アイドル様とは一緒にいられない

 大きな鏡に囲まれたレッスンスタジオ内に韓国アイドルの人気曲が大音量で流れる。俺は地べたに座って真剣にスマホを構えた。

「笑顔! そこ、指さす時は指先に目線! 笑顔忘れてる! あー! 違うそこは歌詞の意味に合わせて悩ましげに!」

 俺の大声と拓也がステップを踏む音が反響する。曲が終わって倒れ込んだ拓也にスポドリを渡して、二人して寝転んだ。今撮ったばかりの動画をすぐに再生する。

「ここの笑顔ちょっと歪なんだよね。作り笑顔すぎるっていうか……」
「確かに……口元が固いのかな」
「あとここの振りの時はもう少し目を伏し目がちにして色気を出したほうがいい」
「こんな感じ?」
「そう。で、口はちょっと笑う」

 もうすっかり俺の鬼レッスンに慣れっこになった拓也は、言われたアドバイスをすぐに試す。始めた当初は俺がアドバイスする度に、そのガチさ加減に笑いを堪えきれずによく俺に怒られていた。でも今はすっかり真剣モードだ。
 親友が本気で夢を追いかけてるから、俺も本気で、一切の贔屓目なしに練習を手伝っている。

「ここはね……ムーンボーイズのルナの……このライブの時のが参考になるかなぁ……ほらこれ」

 拓也にこうやって見せるために課金した動画アプリ。なんで広告スキップでお金なんか取るんだろ。別に俺的にも広告はない方が嬉しいし、音楽用のサブスクでは聞けないライブバージョンの音源とかもバックグラウンド再生できるから全然俺のためでもあるからいいんだけどさ。

「あ、あとはいこれ。練習日誌上手くまとめられないって言ってただろ?」

 拓也のために夜通しグラフィックデザインツールを使って作った、練習項目ごとにメモができるように枠を設けたハンドアウト。パソコンなんて滅多に使わないから時間かかったけど、俺自身のできることが増えたから全然気にしてない。
 むしろ、受験勉強の合間のいいリフレッシュって感じ。放課後にスタジオで待ち合わせて、拓也が自主練してる間に俺は勉強をして、大体二時間経ったら拓也のダンスを見てアドバイスして。それから二人でファストフード店に寄ってハンバーガーとかを適当に食べて解散。二人だけの秘密の特訓って感じがしてものすごくワクワクする。
 拓也は俺が渡したハンドアウトを受け取ると、大袈裟に喜んだ。

「本当にありがとう、遥も大変な時期なのに……まじでありがとう……これたくさん印刷して韓国に持ってくから」

 なんだかくすぐったくて、締まりのない顔で拓也の方を向いた。

「ふふっ、大袈裟だなぁ……でもそんな風に言ってくれて嬉しい」
「……っ」

 拓也の耳がいつもより赤い。

「つ、次の曲の練習! 見てくれる⁉︎」
「もちろん……え? どうかした?」
「何も……! とにかく練習しよう」

 いきなりやる気がみなぎり始めた拓也に急かされて、よっこらしょと起き上がる。次の曲をセットしてまた練習を再開した。



 家に帰った後も俺たちの秘密の特訓は続く。シャワーを浴びて、夕飯が出来るまでの間をベッドでゴロゴロして過ごしていると、スマホの上部に通知が来る。拓也からのラインだ。
 ――前髪あるのと無いのどっちが好き?
 普段の拓也は特に髪をセットすることもなくサラッと下ろしてる。普段も十分かっこいいが、オーディション番組に出るとなったら話は別だ。前髪で顔が隠れていては勿体無い。頭の中で拓也の色んな髪型を想像してみた。センター分けに、オールバック。前髪の重たさによっても印象がだいぶ変わる……
 薄い前髪をサラッと横に流した拓也を想像した時、頭の中の拓也がこちらに向かって笑いかけた。ボンっと俺の頭がショートする。
 ――薄めの前髪で横に流す感じ。後ろの髪は襟足は無しで。日本のアイドルだけど、ユウヤ様みたいな感じ
 ――王道王子様系ね。遥そういうの好きなん?
 ――いや、俺が好きなのはセンスある個性派。拓也にはこれが似合うかなって
 ぽんぽんとラインのやりとりが増えていく。拓也の指摘で気がついたけど、今拓也に勧めてる系統って普段俺が推してるタイプと全然違うんだよな……まぁそれだけ拓也のプロデュースに本気ってことか。
 ――俺全然王子様じゃ無いんだけどこれでやってけるかな……?
 ――大丈夫、拓也は十分王子様っぽいよ。なんか気品がある笑
 ――なんだそれ笑
 拓也ってばなんでこんなに自信がないんだろう。歌とかダンスとかをやったことがないからだろうか。番組に出られるってだけで凄いことだし、めちゃめちゃかっこいいのに。
 ――まぁここまで来たらもう気持ちだよ
 俺は自信の無い拓也の背中を押すつもりでそう返信した。仰向けになってふーっと息を吐く。目を瞑った瞬間、ものすごい量の通知がなった。慌ててスマホを見れば、どうでもいいことで拓也が一人でツボっている。
 ――待って笑笑笑
――それ俺が今読んでる漫画の主人公も言ってた笑笑笑
 ――えぐい、やっぱ気持ちよな。
――気持ちがあれば宇宙だって救えんだよって言ってた
 ――俺も宇宙救う笑笑
 こういう時、「何全然違うこと考えてんだ」ってツッコミの一つや二つ入れられればいいのに、俺だってくだらないことが大好きな男子高校生だ。すぐに拓也の言ってる漫画が頭に浮かんで、ツボがスマホ越しに伝染してきた。
 ――やばい笑笑魔王の物理攻撃に対して気持ちだけで乗り越えるやつっしょ笑笑
 ――そう笑笑笑ダンス歴十五年とかの魔王のこと気持ちで倒すわ笑笑
 ――意味わかんないんだけど多分それが正解なのやばい笑
 ――ほんと遥と話合うから面白すぎる
 俺の返信に対して少しゆっくり返ってきたその文字を見て、思わず口元がニヤけた。こういうの、両思いっていうの? 俺が親友だと思ってる奴がいて、向こうも俺のこと話てて楽しいって思ってくれてるって分かる、この双方向な感じ。なんかすっごいテンションが上がる。
 それからも、毎日毎日飽きもせずに二人で練習して、家に帰ってもラインしてくだらないことを話してお互い腹を抱えて笑う生活が続いた。一緒にいる時間自体は文実の時と比べれば短くなったけれど、文実の時よりもすごく近くに拓也を感じていた。



 六月初旬。中間テストの一週間前。遂に拓也が学校を休学した。俺は朝からご機嫌ななめで授業を受けている。窓の外も梅雨らしい土砂降りの雨模様。はぁっと大きくため息をついた。
 流石に変な時期にいきなり休学なんてするのは可笑しすぎるから、拓也の中学の頃からの仲良しグループのメンツにだけはアイプロのことを話したって拓也が言うんだもん。なんかモヤモヤする。俺たちだけの秘密だったのになぁ。
 分かってるよ、付き合いの長さで言えば全然向こうのほうが長いし。俺に拓也の他にも友達がいるのと同じように、拓也にだって仲良い友達が何人もいるってことくらい分かってる。それでも、嫌なもんは嫌だ。俺だけ特別だったらよかったのにな、と親友に対しての感情にしては重たすぎることを考えてしまって、また落ち込んだ。
 心がどんよりしすぎてるのはきっと中間テストと少しの嫉妬のせい。ほとんど八つ当たりだとは分かっているけれど、拓也のいなくなった校舎の反対側を睨みつけた時だ。
 いきなり机の中に隠していたスマホが震える。俺の学校は授業中はスマホ禁止だから、みんなこっそり机の影でいじるのだ。先生にバレないような絶妙な角度で確認する。送り主の欄に拓也の文字。
 なんだよ、都合のいい奴。俺以外にも秘密を共有してる奴、沢山いるくせに。いつまでも俺が従順だと思ったら大間違いだからな。でも……まぁ授業めっちゃつまらなくて暇だし……既読くらいはつけてやるか。
 俺は仕方がないと思いながらしぶしぶチャット画面を開いた。
 ――今日俺の家来れる? 相談したいことあって
 前言撤回! 俺は拓也の大親友なんだからどんな時も一番に協力するに決まってんだろ! バカな俺はこんなライン一つで底辺まで落ち込んでたテンションが頂点までぶち上がるんだ。単純だって言われても仕方ない。今の俺は超ご機嫌だし。
 俺を相談相手に選んでくれた事実が嬉しすぎて、調子に乗ってスマホを覗き込んで「了解!」のスタンプを探す。バシンっと頭に痛みが走った。

「コラ田中、スマホ出せ」

 おそるおそる見上げると、絶対零度の目でこちらを見つめる先生がいた。そのまま無理やりスマホを没収される。
 くっそ俺のスマホが……! これは絶対拓也のせいだ!
 ぐぬぬっと恨めしい拓也の顔を想像しては心の中でブツブツと文句をぶつけた。



「お邪魔しまぁす」
「おう」

 はじめて訪れる拓也の家は思ったよりも普通だった。漫画の中のイケメンは豪邸に住んでたり、一軒家に住んでたりするイメージだったから、3LDKくらいの普通のマンションに住んでるのはすごく意外だ。まぁ、そういうところが拓也らしいか。
 だる着の拓也に部屋に案内される。部屋の中は少し散らかっていて、やっぱり拓也らしいなと思った。ベッドには絶対にお母さんが買ってきたんだろうなという感じの紺色の犬柄の薄い掛け布団がある。こういうダッサいところが、キラキラした見た目とのいいギャップだ。
 見た目は王子様のくせに案外気の利かない拓也はお茶も出してくれないので、これみよがしに水筒を出してみる。すると、俺の言わんとする事が伝わったのか拓也は慌てて部屋を出た。

「ごめん、お茶これ飲んで。腹減ってる? ラーメンならあるけど」
「ガチ? ラーメンめっちゃ食べたい」

 透明のコップに氷と麦茶。まだ早いけど、夏って感じで好きだ。俺がわざとらしくとった行動に拓也は怒ってるとでも思ったのか、意図せずラーメンまでゲットしてしまった。

「ねぇ、こんなこと言うのはアレかもだけどさ。拓也はラーメンやめなよね? ちょっとは絞っていかないと」
「えぇ、遥と半分こしたかったのに……」

 しゅんとした瞳で見つめられると強く言えない。イケメンのもちもちほっぺが好きな層も多いからいいか……と甘やかしてしまった。
 


 いそいそとラーメンを作ってきた拓也は、二人分のどんぶりを机に置くと俺の対面の床に座った。

「それで、相談って?」
「十五秒間の自己紹介どうしようかなって」

 あぁ、と思い出す。アイプロでは練習生が公開されてから本編が始まるまでの間に、練習生全員分の十五秒間の自己紹介動画コンテンツが配信されるのだ。
 俺は過去の自己紹介動画の再生リストを流しながらいつものガチオタ喋りで個人的な考察を語った。

「十五秒しかないから一番重要なのはインパクトだな。みんな服を工夫したり、決め台詞言ったりしてる印象。この動画で歌とかダンスとか特技披露とかしてる人もいるけど埋もれやすいから、人柄とかキャラが伝わるように話すのが一番だと思うなぁ。〇〇の人だって覚えてもらえるのが目標」
「確かに、意外とみんな服装工夫してんだな。部活の服とかコスプレとか……」

 画面を覗くためにぐいっと身を乗り出してきた拓也から爽やかな香りがしてくる。いい匂いだなっと思ってしまった自分が少し恥ずかしい。

「なんか候補とかある?」
「んー……あ、一昨年の文化祭で使った王子服とかどう?」
「あり! ちょっと着て見せてよ」

 楽しそうな顔をして立ち上がった拓也は、クローゼットを漁る。途中、何度か服の山が雪崩を起こしかけていて、やっぱりこういう大雑把なところがあるのが拓也だなと思って笑いが抑えきれなかった。
 深い緑色の、安そうなコスプレ用の王子服も、拓也が着れば全く別物に見える。一昨年の俺はバカだったな。ろくに見もせずに決めつけて。こんなにかっこよかったんだ。
 今だけ、俺だけが特別に見られる拓也の王子服。少し汚い部屋で、恥ずかしそうな顔して不安げにこちらの様子を伺う拓也。全部全部、俺だけしか見れない、俺だけしか知らない拓也だ。

「……すっげぇかっこいい」

 思わず漏れ出たといった感じだった。心の中で思っていたことが、そのまま口から出てしまった。小さく呟いた俺の言葉に、拓也は不安げな表情を満面の笑みに変える。

「服はこれでいいとして、内容だよな…………な、なぁ……遥はさ……俺のどういうところが……す、好き? あ、いや、好きっていうか、良いと思う?」

 いきなり恥ずかしいことを言われて、一瞬身構える。い、良いところなら、俺が言ってもおかしくないよな? 拓也が耳まで真っ赤にするせいで、こっちも体が熱くなっていく。必死に手で仰ぎながら、ずっと前から思っていたことを言葉にした。
「真面目なところかな……文実なんてただの委員会って思う奴ばっかりなのに、紙がくしゃくしゃになるまで色々考えてたり……毎日スタジオ借りて必死に練習したり……俺、最初の頃は拓也はキラキラしてて人生充実してるだけの一軍って思っちゃってたからさ……陰で不器用に努力してるところとか、すごい尊敬してる。あと、中身はあんまキラキラしてないところも良いギャップかな」
 拓也からの返事がなかなか無くて、間違えてしまったかと焦る。数秒間固まっていた拓也は、変な呻き声をあげながら両手で顔を覆った。

「……そんなこと言われたのはじめて」
「……え?」
「……いや……なんか……」

 顔を覆ったままもごもごする。

「嬉しいかも」
「そ、そっか……よかった……」

 なんだこれ。なんでこっちまで恥ずかしくなってんだよ!

「……じゃあ俺、結構良い感じ……かな?」
「い、いや! 調子乗るなよ! 作戦練るぞ!」
「ひど!」

 胸がドキドキうるさくて、話を無理やり変えた。顔を上げた拓也は耳まで真っ赤なくせに、嬉しそうににやけてる。

「でも、ありがとう。なんか、頑張って良かったって思えた」
「……うん」

 それ以上何を言えば良いのかわからなくて、俺は逃げるように時計を指差した。

「ほら! 自己紹介考えないと! 時間ないんだから!」
「あ、そうだった」
「まず王子服で出るなら、王子っぽいところを見せるのだと弱い。拓也は見た目は王子様なのに中身は庶民的なギャップが良いから……」
「遥それ褒めてる⁉︎」
「褒めてる褒めてる」
「絶対バカにしてるでしょ!」
「してないって……あ」

 そうだ。中身を引き立てるためには、外見とのギャップがあればあるほど良いんだ……

「ん? どうかした?」
「拓也、セルフメイクもできるようになろうな」
「まじかー! ダンスよりわかんねぇ……」
「大丈夫大丈夫! 俺が教えてやるし」

 オーディション番組って、ステージ本番と動画コンテンツ以外はメイクさんが付かないのがセオリーなんだよな。ナチュラルに盛れるようにセルフメイクをして、少しでも他とビジュアルで差をつけた方がいい。

「そっか、遥いつもやってるもんな」
「うん、自然に見える程度にね」

 俺はアイドルにはなれる訳がないけれど、少しでも推しに近づきたくてメイクとかファッションに手を出してみている。スキンケアと眉メイク、睫毛の隙間をアイライナーで埋めて目力を出す。涙袋に明るい色のコンシーラー、鼻の頭にハイライト。拓也くらい距離が近い奴じゃないと気が付かないくらいかな。

「うん、すっごく綺麗だよな」
「そ、そう?」
「うん、遥って肌も綺麗だし」
「そ、そういうのはいいから! じゃ、じゃあまず普段のスキンケアやって見せてくれない?」
「分かった」

 二人して洗面所に向かう。洗面台の周りには、拓也のお母さんの物らしい人気の化粧品ブランドのスキンケアセットと、薬局で買える安いスキンケアセットが並んでいる。拓也は迷わず安い方の洗顔料を手に出して泡立てるとそのまま顔を洗い始めた。

「ストーップ!」
「え? なんか間違えた?」

 泡だらけの真っ白な顔でこちらを振り返る。

「ヘアバンドとかしないの? 頭につけるやつ! 顔周りの髪まで泡がついちゃってるじゃん」
「んなの持ってないよ」

 俺はやれやれとわざとらしくため息をついた。

「ヘアバンドはあったほうがいいよ。朝の準備のシーンも映ること多いから、みんな可愛いヘアバンドとかして萌え狙ってたりするし」
「ふーん、じゃあメロネコ君とかのを買えばいいのか」

 もう一度大きなため息。

「いーい? キャラ物はモザイクかかっちゃうからダメなの。適当な動物とかにするの」
「ブハッ、お前そんなことまで知ってんのかよ!」

 こっちは真剣だっていうのに、拓也は泡だらけのまま大笑いする。

「〜! 俺がガチオタなことくらい前から知ってるだろ〜!」

 恥ずかしくなって、拓也の頭を拳でグリグリしながら懲らしめたら、ギブ! と言われた。俺たち小学生みたいだ。

「でもそんなのどこで売ってんだよ……」
「俺たくさん持ってるから貸そうか?」
「まじ? 韓国にも持っていっていい?」
「うん、綺麗に使えよな」

 泡でよく表情は分からないけれど、満足げな声が聞こえた。

「遥だと思って大切にするわ」
「何変なこと言ってんの! あ、泡落として!」

 泡だらけの変な顔してめっちゃいい声でそんなことを言うから、胸の底がモゾモゾした。



 あーでもないこーでもないと指摘しながら、わちゃわちゃとセルフメイク指南を終え、疲れ果てた俺たちは拓也の部屋の床に寝っ転がった。

「今くらいのメイクなら派手じゃないしビジュも良くていいんじゃない?」
「おう、頑張って一人でできるように練習するわ」
「うん、メイク道具はさっき教えたやつがいいと思う。スキンケアは今のままでいいかな」
「サンキューな……色々、何から何まで全部」

 上手く声が出てこない。こんな風に二人で作戦練ったりふざけたり出来るのはあと何回あるんだろう。毎日会ったとしてもあと十回くらいか……その間に中間テストもあるしな……
 静かな部屋に二人きりだと、どうしても寂しさが込み上げてきた。

「なんか色々詳細来てんだね……向こうにはどのくらい行くの?」
「二ヶ月しないくらい……かな」
「そっ……か」

 二ヶ月か……長いな。その間はスマホも禁止でしょ……ここ最近、毎日連絡とってたからなんか寂しいよ。頑張ってこいって元気に言いたいのに、胸が苦しい。
 たった二ヶ月なのに。今までだって毎日話してた訳じゃない。特に高二の三学期なんて、同じ空間にいても特別関わるようなことはしてなかった。なのに、拓也のいない二ヶ月は、想像するだけですごく長く感じた。

「拓也はすごいよ。普通、参加できるって決まったら浮かれるだろ? 拓也は毎日朝から晩まで練習してさ……たまに俺とバカやってるけど、それ以外の時間は何度も同じ曲を繰り返して……尊敬する」
「うん…………俺、本気なんだ」
「もちろん知ってるよ」

 少しの間静寂が訪れた。気になって、天井から拓也へ目線を移す。拓也は目を瞑っていた。
 え、この話の流れで普通寝るか?
 思わず片肘を立てて上体を起こしかけた時、小さな声が聞こえた。

「だから俺、決めたことがあるんだ」

 いつになく真剣な声だった。

「恋愛をしない」

 拓也の表情を伺うが、目を閉じたその顔は穏やかで、やっぱり真剣な感じ。

「そんなの当たり前だって遥は言うかもしれないけどさ……アイドルを目指す以上……いや、アイドルになる以上、ファンを悲しませたくないし、夢に誠実でいたいんだ」
「うん」
「アイドルに恋人がいても気にしないって人もいるけどさ……やっぱり、お金と時間をかけて応援してくれてる人がいる以上、その人たちに後ろめたいことはしたくないしさ。まぁ普通に暴露とか炎上とか怖いっていう気持ちもあるけどさ」
「それに、夢のために全てをかけないと、夢を掴めずに終わっちゃう気がするんだ」
「拓也らしい」
「……え?」

 俺の返答がそんなに意外だったのか、拓也が大きく目を開いた。

「アイドルだって練習生だって、恋人いるけど隠してる人ばっかりだと思うよ。でも、それでもファンと自分の気持ちを裏切りたく無いって思って恋愛禁止を自分で決めてるところとか、努力家ぶきっちょすぎるでしょ? 頑固で……真摯なところが拓也っぽい」

 後夜祭の企画を立てた時から今までの、不器用だなぁと思った拓也の色んな行動が頭の中に浮かんでは消えていく。こんなに尊敬できる人、他にいない。

「じゃあ遥は賛成ってことで……いいのかな?」
「うん、俺ら親友だろ? いつだって俺は拓也の一番の味方だから」
「親友……か……そっ……か、うん、親友だな」

 拓也は今までに見たことないくらいのキラキラした笑顔でぐっと顔を近づけてきた。

「吹っ切れそうだわ! よし、今日から遥は俺の唯一の親友な!」
「え⁉︎ ひっどー! 俺もうずっと前からお前のこと親友だと思ってたのに!」
「酷いのはお前の方だろ〜」
「な! どういうことだよ!」
「お子ちゃまは分からなくていいんだよ〜」

 なんだよ拓也のやつ! こーんなに俺が熱心になってたっていうのに、今の今まで親友として見てくれてなかったのかよ! それにだーれがお子ちゃまだ!

「あ〜もう許さないからな〜!」
「え〜親友だろ? 許してよ」
「ブッ……アッハハハハ!」
「……アハハハハハハ!」

 結局いつもみたいにアホみたいに大笑いした。



 テスト期間はすごく長く感じる。徹夜で暗記したりするからかな。でも、今回のテスト期間は違った。あっという間に時間が過ぎた。拓也が日本にいる残りの日数を数える指は、気がつけばもう三本になってしまっていた。
 たった二ヶ月間いないだけなのに。拓也と仲良くなる前に少しの間戻るだけなのに。拓也と話すことの楽しさを知ってしまった俺には、とにかく辛かった。
 テストの一番最後の科目は数学。最後が重たいせいで今日までろくに拓也とラインすら出来なかった。やっとの思いで中間テストを乗り切って、席から立たずに伸びをしていると、拓也の友達の清水たちに声をかけられた。

「田中、明後日の夜空いてる?」
「明後日? 空いてるけど……」
「よかった〜! 俺ら最後に金沢と飯食おうとしたの。そしたらついでに、飯に田中も誘えって言われたんだよね。来るっしょ?」

 胸がズーンと重くなる。なんだ、最終日は二人で過ごせると思ってたのは俺だけだったんだ。二人で最後の仕上げとかしたかったのに……しかも人伝に俺のこと誘うってどういう神経してんの? 俺可哀想過ぎない? 俺だけ浮かれてたみたいじゃん。
 色んな文句が浮かんできて胸を占拠しているけれど、それでもやっぱり最後に拓也に会いたい。俺はぎこちなく頷いた。



 家に着くなり、自分のベッドに突っ伏す。気分は最悪だった。二人で飯食おうって誘わなかった俺も悪いけどさ……でも、まさかこんなことになると思わなかったしさ。
 本当にあいつムカつく……俺のこといいように使っただけじゃん……やっぱり俺は特別じゃないんでしょ。どうせ韓国行っても、練習生同士でめっちゃ仲良くなって俺のことなんて忘れちゃうんだ。友達たくさんできて……できるといいな。
 前に推していた練習生は、番組が終わった後の個人の配信で、すごくホームシックになったって言ってたっけ……顔を歪めて泣いていたのを思い出す。
 拓也はああならないといいな……楽しくて素敵な思い出だけ持ち帰ってきて欲しい。いやもちろん夢を掴んでほしくはあるけど。でも……うん、辛かったなんて思わせたくない。
 少し女々しすぎるかと躊躇したが、意を決して勉強机の引き出しを引いた。レターセットなんて気の利いたものはなかったから、ルーズリーフを一枚出す。しばらく頭を悩ませてからシャーペンを握った。



拓也へ

 単刀直入だけど、俺は拓也がものすごく頑張ってたのを知ってる。不器用だから、キラキラしてる陰でひたすら努力を積み重ねてきてる人だって知ってる。拓也の生き方が拓也の味方になってくれると思う。
 俺はオーディション番組が大好きだからこそ、参加した全員がずっとポジティブに努力し続けられる訳じゃないって知ってる。実力に悩むことがあっても大丈夫、拓也は誰よりも頑張ってるから。アイドルは実力だけじゃなくて、人に希望を届けられるかどうかが重要だから。人間関係に悩んだって大丈夫。この世界は広いから、日本に帰ってくれば俺や清水たちもいるし。視野を広く持ってな。拓也は絶対に一人じゃないから。
 アイプロを終えた時に、楽しかったと言えるように。向こうで心細くなったりしないように日本から祈ってるから。
 俺にアイプロのことを教えてくれて、特訓の時間を一緒に過ごさせてくれてありがとう。
 これからの時間が、拓也にとってかけがえのない宝物になりますように。

遥



 読み直してみるとすごく恥ずかしいことを書いたように感じるけど、これでいいかと丁寧に半分に折った。