ALTER-LINK

 どうせすぐに返事は来ないだろう。
 
 スマホをテーブルの上に裏返して置き、ドリンクバーのお代わりのために席を立った。
 直後、ブガガッと硬いテーブルの上でスマホが震える。
 
 え。返信、早。
 ……もしかしてスマホ握りしめて待ってたのかな。あの時、屋台のベンチで俺を待ってた、ぴこたんみたいに。
 
 瑛斗はお代わりを取りに行くのをやめて席に戻り、恐る恐るスマホをひっくり返して画面を見た。
 
『今日は瑛斗食堂あんのー?』
 
 綾音、テメーかよ!!
 
 瑛斗は盛大に顔を顰めつつ、『本日休業!』とだけ乱暴にフリック入力して送信する。
 ハァ、とため息をついてスマホをテーブルに置こうとしたその時。手のひらの中で、再びスマホが短く震えた。
 
『金髪バカ一択』
 
 ——ちょ。
 開かずとも、画面上部のポップアップ通知で答えが全部見えちゃったじゃん。
 こういうのってさ、もっとこう、ドキドキしながらトーク画面を開いて「うわー!」ってなるやつじゃないの?
 
 文句を思いつつも、勝手に緩んでくる口角を、ギュッと唇を噛んで必死に誤魔化す。
 
 へー、金髪選ぶんだ、お前。ふーん。
 
『まぁ、手伝うけど』
『俺も後押ししたし』
 
 ふと頭の片隅で、ゲームでのチャットログや、さっき秋也が言っていた言葉がフラッシュバックした。
 
 あれ?
 ……じゃあなんであいつ、俺のネカマ作戦なんて手伝ったの?
 もし俺が秋也とどうにかなってたら、あいつはどうするつもりだったんだ?
 
 え。まさか俺、何か決定的な勘違いをしてる?
 
 瑛斗は、緩んでいた口元をグッと引き結んだ。
 急激に冷静になった頭で、スマホに文字を打ち込む。
 
『お前今どこにいんの』
 
『駅前の塾』
 
『俺、駅前のファミレス』
 
 数秒後。既読がついた瞬間に、返信が飛んできた。
 
『ちょっと待ってて』
 
 来るんだ。そこは。
 マジでなんなのあいつ。わけわかんねえ。


 *


 氷だけになって薄まったメロンソーダをストローで啜りながら、スマホの画面を無心でタップし続ける。
 モンスターを倒して金を稼ぐだけの単純なゲームだ。当然、内容なんてこれっぽっちも頭に入ってこない。ただ、指を動かしていないと落ち着かなかった。
 
「瑛斗」
 
 ポチポチポチポチと画面を連打していると、ふいに頭上から低く名前を呼ばれた。
 
 ビクッと肩を跳ねさせて振り向くと、冬梧が立っていた。珍しく焦ったような顔をして、肩で荒く息をしている。

 ……もしかして、走ってきたのか。
 
「おぉ」
 
 なんだか直視できなくて、瑛斗はスマホゲームを見つめたまま、ひらひらと軽く手を上げた。冬梧は制服のジャケットを脱いで席に放り、ネクタイを緩めながら、瑛斗の正面にドカッと腰を下ろした。
 
「……なんで最近、道場行かねぇの」
 
 備え付けのタブレットでドリンクバーを注文する冬梧に探りを入れる。冬梧は立ち上がりながら「塾」とだけ言い、いつものように自分のコーラを取りに向かった。
 
「ちょっと前の抜き打ちテストの成績が、ヤバかったから」
 
 しばらくして、そう言いながら戻ってくる。トン、と瑛斗の前に新しいメロンソーダが置かれた。
 
「……そっか」
 
 なんだ、塾の成績か。
 俺のせいかもって、勝手に自意識過剰になっていた自分が恥ずかしくなる。
 
「成績下がると、父親に剣道もゲームもやめろって言われるから」
 
 瑛斗が顔を上げると、冬梧はストローを咥えながら少し困ったような顔をした。
 
「そしたら、お前に会えなくなるだろ」
 
「そ……そっか」
 
 少し心拍数が上がる。
 そっちかぁ、と安堵と共に頬が熱くなるのを感じて、慌てて新しいメロンソーダを呷った。
 
「あと、ゲームのこと、黙っててごめん」
 
「……なんで黙ってた?」
 
「別にずっと隠すつもりはなかった。最初はちょっと驚かせようと思って、初心者のスポーン地点で待ってたんだよ」
 
 冬梧が、気まずい時によくやる癖で、ポリポリと頬を掻いた。
 
「結構まだ新しく始める人が多くてさ。最初はお前がどれかわかんなくて、しばらくあっちこっち見に行ってたら、やたら死にまくってるやつのログが流れて……」
 
 あ、俺、最初の方確かに死にまくってたわ。あれが通知みたいになっちゃってたのね。
 
「んで、助けに行って喋ってみたら、お前だろうなって」
 
「よくわかったな、美少女のアバターなのに」
 
「喋るテンポとか、バカっぽさがお前のままだったから。でも確信したのは、お前が秋也にプレイヤー名を聞いた時だったけど」
 
 そういや更衣室で聞いたわ。あの時、冬梧めちゃくちゃ自然に助け舟出してくれてたわ。

 えー、なんか恥ずかしいんですけど。
 
「んで、言うタイミングを逃してるうちに……Zから相談があるって言われて……」
 
 瑛斗は「うわぁ……」と呻きながら、テーブルにベチャッと突っ伏した。
 
「……だとしても、言えよ」
 
「言えねえだろ。あの相談を受けてから『実は俺がぴこたんだけど』って言ったら、お前、恥ずかしがってゲームでもリアルでもしばらく会ってくれなくなるだろ」
 
「……確かに」
 
「お前が秋也を好きなのは知ってたけど、まさか実際に行動に移すとは思わなかったから、びっくりした」
 
「え」
 
 突っ伏したまま、瑛斗はバッと顔だけを上げた。
 
 なんで。
 
「……なんで、俺が秋也を好きだって、知ってたの」
 
「そりゃ……お前のこと見てたから。ずっと」
 
 冬梧が少し言いにくそうに俯く。
 そして、すぐに真っ直ぐな瞳で瑛斗を射抜いた。
 
「俺がお前のことを見る目と、お前が秋也に向けてる視線が、同じだったから」
 
「え……」
 
 てことは?
 頭の処理が追いつかず、瑛斗は瞬きを繰り返した。
 
「お前、やっぱ、俺のこと好きなの?」
 
「うん」
 
「じ、じゃあなんで手伝ったんだよ! 俺が秋也とどうこうなったら、お前どうするつもりだったんだよ!」

「手伝うって決めたから」

「は?」

「お前、あの時めちゃくちゃ本気だったし。俺が嫌だからって邪魔すんのも違うだろ」

「…………」
 
「まぁ、いざとなったら全力で邪魔しようと思ってたけど」
 
「結局邪魔すんのかよ!」

「手伝うのと、譲るのは別だろ」

「お……おぉ?」

「あと、PICOとして優しくしてたら、ワンチャンこっちに絆されないかなって」
 
「……お前」
 
「そしたら、案外早く秋也がZに落ちたから、めちゃくちゃ焦った」
 
 全く焦っていないような、いつも通りの涼しい声でそんなことを言う。
 
 瑛斗は両手で頭を抱えた。
 
 こいつの見た目と、『進学校の秀才』というフィルターのせいで、すっかり忘れていた。
 
 こいつは、勝つためなら手段を選ばない『超攻撃型のアホ』だってことを。
 

 ……でも、待てよ。
 
 瑛斗はガバッと顔を上げた。
 
「じゃあ、両想いじゃん!」
 
「え」
 
 冬梧が、不審者でも見るような目で片眉を上げた。
 
「俺、さっき色々考えちゃったらさ。『あ、俺、冬梧のこと好きなんだな』って気づいちゃったんだよ」
 
「……ほぉ」
 
「だから、両想いってことじゃん」
 
「うん」
 
「じゃあ、付き合お」
 
「やだ」
 
「は!?」
 
「やだ」
 
「なんでだよ!」
 
 冬梧はグラスのストローを咥えたまま、心底不満そうに瑛斗を睨みつけた。
 
「秋也には、あんなに必死だったじゃん」
 
「……は?」
 
「普段やらねえようなゲーム始めて、ネカマ作って、俺に相談して、クランまで入って。あいつに好きになってもらうために、めちゃくちゃ頑張ってたじゃん」
 
「いや、それは……」
 
「なのに俺には、『両想いっぽいから付き合おう』だけ?」
 
「…………」

「俺にも攻略される権利あるだろ」

「なんなんだよその権利」

「秋也だけあれこれ頑張ってもらってんのズルい」

「そこ張り合うとこ!?」

「俺、全然納得してない」

「じゃあどうすりゃいいんだよ!」

「俺を納得させろよ」
 
「はぁ!?」
 
 冬梧はそこでようやく、悪戯っぽく少しだけ口元を緩めた。
 
「俺が納得するくらい頑張ったら、付き合ってやる」
 
 ——ピロリンッ。
 その瞬間、瑛斗の脳内で、聞き慣れた『オルリン』のクエスト受注音が鳴り響いた気がした。

【NEW QUEST:冬梧を納得させろ】
達成条件:不明。
報酬:白濱冬梧。

「……クソゲーじゃん」
 
「何が?」
 
「なんでもねえよ!」


 *


「お前たち、いつの間にそんな変なことになってんの」
 
 コンビニで買ってきたイカソーメンを齧りながら、綾音が目を丸くした。
 
 結局あの後、冬梧は「じゃ」とあっさり塾に戻っていってしまった。
 一人ファミレスに残された瑛斗は、その場でしばらく頭を抱えたが、クエストの『達成条件』が全くもってわからない。
 わからなさすぎて、帰宅後もダイニングテーブルでずっと「うーん」と唸っていた。すると、仕事から帰ってきた綾音に「なに、便秘?」と聞かれたので、藁にもすがる思いで軽く経緯を話してみたのだ。
 
「しかしやっぱり冬梧だったかぁ〜。えーちゃん、男の趣味、うちに似たんだな」
 
 ビールの缶を持ったまま、綾音はなぜか満足そうにうんうんと頷いている。
 
「……相手にちゃんと好きだって納得させるのって、どうすりゃいいんだよ」
 
 テーブルに突っ伏したままボヤくと、綾音は「そんなの簡単よ」と優しい声を出した。
 瑛斗が顔を上げると、綾音はニコリと微笑みを浮かべる。
 
「服を全部脱いで、ケツを差し出——」
 
「お前に聞いた俺がバカだった」
 
 瑛斗は即座に立ち上がり、自室へ向かった。背後から「せいぜい頑張んな〜」と楽しげな笑い声が聞こえる。
 
 なんて親だ。
 まぁ、あんな母ちゃんから生まれたから、俺みたいなのができあがったんだろうけど。
 
「要は、誰にも頼らず自分でなんとかしろってことだな……!」
 
 自室のベッドに腰掛け、瑛斗は決意も新たに、凛々しい顔を作った。
 
 そしてスッとスマホを取り出し、ブラウザの検索欄に『好きな気持ち 伝え方』と打ち込んだ。