好きな人の好きな人?

 球技大会を目前に控え、放課後のサッカー練習は、日に日に加熱していく。
 部活に入っていない俺にとって、みんなで集まり声を掛け合いながら汗を流すのは、新鮮で充足感があった。
 体を動かしている間は、他のことを考える暇もなくて、頭も心もスッキリできる。
 グラウンドの隅でパスを繋いだ。

「由貴、上手くなってるよ」
「本当? よかった」

 俺からパスを受けたクラスメイトが、親指を立てて笑った。すぐにボールを戻されて、インサイドで止める。
 ゴールに見立てた二本のペットボトルの間に、シュートを放った。

「ナイスゴール!」

 みんなが声を上げた。俺は並んでいるみんなにハイタッチをしていく。一番後ろにいた颯にもパチンと音を鳴らそうと思ったのに、合わさった瞬間にグッと掴まれてしまった。

「今のシュート、すごく綺麗だったね」
「え? あっ、ありがとう」

 動揺しすぎて声がひっくり返る。
 颯に手を離され、俺はその後ろに並んだ。
 俺の手、颯に触れすぎて、ずっと熱い。




 練習が終わり、教室で着替えを済ませて学校を出た。
 空は真っ赤で、隣を歩く颯の長くなった影が、俺の影にピッタリと寄り添っているように見える。

「由貴くんは飲み込みが早いね」
「颯だって、すごく上手くなってるじゃん」
「みんなの足を引っ張らないくらいにはなれたかな?」
「エースになれるよ」

 分かれ道で手を上げかけたけれど、グッと拳を握って背中に隠した。

「また明日」
「うん、またね」

 また触れてしまったら、気持ちが溢れてきてしまいそうで、手を振ることはできなかった。
 でも握られるって思うのは、自意識過剰なのかな?
 やっぱり手を振ったほうがよかったのかな?




 球技大会当日は、抜けるような青空が広がっていた。
 四月にしては気温が高い。
 グラウンドは熱気に包まれている。
 円陣を組んで、「絶対に勝つぞ!」と一人が叫び、全員が「おー!」と声を揃えた。
 気合い十分。みんなで練習を頑張ったんだ。勝てそうな気がする。




 二年五組は順調に勝ち進んでいった。

「由貴くん、こっち」

 サイドを駆け上がり、中央を走る颯にパスを出す。
 トラップした颯は、すぐに逆サイドの味方へパスを出した。
 味方は相手DF(ディフェンダー)を引き付けて、颯に戻す。
 颯が打ったシュートは、ゴールネットに突き刺さった。試合終了の笛が鳴る。
 みんなが颯に飛びついた。俺は出遅れてしまって、もみくちゃにされる颯を外から見ていた。
 颯は整列の合図で解放されて、並んで礼をする。
 グラウンドの端に座って、流れる汗をタオルで拭った。

「由貴くんは次の試合までどうする?」

 隣に座る颯が、顔を覗き込んできた。
 驚きすぎて、背筋が伸びる。

「えっと、体育館の応援に行かない?」
「そうだね。バレーボールも勝ってるな?」

 みんなも気になったようで、全員で体育館に向かうことになった。




 体育館に入ると、志貴が軽やかに飛び上がって腕を振り下ろす。ボールが床に叩きつけられる音が響き渡った。
 試合終了の笛が鳴り、二年一組が勝ち上がった。
 ステージの上に置かれたホワイトボードに、トーナメント表が描かれている。二年五組も勝ち進んでいるようだ。

「由貴、俺の活躍を見てた?」

 志貴が飛びかかってきて、受け止めきれずによろけてしまう。

「大丈夫?」

 後ろにいた颯が抱き止めてくれて、転倒は免れた。背中に颯の体温を感じる。
 顔に熱が集まるより早く、志貴に腕を引かれた。前のめりになり、志貴の肩に顔を打ちつける。鼻が少し痛い。

「ねぇねぇ、見てた?」
「今来たばっかりだから、最後だけ。すごかったよ」

 志貴はえっへんと得意げに胸を張る。

「志貴、由貴くんが転けそうになって危なかったよ」

 颯が注意すると、志貴は目をキョトンとさせて、颯に視線を送る。

「あっ、颯もいたの?」
「ずっといたよ。朝から由貴くんと一緒にサッカーやってるし」
「俺は朝も夜も由貴と一緒だけどね」

 志貴と颯の空気がピリついたと感じたのは、気のせいだろうか? 二人とも笑顔なんだけど、口元が引き攣っているように見えた。
 身震いする。背筋を冷たい風に撫でられたみたいだ。
 志貴は颯から俺に目を戻し、俺の体操服の裾をクイクイと引いた。

「由貴ごめんね」
「大丈夫だよ。颯が支えてくれたし」

 志貴は苦虫を噛み潰したように、顔を歪める。俺が颯に抱き止められたのが、そんなに気に入らないのか。
 沈みそうになったけれど、遠くから「志貴」と呼ばれ、志貴は顔を明るくさせてそちらに手を振る。

「呼ばれたから戻るね。時間あったら、また見てね。頑張るから」
「うん、頑張ってね」
「由貴に応援されたから、俺優勝できるかも」
「それは困るな。優勝はうちのクラスにしてほしいもん」

 志貴は不満げに口を尖らせる。

「えー、俺が優勝するし。じゃあね、俺も見に行ける時にグラウンドへ行くから」

 志貴と両手をパチンと合わせた。志貴はすぐにクラスメイトの方へ駆けていく。
 二年五組の試合が始まる。みんなで声を張り上げて応援した。
 点を取ると飛び上がって喜ぶ。

「みんな頑張って!」

 両手を口元に添えて叫ぶ。
 サーブがネットを越え、相手が勢いを殺してレシーブする。高いトスが上がり、飛んでくるスパイクに前の三人が両手を伸ばして飛んだ。ブロックして、ボールが相手コートに落ちる。
 歓声が響き渡り、試合終了。

「あっ、時間やばいぞ」

 クラスメイトが声を上げ、勝利の余韻に浸る間もなく、体育館を後にする。
 グラウンドまで全員で全力疾走した。間に合ったけれど、息が上がる。
 ピッチに入って自分のポジションへ向かう時、颯が「由貴くん」と後ろから声をかけてきた。

「どうしたの?」

 颯はもっと内側なのに、なんで俺のところに来たんだろ?

「僕のことも応援してくれないかな?」
「え?」

 口をぽかんと開ける。

「志貴やバレーボールのクラスメイトを応援してたでしょ? 僕にも言ってくれないかな?」

 颯の意図が分からず、困惑する。

「颯、早くポジションにつけ」

 そう遠くから叫ばれ、颯は「由貴くん、お願い」と顔の前で両手を合わせる。

「えっと、頑張って」
「うん、一緒に頑張ろうね」

 颯は優しく目を細めて、自分のポジションに向かう。
 一緒に頑張ろう、か。なんだか力がみなぎってきた。
 準決勝の相手は三年生だ。一つしか違わないのに、すごく大人に感じる。
 試合開始のホイッスルが鳴り、相手からボールが蹴られる。
 ボールが大きく前に蹴りだされ、FW(フォワード)が走り込んでくるが味方がカット。
 こちらの攻撃で前線に駈ける。俺にパスが出され、それを受け取るとセンタリングを上げた。走り込んできた颯がシュートを打つが、相手のGK(ゴールキーパー)に止められてしまう。
 コーナーギリギリだったから入ると思ったのに。
 止められて、すぐに自陣へ引き返す。
 どちらもなかなか点が入らない。
 こちらの方が攻めていたけれど、GKに全てセーブされた。上手すぎる。
 何本目かのこちらのシュートを止められ、相手が一気に駆け上がった。
 試合終了間際、走りすぎて息が上がりまくっている。
 全員戻るのが遅れた。DFが喰らいつくが、相手の方が人数が多い。パスで繋いで、シュートを打たれる。
 ゴールポストに当たりホッとしたのも束の間、ボールを奪いきれずにまたシュートを打たれて、ゴールネットに突き刺さった。
 試合が終わる。肩から力が抜けて、腕が重く感じた。
 ピッチを出て呆然としていると「あー、悔しい!」と颯が叫んだ。
 颯が感情をむき出しにするなんて思わなくて、みんなが目を丸くする。

「うん、悔しいね」

 俺も歯を食いしばって、同意する。
 周りからも嘆く声が上がり、体育館へノロノロと歩き出した。
 俺たちは負けたけど、クラスメイトの応援を精一杯しよう。
 周りに目を向けると、颯がみんなに遅れてついてくるのが見えた。俺は足を止めて颯を待つ。

「強かったね。全部止められちゃってさ」
「そうだね。せっかく由貴くんに、応援してもらったのに」

 俺も颯に頑張ろうと言われて、いつもより調子が良かった気がする。

「悔しいけど、楽しかったな」
「僕も」

 颯が微かに笑う。ぬるま湯に浸かっているように、じわじわ温かくなって夢心地気分になった。やっぱり惹かれていると認めざるを得ない。
 体育館に入ると、ちょうど二年五組の試合中だった。
 精一杯声を張って応援するが、接戦の末に負けてしまった。
 サッカーもバレーボールも準決勝敗退。

「教室に戻るか?」

 クラスメイトの提案に、みんなが「そうだな」と同意する。

「俺は残るよ」

 決勝戦はうちを負かしたクラスと、志貴のクラスだったから。

「僕も見学していようかな」

 颯も体育館に残り、みんなは教室に向かった。
 コートに入る志貴に向かって声を上げる。

「志貴、頑張ってね」

 志貴は俺の声に気付いて、大きく手を振る。俺と颯が振り返すと、不満感を露わに口元を歪めた。
 声をかけた時には機嫌が良かったのに、急にどうしたんだろう?
 隣で颯が口元で拳を握り、笑いを噛み殺していた。

「どうしたの?」
「ん? 志貴はわかりやすいなって」

 まただ。志貴のことを語る颯を見ると、心が萎んでいく。
 ドンッとボールが床に叩きつけられる音で、思考の渦から戻ってくる。コートに目を向けると、志貴たちが点を取っていた。
 喜ぶチームメイトとは裏腹に、志貴からは鬼気迫るものを感じた。
 志貴は怒ってるの? ……いや、違うな。寂しそう。そう頭に浮かんで、それが一番志貴の感情に近い気がした。
 志貴はどんなボールにもくらいついて拾い、一組はチャンスを活かして決める。そのままリードを広げ、相手のスパイクを味方がなんとか上げた。ボールを無理に拾おうとして、志貴はネットを張っているポールに肩を打ちつける。
 ガシャンと激しい音が響き、志貴が膝をついて肩を押さえた。
 ボールが小さく弾んで、転がる。

「志貴!」

 志貴に駆け寄って、膝をつく。

「大丈夫? 保健室に行こう」

 眉を寄せて耐える志貴を背負う。重くてふらつくが、颯が支えてくれた。
 みんなが心配そうに見つめ、志貴は「ごめん」と沈んだ声で告げる。




 保健室に行き、志貴を先生に見せる。

「手を上げられる?」

 志貴は肩より上に手を上げた。

「痺れは?」
「ありません」
「骨は大丈夫そうだけど、ひどくなったら病院に行ってね」

 志貴はベッドで横になり、肩を氷嚢で冷やす。

「連れてきてくれてありがと。もう大丈夫だから、戻っていいよ」
「俺たち負けてるから、待ってるよ。颯は教室に戻りなよ」

 颯を見上げれば「僕も待ってるよ」と目を細める。

「どうしたの? いつもと様子が違ったけど」

 志貴は大きく息を吐き出した。

「黒い悪魔が俺の大事なものを、奪おうとするんだ」
「へ? 悪魔?」

 予想外の言葉に耳を疑う。ゲームの話だろうか?

「大変だね。でも必死に守るより、渡した方が楽になれるんじゃないかな」

 颯は穏やかな声で告げた。志貴の言っている意味がわかっているみたいで、やっぱり二人には俺にわからない絆があるのだと思い知らされる。
 志貴は「絶対に嫌だ!」とむくれた。
 十五分が経ち、先生が氷嚢を回収する。

「志貴、どう?」
「ん? 多少は痛いけど、大丈夫そうだよ」

 志貴が腕をぐるぐる回しているのを見て、安堵の息をつく。
 三人で体育館に戻ると、すでに決着はついていた。
 二年一組が優勝。志貴がクラスメイトの輪に入り、喜びを分かち合う。
 志貴はもう大丈夫そうだな。

「教室に戻ろうか」
「そうだね」

 颯と顔を見合わせて、体育館を後にした。




 教室に戻ると打ち上げに誘われて、放課後にみんなでカラオケに向かった。
 大勢で集まれるところなんて限られていて、受付で志貴にも会った。一組も、ここで打ち上げをするらしい。
 大部屋に通されて、みんなが歌うのを手を叩きながら聴く。
 大きな音が鳴っているから、左隣の颯が俺に顔を寄せた。

「由貴くんは歌わないの?」
「うーん、大勢の前で歌うの、ちょっと恥ずかしくて」
「じゃあ由貴は俺と歌わね?」

 右隣に座るクラスメイトに、肩を組まれて誘われた。

「うん、ありがとう」

 球技大会の練習中から、みんなと仲良くなれたみたいで胸の奥がじんわりと温かくなる。

「由貴はどの歌が好き?」

 颯の目と眉が狭まった気がしたけれど、話しかけられてそちらに気を取られた。
 電子端末を操作して、頭をくっつけながら二人で眺める。

「これは歌える?」
「おう、任せろ!」

 頼もしい言葉が返ってきて、曲を入れた。
 一緒に歌ってくれた子は盛り上げ上手で、緊張はだんだん和らぎ、楽しく歌えた。
 マイクを次の子に渡す。
 さっきの表情が気になり、颯に目を移した。儚げな目は遠くを映していそうだったけれど、視線が絡むといつも通り優しく目が細まる。

「僕とも一緒に歌ってくれる?」

 颯も歌いたかったけど、恥ずかしいのかな? だからさっき俺に歌わないか聞いたのかな? 一緒に歌うつもりで。

「いいよ。なに歌う?」

 俺と颯が好きなミステリー小説が原作の、ドラマ主題歌を入れる。
 颯の声は穏やかで、ずっと聞いていたいくらい耳に心地いい。
 こんなに上手いなら、自信を持って一人で歌ってもいいのに。
 歌い終わって、ふぅーと息を吐き出す。

「颯、歌上手いね」
「ありがとう。由貴くんだって」
「俺は全然だよ。颯は恥ずかしがる必要ないじゃん」
「恥ずかしがる?」

 颯は眉間に皺を刻み、首を傾けた。

「俺と一緒で、恥ずかしいから一緒に歌おうって言ったんじゃないの?」
「違う違う。僕は恥ずかしかったわけじゃないよ」

 そりゃそうか。あれだけ上手いんだもん。

「じゃあ、どうして?」
「由貴くんと一緒に歌いたかっただけだよ」

 颯の瞳は切なげに揺れ、俺は一瞬だけど呼吸が止まった。

「……そっか。俺も颯と歌えてよかったよ」

 どうにか言葉を絞り出し、颯に向かって笑いかける。
 よかった、二人っきりじゃなくて。
 颯は友達として言っているだけなんだ。周りにみんながいなければ、舞い上がっていたに違いない。

「また後で一緒に歌おうよ」
「うん、いいよ。次はなにを歌おうか」

 友達と楽しく歌っているように見えたかな? 俺の気持ちが、漏れ出てしまっていないといいのだけれど。
 室内にはまだ賑やかな歌声が響いていた。
 みんなが盛り上がっている中、隣の颯にチラリと視線を送る。
 颯は画面を見ながら、小さく口ずさんでいた。
 さっきの言葉が、頭から離れない。
 心の奥がくすぐったくて、顔に出ないよう口に力を入れて引き結ぶ。
 ふいに颯がこちらに目を向けた。

「どうしたの? さっきから僕のことを見てるよね?」
「見てないよ」

 慌てて視線を逸らす。

「そう? 僕の勘違いかな」

 颯の声は弾んでいた。
 変に思われたかな?
 熱い顔を隠すよう、頬に手を当てる。




 退室時間になり、外に出て解散する。
 颯と帰ろうとすると、俺たちの間に志貴が飛び込んできた。

「由貴、一緒に帰ろ」
「志貴たちも打ち上げ終わったの? 荷物は俺が持つよ」

 志貴のスクールバッグを受け取る。

「もう平気だって。痛みもないし」

 三人並んで歩き、ふと子どもの頃の写真が思い浮かんだ。
 そういえば立ち位置も今と一緒だったな。真ん中に志貴がいて。
 今は志貴と颯が自分のクラスの打ち上げの様子を話していて、二人とも俺にも話を振ってくれる。そこで会話に参加するけれど、昔もこうだったと思い出した。
 小さな頃の志貴と颯が、今の姿と重なる。
 急に志貴のスクールバッグが、重く感じた。