恋愛相談する相手、間違えました。

 『校外学習めっちゃ楽しかったです』

 『いいね。青春って感じがして』
 
 『気になる人とはずっと一緒にいることができたんです。俺が―』

 ジェットコースターが苦手でそれに気づいた潤が俺に合わせて一緒にいてくれたこと。そこから二人で最後まで遊園地を楽しんだことを送る。

 『それはすごいじゃん。かなり仲良くなれたんじゃない?』

 『はい。距離はだいぶ近づいたかなって感じがします。その気になる人には言ったんですけど、俺好きっていう気持ちがどういうものか分からなくて...』

 『そうなんだね。好きって気持ちは人によって異なるものだから難しいね』

 その言葉を読んで、俺は校外学習の日のことを思い出した。

 最近、俺は潤に対して、今までとは違う気持ちを抱いている。

 今まで分からなかった、「人を好きになる」という気持ち。

 もしかしたら、今の俺が潤に抱いている気持ちは、それに近いものなのかもしれない。
 
 『そういえば、守くんがその人のことが気になり始めたきっかけってなに?』

 『それは―』

 
 *

 
 -高校一年生二学期。その日は風が強い日だった。

 定期テスト二日目を迎えた俺は、寝不足で頭が痛い。胃もキリキリする。

 睡眠を十分にとらなくても、あまり変わらないコンディションで生活を送ることのできる人もいるが、俺は体調不良が顕著に表れるタイプだ。

 今日は苦手な数学があって、そこで赤点、つまり三十三点以下をとってしまうと再試が決まってしまう大切な日だ。

 バスケ部ではスタメン入りの内部競争が激しいため、再試で練習を休むわけにはいかない。睡眠時間を削ってでも勉強する必要があったのだ。

 「守、次数学だな」

 「そうだな」

 「守の苦手な数学。対して俺の好きな数学」

 隣では、数学のできる楓がラップ口調でマウントをとってくる。

 文句を言いたいところだが、普段数学を彼から教わってる俺は感謝をしているので、ぐうの音も出ない。

 「ちょっと俺トイレ行ってくる」

 テスト開始まであと十分ほどある。一人になって気持ちを落ち着かせたい。

 緊張で腹痛がひどく、廊下の隅でしゃがみこんでいると


 「大丈夫ですか?」
 

 落ち着いた声が聞こえた。

 大丈夫ではないけれども。

 顔をあげると、そこには一人の男子生徒が立っていた。

 サラサラな黒髪に左目下にあるホクロ。身長は一八〇㎝以上あるのだろうか。とてもスタイルが良い。

 そんな風貌に、俺は一瞬にして目を奪われていた。

 「体調悪いんですか?」

 「ああ、うん。ちょっと緊張で腹痛がひどくて」

 「保健室行きます?俺、一緒についていきますよ」

 彼は心配そうな目で俺を見ている。

 「いや、どうしてもテストだけは受けないと駄目だから大丈夫。心配ありがとうね」

 ここでテストを受けなかったら再試決定だ。テストだけは意地でも受けなければいけない。

 「ちょっとここで待っていてください」

 そういって走り出す彼。上履きの色は俺と同じだったから同級生だ。

 大人びていて、とてもじゃないけど俺と同い年とは見えない。

 
 腹痛に耐え難くしゃがみながらしばらく待っていると、少し息をきらした彼は俺の前に戻ってきた。

 「これ、よかったらどうぞ」

 「え、俺に?」

 「うん。温かいもの飲んだら少しは良くなるかもしれないし」

 俺は彼から、ホットレモンを受け取った。

 缶越しに伝わってくる温かさが、冷えた手に心地よかった。

 「ありがとう。いただくね」

 「じゃあ俺はこれで」

 少し安心したような顔をして彼は教室の方へと戻っていった。

 彼からもらったホットレモンは少し甘く、そしてとても温かった。
 

 『こんな感じなことがあったんですよ。それからその人のことを意識するようになったっていう感じです』

 俺が送ってから珍しくMIKUさんから返信がなかなか来ない。

 ベッドに横になって好きなタレントの動画を見ていると、30分後くらいに返信が来た。


 『そうなんだね。それはすっごく優しい人だね。俺まで心が温かくなったよ』

 『はい。実はさっき話したんですけど、俺が気になっている人って同性の人なんです。異性だと思っていましたよね。すみません。騙したようなことして』

 MIKUさんからすぐに返信が来る。

 『そんな、謝ることじゃないよ』

 てっきりそのことに驚いて返信が返ってこないかと思っていた。

 『同性でも異性でも、相手のことをいいなって思うことは素敵なことだと思う』

 MIKUさんからの返信に心が軽くなる。今まで同性のことを気になっているということに、少しだけ引け目を感じていた。

 『俺、実は恋愛対象が同性なんだよね。隠していたわけではないんだけど、言うタイミングがなくて。だからっていうわけではないんだけど、その気になる人とのことで悩み事とかあるときはいつでも相談してね。力になれることがあるかもしれないし』

 少し驚いた。でも、「そうなんだ」と率直に思った。

 そしてMIKUさんが俺の力になりたいと思ってくれていることを嬉しく感じる。

 『ありがとうございます。そう言ってくれることがとても嬉しいです』

 

 校外学習翌日、クラス全体の仲はもっと深まったように感じる。

 俺たち四人は昨日の話で持ち切りだ。

 「最後に乗ったジェットコースターが一番怖かったよな。高いところから急降下するところとか本当にやばい」

 「いやそれも怖かったけど、二個目に乗ったやつもやばくなかった?」

 「あー。あれもやばかった。そういえば守たちはなんの乗り物乗ったの?」

 「俺たちは、あの後お化け屋敷に行って、ご飯食べて、最後に観覧車に乗った」

 「へー。めっちゃデートみたいじゃん」

 「デートじゃないし!」

 俺は勢い余って、声を上げすぎてようだ。クラスの視線が集まっているのを感じる。


 「守、そんな焦るなって」

 光輝が言いながら笑っている。こっちもつられて笑いそうになる。

 「とにかく楽しかったよね」

 笑いながら言う潤、今日もとにかくビジュアルが良い。

 そんな風に話しているとチャイムが鳴った。翌日の授業ほど気分が重いものはないと思う。

 
 普段の倍長く感じた授業をなんとか乗り切った。あとは帰りのホームルームだけだ。

 担任の長野先生が配り始めた紙を見て、クラスの人の顔が曇っていく。

 「えーー。今日でテスト二週間前になります。みなさん忘れていたなんて言わないでしょうね?しっかりとテストに向けて勉強するように」

 今日の授業を乗り切り少し明るくなっていたクラスメイトの顔は、もう一度落胆した表情に変化している。

 俺ももちろんその一人だ。
 
 
 今日は部活がオフの日なので潤と一緒に帰っている。

 潤の入っているクッキング同好会は活動日数も少なく、自由参加なので俺の部活がオフのとき、週二回は一緒に帰るのが習慣になっていた。ちなみに料理が好きだからクッキング同好会に入ったことはいいものの、周りに女子しかいないことに疲れて一年生の頃から合計二回しか参加していないらしい。

 「二週間後にテスト始まるとかほんとに信じられないよ。もう潤は勉強とか始めてる?」
 
 「暗記系からできるところは少しずつって感じかな」
 
 「さすが潤」

 学年で常に上位にいるだけある。

 「守、この後空いてる?よかったら、今日一緒に勉強しない?」

 「え、したい!」

 それを聞いて嬉しそうな顔の潤。

 「どこで勉強しようか?」

 「守が良かったら、俺の家とかどう?」

 「俺は全然大丈夫だし、むしろ嬉しいけど、守の家族は大丈夫なの?」

 「ああ、今日家族夜まで帰ってこないから大丈夫」

 ということは、潤と二人きりということか。

 別に勉強するだけだから何も意識する必要ないのに、なんで意識してるんだ。俺は…



  *



 「潤、ちょっと待って」

 「ごめん、待てない」

 潤の顔が俺の顔に近づいてくる。

 なにが起こっているんだ―

 * 

 ―遡ること、三時間前。
 

 「おじゃまします」

 「適当にこの辺座ってて」

 そういって潤は部屋を出て階段を降りていく。

 俺は部屋の中央にある、丸形のローテーブル近くに腰掛けた。

 俺の部屋と違って、整理整頓が行き届いている。

 黒を基調とした家具。

 本棚には本が規則正しく並んでいて、小説だけでも百冊近くありそうだ。そしてローテーブルの上には「本格的に料理を始める人のためのレシピ50選」という本が置いてある。

 本当に読書と料理が好きなんだな。

 「お待たせ。飲み物、お茶で大丈夫だった?」

 お盆にお茶とお菓子を載せた潤が戻ってきた。

 「大丈夫。ありがとう。あ、これ俺の好きなお菓子」

 チョコレートの中にアーモンドが入っているという革命的なお菓子。

 「これ美味しいよね。俺も好き」

 「隣のクッキーも美味しそうだね」

 チョコレートの隣には少し焦げ目のついた美味しそうなクッキーがきれいに並んでいる。

 「実は昨日自分で焼いてみた」

 自分で…!

 「すごい!!食べてもいい?」

 「いいよ。じゃあ…」

 そういってクッキーを俺の口元まで潤は持ってくる。

 「いや、自分で食べれるって」

 「なんでよ。俺が焼いたクッキーなんだからどう食べてもらうかは俺の自由だろ」

 確かにそうだけど。

 そっと口を開けると、程よい甘さが口に広がってきた。

 「美味しい!潤すごいよ。こんな美味しいクッキー作れるなんて。お店の味みたい」

 「独特な褒め方だね。口に合ったならよかった」

 「もう一枚食べていい?」

 「全然何枚でも食べてよ」

 俺は潤がまた口に運んでくれるのを待っていた。しかし、少し待ってもクッキーは俺の口まで運ばれてこない。

 潤の方を見ると、勉強道具の準備をしていた。

 なんだ、そうだよな。何を俺は、食べさせてもらうのを待っているんだ。

 自分で自分が恥ずかしくなる。

 勉強道具をリュックから取り出している潤と目が合う。

 「あれ、食べないの?」

 「食べる食べる。ちょっと考え事してただけ!」

 「あーー。ごめんごめん」

 俺が考えていたことを察したのか潤の口角が上がる。

 「はい」

 本日二回目のことであるのにさっきより味が感じにくかったのは緊張のせいだろうか。

 「そろそろ勉強始めなきゃ。今四時だから六時までは頑張ろう」

 「俺数学から始める」

 「苦手な教科から始めるのはいいことだね。じゃあ俺も数学」

 あれ―

 「俺、潤に数学苦手だってこといつ言ったっけ?」

 驚いたような顔をする潤。驚いたのは俺の方なのに。

 「奏汰たちから聞いたんだよ。守は数学苦手だから頑張ってるってこと」

 「あーー。そういうことか。あいつらそんなこと言っていたのか」

 俺が頑張っているって思われていることは嬉しいことだ。

 「潤、これってどういうこと?なんでこの関数がこの形のグラフになるの?」

 「ああこれは―」

 俺にもわかりやすく別紙に書きながら説明してくれる。色白で、指先まで細い手が目に入る。

 「なるほど。そういうことか。ありがとう」

 「理解できたならよかった。また何かあったら言って」

 隣に勉強ができる人がいると心強い。自分まで賢くなった気がするのは気のせいだろうか。

 
 
 「守、守。ウトウトしてるよ。眠いの」

 「うーーーん」

 「少し寝な。そこのソファー使っていいから」

 「うん」
 

 
 俺はどれくらい眠っていたのだろうか。

 気づいたら窓の外は薄暗くなっていた。

 「ごめん!寝ちゃってた」

 「あ、起きた?おはよう」

 今の時刻は六時十分。目標にしていた勉強時間を過ぎている。

 「俺どれくらい寝てた?」

 「うーん、四十分くらいかな」

 一時間を超えていないならまだ許容範囲だが、一緒に勉強していたのに寝てしまっていたなんて。

 「ほんとごめん!」

 「全然いいって。ちょっと休憩にしよっか」

 

 「そういえば、守好きな人とか気になる人とかはできた?新学期始まってから二か月近く経つけど」

 えーーと。これは素直に言った方がいいのか?でも気になるのは目の前の人だしな...でも、俺の好きの形を探したくて潤は言ってくれてるんだし、名前を伏せて話せば大丈夫だろう。

 「うん。気になる人がいる。好きかどうかは分からないけど」

 「そうなんだ。その人といるとどんな気持ちになるの?」

 少し食い気味に潤は聞いてくる。

 どんな気持ちに...?それは

 「時々ドキドキする、かな...」

 「ふーん。時々ね。例えば?」

 「例えば、その人と距離が近いときとか...」

 俺に食べ物をくれるときとか、俺のことを心配してくれるときとか...

 これまでのことがフラッシュバックしてきて、胸の鼓動が速まるのを感じる。

  「じゃあ、俺が同じことをしてもドキドキはしないよね?」

 意味ありげに口角を上げながら潤は言った。

 潤が俺の横に座り、肩に手を回す。

 ちょっと待って、どういうこと?

 何が起きているのか俺にはわからない。

 「さすが、バスケ部。筋肉のつき方が違う」

 潤の手が、俺の腕に触れる。

 そのまま、潤は腕を俺の腰に回す。

 心臓が大きく脈打った。

 自分の心臓の位置が分かるとは、こういうことなのかと思う。

 「守って、腰細いんだね。ちゃんと食べてる?」

 俺の耳元で潤の声が響く。

 「食べてる…」

 「抱きやすそう」

 潤が小さく呟いた。

 「え?」

 「ああ。ごめん。抱きしめやすそうってこと」

 さすがに俺の幻聴だろうか。

 その瞬間、視界が反転した。

 気づけば、俺は床に倒れていた。

 肩を潤の手が押さえている。

 「じゃあ、これは?」

 潤に押し倒されたと気づくのに少し時間がかかった。

 

 ―そして今に至る。
 
 「潤、ちょっと待とうね」

 俺の言うことを聞く様子もなく、さらに潤の顔は俺に近づく。

 もう、どうとでもなれ。

 俺は意を決して、目をつむった。

 「んっ…」

 首筋に何かが触れた。柔らかな感触に、それが潤の唇だと気づくまでに少し時間がかかった。

 そのまま潤は首筋に唇を当て続ける。

 「ちょっ…やぁっ」

 部屋に自分でも聞いたことないような甘ったるい声が響く。

 恥ずかしさで顔が熱い。

 「なに?感じてるの?でもドキドキはしないよね。守が気になる人とうまくできるように俺と練習しておかなきゃ」

 こんなのドキドキしないわけない…

 心臓が飛び出るのを何とかこらえる。

 目を開けると余裕のない顔をした潤が目に映る。

 もう俺、このままどうなってもいいかも。

 「ただいまー。あれ、潤もう家帰ってるのー?」
 
 はっ。

 勢いよく俺から離れる潤と、その場で固まってしまう俺。

 「帰ってるよー」

 そう言って、潤は部屋から出ていく。

 急いで押し倒された体を起こす。

 「いらっしゃい。いつも潤がお世話になっています。仲良くしてくれてありがとうね」

 「おじゃましています。斎藤守です。こちらこそありがとうございます」

 潤と似た整った顔立ちに、ストレートの黒髪。身長は百七十cm近くありスタイルの良さが伝わってくる。

 「よかったら守くん、夜ご飯食べていく?これから作るんだけど」

 「ごめんなさい。明日も学校なので今日は失礼します」

 潤の母が少し眉をひそめたの気づく。

 でも、このまま潤といたら俺の心臓が持たない。すでにキャパオーバー状態だ。

 「また来てよ、守」

 「そうよ。今度は休日の前日とか!お泊りしてもらっても全然いいのよ」

 思いついたように嬉しそうに潤の母が言う。

 また、今度ですね…

 「送ってもらわなくてもいいのに」

 「せめて駅までは送らせてよ」

 普段通りクールなそぶりの潤を見て、さっきのことを忘れそうになる。

  「あのさ、さっきのことなんだけど…」

 えっ…

 潤の手が俺の頭をなでる。

 「また勉強しようね」

 満足そうに潤は笑みを浮かべている。

 「また明日ね」

 そう言って、俺の頭から手を離す。

 「お、おう。また明日。ありがとう」

 潤は手を振ると、そのまま駅の向こうへ歩いていった。

 俺はその背中が見えなくなるまで、その場に立っていた。

 
 この時の俺は潤の言う「勉強」にもう一つの意味が含まれていることに気づいていなかった。