きみを知っても終わらない

 早朝練習は毎日ではないけれど、まだ続いていた。体育祭まではあと一週間ほどで、クラスではバトンパスなどの練習もするようになっている。
 そこで気づいたのだが、たぶん、おそらく、悠真と陽希のペアは二人三脚が下手だ。間宮と村岡ペアが初回の練習で息のあった様子を見せつけてきて、悠真と思わず笑ってしまった。
「ねむ……」
 声になりきれなかった吐息のまま呟く。放課後になると瞼が落ちそうだった。
 今日は日直だったので、職員室前のボックスに日誌を提出する。これで仕事は終わりなので、帰宅しようと昇降口へ向かった。
 ちょうどそのとき、職員室のさらに奥にある体育館から悠真が慌てたように飛び出してきた。部活のジャージに着替えているのに、大きなスポーツバッグを背負っている。
「あれ、部活は?」
「ちょっと急用できて早退!」
 ギリギリ早歩きと言えなくもない速さで悠真が廊下を進む。思わず、陽希は小走りで悠真を追いかけた。昇降口で慌ただしく上靴を履き替える。
「どうしたんだ」
「弟、いるって言っただろ? 母さんが仕事でトラブって迎え行けないから、代わりに行けたら行ってほしいって連絡が来てさ」
 校門を抜ける。歩道には同じ制服を着た人たちで混雑していた。部活がない生徒の帰宅時間と重なっているので、陽希には見慣れた光景だが、気持ちが急いている悠真はピクリと眉を寄せた。
「……なあ、弟さんは保育園?」
「そう」
「なら保育士さんとかが面倒見てくれてるんだよな。おまえ、駅までダッシュしそうな顔してるけど、早歩きくらいでいいだろ」
 トントン、と軽く悠真の背を叩く。
 悠真はうつむいて、大きく深呼吸をした。そうだよな、と小さくこぼし、荒々しく前髪をかきあげた。
「蓮、昨日熱出してたんだよ。……今日の朝は熱も下がったし元気そうだったから、いつも通り保育園行ったけど、やっぱり心配だから早めに迎え行くって母さんが言ってた」
 陽希はひとりっ子だから、弟を可愛がる悠真の気持ちを同じようには理解してあげられない。けれど、悠真のことは前よりはわかるようになった。
「……高野」
「なに?」
「俺さ、ちょっと遠回りだけど、人少なくて信号も少ない駅までの道知ってる」
「え?」
 悠真はこちらを見つめて、ぱち、とまばたきをした。
「おまえが走るんなら、そっちのほうが早く着くかも」
 つまり道案内をすることになる陽希も走らなければならない。肩にかけている鞄をリュックのように背負い直す。
「行くだろ?」
「……ありがと」
 数人の生徒を外側から追い越し、一番近くの交差点を曲がる。こっち、と振り返りながら悠真を手招いた。


 普段なら見送っているはずの電車に悠真とふたりで駆け込んだ。と同時に、発車音が鳴り、電車の扉が閉まる。
「っ、はー……、っ間に合った!」
「だな」
 吊り革につかまって、はあ、と肩を上下させる。
 対して、悠真は飄々としたものだった。ほんのりと額に汗はかいているが、それよりもスマホを取り出して時間を確認している。
「保育園ってどこ?」
「……茜野」
「俺の最寄りじゃん。家の近くとかじゃないんだな」
「空きなくてさ。引っ越してきた時期も微妙だったし」
 軽く話しながら車両の奥のほうへと移動する。悠真は片手でスマホを操作しながら、陽希の後ろをついてきていた。
「大丈夫?」
「悪い。あと三十分くらいで行けそうって連絡してた」
「母親?」
「うん。俺から保育園に連絡する手段ないからさ。一応俺も顔知られてるはずだけど、いつもと違う人が迎えに行くときって、ちゃんと連絡しないと駄目なんだよな」
「そういうもんなんだ」
 こくりと悠真が首を縦に振る。言葉は交わしているが、悠真の意識はここにはなさそうだ。ガタゴトと揺れる電車に持っていかれないように、吊り革を掴む手に力を込めた。


 茜野駅でふたり一緒に降りる。悠真の弟――蓮が通っている保育園は、陽希の家とは反対方向にあるらしい。保育園の名前を聞いても、どのあたりなのか見当がつかなかった。
 十分ほど歩くと、住宅街のなかに低い柵で囲まれた保育園が見えてきた。
 悠真が玄関のインターホンを押す。マイク越しにやりとりをしているのを、陽希は少し離れたところで待っていた。
 エプロン姿の女性と並んで、男の子がてくてくと歩いてくる。透明なガラス越しに悠真の姿を見つけると、ぱあ、ともう一段、表情が明るくなった。片手を頭の上でぶんぶんと振る。保育士がニコニコと笑いながら、鍵を開けて扉を開いた。
「にいちゃん!」
 声を上げるなり、悠真のもとへ一直線に駆けていく。
「蓮、走るなって」
 そう言いながらも、悠真は迷いなくしゃがみ込んで両腕を広げた。蓮を抱きとめつつ、保育士に会釈をする。
「すみません、母がちょっと来れなくなってしまって……」
 保育士との会話を続けながら、悠真がわしゃわしゃと蓮の髪を撫でる。そのままさり気なく額に手を当て、そのあと首筋にも触れていた。
 いつも通り元気だったと保育士からも言われ、ようやく安心したようだ。悠真は表情をほころばせた。
「蓮、保育園楽しかった?」
「楽しかった! あのね、まもるくんと、ひなちゃんと、ジャングルおにごっこしたよ!」
「そっか。仲良くするんだぞ?」
 蓮は大きく頷くと、悠真が差し出した手のひらにタッチする。パチン、と軽い音が鳴った。
「それじゃ、先生にバイバイして」
「バイバーイ!」
 悠真を見つけたときと同じようにぶんぶんと手を振る蓮に、保育士も笑顔で手を振り返す。
 蓮は保育園の玄関を出ると、悠真の手を引っ張る。写真で見た印象よりも、ずっとお兄ちゃんっ子のようだ。
「悪い、待っててもらって」
「いいよ。お兄ちゃんしてる高野も見れたし」
「おい!」
 小さく笑いながら、ぽかんとしている蓮と目線の高さを合わせる。
「……だれ?」
「お兄ちゃんの友達の陽希です」
「はるき?」
 ただ聞こえた音をそのまま反復しているようだった。じい、とこちらを観察するまっすぐな瞳に笑いかける。
 悠真の手を握る小さな指先に力がこもるのがわかった。初めて会う人を前にして、無意識にすがっているようだ。
「にいちゃんと同じ服」
 ああ、と自分の服を見下ろす。暗めの赤チェック柄のネクタイとズボンは印象に残りやすい。
「そうだね。一緒だね」
「じゃあ学校のおともだちだ!」
 よくわからないが、蓮のなかでうまく繋がったらしい。一気に目を輝かせて、ねぇねぇ、と陽希を見上げた。
「にいちゃん、バスケしてるの知ってる?」
「知ってるよー」
 ぐいと蓮の顔が近づく。ふっくらとした頬が薄く紅潮しているのは、興奮しているからだろう。大好きな兄の話をしたくてたまらないという様子だ。すごく上手なんだ、と大きな身振り手振りで伝えてくる。
 得意げに胸を張る蓮を見て、悠真が呆れたように笑った。
 あのね、と蓮がさらに話を続けようとしたとき、悠真のスマホが鳴った。画面で相手を確認して、耳に当てる。母さん、という声に、蓮が反応した。
 蓮はくるりと身体の向きを変えて、悠真の腰に飛びつこうとする。それを片手で受け止めながら、もう片手でスマホを耳に当てた。
 迎えに行ったことへの礼を言われているらしい。悠真は何度か「大丈夫だって」と返したあと、仕事の様子を尋ねた。
「六時くらいね。了解。買い物とか行っておく?」
 少し間を置いて、悠真が頷く。
「了解。じゃあ帰って待ってる。……蓮、母さんと喋る?」
「しゃべる!」
 ぴょんぴょん飛び跳ねる蓮に、はい、と悠真がスマホを手渡した。
 顔の半分ほどもある端末を両手で抱え、蓮は今日あったことを一生懸命に報告し始めた。
 陽希も立ち上がり、悠真の隣に並ぶ。悠真は何も言わず、蓮の話に耳を傾けていた。
「ねー、ママ、はるきも!」
「え?」
 突然自分の名前が飛び出してくる。悠真もこちらを見て目を瞬かせた。
「はい、にいちゃん! 返す!」
 悪びれもせずスマホを差し出す弟から、悠真がそれを受け取った。
「……もしもし? うん、そう、友達。蓮の保育園と最寄り一緒で……」
 悠真が電話に戻ると、「ねえ」と蓮が陽希のもとへやってくる。まだまだ話し足りないらしい。もう一度しゃがみ込んで視線を合わせた。
「え? いや、ちょっと、あー、待って聞いてみる」
 スマホを耳から離し、悠真は眉を下げた。
「潮見、あの……母さんが、少し遅くなってもいいなら夕飯食べに来ないかって」
 まばたきをこぼす。蓮が、くい、と控えめに陽希の手を引いた。まっすぐこちらを見つめてくるところが、どことなく悠真に似ているように思う。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
 兄弟の顔を交互に見ながら、陽希は小さく頷いた。


 若丘駅の改札を抜ける。駅前から続く大通りを、蓮の歩幅に合わせながら十分ほど歩いた。通りから一本入ると戸建てやマンションが混じる住宅街に変わり、悠真の家はその一角にあるマンションだった。
「ただいまー!」
 鍵が開くなり、蓮が先に玄関へ飛び込んでいく。悠真は慣れた様子で蓮の靴を揃えた。陽希もその後ろから続いて玄関に入る。
「蓮、おうちに帰ったらー?」
「てあらい! うがい!」
「正解! 潮見……、えっと、陽希も連れてってやって」
 はーい、と蓮が振り返りながら片手を上げる。ほら、と悠真にせっつかれて、靴を脱いだ。
「お邪魔します」
「はるき、こっちだよー」
 蓮が手招く。待って、と小さな背中を追いかけた。
 廊下を通り抜けてリビングに入ると、左手側にキッチン、右手側の扉の先に水回りがまとまっているようだった。洗面台で蓮のあとに続いて、手洗いうがいを済ませる。
「リビングで適当にくつろいでて。俺、ちょっと夕飯の準備するから、蓮の相手してくれると助かる」
 あとから洗面室にやってきた悠真が申し訳なさそうに両手を合わせる。手伝おうかと声をかけたが、お客さんはそういうことしなくていいの、とリビングへと押しやられてしまった。
 特別広いわけでも、狭いわけでもない。四人で暮らすにはちょうどよさそうな、ごく普通の家だった。
 壁際には蓮が描いたらしい絵が貼られ、その横には学校や保育園の予定表が並んでいる。大きなソファにはクッションと一緒にバスケットボールも置いてあった。
 蓮はリビングのとなりの部屋に入っていくと、スモックを脱いですぐに戻ってきた。片手には恐竜の図鑑、もう片手には恐竜のフィギュアを握っている。
 蓮と一緒にソファに座る。
「はるき、恐竜好き?」
「嫌いじゃないよ。でもあんま詳しくはないな」
「じゃあこれわかる?」
 フィギュアを差し出される。大きな口と胴体と一体化しているような長い尻尾。前足が小さくて、後ろ足は大きい。
「……ティラノサウルス?」
「ちがうよ!」
 食いつくように否定される。じっとこちらを見つめる蓮は次の回答を待っているようだったが、陽希の恐竜知識はそれほど深くない。えぇ、と苦笑いを浮かべた。
「それはさすがにむずいだろ。はい、麦茶」
「ありがとう。ちなみに答えは?」
「アロサウルス」
 はあ、と曖昧な相槌を打つ。聞いたこともなかった。フィギュアをまじまじと見つめる。
「もー、にいちゃん教えちゃだめ!」
「ごめんごめん。蓮が教えてやったら?」
「バカにしてる?」
「してないって。俺も全部蓮に教えてもらったからな」
 肩をすくめながら、悠真はキッチンに向かった。なるほど、蓮の相手をしてくれという言葉の意味を理解する。
 さっそく図鑑を開いて、ねえ、とこちらを覗き込んでくる蓮に身体を寄せた。
「アロサウルス好きなの?」
「好き! あのね、アロサウルスはすっごく足が速いんだって」
 ぱらぱらと迷いなく図鑑のページをめくる。きっとどこに何が載っているのか覚えているのだろう。好きなものへの熱量が高いのも、悠真に似ているなと思った。
 

 蓮による恐竜講座がひと段落した頃、玄関の扉が開く音がした。
「ただいまー。ごめん、遅くなった!」
「ママ!」
 いち早く反応した蓮がソファから飛び降りる。玄関に向かって走っていった。蓮に引っ張られるかたちで、悠真と蓮の母がリビングに顔を出す。
「おかえり」
「ただいまー。悠真、蓮迎え行ってくれてありがとね」
 シンプルな服装に大きなリュックを背負っている。肩紐が食い込むくらい荷物が詰まっていて、仕事帰りなのだと一目でわかった。
「すみません、お邪魔してます」
 ソファから立ち上がって一礼する。
「陽希くん! はじめまして、悠真の母です。いきなり呼んじゃってごめんなさいね。急いでご飯準備するから、もう少しだけくつろいでてもらえるかしら」
「いえ、こちらこそ突然、えっと、手土産もなくて」
「いきなり呼びつけちゃったのはこっちだから気にしないで! むしろ親御さんとかご飯用意しちゃってたかしら」
「あ、大丈夫です。連絡したし、うちみんな帰宅時間バラバラで、そこらへん自由なんです」
 母親は安心したように、ならよかった、と笑う。
 悠真と母親は、明日の予定を軽快に話している。その横では、蓮が甘えるように母親の服の裾を引っ張っていた。悠真が「ちょっと休ませてやれって」と苦笑した。
「悠真、ご飯どこまでやってくれた?」
「米炊いて、味噌汁作った。あと鶏肉は下味付けて冷蔵庫」
「完璧。ほんと助かったわ。ごめんね、部活休ませて」
 陽希が蓮と遊んでいる間に、頼まれていたことはひと通り済ませていたらしい。
 母親がほっとしたように笑うと、悠真は「たまにだから、これくらい別に」と肩をすくめた。


 母親がキッチンに立つと、手伝おうとした悠真も「もう十分」と追い出されてリビングにやってきた。蓮を挟んで反対側に腰掛ける。
 そこからだいたい三十分ほど。食卓には山盛りの唐揚げとフライドポテト、それからサラダと味噌汁が並んだ。
 四人でいただきます、と声を揃える。悠真も蓮もさっそく唐揚げに箸を伸ばした。
「揚げ物ばっかりでごめんねぇ」
「いえいえ。むしろ仕事から帰ってきてすぐなのに、ありがとうございます」
「ご飯は悠真がいっぱい炊いてくれたから、足りなかったら遠慮しないでお代わりしてね?」
 隣に座る悠真が自慢げに親指を立ててみせた。苦笑しながら、陽希も唐揚げを自分の取り皿に分ける。
 揚げたての唐揚げを口に運ぶ。まだ熱の残る衣のなかから肉汁があふれた。白米も続けて食べる。相性は最高だった。
「これ、唐揚げめっちゃ美味いっす」
「まじ? やった」
 母親に向かって言ったのだが、反応したのは隣の席の悠真だった。嬉しそうに声を弾ませる。
「味付けは悠真特製なのよね」
 へえ、と感心して悠真を見る。何度か準備を手伝ってもらっているうちに、悠真が自分で食べながら調整していったものらしい。
「初めて俺が手伝ったとき、全然味しなかったんだよ」
「みんなでマヨ付けて食べたよね」
「そうそう!」
 悠真と母親が笑い合う。今では家族皆が一番好きなのは悠真の味付けらしい。
「じゃあ、高……、あー、悠真が今ではよく作ってるの?」
「唐揚げだけな。ほかはさっぱり」
「味噌汁も作ってくれるじゃない」
 そんな大したことじゃない、と悠真は首を横に振った。
 味噌汁のお椀に手を伸ばす。わかめと細切りの油揚げの味噌汁は十分美味しかった。
「ママー、ぼくご飯おかわり」
「あら、もう食べたの? どれくらい食べる?」
 いっぱい! と蓮は元気に答えた。
 唐揚げは濃いめの味付けで白米が進む。今度はフライドポテトに箸を伸ばした。
 くし形に切られたポテトは塩味が薄めで、素材の味を活かしているようだった。薄い衣の内側はホクホクとしていて、まるで蒸したじゃがいものように感じる。
「あ」
 ふと、悠真の言葉を思い出す。
「……太めのポテト?」
 もう一度箸を伸ばしながら、隣の悠真に問いかける。
「覚えてたんだ」
「前にあんなに言ってただろ」
「いや、別にそこまで言ってないけど」
 そんなことはないだろう。随分と熱弁されたはずだ。
「でもマックなら細い方がいい」
「そこは譲らないんだ」
 蓮のおかわりをよそってきた母親が、何の話? と笑っている。その隣では蓮もホクホクのフライドポテトに夢中になっていた。


 夕食を食べ終え、しばらく蓮の相手をしているうちに、外はすっかり暗くなっていた。
 まだ遊び足らなさそうにしている蓮をなだめすかしながら、母親は「最後までバタバタしちゃってごめんね」と眉を下げた。
「いえ。ごちそうしてくださって、ありがとうございました。すごく美味しかったです」
 再びお礼を言う。蓮がたくさん喋りかけてくれたのもあるが、お兄ちゃんをしている悠真の姿が新鮮で、もう少し、と思っていたら長居してしまった。
 荷物を持ち、玄関で靴を履く。
「お邪魔しました」
「母さん、俺、陽希送ってくる」
 リビングの方へ向かって悠真が声をかける。蓮と母親も見送りに廊下へやってきた。
「はるきー! 恐竜のこと好きになったー?」
 期待に輝く瞳に、陽希は笑って頷く。
「うん。前より好きになった」
「ほんと!?」
「ほんと。また教えてよ」
「うん!」
「じゃあね、蓮」
 身体を屈めて手のひらを差し出すと、蓮は走り寄って来てパチンとタッチをした。
 母親にも挨拶をして、悠真と一緒にマンションを出る。夜の空気が頬に触れた。ここ数日で一気に涼しくなってきていた。
「悪いな。蓮の面倒すげぇ見てもらって」
「ううん。あんまり子どもと話すことなかったから楽しかった。お兄ちゃんしてる悠真も見れたし」
「お兄ちゃんしてるってなんだよ」
「学校のときと違うなーって思っただけ。家族の前だとあんな感じなんだな」
「……なんかそう言われると恥ずかしいな。そんなに違う?」
「うん。なんか新鮮だった」
 住宅街を抜けて、駅へ続く大通りに向かう。さっきまで賑やかな部屋にいたせいか、二人分の足音だけがやけに静かに聞こえた。
「てか、めっちゃ家族仲良いな」
「ははは。そうかも。今日はいなかったけど、親父も蓮のこと猫っ可愛がりしてるんだよな」
 両親ともに残業が多い業界で働いているらしい。なので、交代で早く帰るようにして蓮の迎えに行っているが、今日のように悠真が向かうこともあるのだとか。
「……前もちょっと喋ったけど、両親って再婚だから、俺と蓮も連れ子同士で。なんつーんだろう……あの、なんとなくさ、ちゃんと家族をしようって意識があるんだよな」
「うん」
 蓮以外な、と悠真は付け加える。
「あいつがのびのび過ごせるのが一番」
「そうだな。おまえのことも大好きみたいだった」
「陽希がそう思ってくれたなら、俺、ちゃんと兄ちゃんできてるんだな」
「さっきから何度もそう言ってるだろ」
 悠真が小さく笑う。そこで会話が途切れた。
 蓮に呼ばれて笑う悠真や、母親と気安く言葉を交わす姿が、まだ頭のなかに残っている。しばらく無言のまま、悠真と並んで歩いた。
 なあ、と呟く。
「家、また行っても良い?」
「え」
「悠真の家。迷惑じゃなければ……」
 悠真が足を止める。数歩進んでからそれに気づき、陽希も振り返った。
 じっと悠真がこちらを見る。驚いたような表情はすぐに消えて、代わりに何かを確かめるような視線が向けられた。
 耐えきれなくなり、悠真から視線を背ける。
 始まりはただの偶然だった。始発で見かけた、いつもとは違う悠真が気になった。それまでは少し距離のあるクラスメイトでしかなかったのに、話すようになってから随分といろんな顔を知った。
 なんでも器用にこなすわけでも、いつだって誰かと一緒にいたいわけでもない。くだらないことで笑って、意外なところにこだわる。
 いつの間にか、ふたりで過ごすことにもすっかり慣れていた。一緒にいて楽だし、居心地がいい。それくらいは、自分でもわかっていた。
 けれど、さっき家を出たばかりなのに、もう次を考えている自分には少し引っかかる。
 どうしてなのかは、考えてもよくわからなかった。
「えっと、だめなら別に……」
「全然! だめじゃないし、俺も……蓮も母さんも喜ぶ」
 食い気味に悠真が言った。
「陽希」
「……なに」
「名前呼び。嬉しい」
 楽しげに笑いながら、悠真が肩を組んでくる。けれど、そのおかげで陽希のなかに生まれかけた気まずさが晴れていった。
「だって、あの家だとみんな『高野』だろ」
「そうだな」
 ぐいと悠真の横腹を押して腕から逃れる。半歩分の距離をとったまま、駅までの道を歩いた。蓮の歩幅に合わせた行きの道よりも、ずっと短く感じる。
「悠真」
「ん?」
「明日は練習どうする?」
 駅前に着いたところで問いかける。悠真は少しだけ悩んだあと、明日はやめよう、と答えた。
「最近、陽希すげぇ眠そうだから、今日はゆっくり寝てよ。慣れないこともさせちゃったしな」
「そんなことないけど……」
「いくら歓迎ムードだったとしても、他人の家に行くのって気を使うだろ」
 追撃するように、「今日あくびばっかりしてたの知ってる」と指摘される。気づかれていたのであれば、引き下がるしかなかった。
「わざわざ駅までありがとな」
「ううん。散歩のついでだからさ」
「え?」
「このままぐるっとこの辺歩いてから帰ろうかなって」
 ポケットに手を突っ込みながら、悠真は家へ戻る道とは別の方向へ視線を向けた。
「……そうか。じゃ、また明日な」
「また明日」
 悠真に背を向けて改札にスマホをかざす。改札を通り抜けて振り返ると、まだ見送っていたらしい悠真が「じゃあな」と手を振った。