恋して覚える♡総合型選抜〜先輩、言語化も深掘りもできてません〜

 【志望理由書】

 「ううん、たのしかったよ」。これは怪我でサッカー選手の道を断たれた、私の友人が発した言葉だ。自身のサッカー経験を「献身」とラベリングしていた彼は、キャリアを模索する中で私と対話し、自己像を更新して人と協働する楽しさを思い出した。そしてその対話は、過去の失敗から自分の言葉を信じられなくなっていた私をも変えた。
 私たちのように、思春期や青年期にトランジション(Bridges, 1980)を経験する若者が、ニュートラル・ゾーンで喪失を受け止め、新たな始まりに向かえる居場所を私は作り続けたい。
 
 私はこの春、県内の大学で社会共創学を学ぶ彼と共に、ピアサポート団体「OUR VOICE(以下OV)」を立ち上げた。OVは、怪我や挫折などによって、それまで打ち込んできた競技や活動から離れた経験を持つ中高生・大学生のための団体だ。相談する側と支援する側を固定せず、参加者がそれぞれの経験や現在抱えている迷いを語り、互いの経験を聞き、問い合うことを活動の中心としている。設立にあたっては、県内の中学・高校に常駐するキャリアナビゲーターや、インクルーシブ・スポーツ団体等と連携しながら、


「んー……」

 そこまで書きかけて、俺は方眼ノートの上にシャーペンを転がした。
 ドリンクバーの薄すぎるアメリカンをひとくち啜り、身震いする。夏休みのファミレスは程よく空いていて、冷房はよく効いていた。

「へいお待ち」

 変な挨拶とともに、対面の席に先輩が滑り込んでくる。スポーツウェアのまま、額に汗で前髪が張り付いていた。

「早かったですね」
「フットサル途中で抜けてきた」
「入ったばかりなのに大丈夫なんですか?」
「うん。ゆるいサークルだし、まだあんまり無理できないしねー。おれいつものやつ」
「注文QRそこです」
「尽くしてくれる人が好き♡」

 大学生が高校生に何を言うか、とは思いつつも、ここの支払いは先輩が持ってくれそうなので、俺は黙ってスマホを出した。
 大盛りポテトフライと、ドリンクバーと、それから——、

「季節のパフェで桃が出てますけど」
「食べるー」
「はい」

 注文を送信する。

「それ志望理由書? ノート真っ黒じゃん」
「打ち込みより手動かす方が捗るので」
「愛がこもってるもんね」

 先輩は、ノートの上のシャーペンのことを言っているようだった。

「おそらくは」
「そこは確定で! ちょっとドリンクバー取ってくる」

 前のめりになって文句を言いながら、先輩が席を立った。はた、と気づいたようにこちらを見る。

「でもさ、よかったの?」
「……何がですか?」
「アワボの準備のときも、移動中とかめっちゃ勉強してたじゃん。総合型だと筆記試験ないんでしょ」
「まあ、志望校を国公立から私立(こっち)に変えた時点で、まず総合型から行くのは普通ですし」
「そんなもん?」
「ここは元祖・総合型選抜、みたいな大学なので」
「へー。すごい頭いいとこだもんね」

 感心した声色で先輩が相槌を打って、ドリンクバーに向かって歩いていった。


 やりたいことが見つかって、そのために志望校変更したのは本当だ。
 ただ、俺が受ける大学の総合型選抜は、2,000字の志望理由書に膨大な提出資料、二次試験は教授に囲まれて30分間の面接、と、いっそ一般入試狙いで勉強した方が楽なほどの試験になっている。

 「総合型選抜の方が早く合格が出る」からそっちを選んだ、という合理的判断に、先輩は気付いていなさそうだった。
 
 書いては消し、書いては消しして黒ずんだノートの紙面を撫でる。
 この数ヶ月、先輩と活動してきたことをここに綴るつもりだ。

 ノートにゆらりと影が落ちる。先輩が俺の肩越しに、ノートを覗き込んできていた。

「お帰りなさい」
「あのさ。……啓なら、ぜったい大丈夫だから」

 力強い声で、そう告げられる。
 最大の信頼を込めた恋人の励ましは、何よりなんだけど。

 俺は首を横に振って、言葉を返した。

「いえ、まだまだですね」

 晴人先輩と積み上げることだからこそ、この志望理由書には書けないことが多すぎる。


「言語化も深掘りも、できてません」



♡ おわり ♡