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 金曜日。
 瑛斗は現代文の授業中、スマホにまとめた三日間に及ぶ『冬梧観察日記』を睨みつけながら、この難解なクエストを終わらせるための作戦を練っていた。
 
 ——我ながら、なかなか完璧な作戦じゃないの。
 
 ビビッと雷に打たれたように閃いた、これしかない!という最終作戦。

 
 今日は道場の稽古が休みだ。作戦を遂行するにあたり、瑛斗は放課後、冬梧を駅前のファミレスへと呼び出した。
 
「……大事な話って?」
 
 少し遅れてやってきた冬梧が、向かいの席に腰を下ろした。いつもの余裕のある態度はなく、その顔は僅かに曇っている。
 
「先週の水曜にここで話してさ。お前に『付き合うのやだ』って言われて、一週間ちょい経ったわけだけど」
 
「……うん」
 
「その間、色々試してみたりしたけどさ。今日、やっと俺の中で決意が固まったんだよね」
 
 瑛斗がそう告げると、冬梧は小さくため息をつき、テーブルに落とした視線を横へ逸らした。さっきよりもさらに顔が曇り、どことなく唇を噛み締めているようにも見える。
 
 ん?
 こいつ、なんか変な勘違いしてんな。
 
「あ、誤解すんなよ!告白取り消すとか、付き合うの諦めたいとかじゃねえよ」
 
「え。そうなの?」
 
 弾かれたように、冬梧がバッと顔を上げる。
 
「……もう嫌になったのかと、思った」
 
「ちげえって! 色々やった結果……なんていうか、」
 
 瑛斗はストローの袋を無意味に指でちぎりながら、ごにょごにょと口籠り、少し俯いた。
 
「……ちょっと思ってたより、お前のこと、好きだったっていうか……」
 
 冬梧が、ぱちりと何度か瞬きをした。そして、またスッと視線を明後日の方向へと流す。だが今度は、その耳の先がうっすらと赤く染まっていた。
 
 無言の、なんとも言えない空気がテーブルに流れる。
 
「……あのさ」
 
 沈黙に耐えきれなくなったのか、冬梧がコホンと小さく咳払いをした。まだ明後日の方向を見つめたまま、不意に口を開く。
 
「俺が『やだ』って言った件だけど……もう、いいかなって」
 
「え」
 
 瑛斗が顔を上げると、視線を戻した冬梧とばちりと目が合った。
 冬梧が、ふと真剣な瞳で、真っ直ぐに瑛斗を射抜く。
 
「……付き合おっか。俺たち」
 
「やだ」
 
「え」
 
 ピタッと冬梧の全身の時が止まり、完全に石像と化した。
 
「……いや! 付き合いたいよ!? 付き合いたいけどさ!」
 
 瑛斗は不満げに下唇を突き出す。
 
「俺はまだ、お前からのクエストを達成してないんだよ!」
 
「……はぁ?」
 
「俺がしたかった大事な話って、これ!!」
 
 瑛斗はそう言って、鞄から一枚の紙を取り出し、バンッ!とテーブルの冬梧の前に押し付けた。
 
「……果たし状?」
 
 冬梧が、うっすらと罫線の見えるくしゃくしゃのルーズリーフに書かれた果たし状を見下ろし、片眉をグイッと上げた。
 
「……俺、殺される?」
 
「違う! 剣道の試合の果たし状!」
 
「はぁ……」

「三日間ずっと見てたら、お前から一本取る方法、思いついたんだよ!」
 
「ほぉ」

「だから月曜、俺がお前から一本取る。俺がちゃんとお前見てたって、証明してやる。そしたらもう、付き合う!」
 
「付き合う、決定なんだ?」
 
「決定!」
 
「……一本取れなかったら?」
 
「取れるまで何度でも挑む!!」
 
 そこまで真っ直ぐに言い切った後、瑛斗はふと意地悪な笑みを浮かべ、半目で冬梧を見た。
 
「あ。お前、俺と早く付き合いたいからって、わざと手ェ抜くなよ?」
 
 ニヤニヤと笑いながらからかうように言うと、冬梧の顔が、スンっ、と恐ろしいほどの無表情に戻った。
 
「……一生付き合えなくても、後悔するなよ」
 
「え」
 
「俺は、負けるの嫌いだから」
 
 ……えっとぉ。ちょっとぉ、そんなに急にマジなトーンで怒んないでよぉ。
 
 俺、忖度、ちょっとくらいなら全然歓迎しますけど……?

 
 *


 バチバチの決闘ムードのまま冬梧と別れ、家に帰るなり瑛斗は自室のパソコンを立ち上げた。
 起動を待つ間、以前割ってしまったマウスをセロハンテープでぐるぐると補強する。動かしてみると画面上のカーソルが反応したので、完全に壊れてはいないらしい。
 
 久しぶりに見る『オルリン』のログイン画面。今日の待機画面のZは賑やかな商店街を歩いており、すれ違う街中の色んな人から手を振られていた。肩ぴこが今日も光を反射して存在感をアピールしている。
 
 お前、俺がいない間に友達作ってたんだ……?
 あ、よく見たらこれ、前にクエストを手伝ったNPCか。へぇ、プレイヤーがログインしてない時は、勝手に街で雑談でもしてんのかね。
 
 エンターキーを叩いてログインすると、画面が切り替わり、Zはいつものベンチに一人で座っていた。
 瑛斗は急いでメニューを開き、フレンド欄を確認する。
 
 お目当ての人は——よしよし、オンラインだ。
 
Z:秋也
ASTRA:うお、びっくりしたー。瑛斗かよ。
ASTRA:急に本名呼ばれて、一瞬え?ってなったわ。
Z:めんご
ASTRA:久しぶりのログインだよな。オルリンまたやりたくなっちゃったとか?
Z:いや、ちょっとお前に相談があんの
ASTRA:相談?どうした?
Z:俺は来週の月曜日に、冬梧から試合で一本取らないといけない
ASTRA:あー。無理だ。
 
 おい。即答すな。
 
Z:無理って言うなよ!
ASTRA:だってあいつ、お前の動きも癖も知り尽くしてるもん。
Z:それを踏まえての作戦を練ってきたんだよ!
Z:ただ、それをやるにも俺には圧倒的に技術が足りないの。だから、そこをどうすりゃいいかお前に聞きたくてさ
ASTRA:ふむふむ。
ASTRA:よし、協力してやろう。
 
 お、マジかよ! さすが秋也様! 話が早い!
 
Z:マジか!
ASTRA:冬梧がお前に一本取られた時の顔、めっちゃ見たい笑
Z:多分信じられないくらいスンッてなる
ASTRA:協力する代わりに、お前もまたオルリン戻ってこいよなー。クランのみんなも、お前急にいなくなったこと心配してるし。
 
 そういや、クランの皆、元気かな。
 
 ふと、モニターを見つめながら、みんなでイベントダンジョンを攻略した時のことを思い出す。
 
Z:俺もまたやりたいとは思ってたから、冬梧から一本とったらオルリンもぼちぼち復活するかな
ASTRA:よっしゃ!
ASTRA:で、作戦って?
Z:作戦名はずばり「隙をつく作戦」!
ASTRA:名前がすでに姑息そうだな。で、内容は?
Z:内容は——


 *


 土曜日。瑛斗は秋也に連れられ、なぜか県警の道場に来ていた。
 瑛斗の作戦を聞いた秋也がOBに連絡を取り、たまに参加させてもらっている県警の稽古に、瑛斗も潜り込めるように手配してくれたらしい。
 
 県警のいかつい看板の前でビビり散らかす瑛斗の背中を、「お前の作戦の要になる技なら、県警の先生に教わるのが一番早いから」と、秋也は容赦なく物理的に押し込んだ。

 稽古は、控えめに言って地獄だった。なんたって警察はフィジカルの化け物ばかりだ。今日だけで瑛斗は何度も床に吹き飛ばされ、すでに身体中はアザだらけである。
 それでも、警察の先生方は瑛斗の求める『技』のコツをしっかりと教えてくれた。「こんなもの、一日やそこらで身につくものじゃないぞ」と呆れられたが、完璧じゃなくてもいいのだ。
 
 翌日の日曜日も、秋也は道場を開放して瑛斗の練習に付き合ってくれた。
 秋也の持ち前の優しさと面倒見のよさを感じつつも、息つく暇もなく竹刀を打ち込んでくるその厳しさの節々からは、「こいつ、どうしたって冬梧のギャフンという顔が見たいんだな」という黒い執念がひしひしと感じられた。
 

 そして迎えた月曜日。
 稽古前に師範に頼み込み、冬梧との試合を組んでもらう。道場にやってきた冬梧はいつもに増して寡黙で、近寄りがたいほどに集中力を研ぎ澄ませているようだった。
 
 まずい。ガチだ。
 
 そう思い、同年代数名に「冬梧の集中力を散らすために話しかけまくれ」と姑息な指示を出したが、悉く冷たく無視されていて不憫になった。
 
 稽古中、試合の時間が近づくにつれ、瑛斗はどんどん緊張していった。
 
 勝てなかったらどうしよ……もう付き合いたいのに。
 意地張らないで、金曜日に素直に「付き合う」って言えばよかった……。
 
 そもそも、なんで俺はスポ根漫画の主人公みたいなことをしようとしてるんだっけ?
 
 ……いや、違う。ちゃんと証明するんだ。
 お前のこと、ちゃんと見てるって。これからは俺も見てるからって、あいつを安心させてやんなきゃ。
 
 そんなことを考えながら基本打ちをこなす。緊張しつつも、なぜか足取りは軽い。
 
 そういや、俺、緊張しても心拍数爆上がりしないんだった。そもそもが早いから。

 思い出すと、急に息が楽になった。いつぞやのおっさんに感謝だ。
 
 そして、とうとう試合の時間となる。
 審判は三人、主審は秋也がつとめる。
 
 試合の直前。面をつけ終わった冬梧が、ゆっくりと瑛斗のそばに寄ってきた。面ガネをがちん、と軽くぶつけてきて、面越しに「一本、取れるといいね」と優しい声で囁いてくる。完全に煽りである。
 
 はぁー? カッチーン。
 
「お前……マジで泣かす」
 
「瑛斗には無理」
 
 至近距離での睨み合い。秋也を除く道場中の人が、息を呑んでハラハラと見守っている。絶対、本気の喧嘩だと思われている。
 
 お辞儀をして、開始線まで三歩進んで蹲踞する。竹刀を交えて立ち上がると、冬梧がスッと上段に構えた。
 
 ——間合いに入ってきたら殺す。
 そんな強烈な圧が放たれる。
 
 三日間冬梧を観察してきてよくわかったことは、冬梧は「いいの? 打つよ? 打つよ?」と無言の圧をかけて相手を釣り出し、そこからの返し技で仕留めるのが得意だということ。
 
 瑛斗なんかは特に「いいの?」と聞かれなくても勝手に飛び出していくタイプのため、一番のカモである。なので瑛斗にとって冬梧は一番苦手な相手だ。
 
 この試合は一本勝負。無闇に飛び込んだら即終了になる。瑛斗の得意技である出小手も返し胴も、普通にやれば冬梧には通用しない。
 
 まず、ジャブを打ってみる。返されるとわかりつつ、面に飛ぶ。案の定、軽く竹刀で受けられ、そのまま返し胴が飛んできたところを、脇を締めてギリギリで食らいついた。鍔迫り合いから引き面で逃げようとするが、それも余裕で避けられる。
 
 よし、やるぞ。
 
 竹刀をふ、と下げて面を誘う。
 もちろん冬梧は乗ってこない。そのまま瑛斗は出小手に飛ぶ——フリをして、ガラ空きになった冬梧の喉元へ、真っ直ぐに竹刀を突き立てた。
 
 竹刀が突き垂れに刺さる。だが、ちょっと浅いか。

「……っ!」
 
 冬梧が目を見開きながら、たまらず一歩下がった。
 副審の旗が一本上がる。だが、秋也は一瞬だけ渋い顔をしたものの、旗は上げなかった。もう一人の副審も同じだった。一本にはならない。
 
 うーん、惜しかった。
 でも、これでいい。
 
 文字通り、隙を「突く」作戦。冬梧が俺の手札をわかりきってるなら、あいつが予想もしていない手札を増やして、一瞬の隙を作るしかない。
 
 ただ、この作戦にはデメリットがある。
 スン、と面の中で冬梧が目を細めた。
 
 ——突きは、食らうと理屈抜きですごくムカつく。
 
 殺気の増した冬梧と、再び睨み合う。
 だが、冬梧がなかなか出てこない。
 
 ほら、お前の頭には『突き』が入ったから。どっちが来るか、迷ってるんだろ。

 次も突きが来るかもしれない。そう思えば、お前は絶対に先に潰しに来る。
 
 瑛斗は竹刀から少しだけ力を抜き、じり、と冬梧の間合いへ入った。
 冬梧が左に体を捌きながら面を打とうと振り下ろしてきた——その小手に、瑛斗は迷わず飛び込んだ。
 
 パコォンッ!と、乾いた出小手の音が道場に響き渡る。
 旗が三本、同時に上がった。
 
「小手あり! 勝負あり!!」
 
 よっっっしゃ!! 作戦通りだ!!
 
 冬梧が、「やられた」というように天井を見上げた。
 
 蹲踞して下がり、お辞儀をする。面の中で瑛斗がニヤニヤしていると、冬梧がチッ、と大きく舌打ちをしたのが聞こえた。
 
「瑛斗! やったな!!」
 
 秋也が駆け寄ってきて、面の上からボスボスと頭を叩いてきた。師範も目を丸くしながら寄ってくる。
 
「瑛斗、お前の突き、悪くなかったぞ。ちゃんと練習してモノにしろ。あと今日は珍しく突っ込みすぎなかったな」
 
 そう言って肩を叩かれた。
 
 瑛斗は面を外し、そっと冬梧の様子を窺う。
 冬梧は不貞腐れた表情で面を外し、少しぼーっと虚空を見つめた後。
 
 ふ、と、笑顔をこぼした。
 

【QUEST COMPLETE】
冬梧を納得させろ
達成条件:【冬梧から一本取る】達成

 報酬の受け取りが可能です。