣には参考書を抱えている奏汰がいる。
「お、潤。いいもん持ってるじゃん。俺にも一口ちょーうだい」
「悪い、これは守のために作ってきたホットレモンなんだ。ごめんな」
「はーー。なんかいつも潤は守には甘いよな。いいなーー。俺も潤の美味しい料理もスイーツも食べたい」
「また今度みんなの分作ってくるから、そのときね」
「「まっじでーー」」
こんな感じで基本みんなに優しい潤だが、俺はどこか特別らしい。
キーンコーンカーンコーン、キーンコーン―
「試験開始」
数学のテストが始まった。まずは名前とクラスを書き忘れないように、ペンを持ったら最初にそこを済ませる。
次に問題全体を一周軽く見る。これは潤に教えてもらった方法で、難しい問題に時間をかけすぎたなどの時間配分ミスを防ぐことがで
きるそうだ。
見た感じ、勉強した見たことのある問題が多そうだ。
最後に行くにつれて難易度の高い問題が揃っていそうだったので、俺は最初の問題から手を付け始めた。
「今日のテストは以上です。明日に向けて気を抜かないように」
長野先生のホームルームが終わり、テスト期間のため部活のない俺は潤と通学路につく。
「数学、感覚的に結構できたと思う!赤点は絶対ないって言える」
ほっとしたように、潤の顔が緩む。
きっと潤は自分のテスト以上に、俺の数学を心配してくれていた。
「よかったよ」
「潤がホットレモン作ってくれたおかげだよ」
「いや、守が頑張った成果が出たんだよ」
そう言いながらも少し満更でもない顔をする潤を可愛らしく感じる。
「そういえば一年生の頃も数学テスト前、潤からホットレモン貰ったな」
「ああ、あのときね」
さらっと潤が相槌を打つ。
「え、覚えてるの?」
「うん。だって俺、一年の球技大会の頃から守のこと…」
「あー。そういえばこの前言ってたね!俺のバスケ見てくれてから俺のこと知ってたって」
「まあそんな感じ」
口をもごもごと動かしている潤は何か言おうとしてるのかもしれないが、わからない。
「どうかした?」
「いや。特になんでもないよ」
それならいいけど。それより―
「本当にあの時もありがとう。俺、潤のホットレモンがあったから数学のテストあの時も、今回も乗り越えられたんだよ」
「それはよかった」
「また俺のために作ってくれないかな?」
このホットレモンがある限り、俺と潤の仲は続く気がした。
「もちろん」
嬉しそうに頷く潤を見てこちらまで嬉しくなってくる。
そういえば―
「テスト最終日って潤の誕生日だよね?」
「うん、そうだね」
「俺その日まで部活OFFだから、よかったら俺と少しでも一緒に過ごしてくれない?潤の誕生日祝いたい!」
テストが終わったら部活も夏休みに向けて本格的にまた始まるだろう。少しでも潤の誕生日をゆっくり祝いたい。
「え、いいの?守だってテスト終わった日くらいゆっくりしたくない?」
「俺は潤と一緒にいたい!」
潤は目を見開きながら、俯いた。何か気に障ることでも言ってしまったかと心配になったが、そんなことはないとすぐわかった。
「じゃあ、その日は予定もないから俺と一緒にいてよ」
今にも消えそうな声で言う潤を見て、嬉しさとドキドキが止まらない。
その日を楽しむためにも、お互い勉強を頑張ろうと話し、それぞれの帰路についた。
潤の誕生日兼テスト最終日まで残り四日。
明るい気持ちでその日を迎えるためにも、最大限勉強を頑張ろうと今までにないほどのモチベーションが生まれていた。
無我夢中にテキストとテストに向き合っていたら、気づけば全てのテストが終わっていた。ついに今日は潤の誕生日だ。
ホームルームも終わり、ニ人で昇降口を出た。
「潤!誕生日おめでとう」
朝にも伝えたが、何回でも伝えたくなるのは不思議なものだ。
「ありがとう」
「今日どこ行きたいとかある?」
「とりあえずお腹すいたからお昼ご飯食べたいかも」
テストは四限までだったため、もうすぐで一時になる。
「じゃあ潤の行きたいお店に行こう!今日は潤が行きたい場所、食べたいものを食べよう」
「うーーーん」
考え込む潤。目の下にうっすらと浮かぶくまがテスト勉強の頑張りを映している。
「じゃあ、守の手料理が食べたいです」
そう言って潤が俺の方を向く。
「え、俺、ごめん…料理とか全然やったことないからできないと思うけど」
「じゃあ俺と一緒に作ってくれたら嬉しい」
潤と一緒に料理だったらできるかもしれない。潤の料理姿を見ることができて、潤にも喜んでもらえるなら一石二鳥だ。
潤の家におじゃましていいということだったので、いつもと違う電車に乗って移動する。あいにく空いている席が一つしかない。
「潤、座っていいよ」
「いや、それは悪いよ。守座っていいよ」
「今日は潤の誕生日だから」
じゃあ、ありがとう。と言って潤が渋々座り、俺はその席の前に立つ。
「今日のテストどうだった?」
「まあまあできたかな」
いつもは潤のほうが身長が高く、見ることのできない上目遣い。
その可愛さに言葉を失いかけた。
潤の家の最寄り駅につき、材料調達をすることにした。
「潤、何食べたい?」
「じゃーあ、オムライス!守の作るオムライスを食べたい」
「お安い御用よ」
卵、ベーコン、グリンピースなど調味料以外の材料を二人で集めていく。
オムライスなら作れそう。そう思っていた数十分前の俺に教えてあげたい。
オムライスも難しいです。
「潤助けて」
俺はさっきから何回この言葉を繰り返しているか分からない。
数十分前-
「オムライスなら多分一人で作れるよ。潤はソファ座って見守ってて。さっそくだけどキッチン借りていい?」
「どうぞ」
そう言いながら潤がソファーに腰かける。
まずは卵を割ることにした。
ところが卵にひびを入れる段階で力を入れすぎてしまい、黄身が調理台にこぼれる。誰がどこから見ても失敗と言うだろう。
難しい。卵一つまともに割れない自分に失望していると
「そんなこともできないの」
耳元で潤の声が聞こえてきた。
「やっぱり一緒にやらないと駄目だね」
潤は俺の後ろに立ち、背後から腕を伸ばして、こぼれた卵を拭き始める。
そのまま新しい卵を持つ俺の手に、潤の手が重なる。俺より大きな手に支えられていることが、妙に心地よかった。
「まずそんな強くしなくても、軽く叩けばひびは入るから」
俺はさっきより優しく卵を調理台の縁に軽く当てると、殻に細かなひびが走った。
「そうそう。いい感じ」
さっきより潤の声が近くに感じるのは気のせいだろうか…
気のせいではないだろう。背中越しに、潤の身体が触れているのを感じる。
これも俺が「好き」を分かるようになるための練習なのだろうか。
「じゃあ次は材料を切っていこう」
そう言って潤は俺から離れ野菜の準備をし始める。
それから潤に教えてもらいながらお米を研ぎ、早炊きのボタンを押す。
潤が俺の後ろに立ち、またさっきと同じように料理を始めた。
「包丁はもう少し力を抜いて。そうそう」
そう言って、潤が俺の手元を覗き込む。
背中越しに伝わる体温を意識するたび、心臓が妙に騒がしくなる。
「あのさ…近くない?」
耐えきれなく思わず口にすると、潤が不思議そうに首を傾げた。
「そう?教えるならこれくらいじゃない?」
そう言われると、何も言い返せない。
……さっきから、俺はなんでこんなにドキドキしているんだ。
料理を教えてもらっているだけ。それなのに、潤が近くにいることが気になって仕方がなかった。
順調に進めていき、お米が炊き終わったときにちょうど野菜の準備も終わった。
潤が隣でフライパンの準備をしている。
「トマトケチャップと油を焼くように炒めると酸味が和らいで、濃厚でコクのある味わいになるよ。やってみる?」
「そうなの!せっかくだしやる」
さすが料理のことも詳しいなんてすごい。何かに夢中になり知識を持っている人を俺は心の底からすごいと思う。
初めてのオムライスづくり(調理実習以来のほぼ初めての料理)は潤のサポートによって順調に進んでいった。
そして潤の距離感に気をとられながらも、なんとかオムライスが完成した。
時計を見ると十五時前になっていた。四十五分もキッチンに立つのは初めてだった。潤や世の料理をする方々を尊敬する。
「潤、ちょっと準備するから十分くらい時間ちょうだい」
「わかった。じゃあ俺の部屋で食べたいからオムライスとか運んでもらってもいい?」
「了解」
俺はお盆に二人分のオムライスとケチャップを載せて階段を上る。
食器の重さも相まって思ったより重くて腕がきつい…
ようやく運び終わり潤とテスト前に勉強したローテーブルに並べていく。
問題はオムライスにケチャップでなにを書くかだ。
いつもありがとう。
お誕生日おめでとう。
好きです。
俺はどうかしている。オムライスを使って告白をする人なんて聞いたことないし、俺にはハードルが高すぎる。
ずっと俺は、潤のことが好きなのか考えて続けていたが、もう答えは出ていた。
俺は潤が好きだ。
渡辺潤という人が好きだ。
人としても好きだし、恋愛的な意味でも好きだ。
本当は今すぐ好きという気持ちを潤に伝えたい。
こんなに誰かのことを好きと感じるのは初めてだったから。相手が俺と同じ気持ちじゃなくても、俺に好きという気持ちの形を教えて
くれた潤にはいつかはしっかりと伝えようと思う。
俺のオムライスに「たんじょうび」、潤のオムライスに「おめでとう」、を書くことにした。
ケチャップを出すのは力加減が難しく、特に「め」の字がつぶれてしまって読むことが難しい。まあ、伝わればいいだろう。
机の中央に事前に悩みに悩んで選んだプレゼントを置く。
これで準備完了だ。あとは潤を呼ぶだけ―
「潤―。準備完了したから上がってきていいよー」
階段下に呼び掛けると、潤がコップに注がれたお茶をおぼんに乗せてもって階段を上がってくる。階段を登りきったところで潤からお
ぼんを受け取り、部屋の扉を開ける。
「潤、誕生日おめでとう!!」
「え、プレゼントまで…?ありがとう!!」
そう言って潤が俺に抱きついてくる。予想していたよりも強く抱きしめられ、目を見開く。
「プレゼント開けてみてよ」
潤はローテーブルの前に座り、四角い箱にラッピングされている包装を几帳面に開ける。
潤は何が欲しいのか。直接本人に聞くのが良いか。
潤の周りの友達にも潤の好きなもの、欲しそうなものを聞いた末、候補は
料理本、料理道具、本、日用品
に絞られた。これらのどれをプレゼントするでもよかったが、常に身に着けることができるものをプレゼントして、それを日常的に使
ってほしいという欲が沸いた。
「え!腕時計!!俺あんまり着けたことはないけど、着けたいってずっと思ってた」
お宝を手にした子供みたいに目を輝かせながら時計を手に持っている姿がとても可愛い。
「毎日着ける!!今、着けてみてもいい?」
「もちろん」
潤の左手首を取って、黒いベルトの時計を巻く。
慣れない手つきで留め具を留めると、シンプルなデザインの時計が潤の手首に収まった。
「…似合ってる」
思わず、そんな言葉が口からこぼれた。
時計を見つめる潤を見て、胸の奥がじんわりと温かくなる。
自分が選んだものをこれから潤が身に着けてくれる。
そう考えるだけで、なんだか嬉しかった。
「守、誕生日プレゼントもう一つ、今リクエストしてもいい?」
なんだろうか…普段あまりされない潤からのお願いに少し身構える。
「うん」
「オムライス、食べさせて」
そう言って、潤が少しだけ口を開ける。
「え!?」
反射的に声が大きくなった。
けれど潤は気にする様子もなく、開いた口をそのままにして俺を見ている。
じゃあ―
一口分をスプーンに乗せ、潤の口元へ運ぶ。
近づくにつれて、なぜか心臓が騒がしくなっていく。
「…ん」
潤が口を閉じる。
「おいしい!今まで食べた中で一番美味しいかも」
「大げさだな…」
そう返したものの、頬が熱くなるのを感じた。
俺も自分の分を口に運ぶ。
「…美味しい」
「でしょ」
潤が嬉しそうに笑う。
「……なに?」
「いや、美味しそうに食べる守なんかいいなって」
潤は意味ありげに笑って、またスプーンを差し出してくる。
「……ん?」
「もう一口」
「自分で食べなよ」
「さっき食べさせてくれたじゃん」
「一回だけだろ」
「じゃあ、もう一回」
「……誕生日だから特別だよ」
なんだかんだとやり取りを繰り返しているうちに、潤はオムライスを完食していた。
日も暮れてきたからそろそろ帰ろうか、と話していると潤の母が階段下で何か言っているのが聞こえた。
「なにー?母さんなにか言った?」
「よかったら、守くんも一緒に夜ご飯どうかな?」
「え、いいの?」
「うん。俺も守と一緒にまだいたいし…よかったら食べていってよ」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
嬉しそうに口元を緩める潤を見て、俺も自然と胸が弾んだ。
三人でご飯を食べながらいろいろな話をした。潤の父は定期的に単身赴任をしているから今はいないという話や、学校でのニ人の話、俺の部活、趣味の話など…
そして、潤の母は料理教室を開いて料理を教えている料理人であることを知った。料理は一言では表せないがとにかく絶品だった。潤が料理好きになった理由がなんとなくわかった気がする。
「守くんとゆっくり話すことができてよかったわ。潤がクラス替えで守くんと一緒のクラスになれて嬉しいってニ年の最初の方言っていたから」
ここだけの話よ、と洗い物をしている潤に聞こえないように潤の母が言う。
潤が俺と一緒のクラスになりたいと思っていたなんて初めて知ったし、その理由を考えていても分からず、モヤモヤする。
「よかったら守くん、今日うちに泊まっていかない?」
「「え」」
「明日の予定とかもあると思うから、無理には言わないけどよかったら、ね」
「明日は…部活も午後からなので予定とかは大丈夫ですけど…」
いいのですか?と言う前に
「じゃあ泊まって行って!布団とかはあとで用意するから」
「…ありがとうございます」
俺たちは顔を見合わせる。どうやら潤もまだ状況を理解できていないらしい。
こうして、潤のお母さんの思いつきによって、俺と潤のお泊まりは本人たちの意思が追いつかないまま決まった。
――そして俺は、この日が潤の誕生日を祝うだけで終わらないことを、まだ知らなかった。
あの日以降、俺は部活で忙しい日が多く、一緒に帰ることができたのは一、二回だけだった。だからあの日以来一緒に勉強をすることはなかった。残念のような、少し安心するような、変な気持ちだ。
一限のテストは数学だ。テストが始まるまで十五分を切った。
潤や奏汰、光輝は俺の隣で数学の教科書を開いて最後の確認をしている。
「守、今日数学あるけど大丈夫?ちょっと体調悪そうだけど」
潤が、あの日と同じような心配そうな顔をして、こっちを見ている。
「うん…大丈夫なのかな」
「頑張って勉強してきた守なら、ぜっったい大丈夫。俺が隣で見てきたし」
「ありがとう」
潤に教えてもらったおかげで、理解は深まった気がする。だけど苦手意識のあるものを、抵抗なくこなすことは俺には難しい。
「あのさ、守。学校行く前にホットレモン作ってきたんだけど、よかったら飲む?」
ホットレモン…!!
「いいの…?」
「うん。これ飲んだら少しは落ち着くかもしれないし」
魔法瓶が開いた瞬間、ほのかにレモンの香りが漂ってきた。潤が付属のコップにホットレモンを注いでくれる。
「いただきます」
口に入れた瞬間、レモンの爽やかな酸味とはちみつのまろやかな甘みがバランス良く広がっていった。
「…美味しい!!」
「ほんと?それはよかった」
嬉しそうに潤は頬を緩める。
「こんなに美味しいもの作れるなんて、潤は本当に天才だよ」
「褒めすぎだって」
潤が褒められたときに見せる、少し恥ずかしそうな表情や、それを隠すような仕草。俺はいつの間にか、そんな潤の姿が好きになっていて、もっと見たいと思うようになっていた。
「少しは緊張がほぐれた?」
聞きながら潤が俺の顔を覗き込んでくる。一瞬で胸が高鳴る。
「うん。だいぶ楽になったかも」
「それは良かった」
一緒に勉強をしてるうちに潤のことについて気づくことがいくつかあった。
一つ目は、俺との距離感が近いということ。今の顔を覗き込むのもそうだが、とにかく距離感がバグっているとは、このことを言うのだろう。
ニつ目は、意外と独占欲が強いということ。
「おーい。俺も数学やばいんだけど、どうしよう…」
隣で光輝が嘆いている。その隣には参考書を抱えている奏汰がいる。
「お、潤。いいもん持ってるじゃん。俺にも一口ちょーうだい」
「悪い、これは守のために作ってきたホットレモンなんだ。ごめんな」
「はーー。なんかいつも潤は守には甘いよな。いいなーー。俺も潤の美味しい料理もスイーツも食べたい」
「また今度みんなの分作ってくるから、そのときね」
「「まっじでーー」」
こんな感じで基本みんなに優しい潤だが、俺はどこか特別らしい。
キーンコーンカーンコーン、キーンコーン―
「試験開始」
数学のテストが始まった。まずは名前とクラスを書き忘れないように、ペンを持ったら最初にそこを済ませる。
次に問題全体を一周軽く見る。これは潤に教えてもらった方法で、難しい問題に時間をかけすぎたなどの時間配分ミスを防ぐことがで
きるそうだ。
見た感じ、勉強した見たことのある問題が多そうだ。
最後に行くにつれて難易度の高い問題が揃っていそうだったので、俺は最初の問題から手を付け始めた。
「今日のテストは以上です。明日に向けて気を抜かないように」
長野先生のホームルームが終わり、テスト期間のため部活のない俺は潤と通学路につく。
「数学、感覚的に結構できたと思う!赤点は絶対ないって言える」
ほっとしたように、潤の顔が緩む。
きっと潤は自分のテスト以上に、俺の数学を心配してくれていた。
「よかったよ」
「潤がホットレモン作ってくれたおかげだよ」
「いや、守が頑張った成果が出たんだよ」
そう言いながらも少し満更でもない顔をする潤を可愛らしく感じる。
「そういえば一年生の頃も数学テスト前、潤からホットレモン貰ったな」
「ああ、あのときね」
さらっと潤が相槌を打つ。
「え、覚えてるの?」
「うん。だって俺、一年の球技大会の頃から守のこと…」
「あー。そういえばこの前言ってたね!俺のバスケ見てくれてから俺のこと知ってたって」
「まあそんな感じ」
口をもごもごと動かしている潤は何か言おうとしてるのかもしれないが、わからない。
「どうかした?」
「いや。特になんでもないよ」
それならいいけど。それより―
「本当にあの時もありがとう。俺、潤のホットレモンがあったから数学のテストあの時も、今回も乗り越えられたんだよ」
「それはよかった」
「また俺のために作ってくれないかな?」
このホットレモンがある限り、俺と潤の仲は続く気がした。
「もちろん」
嬉しそうに頷く潤を見てこちらまで嬉しくなってくる。
そういえば―
「テスト最終日って潤の誕生日だよね?」
「うん、そうだね」
「俺その日まで部活OFFだから、よかったら俺と少しでも一緒に過ごしてくれない?潤の誕生日祝いたい!」
テストが終わったら部活も夏休みに向けて本格的にまた始まるだろう。少しでも潤の誕生日をゆっくり祝いたい。
「え、いいの?守だってテスト終わった日くらいゆっくりしたくない?」
「俺は潤と一緒にいたい!」
潤は目を見開きながら、俯いた。何か気に障ることでも言ってしまったかと心配になったが、そんなことはないとすぐわかった。
「じゃあ、その日は予定もないから俺と一緒にいてよ」
今にも消えそうな声で言う潤を見て、嬉しさとドキドキが止まらない。
その日を楽しむためにも、お互い勉強を頑張ろうと話し、それぞれの帰路についた。
潤の誕生日兼テスト最終日まで残り四日。
明るい気持ちでその日を迎えるためにも、最大限勉強を頑張ろうと今までにないほどのモチベーションが生まれていた。
無我夢中にテキストとテストに向き合っていたら、気づけば全てのテストが終わっていた。ついに今日は潤の誕生日だ。
ホームルームも終わり、ニ人で昇降口を出た。
「潤!誕生日おめでとう」
朝にも伝えたが、何回でも伝えたくなるのは不思議なものだ。
「ありがとう」
「今日どこ行きたいとかある?」
「とりあえずお腹すいたからお昼ご飯食べたいかも」
テストは四限までだったため、もうすぐで一時になる。
「じゃあ潤の行きたいお店に行こう!今日は潤が行きたい場所、食べたいものを食べよう」
「うーーーん」
考え込む潤。目の下にうっすらと浮かぶくまがテスト勉強の頑張りを映している。
「じゃあ、守の手料理が食べたいです」
そう言って潤が俺の方を向く。
「え、俺、ごめん…料理とか全然やったことないからできないと思うけど」
「じゃあ俺と一緒に作ってくれたら嬉しい」
潤と一緒に料理だったらできるかもしれない。潤の料理姿を見ることができて、潤にも喜んでもらえるなら一石二鳥だ。
潤の家におじゃましていいということだったので、いつもと違う電車に乗って移動する。あいにく空いている席が一つしかない。
「潤、座っていいよ」
「いや、それは悪いよ。守座っていいよ」
「今日は潤の誕生日だから」
じゃあ、ありがとう。と言って潤が渋々座り、俺はその席の前に立つ。
「今日のテストどうだった?」
「まあまあできたかな」
いつもは潤のほうが身長が高く、見ることのできない上目遣い。
その可愛さに言葉を失いかけた。
潤の家の最寄り駅につき、材料調達をすることにした。
「潤、何食べたい?」
「じゃーあ、オムライス!守の作るオムライスを食べたい」
「お安い御用よ」
卵、ベーコン、グリンピースなど調味料以外の材料を二人で集めていく。
オムライスなら作れそう。そう思っていた数十分前の俺に教えてあげたい。
オムライスも難しいです。
「潤助けて」
俺はさっきから何回この言葉を繰り返しているか分からない。
数十分前-
「オムライスなら多分一人で作れるよ。潤はソファ座って見守ってて。さっそくだけどキッチン借りていい?」
「どうぞ」
そう言いながら潤がソファーに腰かける。
まずは卵を割ることにした。
ところが卵にひびを入れる段階で力を入れすぎてしまい、黄身が調理台にこぼれる。誰がどこから見ても失敗と言うだろう。
難しい。卵一つまともに割れない自分に失望していると
「そんなこともできないの」
耳元で潤の声が聞こえてきた。
「やっぱり一緒にやらないと駄目だね」
潤は俺の後ろに立ち、背後から腕を伸ばして、こぼれた卵を拭き始める。
そのまま新しい卵を持つ俺の手に、潤の手が重なる。俺より大きな手に支えられていることが、妙に心地よかった。
「まずそんな強くしなくても、軽く叩けばひびは入るから」
俺はさっきより優しく卵を調理台の縁に軽く当てると、殻に細かなひびが走った。
「そうそう。いい感じ」
さっきより潤の声が近くに感じるのは気のせいだろうか…
気のせいではないだろう。背中越しに、潤の身体が触れているのを感じる。
これも俺が「好き」を分かるようになるための練習なのだろうか。
「じゃあ次は材料を切っていこう」
そう言って潤は俺から離れ野菜の準備をし始める。
それから潤に教えてもらいながらお米を研ぎ、早炊きのボタンを押す。
潤が俺の後ろに立ち、またさっきと同じように料理を始めた。
「包丁はもう少し力を抜いて。そうそう」
そう言って、潤が俺の手元を覗き込む。
背中越しに伝わる体温を意識するたび、心臓が妙に騒がしくなる。
「あのさ…近くない?」
耐えきれなく思わず口にすると、潤が不思議そうに首を傾げた。
「そう?教えるならこれくらいじゃない?」
そう言われると、何も言い返せない。
……さっきから、俺はなんでこんなにドキドキしているんだ。
料理を教えてもらっているだけ。それなのに、潤が近くにいることが気になって仕方がなかった。
順調に進めていき、お米が炊き終わったときにちょうど野菜の準備も終わった。
潤が隣でフライパンの準備をしている。
「トマトケチャップと油を焼くように炒めると酸味が和らいで、濃厚でコクのある味わいになるよ。やってみる?」
「そうなの!せっかくだしやる」
さすが料理のことも詳しいなんてすごい。何かに夢中になり知識を持っている人を俺は心の底からすごいと思う。
初めてのオムライスづくり(調理実習以来のほぼ初めての料理)は潤のサポートによって順調に進んでいった。
そして潤の距離感に気をとられながらも、なんとかオムライスが完成した。
時計を見ると十五時前になっていた。四十五分もキッチンに立つのは初めてだった。潤や世の料理をする方々を尊敬する。
「潤、ちょっと準備するから十分くらい時間ちょうだい」
「わかった。じゃあ俺の部屋で食べたいからオムライスとか運んでもらってもいい?」
「了解」
俺はお盆に二人分のオムライスとケチャップを載せて階段を上る。
食器の重さも相まって思ったより重くて腕がきつい…
ようやく運び終わり潤とテスト前に勉強したローテーブルに並べていく。
問題はオムライスにケチャップでなにを書くかだ。
いつもありがとう。
お誕生日おめでとう。
好きです。
俺はどうかしている。オムライスを使って告白をする人なんて聞いたことないし、俺にはハードルが高すぎる。
ずっと俺は、潤のことが好きなのか考えて続けていたが、もう答えは出ていた。
俺は潤が好きだ。
渡辺潤という人が好きだ。
人としても好きだし、恋愛的な意味でも好きだ。
本当は今すぐ好きという気持ちを潤に伝えたい。
こんなに誰かのことを好きと感じるのは初めてだったから。相手が俺と同じ気持ちじゃなくても、俺に好きという気持ちの形を教えて
くれた潤にはいつかはしっかりと伝えようと思う。
俺のオムライスに「たんじょうび」、潤のオムライスに「おめでとう」、を書くことにした。
ケチャップを出すのは力加減が難しく、特に「め」の字がつぶれてしまって読むことが難しい。まあ、伝わればいいだろう。
机の中央に事前に悩みに悩んで選んだプレゼントを置く。
これで準備完了だ。あとは潤を呼ぶだけ―
「潤―。準備完了したから上がってきていいよー」
階段下に呼び掛けると、潤がコップに注がれたお茶をおぼんに乗せてもって階段を上がってくる。階段を登りきったところで潤からお
ぼんを受け取り、部屋の扉を開ける。
「潤、誕生日おめでとう!!」
「え、プレゼントまで…?ありがとう!!」
そう言って潤が俺に抱きついてくる。予想していたよりも強く抱きしめられ、目を見開く。
「プレゼント開けてみてよ」
潤はローテーブルの前に座り、四角い箱にラッピングされている包装を几帳面に開ける。
潤は何が欲しいのか。直接本人に聞くのが良いか。
潤の周りの友達にも潤の好きなもの、欲しそうなものを聞いた末、候補は
料理本、料理道具、本、日用品
に絞られた。これらのどれをプレゼントするでもよかったが、常に身に着けることができるものをプレゼントして、それを日常的に使
ってほしいという欲が沸いた。
「え!腕時計!!俺あんまり着けたことはないけど、着けたいってずっと思ってた」
お宝を手にした子供みたいに目を輝かせながら時計を手に持っている姿がとても可愛い。
「毎日着ける!!今、着けてみてもいい?」
「もちろん」
潤の左手首を取って、黒いベルトの時計を巻く。
慣れない手つきで留め具を留めると、シンプルなデザインの時計が潤の手首に収まった。
「…似合ってる」
思わず、そんな言葉が口からこぼれた。
時計を見つめる潤を見て、胸の奥がじんわりと温かくなる。
自分が選んだものをこれから潤が身に着けてくれる。
そう考えるだけで、なんだか嬉しかった。
「守、誕生日プレゼントもう一つ、今リクエストしてもいい?」
なんだろうか…普段あまりされない潤からのお願いに少し身構える。
「うん」
「オムライス、食べさせて」
そう言って、潤が少しだけ口を開ける。
「え!?」
反射的に声が大きくなった。
けれど潤は気にする様子もなく、開いた口をそのままにして俺を見ている。
じゃあ―
一口分をスプーンに乗せ、潤の口元へ運ぶ。
近づくにつれて、なぜか心臓が騒がしくなっていく。
「…ん」
潤が口を閉じる。
「おいしい!今まで食べた中で一番美味しいかも」
「大げさだな…」
そう返したものの、頬が熱くなるのを感じた。
俺も自分の分を口に運ぶ。
「…美味しい」
「でしょ」
潤が嬉しそうに笑う。
「……なに?」
「いや、美味しそうに食べる守なんかいいなって」
潤は意味ありげに笑って、またスプーンを差し出してくる。
「……ん?」
「もう一口」
「自分で食べなよ」
「さっき食べさせてくれたじゃん」
「一回だけだろ」
「じゃあ、もう一回」
「……誕生日だから特別だよ」
なんだかんだとやり取りを繰り返しているうちに、潤はオムライスを完食していた。
日も暮れてきたからそろそろ帰ろうか、と話していると潤の母が階段下で何か言っているのが聞こえた。
「なにー?母さんなにか言った?」
「よかったら、守くんも一緒に夜ご飯どうかな?」
「え、いいの?」
「うん。俺も守と一緒にまだいたいし…よかったら食べていってよ」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
嬉しそうに口元を緩める潤を見て、俺も自然と胸が弾んだ。
三人でご飯を食べながらいろいろな話をした。潤の父は定期的に単身赴任をしているから今はいないという話や、学校でのニ人の話、俺の部活、趣味の話など…
そして、潤の母は料理教室を開いて料理を教えている料理人であることを知った。料理は一言では表せないがとにかく絶品だった。潤が料理好きになった理由がなんとなくわかった気がする。
「守くんとゆっくり話すことができてよかったわ。潤がクラス替えで守くんと一緒のクラスになれて嬉しいってニ年の最初の方言っていたから」
ここだけの話よ、と洗い物をしている潤に聞こえないように潤の母が言う。
潤が俺と一緒のクラスになりたいと思っていたなんて初めて知ったし、その理由を考えていても分からず、モヤモヤする。
「よかったら守くん、今日うちに泊まっていかない?」
「「え」」
「明日の予定とかもあると思うから、無理には言わないけどよかったら、ね」
「明日は…部活も午後からなので予定とかは大丈夫ですけど…」
いいのですか?と言う前に
「じゃあ泊まって行って!布団とかはあとで用意するから」
「…ありがとうございます」
俺たちは顔を見合わせる。どうやら潤もまだ状況を理解できていないらしい。
こうして、潤のお母さんの思いつきによって、俺と潤のお泊まりは本人たちの意思が追いつかないまま決まった。
――そして俺は、この日が潤の誕生日を祝うだけで終わらないことを、まだ知らなかった。
