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「今週末の中西道場との試合、高校の部は『バカ』と『アホ』と『間抜け』トリオが出ろ」
 
 月曜日の稽古終わり。師範は正座をしたまま、至極真面目な顔でそう言い放った。
 指名された心当たりがないため、同年代の高校生たちと首を傾げ、互いを指差し合う。
 
「瑛斗に冬梧に秋也だよ! バカが先鋒、アホが中堅で間抜けが大将!」
 
 言い捨てて師範が立ち上がる。号令に合わせて他の生徒たちも立ち上がる中、瑛斗たち三人だけは腑に落ちない顔のまま、床に正座で取り残されていた。
 
「……おい、冬梧。お前が先鋒かよ」
 
「いや、バカは間違いなく瑛斗だろ」
 
「だな。問題は『間抜け』が誰か、だ」
 
 凛々しい顔つきのまま、秋也が深刻そうに腕を組む。
 
「「お前だろ」」
 
 瑛斗と冬梧の声が見事に重なった。しかし秋也は怒るどころか、「え、俺か!」となぜかパァッと顔を輝かせた。怪訝な顔で見つめていると、秋也は勢いよく立ち上がる。
 
「だって、その三つの中だと間抜けが一番ランク高いだろ」
 
 ……マジかこいつ。
 瑛斗と冬梧は呆れて顔を見合わせた。
 
「さて、残されしバカとアホはどっちがランク上なんだかねぇ」
 
「アホだろ」
 
 余裕たっぷりに見下ろしてくる秋也に対し、冬梧が鼻を鳴らして即答した。
 
「はぁ? バカは勉強すりゃ普通になるけど、アホはアホのままだからアホのが下だろ」
 
「瑛斗のバカは、勉強では治らない方のバカ」
 
「クソめ!」
 
 食い気味に論破され、ムカついた瑛斗は正座している冬梧の背中に後ろから飛び乗り、そのまま腕を回して首を絞めた。
 しかし冬梧は嫌がるどころか、瑛斗の腕をガシッと掴むと、背中に乗せたまま「よっこいしょ」と平然と立ち上がった。

 ……俺、平均身長よりかは背が高いんだが? 体重は軽めだけど。それにしたって相変わらず、無駄にすげえ足腰してんな。
 
 腕をホールドされたまま、背中でブンブンと振り回される。
 
「おいお前ら、女子が引いてるぞ」
 
 さっきまでゲラゲラ笑って見ていたくせに、急にスンッとした真面目な顔でそう言い放ち、秋也はさっさと更衣室へ戻っていった。
 瑛斗は冬梧の広い背中におんぶされたまま、道場の奥へ視線を向ける。
 女子の目が、冷たい。いや、正確には絶対零度の目を向けているのは、主に中学生の女子たちだ。高校生に至っては、もはやこちらの存在を認識から消去している。
 
「……百恵の目がやべえな」
 
 瑛斗は冬梧の耳元で小さく囁いた。百恵とは秋也の中二の妹だ。白袴がよく似合う美少女だが、なんせ気が強い。師範ですらこの娘には勝てないため、大瀧家の家庭内カーストにおいて師範は下から二番目である。
 
「殺される前に逃げよう」

 冬梧は瑛斗を背負ったまま、そそくさと更衣室へと退却した。


 更衣室に着くと、すでに着替えをほぼ終えた秋也がスポーツバッグに荷物を押し込んでいるところだった。おんぶのまま入ってきた二人を、呆れたような目で一瞥する。
 
 なんで『俺だけは大人です』みたいな顔してんだよ。ランキングの話をドヤ顔で言い出したのはお前だからな。
 
「もう帰んの?」
 
「わりぃな」
 
「ちょっとあんた、『オルリン』と俺たち、どっちが大事なのよ!」
 
 冬梧の背中から降りつつ、ヒステリックな妻を演じてみる。秋也は口を大きくへの字に曲げると、「お前らとはいつでも会えるだろ」と呆れ顔で肩をすくめた。
 
「んじゃーな!」
 
 ひらひらと手を振り、軽やかに立ち去っていく背中。バタン、と無情に更衣室のドアが閉まる音を聞きながら、瑛斗は小さく舌打ちをした。
 
 現実じゃ、見向きもされない。
 わかっちゃいることなんだけど、なんだか無性に腹が立つ。
 
「瑛斗も帰んだろ」
 
 ポツリと聞こえた冬梧の言葉に、瑛斗は道着の紐を解きながら「うーん」と首を捻った。
 今日はASTRAと時間が合えば遊ぶ予定だ。でも、さっきのあの態度を見たら、自分の天邪鬼な部分が顔を出した。
 
「……いや、今日はファミレスいくかな。綾音も帰り遅くなるっつーし、飯食いてえ」
 
「お」
 
 いつも地の底みたいに低い冬梧の声が、僅かに高くなった気がした。
 
 なんだ、お前そんなにドリンクバーに行きたかったのかよ。奢りはしないけど、まあ久しぶりに付き合ってやるよ。
 
 瑛斗は口の端を上げながら着替えを済ませ、冬梧と共に一番安い駅前のファミレスへと向かった。
 

 *

 
 駅前のファミレスはとにかく安く、テーブルの上は常にパーティ状態だ。瑛斗の前にはピザ、チキンステーキ、パスタが並び、冬梧の陣地にはハンバーグとドリアが鎮座している。
 
「俺はあのランキング、納得してねぇよ」
 
 瑛斗はメロンソーダのグラスをどかりとテーブルに置いた。勢い余って、緑色の液体が少し手に跳ねる。
 
「せめて間抜け、バカ、アホだな」
 
「バカが二位は無理がある」
 
 コーラをストローでかき混ぜる澄ました顔をジトリと睨みつける。冬梧はこちらをチラリと見ると、瑛斗が注文したピザをサッと一枚掠め取っていった。
 
 さっきから二枚目だぞそれ。一枚四百十五円のピザを八等分して、二ピースだから……。
 
「昔もなんか、こんなランキングつけてたな」
 
 脳内計算を邪魔される。瑛斗は指を折るのをやめ、とりあえず後で百円……いや、二百円請求することだけを心に決めた。
 
「ああ。ウンコとチンコとオナラ、どれが一番ランク高いかってやつ?」
 
「あとゴリラ、オランウータン、チンパンジーな」
 
「あいつら、単純な武力だとゴリラ一強なのに『賢さ』っていう追加ポイントがあるから油断ならねえんだよな」
 
「秋也がやたらオランウータンの肩を持ちたがるのが厄介だった」
 
「あったわ! 最後の方『オランウータンは実家が太そう』とか言い出してたわ」
 
 くだらない思い出話に、二人でケラケラと笑い合う。
 
 なんでもランキングをつけたがるのは、アホな男子の習性だ。ちなみに過去最もディベートが白熱したのは「ローソン、ファミマ、セブン」である。

 もちろん、これらの論争に決着がついたことは一度もない。
 
 
 食事を終え、冬梧と並んで家路につく。同じ学区の小学校だったため、家は割と近めだ。かといってここは都会ではないので、近いといっても二、三キロは離れているが。
 
 大通りを並んで歩いていると、後ろから突如聞き覚えのある声がした。
 
「あれぇ? えーちゃん?」
 
 振り向くと、少し後ろをコンビニ袋を下げた綾音が歩いていた。
 
「おお、今帰り? お疲れ」
 
「ちす」
 
 冬梧が小さく頭を下げる。綾音は「え、冬梧!?」と目を丸くして駆け寄ってきた。
 
「おい冬梧〜、久しぶりじゃんよー! 元気? てか、お前めちゃくちゃイケメンになってんじゃんよ!」
 
「どーも」
 
 綾音が馴れ馴れしく肘で冬梧の腕をゴリゴリと小突く。傍から見れば、完全にヤンキーに絡まれている可哀想な巨人だ。
 
 そのまま三人でしばらく歩き、分かれ道で「また水曜日」と冬梧と別れる。綾音も「ユウカさんによろしくー!」と向こうの姿が見えなくなるまで手を振っていた。
 
「いやー、冬梧、いい男になったわぁ」
 
「えぇ……冬梧だぞ?」
 
「あれで共学の進学校通ってんだろ? ありゃ絶対モテるね」
 
 『えぇ……冬梧だぞ?』とまた同じセリフを繰り返しそうになる。
 道場の女子には存在すら消されている自分たちだぞ。モテるわけがない。
 ……いや、待てよ。あいつ、学校ではどんな感じなんだ?
 さっきみたいなくだらないことを言わず、あの涼しげな顔で黙って立ってたら、確かにモテるのかもしれない。
 
「えぇ……」
 
 思わず小さく声が漏れた。気づけば、ノロノロと歩く綾音をだいぶ置き去りにしている。視線の先には、見慣れたボロいアパートが見えてきた。
 
 まあ、冬梧がモテるかなんてどうでもいい。
 
 それよりも、秋也はZを待ち侘びているだろうか。ダンジョン攻略とはいえ、時間を合わせて待ち合わせるなんて、まるでデートみたいだ。
 少しでも可愛い装備をすべきだろうか。帰ったらさっそく、ぴこたんにおねだりしてみよう。


 *


 『オルリン』を起動した後は、まずフレンド欄を覗く。ぴこたんのログイン状況を確認し、いたら「こんちわ」とチャットを飛ばすのがお決まりのルーティンになっていた。
 
「あれ、ぴこたんまだいねぇや」
 
 いつもならいる時間なのに。と下唇を突き出していると、ピロン、とチャットログが更新される音がした。
 
ASTRA:こんばんは。もし良かったら、ダンジョンに一緒に行かない?
 
 一度読んで、もう一度読み返す。

 秋也の方から誘ってきた。『Z』にだけど。
 わかっているのに、胸の奥がなんだかこそばゆい。
 
 よし。まだ装備と心の準備ができていないけど、なんとかなるだろ。
 
Z:いくか!
 
 ……あれ? これは男らしすぎる?
 ぴこたーん、助けてぇ。裏でぴこたんとふざけ合っていないと、なんだか調子が狂う。
 
 ピロン、とシステム音が鳴り、画面に『ASTRAからパーティに誘われています』というウィンドウが出た。
 瑛斗はマウスを握る前に、指をわさわさと動かして手汗を散らす。やがて意を決してマウスを握り、【パーティに入る】ボタンをクリックした。
 
ASTRA:まだメインクエストで行ってないダンジョンがあれば、そこに付き合うよ!
Z:なんか地下のデータセンターとかいうやつ
ASTRA:K-19統合情報処理施設か。よし、じゃあそこに行こう!
Z:ほい
 
 ホントはぴこたんに手伝ってもらおうと思ってたけど、いっか。あの白い小さい機械には、次のダンジョンでしっかりと介護してもらおう。
 
 そんなことを思いながら、秋也が長々と打ち込んでくるダンジョンのギミック説明ログを半目で見つめた。
 

 薄暗い地下の廃墟のようなデータセンターを、ASTRAと二人で慎重に歩く。Zが角を曲がった瞬間、目の前に警告表示が三つ浮かんだ。
 
「あ、やべ」

 逃げるより早く、ASTRAがZの前へ滑り込む。電磁ブレードを横薙ぎに振るうと、青白い障壁が展開され、敵の砲撃をまとめて受け止めた。

 やだ。かっこよ。

 秋也が自分を守ったわけじゃない。
 それでも、まるで映画のヒロインになったような気分だ。

 敵を倒しながらしばらく進み、ASTRAが立ち止まる。

ASTRA:次のギミックなんだけど——
 
「またか」
 
 秋也とのダンジョン攻略は、めちゃくちゃ時間がかかっていた。火力が足りないとか、敵が強すぎるとかそういう訳ではない。
 こうやってひとブロック進むごとに、秋也が懇切丁寧にこの先のギミックや動き方を教えるため、いちいち立ち止まるのだ。

 秋也は現実でもよくうんちくを垂れるが、「はいはい」「長え」「わかったから」と遮れば、不貞腐れつつもやめる。だが『オルリン』でそれをやったら身バレする危険があるため、「はい」「わかった」とひたすら素直な相槌を打ち続けるしかないのだ。
 
ASTRA:GG!お疲れさまー!
 
 やっとの思いでラスボスを倒し切った頃には、瑛斗は疲労困憊だった。気が張っていたのか、肩が無性に凝る。
 
Z:お疲れちゃんです
ASTRA:Zちゃん、凄いいい動きだったよ!素直に色々聞いてくれるから、教えがいがあった。

『Zちゃん』……だと?

「ちゃん」付きで呼ばれるのがなんか新鮮で、瑛斗の口元が勝手に緩む。
 
Z:おしえてくれてありがとう
ASTRA:いえいえ!わからないこととか困ったことがあれば、いつでも連絡してね!
 
 ああ、秋也。お前は頼られるのが本当に好きなんだな。
 待てよ。と、いうことはだ。
 俺が『甘えたガール』になればいいのでは?
 
 閃いた瑛斗は、思いつくままタターン!とキーボードを叩いた。
 
Z:生産ジョブってのがわからない
ASTRA:お!興味ある?生産系ジョブっていうのは——
 
 長々とした説明チャットに適宜「すごい」「なるほど」と相槌を入れながら、瑛斗はほぼスマホで動画を見て過ごした。
 
 Zも大変だな。ずっと立ってあいつの説明を聞かないといけないなんて。
 
 小一時間ほどでやっとうんちくが終わり、明日実践してみようと約束をしてパーティを解散する。
 時計を確認すると、もう深夜二時近くだった。
 ふぅ、とため息をつき、ログアウトしようとメニューを開いたところで少し手が止まる。
 フレンドリストの端っこで、小さなアイコンが緑色に点灯している。
 
「なんだよ……ぴこたん、いるじゃん」
 
Z:ぴこたん!
PICO:こんちわ
Z:いつからいたの?
PICO:割と前から
Z:チャットしてよ
PICO:なんかパーティ組んでたから邪魔かなと
Z:あすとらとダンジョン行った
PICO:ほぉ。どうだった
Z:楽しかったけど説明が長かった
PICO:おつ
Z:今日はもう寝るけど明日はあそぼ
PICO:はいはい
Z:あとうちに似合うかわいい装備ちょうだい
PICO:うーん。なんか考えとく
 
 いたなら話しかけてくれればいいのに。生産ジョブの説明を聞いてる間、裏でチャットできたじゃん。

 瑛斗は若干不貞腐れつつ、ログアウトボタンを押した。
 そのままベッドにゴロリと転がる。
 
 秋也とのダンジョン。説明は死ぬほど長かったけど、思った以上にドキドキしたな。
 しかもあんだけ説明したがるってことは、Zは秋也にとって『世話したくなる系の女子』に見えてるってことだ。
 
「よしよし。なかなか順調なんじゃないの」
 
 瑛斗は一人ほくそ笑み、疲れた体を布団に沈めた。