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 インターネット先生は偉大だ。聞けばなんでも教えてくれる。綾音みたいな即物的な思考回路しか持っていない親とは大違いだ。
 
『好きな気持ちをあの人に……』
 
 青空の背景イラストに、丸みを帯びた手書き風フォント。全体的にふわふわしたパステルカラーで構成された恋愛指南サイトを真顔でスクロールしながら、瑛斗は「なるほど」と何度も深く頷いた。
 
 先生の言う通りに、さっそく明日からミッション開始だな!
 
 ——そう。瑛斗にはやはり、決定的にインターネットリテラシーが欠けているのである。
 
 
【MISSION 1】——彼をドキドキさせちゃえ★作戦
 
『女の子がやってもらいたい壁ドン。実は、逆も効果あるかも?急な接近のびっくりとドキドキで、彼の心拍数もMAX!?』
 
 木曜日の放課後。瑛斗はさっそくこの『壁ドン作戦』を遂行するため、冬梧の通う進学校の校門で待ち伏せをした。
 校舎から冬梧が出てきた瞬間、すかさず腕を引っ張り、人目も気にせず門の太い柱にドンッ!と押しつける。壁ドンならぬ、門ドンである。
 
「よう」
 
「……何してんだよ」
 
「ドキドキさせに来た」
 
「不審者として?」
 
 恋愛対象としてだよ!と言い返そうとした時、守衛室のおじさんが大声を上げた。
 
「おい! お前ら、何してる!?」
 
 二人でそそくさと逃げ出し、人目のつかない駅裏の路地に入り込む。瑛斗は気を取り直し、もう一度冬梧の胸ぐらを引っ張って、今度こそコンクリートの壁にドンッ!と押しつけた。
 
 正真正銘の、壁ドンである。
 
 だが、冬梧の方が背が高いせいで、瑛斗の腕の角度が妙に上向きになってしまい、いまいち迫力が出ないのが難点だった。
 
「どうよ。今度こそ、ドキドキした?」
 
「した」
 
「よっしゃ!」
 
「至近距離から、お前が本気の頭突きしてきそうで」
 
「しねえよ!」
 
 顔を離して抗議すると、冬梧は壁を背にしたまま、うーんと腕を組んだ。
 
「もっとこう……色気が必要だと思う」
 
「色気?」
 
「たぶん、目を細めて……こんな感じ」
 
 そう言って冬梧がスッと目を細め、不意に瑛斗の顔のすぐ近くまで身を乗り出してきた。
 涼しげな目が真っ直ぐにこちらを射抜き、瑛斗の耳が熱を持った。
 
「……な、なるほど?」
 
 動揺を悟られまいと、瑛斗も負けじとグッと目を細め、冬梧の顔にギリギリまで近づいて睨み返した。色気には色気で対抗だ。
 
「……け、喧嘩かな」
「やばい、警察呼んだほうがいい?」
 
 ヒソヒソと、路地を通りがかった人たちの怯えた声が聞こえた。
 
 どうやら傍から見たら、メンチを切り合っている『ヤンキーの抗争』にしか見えなかったらしい。

【MISSION 1——FAILED】


【MISSION 2】——とにかく褒めろ★作戦
 
『男性は褒められるのが大好き♡彼の素敵なところをたくさん見つけて、言葉にして伝えちゃおう!』
 
 翌日の金曜日。
 瑛斗はファミレスの四人掛けテーブルで、例のWEBサイトを睨みつけるように熟読していた。
 
『★モテ子のちょいテク★ 向かい合わせより、隣同士に座るのがオススメ!自然に距離が縮まって、二人の仲も急接近しちゃうかも♪』
 
「なるほど……」
 
 先生は今日も、有益な情報を惜しみなく与えてくれる。
 向かいではなく、隣。つまり、冬梧が来たら横を取ればいい。
 
「よぉ」
 
「おう」
 
 塾帰りの冬梧が、制服のままやってきた。そのまま当たり前のように、瑛斗の向かいの席に腰を下ろそうとする。
 瑛斗はすかさず立ち上がり、テーブルの横をぐるりと回り込んで、冬梧の横のスペースへ滑り込んだ。ズザザァッ!とソファーの合皮が擦れる間抜けな音を響かせ、そのまま冬梧を奥の席へと強引に押し込む。
 
「逃げ道塞ぐ、借金取りのやり方」
 
「違う。『モテ子のちょいテク』」
 
「もっと怖い情報源出てきたな」
 
 瑛斗は構わず、自分のメロンソーダを隣に引き寄せた。冬梧が「俺もドリバ……」と言いかけたのを完全に無視する。
 
 今日の目的はただひとつ。とにかく、冬梧を褒める。
 
「冬梧」
 
「ん?」
 
「お前さ」
 
「うん」
 
 瑛斗は真横にいる冬梧をじっと見た。まずは、一番わかりやすい長所からいこう。
 
「無駄に背ぇ、高いよな」
 
「無駄に」
 
「うん。すげえ高い。邪魔なくらい」
 
「悪口」
 
「あと、顔がいい」
 
「ほぉ」
 
「クソ腹立つ」
 
「何に対して怒ってんの?」
 
「神とか」
 
「規模がでかいな」
 
 冬梧が心底呆れたような目で見てくる。
 
「お前、褒めるの向いてないんじゃない?」
 
「うるせえな! まだある!」
 
 瑛斗はムキになって、冬梧の鼻先を指差した。
 
「お前、アホなくせに頭いいし!」
 
「矛盾してる」
 
「勉強はできるだろ! クソみたいに!」
 
「罵倒のトッピング、やめられないの?」
 
「オルリンの時思ったけど、教え方も妙に上手いし、俺がわかんねえとこも、一発でわかるように説明するし!」
 
「……おお」
 
「なのに普段アホだし」
 
「最後いらなかったな」
 
 そう言って、冬梧がグラスの水を一口飲んだ。その口元が楽しそうに緩んでいる。
 
「……何笑ってんだよ」
 
「別に」
 
「笑ってるだろ」
  
「続き、聞こうかなって」
 
「続き?」
 
「褒めるんだろ?」
 
 しれっと催促してくる。
 
「調子乗んな」
 
「せっかくだから、全部聞いとこうかと思って」
 
「ねえよ、もう」
 
「まともなの二個しかなかったけど」
 
「十分だろ」
 
「……じゃあ、ドリバ取り行っていい?」
 
「あ、はい」
 
 大人しく通路を空け、冬梧を解放する。
 
 ふむ。四個じゃ足りなさそうだ、と瑛斗は再びスマホをスクロールした。
 
『★モテ子のちょいテク★ なんか効き目がないかも?と思ったら、耳元で囁いてみて!』
 
 囁きね。よし、オッケー。
 
 コーラを片手に冬梧が戻ってくる。そして、向かいの席が空いているにもかかわらず、そのまま自然に瑛斗の横へと腰を下ろした。
 
 あ、そのまま隣に座るんだ。
 いや、違う。これは絶好の『囁きチャンス』だ!
 
「冬梧」
 
 瑛斗はグッと距離を詰め、冬梧の耳元に顔を寄せる。
 
 ……近っ。
 てか、囁くって……何言えばいいんだろ。
 
「(……俺、今日パンツ裏表逆に履いてきちゃった)」
 
「…………」
 
 冬梧がコーラのストローを咥えたまま、神妙な顔でこちらを見つめてきた。
 やがて静かにコーラをテーブルに置き、瑛斗の耳元へ顔を寄せ返してくる。
 
「(……俺は今日、便所出た後、お前の手拭いで手を拭く夢を見た)」
 
「(は!? お前、それマジで夢だろうな!?)」
 
「(……さて、どうでしょう)」
 
「(ふざけんなテメー!)」
 
 肩パンを入れると、無言で足を踏み返される。
 
 そのまま狭いソファー席で小競り合いに発展し、すぐに店員から「あの……他のお客様もいらっしゃるので、少し静かにお願いします」と真顔で怒られた。
 
【MISSION 2——FAILED?】
 
 

【MISSION 3】——日常をジャックせよ★作戦
 
『★モテ子のちょいテク★ 離れている休日こそ大チャンス!「今〇〇してるよ♪」と日常のふとした瞬間をこまめに共有して、彼の頭の中をあなたでいっぱいにしちゃおう♡』
 
 土曜日の昼下がり。瑛斗は自室のベッドにだらしなく寝転がりながら、またしても偉大なるインターネット先生の教えに深く感銘を受けていた。
 
 なるほど。一緒にいない時間も、俺の存在を意識させるわけか。
 確かに、ふとした瞬間にメッセージが来たら「俺のこと考えてくれてるんだな」ってドキッとするかもしれない。先生はマジで天才だ。
 
 瑛斗はさっそくスマホを構え、冬梧のトーク画面を開いた。
 まずは手始めに、今の状況からだ。
 
『起きてる?』
『俺今起きて天井の木目見てる』
『木目が段々人の顔に見えてきた』
『師範に似てる』
『ウケる』
 
 五連投して数秒後、すぐに既読がついた。
 
『誰かにアカウント乗っ取られてる?』
 
 滑り出しは失敗したようだ。
 
『俺だよ!』
『証拠に今の状況を教えよう』
『今から歯磨きする』
 
『奥歯から磨けよ』
 
『右下からいってる』
 
『実況すな』
 
 的確なツッコミが入ったが、気にしてはいけない。次は写真付きでアピールだ。
 『写真付きだとさらに効果アップ♪』とサイトにも書いてあった。ここは可愛らしい日常のワンシーンを切り取るべきだろう。
 
 瑛斗はジャージの裾をまくり、パシャリと写真を撮って送信した。
 
『見て。右膝にも人の顔みたいなアザできてる』
 
『いよいよ人面に呪われてる。早急にお祓い行け』
 
『マジ?ちょっと愛着湧いてきたからアザ小僧って名前つけたのに。木目は師範な』

『膝小僧みたいにいうなよ』

『ちょっとデカくなった気がする』
 
『呪われてるから師範とアザ小僧に粗塩揉み込んどけ』
 
『リアル師範?木目師範?』
 
『リアル師範』
 
『高二で人生終了したくない』
 
 待て。なんだこの会話。
 全然ドキドキしていない気がする。さっきから師範とアザ小僧の処遇についてしか話していない。
 
 どうやって軌道修正すればいいんだ、と瑛斗がベッドの上で頭を抱えていると、突然、冬梧からメッセージの連投が始まった。
 
『大変だ』
『豚の体脂肪率は14〜18%らしい』
 
 え、マジかよ。
 
『マジかよ』
 
『そこらへんの帰宅部男子よりも圧倒的に引き締まっている』
 
『じゃあ「お前豚」って、褒め言葉じゃん』
 
『アスリート並みに絞れてるねってことだな』
 
『冬梧の体脂肪は?』
 
『14%』
 
『豚じゃん』
 
『ありがとう』
 
 ——結局いつも通りの流れである。
 
『おい、いつもの流れにすんな』と打ちかけて、瑛斗はその文字をバックスペースで消した。画面を見つめる自分の顔が、ニヤニヤと緩んでいることに気づいてしまったからだ。
 
『じゃあ塾行ってくる』
 
『いってら』
 
『明日は高体連どうする』
 
 ピタッと、瑛斗の親指が止まる。
 
 あ。そういえば!
 
『明日一緒に秋也の応援に行くぞ!』
 
『りょ』
 
 いよいよ明日か。
 ……秋也、頑張れよ。
 
 モテ子のちょいテクもアザ小僧のことも、瑛斗の頭からは完全に消し飛んでいた。

【MISSION 3——FAILED(結局いつも通りになった)】