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 翌日の夜、再びクランでダンジョンに挑戦する。
 布団の中で動きを反芻し続けた甲斐もあり、昨日散々引っかかった攻撃は、ほとんど先読みして避けることができた。何度か殴る頭を間違えることもあったが、基本的には真ん中を叩き続け、なんとトライ一回目で『ケルベロス』を撃破することができた。
 
「っしゃ!!」
 
 三つの頭を持つ機獣が崩れ落ちるムービーを見ながら、瑛斗は力強くガッツポーズを決める。
 
MIKAN:Z、今のすごい良かった
GON:別人じゃん
LINA:やったね!!Zちゃんすごい!
ASTRA:Zちゃん、昨日と全然違う!
Z:昨日ちょっと練習した
ASTRA:一日でこんなに動けるようになるなんて、すごいよ!えらい!
 
 へへ。見たか。俺だってやればできるんだ。
 画面を見ながら、存分にドヤ顔を決める。
 
 その後、勢いに乗って挑んだ大ボス、超大型機械『ナイトフォール』は、さすがにそう甘くなかった。即死級の範囲攻撃の連続に、全員が攻略の糸口を掴めずにいた。
 
ASTRA:波状攻撃がヤバいな
MIKAN:安地わからないまま死ぬ
 
 ここで、瑛斗は昨日の強者たちのプレイを思い返した。全員、いや、せめてタンク以外が安全地帯を理解するには。
 
Z:あすとら、みんなが死んだあと、スキル回してめちゃくちゃ耐えれる?
ASTRA:タゲ取り捨てて、LINA守りつつであれば割と持つかも?
Z:昨日うち、床舐めながら俯瞰で攻撃パターンみたらわかりやすかったんだよね
MIKAN:あーなるほど。あえて見学回にするってことか
GON:ありかも
ASTRA:なるほど!そしたらできる限り耐える!
 
 こうして、何度か全員での『見学回』を挟んだ。一回見学して、次はトライ。これを繰り返すうちに、どんどんと生存時間が増えていく。
 
【SYSTEM:NIGHTFALL DEFEATED】
 
「よっっしゃあああ!!!」
 
 八回目のトライで、ついにナイトフォールを倒し切った。瑛斗は思わず叫んで立ち上がる。直後、壁の向こうから綾音に「うるせえ!」と怒鳴られ、慌てて静かに座り直した。
 
ASTRA:やったー!!GG!
MIKAN:いけるとは
GON:gg!
LINA:やったー!!おつかれさまー!
Z:やたー!
 
 歓喜に湧くチャット欄に、思わず口元が緩む。
 いやー、達成感あるなこれ。MMO、恐るべし。
 
ASTRA:功労賞!Zちゃん最初に好きなアイテム取っていいよ!
 
 ダンジョンの攻略報酬で出た宝箱の分配。お言葉に甘えて、瑛斗はズラリと並んだレアアイテムの中から、重ね着用の『BLACKOUT PROTOCOL』というネオン文字がチカチカ光る、とんでもなくダサいカチューシャを選んだ。
 
LINA:何でよりによってそれなのwww
 
 正直、報酬アイテムの実用性なんてどうでもよかった。もらえるなら、これをぴこたんの頭に付けてやろうと思っただけだ。
 クランの雰囲気も最高潮のまま、「明日からは周回チャレンジしよう」と解散になる。
 
 さっそくぴこたんにこのダサいカチューシャを見せに行こう。そう思っていると、ASTRAからポンとパーティ招待が飛んできた。
 
「あれ? なんだ?」
 
 首を傾げつつ、参加ボタンを押す。
 
ASTRA:急にごめんね〜
Z:どした??
ASTRA:いやー、どうしてもZちゃんにお礼が言いたくてさ。
Z:お礼??
ASTRA:昨日あんな感じで、MMOのちょっとギスギスした嫌な部分が出ちゃったからさ。今日来なかったらどうしようとか、嫌にならないかなって、結構心配だったんだよね。
Z:全然気にしてないよ
ASTRA:強いね!
Z:強いよ
ASTRA:今日来てくれただけじゃなく、ラスボスもZちゃんのプランのおかげで勝てたし。裏でたくさん練習してくれたんだなと思うと、すごく嬉しかったよ。
Z:昨日あすとらがなぐさめてくれたから頑張れた!
ASTRA:そう言ってもらえるのは嬉しい!
ASTRA:俺、私生活でも目指してるものがあるんだけど、たまにすごい疲れちゃってさ。
 
 ……秋也、お前、そうなのか。
 そうだよな。師範の期待、道場の看板、インハイ。そりゃ、プレッシャーだよな。
 
Z:そうなのか
ASTRA:そうなんだよねぇ。でも、現実逃避で始めたゲームでも、結局違う目標のために頑張っちゃうっていう笑
Z:頑張るマンだ
ASTRA:うん。頑張るマン、今日のZちゃんの頑張りを見てすごく励まされたよ。だから、お礼が言いたかった。
Z:こちらこそだよ
ASTRA:よし!じゃあまた明日も頑張ろ〜!
 
 ASTRAがパーティを抜ける。
 残されたZは、ぴこたんにあげるつもりだったダサいネオンのカチューシャにカーソルを合わせたまま、今の会話が周囲のログに流されて消えるまで、何度も何度も、秋也とのチャットを見返していた。
 

 *
 

『大変だ』
 
 金曜日の午後の授業中。連日の夜更かしが祟り、もはや隠れる気もなく机に突っ伏していた瑛斗のスマホが、ポケットの中で短く震えた。画面を見ると、冬梧からのメッセージだ。
 冬梧の「大変だ」は、本当に大変だった試しがない。こないだは『コンビニの傘立てに突っ張り棒が刺さってる』だった。
 
『なにが』
 
 突っ伏したまま、机の下で返信をする。
 
『理科の女の先生の頭にカメムシついてる』
 
「んふっ」
 
 変な声が出た。やめてよ。カメムシはずるいだろ。
 
『先生若くて虫嫌いだから誰も何も言えない』
 
『やべぇじゃん』
 
『爆弾処理班並みの緊張感』
 
『青を切れ!』
 
『じゃあ赤にする』
 
『あーあ、死んだな』
 
 冬梧とのトーク画面は、常にこんな感じのIQの低いやり取りで埋まっている。
 
 てか、あいつ進学校のくせに授業中にスマホなんかポチポチしてて大丈夫なのか?
 
 若干心配になりつつも、眠気覚ましと暇つぶしを兼ねてテンポよくメッセージを送り合う。
 
 結局、授業で配られた白紙のプリントの写真を送りつけたところで既読スルーされ、そのまま終わりのチャイムが鳴った。

 
『大変だ』
 
 放課後、帰り支度をしていると再びスマホが震えた。
 またかよ、と呆れつつも指を動かす。
 
『お前がプリント無視するから俺が大変だわ』
 
 あれ宿題になったんだぞ。お前が代わりに解いてくれないから。
 
『竹刀割れた。ハヤシ行こ』
 
 ……割と大変だった。冬梧の大変だランキング、久々の更新だな。
 
 ハヤシは地元にある武具店の名前だ。癖の強い老夫婦が経営している。
 
『まじかよ、今日の稽古どうすんの』
 
『道場の竹刀借りる』
 
『俺も新しい鍔欲しいから週末に行くか』
 
『俺土曜日は一日塾』
 
 はぁ。進学校様は大変だなぁ。
 
『んじゃ、日曜だな!秋也も誘う?』
 
『今日の稽古で誘ってみるか。どうせ来ないと思うけど』

 
 *
 

 剣道の試合で大事なのは『中心』と『間合い』だ。
 
 秋也が強い理由の一つは、その『中心』の強さにある。剣先で相手の喉元を指し、岩のようにどっしりと構える。中心の取り合いになっても、瑛斗のようにカチャカチャと忙しなく剣先を動かしたりはしない。相手が押してきたら手首をスッと返して剣先をいなし、またすぐにピタリと喉元を狙うのだ。
 中心が取れなきゃ、相手はいくら面を打とうが真っ直ぐには入らない。ある意味、中心を取るというのは防御に近い。つまり秋也の剣道は防御型だ。
 
 対して冬梧の上段は、中段同士みたいに剣先を触れ合わせて中心を奪い合う構えじゃない。冬梧が強いのは『間合い』の支配だ。左の拳で中心を牽制しながら、相手に『いつ面が飛んできてもおかしくない』という強烈な殺気を放つ。相手が攻めあぐねている隙にジリジリと間合いを詰め、長いリーチを活かして上から面を打ち抜く。
 そもそも上段は、面の打ち出しを早くする代わりに自分の喉元と小手を晒す、捨て身のスタイルだ。つまり、冬梧の剣道は攻撃型ということだ。
 
 そんな二人の試合は、秋也が勝つことが多い。お互いを知り尽くしている分、秋也には冬梧の圧が効かない。
 師範は普段、あまりこの二人を対決させない。試合をさせるのは大きな大会の前か、道場全体の空気が緩んでいる時だ。
 来月下旬に秋也のインターハイ出場をかけた高体連の県予選大会があるため、おそらく今日は前者だろう。
 二人の試合には独特のヒリヒリとした緊張感がある。ジリジリと構え、互いに間合いを測る。冬梧が先に打ち出し、秋也が受け流して打ち返す。それを避けて素早い二段攻撃。一進一退の息詰まる攻防が続き——冬梧が一歩下がったほんの僅かな隙を狙い、秋也が大きく踏み込んだ。
 
「面あり! 勝負あり!」
 
 通常の試合は三本勝負だが、この二人に関してはいつも一本勝負だ。今日は秋也に軍配が上がった。
 
「やっぱチョキだ、俺は」
 
「誰がパーだ。次は負けねぇ」
 
 瑛斗は二人の試合を見るたびにハラハラする。後の処遇を考えると、基本的には秋也に勝ってほしい。だが、冬梧はああ見えて負けん気が強い。負けた日は機嫌が悪くて軽口が若干叩きにくくなるのだ。
 
 
「秋也、日曜に冬梧とハヤシ行くけど、お前も来る?」
 
 稽古後の更衣室。案の定黙り込んでいる冬梧の代わりに、瑛斗は着替えながら秋也に声をかけた。
 
「あ〜、俺は特にハヤシ行く用もないしなぁ。日曜はがっつり『オルリン』やりたいんだよね」
 
「けっ。いつもやってんだろ」
 
「いや、最近クランに入った新しい子がすげえ頑張ってくれててさ〜! このままいけば、クランでもいいランク目指せるかもって」
 
 あらあら。それ、俺のことじゃないの。
 いいの?
 Zちゃん、日曜はどうせログインしないよ? 他の男とデートしちゃうからね?……行き先は武具屋だけど。
 
 ……は? 待て待て、俺。
 
 デート? 冬梧と?
 アホかっての。男二人で竹刀買いに行くのがデートなわけあるか。
 
 自分の脳内変換に焦り、思わずバッと冬梧の方を振り向く。すると、上半身裸の冬梧が、着替えの手を止めてじっとこちらを見つめていた。
 
 なんでこっち見てんだよ!
 
 変な汗が噴き出し、首がもげる勢いで前を向き直した瞬間、半開きになっていたロッカーの扉に思い切り頭をぶつけた。ガンッ!という鈍い音と共に扉が勢いよく閉まり、そのまま左手の人差し指を挟む。
 
「いっっっっっっってぇ!!!!」
 
「どうした瑛斗!?」
 
「お、おい、瑛斗?」
 
 二人が一気に駆け寄ってくる。視界の端に、まだ上半身裸の冬梧と、ズボンをちゃんと履ききっていない秋也の姿が映った。
 
 もうやめて。マジで。ほっといてくれ。
 
「あー、もう! なんともねえっての!!」
 
 瑛斗は何も見ないようにその場にしゃがみ込み、赤く腫れてジンジンと脈打つ指の痛みに、ただ虚しく耐えることしかできなかった。