来る者拒まず、去る者追わず。優しい嘘には制裁を。

「ほら、今更じゃない? 私たち、幼馴染じゃん」
「何言ってんだよ、お前……。いいから、ほら、ネクタイ離せ」
「ちぇー、面白くないの」

 そんな不満げな呟きと共に、夏海はパッとネクタイから手を離した。自由を取り戻した恭也は、これ幸いとばかりに素早く体を起こそうとした、その直後のこと。

 ビシッ、と乾いた小さな音と共に、恭也の眉間に鋭い痛みが走った。

「いてっ……!ちょ、何すんだよ!」
「デコピン」
「そういうこと聞いてるわけじゃなくてだな…!」

 起き上がるタイミングを完全に奪われ、痛むおでこを片手で押さえながら情けなく顔をしかめる恭也。
 そんな彼の様子を寝転んだまま見上げていた夏海は、ふっと柔らかい笑みを浮かべて不意に上体を起こした。そして、無言のままスルリと顔を寄せると、自分がついさっきデコピンをしたばかりの、その赤い額の真ん中にそっと唇を押し当てた。

 触れたのは、ほんの一瞬。
 あまりにも予想外すぎる不意打ちの温もりに、恭也は思考の回路を完全に固まった。

「は…?」

 脳が状況を処理しきれず、まともな声すら出ない。
 しかし、当の夏海はキスという行為の重みなどどこ吹く風といった様子で、何食わぬ顔でパッとベッドから身軽に立ち上がった。未だにベッドの上で呆然と固まっている恭也を少しだけ名残惜しそうに、けれどどこか勝ち誇ったような瞳で見下ろす。

 そして、今日1番の鮮やかな笑みを形作り、言いたいことだけを言い放った。

「じゃ、私もう帰るね。お邪魔しました~」

 軽やかな足取りで自室の扉を開け、夏海はパタリと音を立ててそのままスタスタと部屋から出ていってしまった。

 後に残されたのは、夕闇が深まりゆく静まり返った部屋と、バクバクとうるさく鳴り続ける自分の心臓の音だけ。
 1人取り残された恭也は、熱を持ったおでこにそっと手を当てたまま、どうしようもない気恥ずかしさと混乱に耐えきれず、ガクリと深く頭を抱えてベッドに沈み込んだのだった。