来る者拒まず、去る者追わず。優しい嘘には制裁を。

 翌朝の教室は、いつものそれとはどこか空気が違っていた。
 重たい引き戸を開けた瞬間、恭也の肌がピリリと粟立つ。クラスメイトたちの視線が一斉に突き刺さり、あちこちからの無遠慮な視線にめった刺しにされるような居心地の悪さを覚えた。

(……もう昨日のことが回ってのかよ)

 嫌な予感が背を駆け抜ける。
 そもそも、人からの告白を断ったことも、ましてや自分から誰かを振ったことすらないことで有名だった恭也が、初めて人を振ったのだ。それも、あんな電話越しの適当な振り方で。噂好きな高校生たちの間で、それが新鮮なゴシップとして瞬く間に学内を駆け巡ったのは、もはや仕方のないことと諦めるべきなのだろうか。

「おはよう、恭也」
「ああ、おはよう」

 通りすがりのクラスメイトが気さくに声を掛けてくれた。それに反射的に返すも、なぜかソイツの表情はやけにニヤニヤと歪んでいる。
 つい昨日まで『来るもの拒まず、去る者追わず』を貫いていた男が、彼女になったばかりの人間を手酷く振ったという噂が出回っているのなら、もっと冷めた非難の視線に晒されそうなものだけれど……教室の空気はなぜかからかうような、お祭りムードのそれに近かった。

 そんな不可解な疑問を抱える恭也の心境など露知らず、クラスメイトは面白がるように肘で恭也の脇腹を軽く突いた。

「お前、やるな~!まさかあの夏海ちゃんを彼女にするなんてさ!」
「は…?」
「どっちから告白したんだよ~~???」

 その予想外すぎる単語の並びに、恭也は思考を完全にフリーズさせた。
 何も返せないまま、まるでブリキの人形のようにぎこちなく首を回し、後ろを振り返る。

 視線の先__自分の席の真後ろである窓際の席には、ちょうど今話題に上がっていた夏海が座っていた。
 どこ吹いた風といったすまし顔で、昨日数々の残酷な修羅場を演出した人間とは思えないほど優雅に、文庫本のページを捲っている。そのあまりのマイペースさに、頭の中が一瞬で真っ白になった。

「…その噂、誰から聞いた?」
「え?誰からって…誰だろうな。もうクラス中、みんな知ってるぞ?少なくとも、俺が朝登校してきた時にはもうあちこちで回ってたけど」
「そうか。……ありがと」

 言いようのない苛立ちと逃げ出したいほどの気まずさが入り混じった足取りで、恭也はかろうじてお礼の言葉を紡ぎ出した。
 クラスメイトの止める声も聞かずに夏海の机のへと歩み寄った。そして、周囲のクラスメイトに聞き取られないギリギリの低い声で、歯噛みしながら鋭く詰め寄る。

「おい…夏海」
「ん? なあに、恭也。今いいところだから、もう少し待って」
「ちょ、」
「あと2分」

 本当にいいところなのか、夏海は恭也の殺気立った視線など完全に無視して、文字を目で追いながらゆっくりとページを捲る。そして、それからちょうど2分ほど経過した後、パタンとそっと本を閉じてようやく机の上に置いた。

「お待たせ。で、なんだっけ?」
「とぼけるなよ。……やったな、お前」
「何が?」
「……昨日のこと、わざわざ周りに言いふらしたのかよ」

 低く威圧するような恭也の視線にも、夏海は微塵も怯えなかった。むしろ、自分の手の上で転がしていると言わばかりの余裕すら漂わせ、ふわりと艶やかな笑みを浮かべて小首を傾げる。

「え?」