恋愛相談する相手、間違えました。

 「MIKUの正体。実は、俺なんだ。ずっと隠しててごめん」


 うん。知ってたよ。
 俺は絶望した。


 MIKUの正体を、今まで明かしてくれなかった彼に。


 *


 現実の世界で友達と関わっていると、多少なりとも気を使うことがある。そのストレスを軽減するためにも、俺はネットでのコミュニケーションを割と大切にしている。

 知らない人との会話なら、何気なく始めることができる。それに、相手に気を使いすぎずに話せるところもいい。

 『俺、気になっている人がいて、その人とこれ以上仲を深めることが難しくて……』
 
 『そうなんだね! その人はどんな人なの?』
 
 『いつもしっかりしていて、周りに気を配れて、そして優しい人ですかね』

 『めっちゃいい人なんだね。周りに気を配れるって、簡単なことじゃないし!』

 【チャット名:相談乗ります!気楽にどうぞ 主催者:MIKU】

 参加者1 MIKU(19)

 プロフィール
 ・大学一年生
 ・血液型 O型
 ・趣味 古着屋巡り、カラオケ
 話すことが好きです。よかったら一緒に話しましょう。

 今参加しているチャットは、MIKUさんが主催しているものだ。

 本来は複数人で参加できるが、今回の参加人数は二人までに制限されている。そのため、個人チャットとほとんど変わらない。

 参加者2 守(17)

 プロフィール
 ・高校二年生
 ・血液型 A型
 ・趣味 読書、料理
 気楽に話しかけてくれると嬉しいです。よろしくお願いします。

 こんなに少ない自己紹介文でも、チャットで話していくうちに相手のある程度の性格が想像できるところがおもしろい。

 『はい。でも、ほとんど話したことはなくて、明日学校でクラス替えがあるので、そこで同じクラスになるのを願うばかりなんです……』

 『それは、めっちゃ緊張するね』

 『はい。緊張しすぎて、明日になってほしいような、なってほしくないような気持ちです』

 『ほんとにクラス替えの緊張を超えるものはないと僕も思うよ。きっと、守くんはその人と同じクラスになれるよ。僕も祈っとく』

 MIKUさんーー。優しすぎる。

 少し緊張も和らいできた気がする。

 現実の友達に相談に乗ってもらうのもいい。でも、見知らぬ人になら気楽に相談できる。本心を打ち明けても、そのせいで関係が壊れることを恐れなくていいし、本音で話しやすいという点で、ネットでの相談には得るものが多い。

 『ありがとうございます! また結果報告しますね』

 『うん。待ってるよ。今日はゆっくり寝るんだよ』

 チャットを閉じ、使っていたスマホを充電器につないだ。これで寝る準備は完了だ。

 明日への緊張と期待を胸に、俺は布団の中でまだ眠気のない目を閉じた。



 高校二年生。

 来年には受験を控えているから、ある程度勉強もしながら、受験期を迎える前の一年間を全力で楽しむ。

 俺にとって、そんな学年が今日から始まった。

 クラス替え。誰もが緊張するであろう瞬間を、目の前に控えている。
 
 「まっもるー。おはよう。今日から二年生だな」
 
 「お、楓。おはよう。てか、そろそろクラス発表とかやばいよね」

 「ほんとに。クラス替えほどドキドキするものはないと俺は思ってる」

 後ろから声をかけてきたのは、松島楓。今日もブリーチを何度かした明るい髪をセンター分けにしていて、ビジュアルは最高だ。

 俺とは去年一年間同じクラスだったことをきっかけに仲良くなった友達の一人だ。

 「……俺、緊張しすぎて昨日あんまり眠れなかったんだよ」

 「え、もしかして守。一緒のクラスになりたい子とか?」

 「あーーーー。もう、ほんとに頼む。神様……」

 頭の中に浮かんできた願望を抑えきれず、俺は楓の前で神頼みを始めた。

 「ふーん、守はどうしても一緒になりたい人がいるんだな」

 何かを察したような、にやついた顔で楓は俺の顔を覗き込んできた。

 俺は今、どんな顔をしているのだろう。

 大人数の前では、とても見せられないような顔をしていることだけは分かる。耳のあたりが熱い。

 「クラス発表の紙、張り出されたぞーー!」

 遠くから聞こえてきた声に、周りの人たちが一斉に向かい始める。

 俺も行こうとしたところで、元クラスのグループLINEの通知が鳴った。

 『クラス発表の紙! あげたよ!!』

 グループLINEを開き、ゆっくりと息を吐く。

 隣にいる楓が画面を操作する手もぎこちなく、あたりには緊張した空気が漂っている。

 いよいよ運命の時だ。

 送られてきた写真をタップする。

 まずは自分の名前を探すところから始まる。

 A、B、C、D……。

 「俺、D組だ」

 ほとんど独り言のように呟き、気になるあの人の名前を探す。

 ……渡辺潤。D組……!

 奇跡のような出来事だった。

 D組の名簿欄の一番最後に書かれていたその名前が、他の文字よりも輝いて見えた。

 「俺、A組だったから、守とは違うクラスだな。残念」

 「しかもクラスの階も違うじゃん。楓と離れるの、俺も残念だわ」

 「まあ、クラス違くなってもこれからも仲良くしてな。まあ俺は彼女と同じクラスだったから、神クラスであることは確定している」

 誇らしげな顔で言う楓を見て、俺もこれからのクラスに期待と少しの不安を感じる。

 「そういえば守は、なりたい子とは同じクラスになれたの? まあ、その顔見たらなれたっぽいな」

 さすが一年間同じクラスだっただけあって、俺のことをよく知っている。

 「まあな。これから一年間、お互い楽しみだな」

 葉桜が青空の下で生き生きと葉を茂らせる校庭で、新しい生活が幕を開けた。

 


 『今日のクラス替え、気になる人と同じクラスになれたんです』

 まだあの感動を忘れられないまま、俺は教室でMIKUさんに連絡を入れた。

 MIKUさんの返信はいつも夜のニ十ニ時頃なので、今すぐ返信が来ないことは分かっている。それでも、少しでも早く喜びを分かち合いたかった。

 「あれ、守――! 今年も同じクラスなんだね。よろしくね」

 「翔、おはよう。一緒だな。よろしくな」

 彼は山田奏汰。昨年同じクラスで、同じグループだった仲のいい友達の一人だ。

 仲のいい人がいてよかったーー。

 「あ、俺の隣にいるのは俺と部活が一緒の松坂光輝」

 「どうも、光輝って呼んでください! 俺、たまに宿題とか忘れちゃうから、守、助けてね。いざとなったときは助け合いだ」

 元気いっぱいの笑顔を浮かべ、俺に笑いかけてくる光輝はいかにもいい奴という雰囲気がにじみ出ている。

 新しいクラスに続々と人が入ってくる中、渡辺潤の姿はすぐに見つかった。

 黒くさらさらした髪がきれいに切りそろえられ、襟足が少し伸びている。白い肌と黒い髪のコントラストが映えていた。身長は百八十cm近くあり、高校二年生の中では高いほうだ。スタイルもいい。

 渡辺は一番端の、後ろの席まで歩いていった。

 なんだよ、席遠いんじゃん。話しづらいな。

 対する俺の席は、六列あるうちの右から二番目、前から二番目の席。到底、気楽に話しかけに行ける距離ではない。

 「あ、潤ーー。おはよう!! 潤もこっち来てよーー」

 光輝が呼んだ名前に、俺の胸が跳ねた。

 荷物を置き、ゆっくりとした足取りでこちらに向かってくる潤を見ていると、なぜか俺だけ緊張が高まっていく。

 「俺と昨年同じクラスだった、渡辺潤! 俺とは仲良しなんだよ、ねーー潤?」

 「え……まあね。渡辺潤っていいます。よろしく」

 「なんだよ潤、その間は。照れるなってーー」

 「照れてないし」

 少し微笑み、口元を緩めた潤は、緊張しているようにも見えた。でも、光輝がいることで安心しているようにも見える。

 「俺、山田奏汰っていいます。よろしくね」

 「あ、俺は斎藤守。よろしく」

 まさかの話す機会が訪れて、うまく話せている気がしない。

 でも、これって仲良くなる機会だよな。

 え、でも何を話せばいいんだ。

 てか、なんで俺はこんなに緊張しているんだ。

 三人が話をしている中、俺は自問自答を繰り返し、会話に加わる余裕がない。

 「はーーい、皆さん席についてください。初めのホームルームを始めますよ」

 ナイスタイミングで担任の先生が教卓に立ってくれた。

 このままだったら気が持たなかったな。先生、助かったよ。

 担任の長野先生の話や授業についての説明は、ほとんど頭に入ってこなかった。気づいたらホームルームは終わっていた。

 さあ、明日からどう過ごそう。

 

 家に帰り、自分のベッドで本を読んでいると、MIKUさんから返信が来ていた。

 『同じクラスなんてよかったね。すごい確率なんじゃない?』

 『はい、俺の学年はFまでの六クラスあるので、六分の一の確率だったという意味では、すごいですよね』
 
 感動と興奮で、スマホの文字を打つ指が自然と速くなる。

 『どう?その気になる人とは仲良くなれそう?』

 『実は、俺の友達つながりでその人とは話す機会が多そうで、それはめちゃくちゃ嬉しいんですけど、なかなか緊張しちゃって……』

 『それはいい機会なんじゃない? 二人では話すの最初は難しくても、少しずつきっと仲良くなれるよ』

 確かに、最初から仲良くなろうと意識しすぎているのが、緊張する原因なんだ。

 もっといつも通り、普通に友達と話す感じでいれば、自然と仲良くなれるよな。

 あの日からの気持ちを隠しながら…



 はーー。今日は特に眠い。

 昨日の夜、いろいろと考えすぎたせいで寝不足になってしまった。

 眠い目をこすりながら昇降口に入ると、下駄箱には潤がいた。

 ここは話しかけるべきか。

 いや、昨日少し話した仲だし、挨拶しないほうが不自然だよな。

 「おはよう。潤」

 勇気を振り絞って話しかけた俺は、少し声が裏返ってしまったことに、少し時間が経ってから気づいた。

 「ああ。同じクラスの……斎藤? だったよな」

 え、俺の名前ちゃんと覚えてくれてたんだ。

 よかったー。

 嬉しさで口角が上がりすぎないように気を張るので精一杯だ。

 「そういえば、今日って自己紹介をクラスでしあう日だよね。潤は何か考えてきた?」

 「やばい。そのこと完全に忘れてた。まったく考えてない」

 「実はさ、俺も自己紹介とか全然思い浮かばなくて、まだ何言うか決めてないんだよ」

 自己紹介で、クラスの初対面の人が俺に持つ第一印象は決まるといっても過言ではない。

 俺にとっては大切な瞬間だ。

 待てよ。

 まだ潤も考えてないってことは、一緒に今考えれば、潤のことをより知れるのではないか。

 これはチャンスだ。

 「あのさ、よかったら……俺と一緒にホームルームまで自己紹介考えない?」

 俺の誘いに、潤が目を見開く。

 まだほとんどしゃべったことないっていうのに、急な誘いすぎたかな。

 少し後悔していると、隣で潤が声を発した。

 「うん」

 短い返事ではあるが、断られなかったという事実と、どことなく嬉しそうな潤の表情に安堵する。



 「ここ、いつも俺が考え事とかするときに使ってる場所なんだよね」

 「裏庭? 初めて来た」

 校舎の北口を出てすぐのところにある、木々に囲まれた裏庭は、新学期二日目だからか人が少なく静かだ。

 「まず、お互いに質問し合おうよ。じゃあー、潤は兄弟とかいる?」

 「俺は一人っ子だから兄弟はいないよ。守は?」

 「弟が一人」

 「へー。何歳差なの?」

 「二歳差。だから今、中学三年生かな」

 質問し合おうと振ったのは俺だが、潤から質問をもらうと、興味を持ってもらっているような気がして嬉しい。

 「次、潤から質問して」

 「じゃあ、好きな食べ物は?」

 「好きな食べ物かー。いろいろあるけど、最近は唐揚げ! 俺のお母さん、唐揚げ作るの上手で、一週間に一回は食卓に唐揚げが並ぶんだよ」

 「それは高頻度だね。唐揚げ好きか。確かにそんな雰囲気してる」

 唐揚げ好きな雰囲気ってどんな雰囲気だ。

 可愛い女の子がスイーツ好きって言って、納得する気持ちなら分かるけど……。

 「潤は?」

 「俺はカレーライス。家で食べるちょっと素朴なほうが好きかな」

 「わかる。給食のカレーとかめちゃくちゃ好きだった」

 ふと潤のほうを見ると、すでにこちらを向いていた。

 目が合う。

 けれど、なぜか目を逸らすことができない。

 そんな俺たちの間に、チャイムの音が響いた。

 もう少し潤のことを知りたかったのにな……。

 「また自己紹介はクラスでだな」

 考えていることを見透かされたような発言に、少し胸がドキッとした。



 想像していたような自己紹介とは違い、自分の名前と元のクラス、好きなことを一つ言って終わる。そんな端的な自己紹介が進んでいった。

 すぐに俺の番がきて、前の人と入れ違うように教卓の前まで行く。

 「元一年A組の斎藤守です。趣味はバスケと読書です」

 ここで俺はバスケのシュートを打つふりをする。

 「おい、外すなよーー」

 後ろのほうの席から奏汰の声と、周りの人の笑い声が聞こえる。

 「一年間よろしくお願いします!」

 笑顔で自己紹介を終え、自分の席へと向かう。

 あんまり人前で話すのってエネルギー使うし、得意じゃないんだよな。

 俺は中学のころからバスケをやっていただけあって、今では二年生ながら先輩たちと一緒に試合に出ている。

 好きではあるが、趣味といえるほどではない。

 ただ、バスケが得意なのは事実だし、好きと言えば少しキラキラした第一印象を持ってもらえるだろう、という浮ついた気持ちから、いつものお決まりだ。

 ふと視線を感じ、後ろの席のほうに目をやると、潤と目が合う。

 さっきの時間を思い出し、少し頬が赤くなるのを覚えるが、すぐに目を逸らされた。

 自己紹介は順調に進み、気づけば最後の一人、潤の番だった。

 「元一年C組の渡辺潤です。好きなことは読書と料理です。一年間お願いします」

 端的に自己紹介を終えた潤は、さっき俺と話していた潤とは別人のように感じられた。

 みんなの前だから、緊張してたのかな。

 好きなこと、読書って俺と一緒じゃん。

 しかも、料理好きとか理想すぎる。

 って、何を俺は考えているんだ。

 わずかに分かったことに対してさえ、高ぶってしまう自分の心に動揺を隠せないまま、今日のホームルームは終了した。



 「守、今日放課後暇?」

 「うん。今日は部活も休みだし、特に予定ないけど」

 「よかったら放課後ファミレスでも行かない? 昌と潤も来るって言ってた!」

 「行く! 準備するからちょっと待ってて」

 俺は弾む気持ちを抑えられないまま、急いで帰りの支度を済ませ、みんなのもとへ向かった。

 学校から歩いて15分ほどの場所にあるファミレスは、大森高校の生徒たちの放課後のたまり場となっている。

 今日は特に新学期になりたてということで、制服を着た生徒が多いように感じる。

 「よーーし。なに頼もうかな。やっぱ放課後だから甘いものだな」

 「いや。放課後といえばポテトだろ。これはみんなでシェアするようで決定な」

 「賛成。じゃあ、あとは各々頼みたいもの頼むか」

 正面には、メニュー表を見ながらはしゃぐ光輝と奏汰の姿。

 俺の隣には潤がいる。



 今日の朝のことがあって、妙に身構えてしまう。

 「潤は決めた? 何にする?」

 「いや、まだ決めてないけど」

 隣でぼーっとメニュー表を眺める潤。

 その横顔でさえ絵になる。

 「俺はこのイチゴパフェにしようかな。今、甘いもの食べる気分なんだよな」

 「あ、そう。いいじゃん。いろいろあって決められないな」

 「カレーとかは? ここのもおいしそうだよ」

 「お昼も食べたのに、またがっつり食べるのはさすがにやばいって」

 確かに、まだそれほどお腹は空いていない。

 昼は今いる四人で一緒に弁当を食べた。

 潤のほうを見ると、メニュー表を見ながらふっと口角が上がっていることに気づく。

 俺の言ったことに対して笑ってくれたということが、少し嬉しい。

 
 前のクラスでの思い出や、自分の部活のことなどを話し合っているうちに、気づいたら日が暮れていた。
 
 「よーーし。明日も学校だし、今日はお開きとしましょうか」

 「また学校で話そうな」

 お会計を済ませ、ファミレスを出たところで帰り道は別れた。

 光輝と奏汰は高校の前を通って帰るが、俺と潤は学校横の坂を越えたところにある駅を使う。

 風が吹き、木の葉が揺れる音が聞こえる。

 二人と別れてから、言葉は交わされることなく、どこかぎこちない空気が流れているように感じた。

 しびれを切らして、俺から声をかけた。

 「さっきのプリンは美味しかった?」

 「ああ。美味しかったよ。久しぶりにお店のスイーツ食べたのも相まって」

 「それはよかった。美味しそうに食べてたもんね」

 なにを話そうか。決まった話題がないと難しいものだ。

 他の人と話すのだったら、話題なんていくらでも思いつくのに……。

 意識した相手だと、そういうわけにはいかないらしい。

 
 「守はさ、奏汰とは同じクラスで仲良かったの?」

 「うん。今みたいによく一緒にご飯とか食べに行ってたし、仲良かったよ」

 「そうなんだ……」

 何か言ったように聞こえたが、小さい声だったせいか、何と言ったのかは分からない。

 「そういえばさ、名前、苗字じゃなくて下の名前で呼んでいいよ。斎藤っていう苗字の人って結構多いしさ」

 俺は何を言ってるんだ。

 名前なんて、相手が呼びたいように呼ぶのでいいだろ。

 俺が守って呼ばれたいだけなのかもしれない。

 「わかった。じゃあ、これからは……守って呼ぶ」

 隣では、少し嬉しそうに頬を緩めている潤が歩いている。

 まあ、潤が嫌な気をしなかったならいいだろう。

 あれこれと考えを巡らせているうちに、いつの間にか分かれ道まで来ていた。

 別れの挨拶を交わし、気づいたときには自分の家についていた。