翌日の始発電車、いつもの場所に悠真はいた。おはよう、と挨拶を交わす。隣に座って何気ない話をしていると、あっという間に電車は綾森駅へついた。
「練習ってどこでするの? 学校まだ開いてないよな」
道すがら、今更だが問いかける。悠真は、あれ、と首の後ろに片手を回した。
「河川敷でやろうって言ってなかったっけ?」
「聞いてないな」
「うわー、勝手に言ったつもりになってた。悪い」
どうりで歩みに迷いがないわけだ。このあいだふたりで寝転がったところあたりは芝生だったが、もう少し川沿いに進むと運動施設がまとまっている場所があるらしい。
「まじか、知らなかった」
「この間も思ったけど、全然こっち側に来たことなかったんだな」
「駅と学校の往復だけだからな」
悠真は、もったいないなぁ、と呟いた。
槻瀬川に突き当たったあと、川沿いの道へ曲がってしばらく進む。悠真の言う通り、野球場のフェンスやトラックが見えてきた。
練習できそうな場所を見つけると、通路の端のほうへ荷物を置く。
「これ、持ってきたんだよね」
自分のバッグを漁っていた悠真が振り返る。手には赤色のはちまきがあった。
「足繋ぐやつ必要でしょ?」
「準備がいいな。っていうか、思ってたより張り切ってる?」
体育祭までのあいだ、体育の授業はクラスの練習時間になる。去年はそれ以外の時間で練習することはなかった。
それなのに、今年は悠真の誘いに乗って、こんな早朝にまで練習しようとしている。クラス全体で勝ちを狙っているわけでもない競技で。
「だってさ、どうせやるなら勝ちたいじゃん」
ストレッチをしながら悠真が答える。
「負けず嫌い?」
「そうかも」
アキレス腱はちゃんと伸ばしておけよ、と悠真が言う。見様見真似で身体を解していく。こういうのは素直に従っておくのがいい。陽希だって怪我はしたくない。
一通り準備運動を終えると、早速やってみようということで、悠真が右隣に並んだ。左足を寄せてくる。
「あ、反対のほうがやりやすかったりするか?」
「やったことないから、どっちが良いかとかわかんないって」
悠真の問いかけに首を横に振りながら、悠真の左足にぴたりと合わせるように自らの右足を寄せる。悠真のほうが数センチほど足が大きそうだった。
悠真がしゃがんではちまきで互いの足を結ぶ。まだ動いてもいないのに、自分の意思で動かせなくなったという違和感があった。
「よし。じゃあまずはゆっくり歩いてみるか」
悠真が陽希の肩に腕を回す。繋いでいる方からな、という言葉に頷き、せーの、と声をかけながらまずは一歩踏み出す。
が、歩幅の違いのせいだろうか。悠真の方へと引っ張られる形になり、陽希はバランスを崩した。
「うわ」
「おっと、悪い!」
ドン、と足裏を強く地面に叩きつけるようにつく。思わず悠真の方を見上げた。
――これは思っていた以上に難しいのかもしれない。
「えー……っと」
「おまえが、俺に、合わせる」
一言ずつ区切りながら言う。悠真はこくこくと二度頷いた。
自由な外側の足で一歩分の距離を確かめる。走るとなるとまた違うだろうが、まずは歩けるようになるところからだ。悠真も同じく自由な方の足で陽希の一歩の幅を測りながら、なるほど、と頷いた。
「いち、に、いち、に……くらいのペースでやってみようか」
足を交互に指差しながら、悠真がリズムを取る。
「俺がカウントしたほうがいいかな、これ」
「だな。俺は潮見に合わせるから」
ふ、と一度息を吐く。せーの、という掛け声のあと、いち、の合図とともに内側の足を踏み出す。に、で外側。そこがうまくいくと、あとは同じことの繰り返しだ。なんとなく感覚が掴めてくる。
とはいえ、距離が伸びるとリズムもずれる。転びこそしなかったものの、陽希は何度も悠真にしがみついてしまった。そのほとんどは悠真が合わせそびれたせいなので、素直に支えてもらう。
「高野さぁ……」
「うん?」
「人に合わせるの苦手だな?」
「俺も薄々気づいてた」
神妙に悠真が頷く。心から反省していそうに眉がハの字を描く。陽希は思わず吹き出した。
しゃがみ込んで、そのまま地べたに尻をつける。少し休憩しようと提案すると、悠真もとなりに座る。足首はつないだままだ。
「バスケもチーム競技じゃん」
「それはほら、目的は同じだけど、別にみんなで同じ動きする必要はないからな。でも二人三脚って、思ってたよりずっと、相手に合わせないといけないんだな」
知らなかった、と悠真が爽やかに破顔した。
「困難があると燃えるタイプ?」
「どうだろ。これって結局練習すればなんとかなることだからな。その分気楽なのかも、っと!」
悠真は勢いよく立ち上がり、陽希に手を差し伸ばした。その手に自分の手を重ねる。強い力で引かれ、陽希も再び立つ。
「よし、俺そろそろバスケの方の朝練行かないといけないから、最後……、そうだな、あそこまで止まらず行けるかやってみようか」
とりわけ目立つ大樹を悠真は指差した。
「わかった」
さっきまでの状況から考えるとかなり高いハードルだった。けれど、本番はさらに長い距離を走り切らなければならない。
「よし、じゃあ行くぞ」
息を合わせるために、視線も合わせる。今日何度目かの「せーの」と同時に足を踏み出した。
早朝練が三日目となると、さすがに足がもつれることが少なくなった。初日にはたどり着けなかった大樹までの距離も、歩くだけなら問題なく到達できた。
ならば、今度は走ってみようとしたところ、初日のちぐはぐさに逆戻りしてしまった。
「走るのってキツイな」
「なー」
いつのまにかゴール代わりになった木の幹に寄りかかりながら、深く息を吐く。
「高野と俺の一歩のでかさが違うんだよな。いや、身長のせいもあんだけど、うーん、そもそも足が速いやつは一歩で進む量が違うんだって理解した……」
「べつに潮見だって遅くないでしょ。って会話、前にもしたことがある気がする」
「そうだっけ? でも結局おまえに比べて、俺のほうが足遅いのは事実だから。つーか、おまえが俺に合わせるって話したと思うんですけれど、高野くんはお忘れですかー?」
最初の数歩がうまくいったとしても、走っていると少しずつスピードがついてくる。すると、悠真の一歩がだんだん大きくなり、陽希が追いつけずに引っ張られてしまう、という状況だった。
「忘れてるつもりはないんだけどな」
「行動が伴ってません」
「……反省します」
見えない耳やしっぽが垂れ下がっているようだった。犬っぽいって言われたことはないかと聞いてみるが、悠真は首を傾げた。
「それこそ女子とか言いそうだけど、まじでないの? 彼女とか」
「ないない。彼女もいないし」
悠真が首を左右に振りながら、顔の前で手も大きく振った。ずいぶんと全力で否定する。
ときどき、悠真に告白して玉砕した女子の噂が聞こえてくる。鈍感ではなさそうだからこそ、どうして断っているのだろうという興味が湧いた。
野次馬根性でさらに突っ込んでいく。
「はー、そうなんだ。部活が忙しいから?」
「それもあるけど……、そんないきなり好きだって言われても正直実感湧かないし、あと、俺って弟いてさ。保育園の年長で、部活とかであんまり時間取れないけど、面倒見てやりたいからってのもある」
悠真はポケットからスマホを取り出すと、カメラロールを開いて画面を差し出してきた。水色のスモックを着た男の子を悠真が抱き上げている。
ふたりとも笑顔だ。悠真のまなじりが下がった表情から、弟をとても可愛がっているのがよくわかる。
教室で友人たちに見せる笑顔とも、始発で見せる落ち着いた笑顔とも違う。初めて見る兄としての顔だった。
「へぇ、結構年離れてるんだな」
「母親の連れ子だから。むこうはたぶん本物の兄ちゃんだと思ってるけど」
思いがけない言葉に、もう一度写真へ目を落とす。
けれど、そこに写る二人を見る限り、それ以上に何かを聞く必要があるようには思えなかった。
「そうなんだ」
「うん」
悠真が足を結んでいたはちまきを解いた。もうそろそろ学校に向かわないといけない時間だった。
「悪いな、俺の都合に合わせてもらって」
「今更。そもそも、俺がこんなふうに何日も練習してるって段階で奇跡みたいなもんなんだから、ほかは些末なもんだよ」
はちまきを丸めていた悠真の手が止まる。
立ち上がって両手を後ろに回し、細かな草を払う。頭の上で手を組んで背伸びをした。
「……そういやさ」
「ん?」
鞄を取りに行こうとすると、木陰で立ち尽くしたままの悠真に呼び止められる。振り返って、どうした、と問いかける。
いつもならはっきりと言葉を口にする悠真が少し口ごもった。えっと、と間を置いて口を開く。
「潮見は彼女とかいないの?」
「めっちゃ話戻るな」
眉を寄せる。ふ、と悠真の肩から力が抜けた。一瞬だけ足元を見、小走りで隣にやってくる。
「いいだろ。俺だけ話すのは不公平だ」
「あー……、今はいないよ」
「前はいたんだ?」
「中学の時ね。別れちゃったけど」
荷物を背負い直すと学校へ戻る道を進む。河川敷の階段は練習後の足には少し急に感じた。悠真はなんでもないように軽々と登っていく。
「どれくらい付き合ってたの」
「卒業までだから……一年ちょっとかな。高校違うから別れようって向こうが言ってきて、それで終わり」
え、と悠真が驚いたように声を上げ、まじまじとこちらを見つめてくる。
「好きだったんだよな?」
「……まあ。普通に」
「そんなあっさり別れられるもんなのかよ」
信じられないという視線を向けてくるので、むっとして言い返す。
「いや、一年以上付き合ってたんだし、別れたときだって普通にへこんだよ。でも、別れたいって言われてんのに、俺がすがりついたって意味ないじゃん」
言い切ると、悠真はしばらく黙った。何か考えているように視線を前へ戻し、歩幅だけが陽希に合わせてゆるくなる。
数歩進んだところで、またこちらを見た。
「へぇ。じゃあ今は? 告白されたりとか」
終わったと思ったところで、さらに質問が重ねられた。気恥ずかしい話題から逃げたいが、学校に着くまではもうしばらくかかる。
照れ隠しに足元に転がっていた小さな石を蹴った。
「な……いこともないけど、しばらくはいいかな」
「なんで?」
「んー……別に今、彼女欲しいって思ってないから?」
口にしてから、自分でもずいぶん曖昧な答えだと思った。
案の定、悠真も腑に落ちない顔をしている。
「引きずってるってこと?」
「それは全然」
ここだけははっきりと否定できた。
「……そういうものなんだ?」
「俺はね。他の人は知らない」
悠真はすぐには何も返さなかった。
少しだけ考えるように前を向いたまま歩いて、それからふっと息を吐く。
「潮見って、結構変わってるよな」
「……そんなつもりはないけど?」
一拍置いて、首をかしげる。
「いや、なんか。思ってた感じとちょっと違う」
「それ、良い意味?」
「良い意味」
即答される。悠真が自分のどこを指してそう思ったのかはわからない。けれど、悪い気分ではなかった。
そう、と軽く返し、陽希は肩をすくめた。校舎はもうしっかりと視界に入るところまで来ていた。
「練習ってどこでするの? 学校まだ開いてないよな」
道すがら、今更だが問いかける。悠真は、あれ、と首の後ろに片手を回した。
「河川敷でやろうって言ってなかったっけ?」
「聞いてないな」
「うわー、勝手に言ったつもりになってた。悪い」
どうりで歩みに迷いがないわけだ。このあいだふたりで寝転がったところあたりは芝生だったが、もう少し川沿いに進むと運動施設がまとまっている場所があるらしい。
「まじか、知らなかった」
「この間も思ったけど、全然こっち側に来たことなかったんだな」
「駅と学校の往復だけだからな」
悠真は、もったいないなぁ、と呟いた。
槻瀬川に突き当たったあと、川沿いの道へ曲がってしばらく進む。悠真の言う通り、野球場のフェンスやトラックが見えてきた。
練習できそうな場所を見つけると、通路の端のほうへ荷物を置く。
「これ、持ってきたんだよね」
自分のバッグを漁っていた悠真が振り返る。手には赤色のはちまきがあった。
「足繋ぐやつ必要でしょ?」
「準備がいいな。っていうか、思ってたより張り切ってる?」
体育祭までのあいだ、体育の授業はクラスの練習時間になる。去年はそれ以外の時間で練習することはなかった。
それなのに、今年は悠真の誘いに乗って、こんな早朝にまで練習しようとしている。クラス全体で勝ちを狙っているわけでもない競技で。
「だってさ、どうせやるなら勝ちたいじゃん」
ストレッチをしながら悠真が答える。
「負けず嫌い?」
「そうかも」
アキレス腱はちゃんと伸ばしておけよ、と悠真が言う。見様見真似で身体を解していく。こういうのは素直に従っておくのがいい。陽希だって怪我はしたくない。
一通り準備運動を終えると、早速やってみようということで、悠真が右隣に並んだ。左足を寄せてくる。
「あ、反対のほうがやりやすかったりするか?」
「やったことないから、どっちが良いかとかわかんないって」
悠真の問いかけに首を横に振りながら、悠真の左足にぴたりと合わせるように自らの右足を寄せる。悠真のほうが数センチほど足が大きそうだった。
悠真がしゃがんではちまきで互いの足を結ぶ。まだ動いてもいないのに、自分の意思で動かせなくなったという違和感があった。
「よし。じゃあまずはゆっくり歩いてみるか」
悠真が陽希の肩に腕を回す。繋いでいる方からな、という言葉に頷き、せーの、と声をかけながらまずは一歩踏み出す。
が、歩幅の違いのせいだろうか。悠真の方へと引っ張られる形になり、陽希はバランスを崩した。
「うわ」
「おっと、悪い!」
ドン、と足裏を強く地面に叩きつけるようにつく。思わず悠真の方を見上げた。
――これは思っていた以上に難しいのかもしれない。
「えー……っと」
「おまえが、俺に、合わせる」
一言ずつ区切りながら言う。悠真はこくこくと二度頷いた。
自由な外側の足で一歩分の距離を確かめる。走るとなるとまた違うだろうが、まずは歩けるようになるところからだ。悠真も同じく自由な方の足で陽希の一歩の幅を測りながら、なるほど、と頷いた。
「いち、に、いち、に……くらいのペースでやってみようか」
足を交互に指差しながら、悠真がリズムを取る。
「俺がカウントしたほうがいいかな、これ」
「だな。俺は潮見に合わせるから」
ふ、と一度息を吐く。せーの、という掛け声のあと、いち、の合図とともに内側の足を踏み出す。に、で外側。そこがうまくいくと、あとは同じことの繰り返しだ。なんとなく感覚が掴めてくる。
とはいえ、距離が伸びるとリズムもずれる。転びこそしなかったものの、陽希は何度も悠真にしがみついてしまった。そのほとんどは悠真が合わせそびれたせいなので、素直に支えてもらう。
「高野さぁ……」
「うん?」
「人に合わせるの苦手だな?」
「俺も薄々気づいてた」
神妙に悠真が頷く。心から反省していそうに眉がハの字を描く。陽希は思わず吹き出した。
しゃがみ込んで、そのまま地べたに尻をつける。少し休憩しようと提案すると、悠真もとなりに座る。足首はつないだままだ。
「バスケもチーム競技じゃん」
「それはほら、目的は同じだけど、別にみんなで同じ動きする必要はないからな。でも二人三脚って、思ってたよりずっと、相手に合わせないといけないんだな」
知らなかった、と悠真が爽やかに破顔した。
「困難があると燃えるタイプ?」
「どうだろ。これって結局練習すればなんとかなることだからな。その分気楽なのかも、っと!」
悠真は勢いよく立ち上がり、陽希に手を差し伸ばした。その手に自分の手を重ねる。強い力で引かれ、陽希も再び立つ。
「よし、俺そろそろバスケの方の朝練行かないといけないから、最後……、そうだな、あそこまで止まらず行けるかやってみようか」
とりわけ目立つ大樹を悠真は指差した。
「わかった」
さっきまでの状況から考えるとかなり高いハードルだった。けれど、本番はさらに長い距離を走り切らなければならない。
「よし、じゃあ行くぞ」
息を合わせるために、視線も合わせる。今日何度目かの「せーの」と同時に足を踏み出した。
早朝練が三日目となると、さすがに足がもつれることが少なくなった。初日にはたどり着けなかった大樹までの距離も、歩くだけなら問題なく到達できた。
ならば、今度は走ってみようとしたところ、初日のちぐはぐさに逆戻りしてしまった。
「走るのってキツイな」
「なー」
いつのまにかゴール代わりになった木の幹に寄りかかりながら、深く息を吐く。
「高野と俺の一歩のでかさが違うんだよな。いや、身長のせいもあんだけど、うーん、そもそも足が速いやつは一歩で進む量が違うんだって理解した……」
「べつに潮見だって遅くないでしょ。って会話、前にもしたことがある気がする」
「そうだっけ? でも結局おまえに比べて、俺のほうが足遅いのは事実だから。つーか、おまえが俺に合わせるって話したと思うんですけれど、高野くんはお忘れですかー?」
最初の数歩がうまくいったとしても、走っていると少しずつスピードがついてくる。すると、悠真の一歩がだんだん大きくなり、陽希が追いつけずに引っ張られてしまう、という状況だった。
「忘れてるつもりはないんだけどな」
「行動が伴ってません」
「……反省します」
見えない耳やしっぽが垂れ下がっているようだった。犬っぽいって言われたことはないかと聞いてみるが、悠真は首を傾げた。
「それこそ女子とか言いそうだけど、まじでないの? 彼女とか」
「ないない。彼女もいないし」
悠真が首を左右に振りながら、顔の前で手も大きく振った。ずいぶんと全力で否定する。
ときどき、悠真に告白して玉砕した女子の噂が聞こえてくる。鈍感ではなさそうだからこそ、どうして断っているのだろうという興味が湧いた。
野次馬根性でさらに突っ込んでいく。
「はー、そうなんだ。部活が忙しいから?」
「それもあるけど……、そんないきなり好きだって言われても正直実感湧かないし、あと、俺って弟いてさ。保育園の年長で、部活とかであんまり時間取れないけど、面倒見てやりたいからってのもある」
悠真はポケットからスマホを取り出すと、カメラロールを開いて画面を差し出してきた。水色のスモックを着た男の子を悠真が抱き上げている。
ふたりとも笑顔だ。悠真のまなじりが下がった表情から、弟をとても可愛がっているのがよくわかる。
教室で友人たちに見せる笑顔とも、始発で見せる落ち着いた笑顔とも違う。初めて見る兄としての顔だった。
「へぇ、結構年離れてるんだな」
「母親の連れ子だから。むこうはたぶん本物の兄ちゃんだと思ってるけど」
思いがけない言葉に、もう一度写真へ目を落とす。
けれど、そこに写る二人を見る限り、それ以上に何かを聞く必要があるようには思えなかった。
「そうなんだ」
「うん」
悠真が足を結んでいたはちまきを解いた。もうそろそろ学校に向かわないといけない時間だった。
「悪いな、俺の都合に合わせてもらって」
「今更。そもそも、俺がこんなふうに何日も練習してるって段階で奇跡みたいなもんなんだから、ほかは些末なもんだよ」
はちまきを丸めていた悠真の手が止まる。
立ち上がって両手を後ろに回し、細かな草を払う。頭の上で手を組んで背伸びをした。
「……そういやさ」
「ん?」
鞄を取りに行こうとすると、木陰で立ち尽くしたままの悠真に呼び止められる。振り返って、どうした、と問いかける。
いつもならはっきりと言葉を口にする悠真が少し口ごもった。えっと、と間を置いて口を開く。
「潮見は彼女とかいないの?」
「めっちゃ話戻るな」
眉を寄せる。ふ、と悠真の肩から力が抜けた。一瞬だけ足元を見、小走りで隣にやってくる。
「いいだろ。俺だけ話すのは不公平だ」
「あー……、今はいないよ」
「前はいたんだ?」
「中学の時ね。別れちゃったけど」
荷物を背負い直すと学校へ戻る道を進む。河川敷の階段は練習後の足には少し急に感じた。悠真はなんでもないように軽々と登っていく。
「どれくらい付き合ってたの」
「卒業までだから……一年ちょっとかな。高校違うから別れようって向こうが言ってきて、それで終わり」
え、と悠真が驚いたように声を上げ、まじまじとこちらを見つめてくる。
「好きだったんだよな?」
「……まあ。普通に」
「そんなあっさり別れられるもんなのかよ」
信じられないという視線を向けてくるので、むっとして言い返す。
「いや、一年以上付き合ってたんだし、別れたときだって普通にへこんだよ。でも、別れたいって言われてんのに、俺がすがりついたって意味ないじゃん」
言い切ると、悠真はしばらく黙った。何か考えているように視線を前へ戻し、歩幅だけが陽希に合わせてゆるくなる。
数歩進んだところで、またこちらを見た。
「へぇ。じゃあ今は? 告白されたりとか」
終わったと思ったところで、さらに質問が重ねられた。気恥ずかしい話題から逃げたいが、学校に着くまではもうしばらくかかる。
照れ隠しに足元に転がっていた小さな石を蹴った。
「な……いこともないけど、しばらくはいいかな」
「なんで?」
「んー……別に今、彼女欲しいって思ってないから?」
口にしてから、自分でもずいぶん曖昧な答えだと思った。
案の定、悠真も腑に落ちない顔をしている。
「引きずってるってこと?」
「それは全然」
ここだけははっきりと否定できた。
「……そういうものなんだ?」
「俺はね。他の人は知らない」
悠真はすぐには何も返さなかった。
少しだけ考えるように前を向いたまま歩いて、それからふっと息を吐く。
「潮見って、結構変わってるよな」
「……そんなつもりはないけど?」
一拍置いて、首をかしげる。
「いや、なんか。思ってた感じとちょっと違う」
「それ、良い意味?」
「良い意味」
即答される。悠真が自分のどこを指してそう思ったのかはわからない。けれど、悪い気分ではなかった。
そう、と軽く返し、陽希は肩をすくめた。校舎はもうしっかりと視界に入るところまで来ていた。
