今日は随分と早く目が覚めてしまった。二度寝する気分にもなれず、陽希はふと思い至った。
そういえば、始発電車って乗ったことないな、と。
朝五時少し前。まだ家族も起きていない時間だ。「もう学校行くからお弁当いらない」と一言メッセージを送り、制服を身にまとって、そっと家を出た。
夏休みが明けてまだ数日。日差しが厳しい日中とは異なり、明け方の空気は気持ちがいい。
茜野駅のホームに、見慣れた電車が滑り込んでくる。
その音を待ち構えていたかのように、ベンチに座っていたサラリーマンや、飲み会帰りに見える大学生などが、皆同じように視線を上げた。昨日の延長線と今日の始まりにいる人達が混じり合っている。
少しだけ夜の名残を引きずったままの早朝――潮見陽希も、彼らと同じように始発電車に乗り込んだ。
(思ってたよりはこの時間でも人っているんだな)
くあ、と小さなあくびをこぼしながら、きょろりと素早く車内に視線を巡らせる。
普段使っている電車だと座るなんて選択肢は端から奪われているが、今日ばかりは選び放題だ。
『まもなくドアが閉まります。駆け込み乗車は危険ですのでおやめください』
アナウンスのあと、扉が閉まる。ゆっくりと電車が発車した。
高校の最寄り駅である綾森駅までは二十分ほどかかる。意識したら眠気を思い出してきた。寄りかかれる端の席が空いてないかと、車両全体を見渡す。
(お、見っけ)
電車の揺れにバランスをとりながら、見つけた空席まで移動して腰を下ろす。一息つくと、あくびがこぼれた。
にじんだ涙をなじませるように数度まばたきをする。すると、ちょうど正面に座る人に焦点が合った。
「あ」
思わず声がこぼれる。焦ってすぐに口を噤んだが、飛び出してしまったものは取り返せない。
電車の走行音にかき消されてもおかしくない程度の大きさだったはずなのに、なぜか正面の彼はそっと顔を上げた。
視線が交差する。向こうも陽希に気づいたのか、ほんのわずかに目を見開いた。
(――高野?)
知っている顔のはずなのに、最初に脳内に浮かんだのは疑問符だった。
無造作な黒髪も、すらりと長い手足も見覚えがある。視線を落とせば、足元には『綾森高校バスケットボール部』と印字された大きなスポーツバッグが置かれていた。
「……潮見?」
たぶん、そう言っていた。声はこちらまで届かなかったが、彼の口は確かに陽希の苗字を形取っていた。
高野悠真。同じクラスの、いつも多くの友人に囲まれている男だ。
教室ではよく笑っている。休み時間には誰かしらに声をかけられていて、バスケ部でも目立つ存在だという。
だから目の前にいる彼とすぐに結びつかなかった。
ストン、とどこかに笑顔を落としてきたような表情で、誰とも話さず、一人きりで座っている。
知らない一面を偶然覗いてしまったような気がした。それでも目を逸らせなかった。
きっと陽希の視線にも気づいていただろうに、悠真はそっと顔をそむけた。視線の先は窓の外だろうか。その横顔は学校で見る姿よりもずっと静かだった。
そういえば、始発電車って乗ったことないな、と。
朝五時少し前。まだ家族も起きていない時間だ。「もう学校行くからお弁当いらない」と一言メッセージを送り、制服を身にまとって、そっと家を出た。
夏休みが明けてまだ数日。日差しが厳しい日中とは異なり、明け方の空気は気持ちがいい。
茜野駅のホームに、見慣れた電車が滑り込んでくる。
その音を待ち構えていたかのように、ベンチに座っていたサラリーマンや、飲み会帰りに見える大学生などが、皆同じように視線を上げた。昨日の延長線と今日の始まりにいる人達が混じり合っている。
少しだけ夜の名残を引きずったままの早朝――潮見陽希も、彼らと同じように始発電車に乗り込んだ。
(思ってたよりはこの時間でも人っているんだな)
くあ、と小さなあくびをこぼしながら、きょろりと素早く車内に視線を巡らせる。
普段使っている電車だと座るなんて選択肢は端から奪われているが、今日ばかりは選び放題だ。
『まもなくドアが閉まります。駆け込み乗車は危険ですのでおやめください』
アナウンスのあと、扉が閉まる。ゆっくりと電車が発車した。
高校の最寄り駅である綾森駅までは二十分ほどかかる。意識したら眠気を思い出してきた。寄りかかれる端の席が空いてないかと、車両全体を見渡す。
(お、見っけ)
電車の揺れにバランスをとりながら、見つけた空席まで移動して腰を下ろす。一息つくと、あくびがこぼれた。
にじんだ涙をなじませるように数度まばたきをする。すると、ちょうど正面に座る人に焦点が合った。
「あ」
思わず声がこぼれる。焦ってすぐに口を噤んだが、飛び出してしまったものは取り返せない。
電車の走行音にかき消されてもおかしくない程度の大きさだったはずなのに、なぜか正面の彼はそっと顔を上げた。
視線が交差する。向こうも陽希に気づいたのか、ほんのわずかに目を見開いた。
(――高野?)
知っている顔のはずなのに、最初に脳内に浮かんだのは疑問符だった。
無造作な黒髪も、すらりと長い手足も見覚えがある。視線を落とせば、足元には『綾森高校バスケットボール部』と印字された大きなスポーツバッグが置かれていた。
「……潮見?」
たぶん、そう言っていた。声はこちらまで届かなかったが、彼の口は確かに陽希の苗字を形取っていた。
高野悠真。同じクラスの、いつも多くの友人に囲まれている男だ。
教室ではよく笑っている。休み時間には誰かしらに声をかけられていて、バスケ部でも目立つ存在だという。
だから目の前にいる彼とすぐに結びつかなかった。
ストン、とどこかに笑顔を落としてきたような表情で、誰とも話さず、一人きりで座っている。
知らない一面を偶然覗いてしまったような気がした。それでも目を逸らせなかった。
きっと陽希の視線にも気づいていただろうに、悠真はそっと顔をそむけた。視線の先は窓の外だろうか。その横顔は学校で見る姿よりもずっと静かだった。
