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【冬梧観察日記 二日目・水曜日】
 
 昨日の検証結果である、『あいつ俺のこと見過ぎ問題』。
 今日はこれについて徹底的に解剖してやろうと思う。深掘りこそ考察の要なり。あいつが俺を見てくるタイミングを見極めるのだ。
 
 というわけで、今日も今日とて、瑛斗は校門で待ち伏せをしていた。

 観察日記も進めなければならない。
 なにより尾行が面白くてハマりつつある。
 
「春山さん……何やってるんですか」
 
 電柱の陰でコソコソしていると、城山が呆れ果てたような声を出しながら近づいてきた。
 
「冬梧を張ってんだよ……てか、お前遭遇率高くね?」
 
「春山さん、金髪で目立ちますからね」
 
 そんな話をしていると、城山が「あ、冬梧先輩出てきましたよ!」と小声で囁いた。二人でさっと電柱の陰に隠れる。
 
「……なんで隠れてるんです?」
 
「あいつの観察日記つけてるから、自然体が出るようにこっそり尾行しようと思って」
 
「なるほど……?」
 
 下校時間が少し早い水曜日は、道場の稽古までに少しだけ間が空く。冬梧がいつも稽古前にどこに行ってるのかをチェックだ。
 一人でゆったり歩く冬梧の後を、城山と二人でコソコソと尾行していく。すると、駅へ向かう途中で、数人の男女が冬梧に声をかけた。そのまま冬梧は彼らと一緒に歩き始める。
 
「あいつ……友達いたんだ……」
 
「普通にいますよ」
 
 何の話をしているのかまでは聞こえない。だが、友人たちと話す冬梧はヘラヘラした顔ではなく、口元だけで薄く笑うような、やけにすました顔をしていた。
 
「アホのくせにクールぶりやがって」
 
「冬梧先輩がアホなの、春山さんといる時限定ですよ」
 
「マジ……? てかお前、冬梧のことよく知ってんのな」
 
「そりゃ、よく見てますもん」
 
 壁から顔を半分だけ出しながら、城山が当然のように言った。瑛斗は「えっ」と城山を凝視する。
 
「お前、やっぱり冬梧狙いかよ!」
 
「違います」
 
「んじゃあ……俺狙いか。残念だったな、俺は——」
 
「もっと違います」
 
 食い気味に遮られる。
 
「私、単品には興味ないんで」
 
「えぇ……人を急にアラカルト扱いすんなよ」
 
「私、他人の恋愛見る方が好きなんで! 自分に向けられたら逃げます」
 
「なんでだよ」
 
「観客席がいいんですよ」

「はぁ……」
 
 そりゃ、なんとも変わった趣味で……って。
 ん?
 
「逃げますって、告られる前ってことだろ? どうやってその好意が自分に向いてるって、お前はわかるの?」
 
 瑛斗が希望に満ちた目を向けると、城山は「えぇ……」と面倒くさそうに眉を顰めた。
 
「どうって……なんか……雰囲気ですよ!」
 
 はー。雰囲気かよ。当てにならねぇな。
 
「モテ子を見習えよ」
 
「誰ですかそれは!……あ、でも『なんか、この人私を特別扱いしてるな』って思う瞬間にわかるかもです」
 
 ふむ、と瑛斗は腕を組む。
 
「特別扱い……?」

 
 *


 城山と別れた瑛斗は、一人で道場へと向かっていた。話し込んでいるうちに、冬梧を見失ってしまったのだ。
 
『冬梧先輩がアホなの、春山さんといる時限定ですよ』
 
 歩きながら、先ほどの城山の言葉を思い出す。
 
 つまり、冬梧がアホなのは『俺への特別扱い』ってこと?
 ……いや、あいつ絶対、アホな会話普通に楽しんでるだろ。
 
「瑛斗」
 
「おお、冬梧」
 
 振り向くと、ファミチキを片手に持った冬梧が後ろに立っていた。
 
 もうすぐ稽古だっていうのに、わざわざファミチキ買いに行ってたのかこいつ。道場から一番近いファミマでも、駅の反対側だぞ。
 
「『一生ファミチキしか肉を食べられない』vs『一生ファミチキだけ食べられない』。……どっち?」
 
 瑛斗が「うまそうだな」と手元のファミチキを見つめていると、突然そんな究極の選択を投げかけてくる。
 
「……うぅーん……さすがに『一生ファミチキだけ食べられない』だろ。焼肉食えなくなるのはキツい」
 
 悩みに悩み抜いて答えを絞り出すと、冬梧がふん、と鼻を鳴らした。
 
「じゃあ、これはやらない」
 
「えっ! 一口くれ!! 頼む!!」
 
 掻っ攫おうと手を伸ばすと、サッと躱される。そのまま冬梧はニヤニヤしながら、道場の方へと小走りで逃げ去っていった。
 
 ほらみろ。やっぱりあいつ自身が楽しんでんじゃん。
 もういいや、観察日記に戻ろう。

 
 *

 
 今日のテーマは『冬梧が俺をいつ見てるかの観察』とする。昨日に引き続き、スマホがないので以下を脳内メモとして記憶する。
 
・早素振り中に目が合う。気づいたら、どっちが早く振れてるかの勝負になっていた。
・面付けの前に目が合う。素顔の俺を見れなくなるのが惜しいんだと思う。
・基本打ちの時に目が合うのは、あいつが元立ちにいるから仕方ない。
・打ち込み稽古中、「集中力がない!」と師範に怒られた。不貞腐れていると、冬梧がすっと寄ってきて『小手臭の原因はバクテリアのすかしっ屁』といういらない情報を置いていった。「屁かよ」って笑うと、冬梧もニヤッと笑った。
・竹刀を握り直す時、右手の親指の付け根を二回揉んでた。
・水分補給。また目が合ったので「なんで小手の中にバクテリアがいるのか」と質問しに行った。「バクテリアは汗、皮脂、手の角質が大好物で、高温多湿の小手内は快適なタワマン」らしい。「小手内バイオハザードじゃん」って言ったら、飲んでた水を吹き出していた。
・地稽古中。今日はなんだか調子が出なくて、端っこで一回面を外した。そしたら冬梧と目が合って、こっちに向かってきた——と思ったら、秋也に地稽古に誘われて足止めを食らっていた。もしかして冬梧、俺を誘ってくれるつもりだったのかな。
・地稽古中、冬梧が秋也と打ち合ってた時に、また目が合った。こっちを見た直後、秋也の面をほとんど反射みたいにかわして打ち返してた。どこに目がついてんだ。
・稽古後もまた親指揉んでた。痛いのか?
・稽古終わり。面を外した時に目が合った。面をしてる時は涼しげな顔してるくせに、外すとめちゃくちゃ汗かいてんなあいつ。
・稽古終わりに、また師範に「もっとやる気だせ」と竹刀でケツをしばかれた。別にやる気がないわけじゃないんだけどな、とぶすくれていると、着替え中の冬梧が近くに寄ってきて、「『試合中に一回だけ相手がスローモーションになる能力』vs『竹刀がずっとライトセーバーみたいに光る能力』。……どっちがいい?」と聞いてきた。そんなの、ライトセーバーに決まってる。
 
 ……ん? 待てよ。
 
 バクテリア、ライトセーバー。
 
 あいつがアホな話しかけてくるのって、俺がちょっと凹んでるタイミング、多くね?
 ……ファミチキは違うだろうけど。


 その日の夜。自室のベッドに寝転がりながら、昨日と今日の脳内メモをスマホに打ち込んでいく。
 
 文字に起こしながら、やっぱりあいつがアホな話題を振ってきたのは、俺が凹んだタイミングが多かったな、と改めて思い返した。
 
 アホなこと……。
 
 瑛斗は観察日記のメモを閉じ、冬梧とのトーク画面を開いて会話ログを読み返した。基本的にずっとアホなやり取りばかりが並んでいる。
 
 ふと、大量の鍔止めで書かれた『ナス』の文字の写真が出てきた。
 
 ……そういえば。秋也のことで自分で地雷を踏み抜いて、勝手に瀕死になっていた日。この写真が送られてきたんだった。
 
『ネカマなんてゴロゴロいるだろ』
 
 地雷を踏んだ直後も、あいつはそう言って、さりげなく話を逸らしてくれた。
 あの時、あいつは俺がネカマをやっている目的も、俺の気持ちも、全部知った上で聞いてたんだよな。
 
 画面をさらにスクロールする。
 
 究極の選択。謎のトリビア。ゾンビの実地検証。
 
 ……遡れば遡るほど、偶然じゃないだろこれ。
 
 いや、全部が全部、俺を慰めるためってわけじゃない。あいつ自身が楽しんでたのも、絶対に間違いない。
 
 でも。
『バクテリアのすかしっ屁』で俺が笑った時、あいつ、ちょっとホッとしたように笑ったんだよな。
 
 これまで冬梧が振ってきたアホな会話の半分くらいは、俺が笑ってるかどうか、見てたのかもしれない。
 
「えー……」
 
 瑛斗はスマホをベッドに放り投げると、両手で顔を覆い、そのまま枕に顔を押し付けた。
 
「なにそれぇ……めっちゃ特別扱いじゃん」
 
 超うれしいんだけど。なにこれぇ。

 顔を覆った手のひらの下で、自然と顔がニヤけてしまう。
 
 嬉しい。
 うん。俺も、同じことを冬梧にしてやりたい。
 
 明日からは、あいつが笑うかどうか、しっかり観察してみることにしよう。


【冬梧観察日記 三日目・木曜日】
 
 今日のテーマは『冬梧がどうしたら笑うかの実証実験』である。よって、脳内メモは一時休止し、実践あるのみだ。
 
 手始めに、瑛斗は放課後ダッシュで駅裏のファミマに行き、ファミチキを買ってきた。
 いつもの道場前の住宅街で冬梧を待ち伏せし、やってきた冬梧に「ほい」と押し付けるように渡した。
 
「……ファミチキ?」
 
「昨日、美味そうに食ってたじゃん」
 
「あぁ」
 
 あれ?今日はファミチキ気分じゃなかった?
 
 冬梧は熱々のファミチキを受け取ると、紙袋を破って中身をおもむろに半分にちぎり、大きい方を瑛斗の口元に突き出してきた。
 
「食いたそうだったの、お前じゃん」
 
 完全に見透かされて反撃されたのだった。

 
 道場の更衣室。
 
 道着に着替えながら、自分の親指の付け根を気にするように揉んでいる冬梧に、「ほい」とテーピングを渡す。
 
「なにこれ」
 
「親指痛いなら巻いとけよ。昨日から揉んでたろ」
 
「……うん」
 
 冬梧は少し呆けたような顔で頷くと、なぜかそのままテーピングを瑛斗の胸に押し返してきた。
 
「え。いらない?」
 
「巻いて」
 
「んだよ……自分で巻けよ……」
 
 めんどくさいやつめ。
 
 そうボヤきつつも、瑛斗は冬梧の手を引き寄せ、不器用な手つきで雑にテーピングをぐるぐるっと巻いていく。最後にテープをブチッとちぎって留めると、冬梧が吹き出した。
 
「下手くそすぎる」
 
「俺、あんま自分で巻かねえから慣れてねえんだよ!」
 
 口を尖らせながら、冬梧の横顔をそっと窺う。
 文句は言いつつも、目尻が下がって、口元は緩んでいた。
 
 あ、これ、嬉しい時の顔かな。
 いつも無表情だと思ってたけど、実は結構わかりやすいのな。

 
 今日の稽古は、月に一度のOB練だった。インハイ出場を決めた秋也の実力が見たいと、急遽、冬梧と秋也の道場内試合をやる流れとなった。
 
「えぇ……」
 
 名指しで呼ばれた瞬間、冬梧は面の下で小さく抗議の声を上げた。少しだけ眉が寄っている。
 
 あ。こいつマジで嫌なんだな、秋也と試合するの。
 地稽古ではあんなに楽しそうに打ち合ってるのに、なんでだろう。
 
 いつもこいつらの試合、俺はハラハラしながら見てたからな。秋也が負けて、また師範に怒られねぇかって……。
 
 ……あ。
 そりゃそうか。冬梧は負けたら当然悔しいだろうけど、もし秋也に勝ったとしても、秋也が怒られるのを俺が『あちゃー』って顔で見てるだけだったから。
 
 俺、こいつを道場内試合で応援したこと、一度もないかも。別の相手とやる時も、勝つのが当たり前だと思ってた。
 
 喉の奥が、またギュッと詰まった。高体連の帰りと、同じ感覚だった。
 
「冬梧、頑張れよ」
 
 しぶしぶと開始線に向かおうとする冬梧の背中に、声をかける。すると、冬梧がピタッ、と足を止めた。
 少し目を見開きながら、瑛斗の方を振り返った。
 
「県代表って調子乗ってる秋也に、勝ってやれ」
 
 瑛斗がニッと笑って言うと、冬梧はふ、と柔らかく目を細めて、小さく頷いた。
 
 道場内試合は、両者ともに静かな睨み合いが続いた。いつもなら冬梧の間合いに飛び込める秋也が、なかなか攻撃のタイミングを掴めずにいる。
 
「白濱の間合い、強いな」
 
 OBが感心したような声で見守る中、耐え切れなくなった秋也が思い切って面へ飛び出した。
 だが、冬梧はそれを左斜め前へ体を捌いてかわし、秋也が振り向いた瞬間に、鋭く重い面を叩き込んだ。
 
「面あり! 勝負あり!」
 
 冬梧に軍配が上がる。
 礼をして下がってきた冬梧に駆け寄り、「やるじゃん!」と肘でどついた。
 
「言ったろ。俺はパーじゃない」
 
 したり顔でそう言いつつも、やっぱりその目尻は、嬉しそうに下がっていた。
 
「今のは白濱強かったわ、ドンマイ」
「秋也、インハイに向けて上段対策もしないとな」
 
 OBがそんな風にフォローを入れてくれたので、師範も秋也にかかり稽古をさせることはなかった。
 
 稽古が終わり、更衣室に戻っても、冬梧と秋也はずっと試合の話をしていた。素直にどこがダメだったかを冬梧に聞きに行った秋也に、冬梧は細かく色んなアドバイスをしている。
 
 瑛斗はTシャツに着替えながら、その真剣な冬梧の横顔をじっと見つめた。
 
 あー。
 ……俺、こいつのこと、思ったよりずっと好きだわ。

 よし。
 
 このクエスト、終わらせよう。