僕は十八歳の春を君と迎えたい

 天高く馬肥ゆる梅雨前。

 ギリギリ晴れた、どころか雲ひとつない快晴だ。なんなら気温がぐんぐん上がると予報にあった。

 今日は年に一度の体育祭だ。三年だから今年で最後。陰キャの僕からすれば、「やっと終わりだ」と特別に感慨深い。

 この日は指定の体操服やジャージで登校する。僕も上下長袖のジャージを着て家から出た。いつも制服で登校するのが当たり前なので、この日はいつになっても慣れない、というか恥ずかしい。

「おはよ」

 いつものように城山台で乗り合わせた隼も、同じく上下長袖のジャージ姿だ。

「何回着ても慣れないな、これ」

 僕と同じ気持ちでいてくれているのが嬉しい。

「まぁ、これで三年最後だから、隼のジャージ登校姿は見納めだね」

 僕が軽口を叩くのに、隼はぽかんとしてから眉を下げた。

「だと、いいけどな」
「え? どゆこと?」

 意味がわからず首を傾げる。隼は時々こういう意味深な発言をすることがある。まぁ、大抵はその先を見込んだものなので、肩透かしを食うことがほとんどだ。今回だって、

「文化祭で制作系の係に割り振られると、汚れ対策で帰りはこの姿にしないと親に怒られる」
「あー、でかいイベントまだあったわ……」

 と、こんな風に僕が肩を落とす現実を突きつけてくれる。文化祭も陽キャの祭典。今年は歴史クラブの展示発表に力を入れてやろうかな。

「隼は余計に汚せないよね」
「まぁね」
「ヤバかったらうちで洗濯したらいいよ」
「ありがとう」
「……おじさんは、帰ってきてる?」

 バスのエンジン音に紛れているので、僕の声は隼にしか届かない。

「一昨日かな、一旦帰ってきた」

 一旦。僕は知らず唾を飲み込んだ。

「で、昨日からまた出勤」
「そう、なんだ……」

 隼の家庭は複雑だ。母親は隼が小学四年の時に、父親の運転する車の事故で亡くなっている。隼はそのまま父親のもとで育てられたのだけれど、シングルファザー家庭も楽ではなかった。

 まず隼の父親──おじさんが他人の手助けを素直に受け取れない性格をしていること、それぞれの両親家や親族を頼れる結婚ではなかったこと、などで、おじさんは行政のサービスを碌に受けなかったらしい。

 おじさんが日々の生活に必死になり過ぎて、隼が置いてけぼりにされているというのが、当時の僕にも嫌でもわかった。だからおじさんが仕事に追われて帰宅が遅い、となった日は無理矢理僕の家に隼を呼んで遊んだりご飯を食べたりした。

 それがよくなかった、とわかったのは中学に上がってから。

 ──父さん、帰ってきてないよ。

 久しぶりに隼の家に行った時、日曜日にも関わらず家には隼しかいなかった。それも前日からと聞いて、僕は足りない頭で衝撃を受けたんだ。

 平日は仕事があるおじさんの代わりに時間のある隼が家事をして、休日は父子で不足分を補う、がぎこちなくもできているものだと誤解していた。

 ──真面目だから、あの人。

 すべてを背負い込もうとする性格だから、たぶん手を貸されたことで隙間ができてしまったんだと思う、と、隼は言った。

 ──矢弥も、矢弥のお母さんも悪くないよ。俺は矢弥たちのおかげでここまで来れた。俺はなんとかできるから、矢弥は、気にするなよ。

 頼むからいつも通りでいてくれ、と静かに懇願されて、僕は頷くしかできなかった。

 それは今も変わっていない。おじさんが週末を自宅で過ごすことはもはや稀になった。平日も早く出て遅く帰る、が定番になっている。隼は「他に帰る家ができたのかもしれない」と寂しそうに冗談混じりで言っていたのが、今でも印象に残っている。

「……」

 隼は揺れるバスに身を委ねながら、その手を僕の頭を置いた。そのまま鷲掴みにされ、頭を上げられる。

「いてててっ、何っ……すんのさ」

 語尾を小さく調整して抗議すると、隼はニヤリと笑って言った。

「矢弥の悪い癖。下向いてたってゴミしか見えないぞ」
「バスの車内は綺麗ですぅ」
「そりゃもののたとえであってだな……」
「水筒持った?」
「ん? 持ってるけど」

 脈絡のない質問をされて目をパチクリする隼に満足した僕は、いつものように笑って言った。

「今日、頑張ろうね」


 ※


 教室では担任が「高校最後の体育祭だからな!」とかなんとか発破をかけている。陽キャを中心に「おー!」なんて返事が返り、まさにクラス一丸となった雰囲気だ。

「楽しみ過ぎて昨日寝れんかったぁ」
「小学生の遠足かよ」
「つか何よ楽しみて」
「そら推しのクラブリレーじゃん」
「おめーも出んのにウケる!」

 キャハハ、と女子の楽しそうな笑い声を背中に受けながら、僕たちは運動場へ向かう。

 チームは赤青黄白の四色があり、一組から四組ごとに事前抽選で振り分けられる。

 僕たち三年二組は赤チームになった。校舎側の南側の一角に赤いハチマキが集う。残念ながら歴史クラブのメンバーとは誰も同じチームになれなかった。

 で、クラブリレーとは、体育祭の種目の最後を飾るの花形競技のひとつで、陸上部やサッカー部、野球部なんかが断然有利な種目だ。一方クラスリレーは、各チームの俊足を集めた異学年混成チーム。体育会系部員が多いクラスはお得だ。

 ただし、当然彼らもクラブ対抗リレーに駆り出されるから、クラス対抗とどちらに重きを置くか、プレッシャーがかかっているらしい。

「そう考えると隼はクラス対抗だけに選出されたし、気が楽じゃない?」

 僕は階段を降りながら、こそっと隣の隼に囁きかけた。隼は気怠そうにしている。

「それはそれでプレッシャーあるよ。引退したし、そこまで力になれないと思う。もう懲り懲りだ」

 隼は一年生でクラスリレー、二年生でクラブリレーに出たから、三年生の今年で最後。ずっと対抗リレーに出られるくらい早いんだ。幼馴染として誇らしい。けど、出る側の隼が懲り懲りとは、やっぱり大変だったんだろうな。

「もうないからいいんじゃない? 記念だって思えば」
「……だよな」

 また隼はニヒルな笑みを浮かべる。

「ま、矢弥の記憶に残るように、今回もぶっちぎってやるよ」
「うん、頑張ってね」


 そして朝九時。校長先生による開会式が宣誓された。最初は各チームカラーの応援団による応援の時間、そして学年ごとの競技──百メートル走や障害物走、玉入れなど──が続く。

 僕たち三年の最初の種目は百メートル走だ。体育の時間に隼からアドバイスをもらって、何度か練習をした。「脱ビリ」という低すぎにして最大の目標に向かって。

 校庭の隅に張られたテントのまわりでは、実行委員のメンバーがせかせか動き回っているのが見えた。多部山たち一年生もいる。頑張れ。

「位置について、よーい……」

 パン!

 空砲が響き渡り、最初のランナーたちがいっせいに走り出した。

 隼は前から三番目。僕は九番目。順番が来るまで他の生徒はしゃがんで待機する。僕は隼の背中を見つめた。

「隼……頑張れ」

 小声で応援したのが届いたかはわからない。不意に隼の頭がこちらを向き、僕と目が合ったと思ったら、口角だけ上げて笑った。矢弥も頑張れ、と言われた気がした。

「次!」

 隼たちの番だ。立ち上がってスタートラインに進む。

「位置について、よーい……」

 パン!

 いっせいに駆け出す。頑張れ、頑張れ。隼の背中がどんどん小さくなり、左にカーブしてトラックの向こう側へ。そして誰よりも先にゴールテープを切った。

(うわぁ……さすが隼……すご……)

 肩で息をしながら集合場所に向かう隼が、顔は向こうを向いたまま、左腕を上げてサムズアップした。黄色い声援が上がったけど、僕は「次は矢弥」と勇気づけられているんだ、と気分が高揚した。

(脱ビリ……頑張るぞ)

 しゃがんだまま、じり、じり、と待機の列がスタート地点近くににじり寄る。太陽が照りつけた地面は砂地なのに反射板のように眩しい。

「次!」

 ついに来た、九番目。呼ばれた僕を含めた五人が立ち上がる。緊張はマックスで心臓の音が近い。隼から言われた平常心を心掛けてスタートラインに立った。

「位置について、よーい……」

 パン!

 頭の中でことさら弾けるような感覚。背筋を伸ばして前を見て、地面を蹴って、蹴って、蹴って──!

 知ってる。わかる。四人の背中が見える。それが三人になるんだ。
 ゴールテープはすでに地面に落ちていて、僕はとっさにそれを飛び越えた。

「矢弥!」

 競技が終わってチームの席に戻る時、僕は姿を探していた隼に呼び止められた。

「隼!」
「やったな、脱ビリ」

 そう言って、隼はふわりと笑って僕の肩をそっと掴んだ。

「隼のおかげで、なんとかね」
「去年のスライディングゴールも再現回避できたし」
「それは忘れて……」

 頬のあたたかさは、たぶん走ったせいだ。

 一年、二年の他の競技も観戦して応援した。僕たち三年の借り物競走では、運悪く僕が「校長」を借るハメになってしまい、本部にいる多部山たちに苦笑いされながら校長先生とゴールしたりと、僕たちは午前の競技をなんとかこなした。

 そして待ちに待った昼食の時間。

「あっつぅ!」
「うちらの赤ハチマキ死守な!」
「推しのリレーまで耐えろ私〜っ」
「お前ら! 女子に負けねーよーにしろよ!」
「おー!」

 教室の床にレジャーシートを各自広げたクラスメイトたちが、午後一番に始まる男女騎馬戦に向けて、昼のお弁当兼作戦会議をしていた。

 僕たち男子チームの作戦は、騎手役の僕が囮になって逃げ回り、その背後を味方が突いて回るというもの。僕が逃げれば逃げるだけこちらのチャンスになるから、馬役の三人には責任が重い。

「なるべく逃げ回るから、矢弥はバランス取ってな」

 馬役その一の隼のアドバイスに、馬役そのニとその三の一軍男子が続く。

「練習通りにやれば大丈夫だって。俺らがバリバリに動き回るし、空森はロデオみたいに遊んどけ」
「いや……遊ぶ余裕はないです……」
「たしかに空森の振り回されてる感じ、練習で見てても笑……いやなんでもない」

 別の騎手役の男子が何か言いかけて止めた。

「そうやって油断して近寄る奴らを討ち取るのがお前らの役目だからな」

 隼はそう力強く言った。

「お、おっす。国府谷やる気満々じゃん」
「勝つか負けるかって訊かれたら、勝つって答えるのが男だろ」

 やべぇ! イケメン! と教室内に指笛が飛び交う。隼はそれを平然と眺め、僕のお弁当に入っている卵焼きに目を向けた。

「ところでそれ、おばさんが作ったやつ?」
「え? うん、そうだよ」
「一個食べたい」

 いい? と上目遣い、とまではいかないけれど、そんな目をして訊かれてしまった。僕は顔を赤らめないように、隼を真似して平然と「いいよ、どうぞ」と箸でひとつ隼の弁当箱に入れた。

「ありがとう」

 母さんにお弁当を作ってもらっている僕と違って、隼はいつも購買で昼食を買って食べている。何度か母さんが「作れるよ」と誘ったけれど、隼はいつも「ありがとう」と言いつつ断っていた。だからせめて、こういう学校行事のある日は余分におかずを詰めていくんだ。
 

 そして一時、午後の部が始まった。
 女子の騎馬戦はなんというか、男子とはまた違う迫力があった。練習の時には見られなかった真剣な形相に、僕たち男子は引……いや圧倒された。

 そして男子騎馬戦。囮役の僕たちには別の緊張感が漂い、また相手チームからも舌なめずりするような雰囲気が──勝手な想像でしかないけれど──届いて、僕はひとりでゾッとした。

「矢弥。深呼吸して」

 馬役の先頭に立つ隼が僕を見上げて囁いた。

「う、うん……」

 すぅ、はぁ……。

「……よし」

 ドン! と太鼓の合図で始まった。

 隼たち馬役が先頭に立ち、横並びで駆け出す。相手チームの騎馬にぶつかりかけた瞬間に右に方向転換し、相手チームから伸びてきた手をかわしていく。その隙に味方騎馬が相手騎馬のハチマキを奪い取る。

「うわっ」

 悲鳴を上げながら、僕は相手騎馬の手から逃げ回る。既視感でわかってはいたけれど、ロデオどころじゃない。

 四方八方から怒声が聞こえて身が竦むけど、必死になってそれを避けまくった。

 ドンドンドン!

 太鼓の合図がまたあって、ようやく競技が終わった。

「の、残った……」

 長い長い三分間だった。恐る恐る周囲を見回すと、相手チームの黄色いハチマキを持った騎手がたくさんいる。僕たち赤チームの圧勝だった。

「やったな矢弥!」

 ゆっくりと馬から降ろされて裸足の足の裏に砂地のさわさわした感触を感じていると、隼がそう言って肩を組んできた。労りと優しさを含んだ眼差しが僕の心を昂らせる。

「う、うん……っ」

 競技の興奮とこの心の赤らみがどうか混ざっていますように、と祈りながら、僕はさりげなく隼から離れて、代わりにグータッチした。


 騎馬戦は裸足になってするため、終わったら手洗い場がとても混雑する。僕はそんなバーゲンセールみたいなところに飛び込む勇気がないので、他の陰キャ仲間と視線を交わしつつ最後の方で足を洗った。

 運動場の席に戻ると、隼の姿はなかった。

(どこに行ったんだろ?)

 手洗い場には誰も残っていなかったはずだし、三年の出番はリレーを残すだけだから、みんな指定の場所に座っているはずなのに。

 僕は不意に心配になって校舎に戻った。

「あっ、空森先輩、騎馬戦お疲れ様でした!」

 僕を見つけた新浜が激励してくれた。

「逃げ回る作戦めっちゃよかったです!」
「あ、ありがとう……」

 落としものですか? と多部山が僕の様子を気遣って訊いてきたので、

「いや……あのさ、隼って、ここ通った?」

 実行委員のテントはメイン校舎の出入り口に近いから、人の出入りはよくわかるはずだ、ととっさに思いついて訊いてみた。

「国府谷先輩ですか? あたしは見てないです」

 多部山が「くーは?」と隣に座る九蔵に話しかける。

「五分ほど前に」

 と九蔵は校舎の方を指差した。僕たち三年が騎馬戦をして解散して、各自「あちーあちー」とクールダウンしていた時間帯だ。

「ありがとうっ」

 僕は一年生たちにお礼を言って校舎に入った。男子トイレを覗いたけれど姿はなく、途中すれ違った先生に訊いても知らないとのこと。

(まさか、帰った?)

 考えて、僕はすぐさま否定した。隼に限ってそれはないと思う。ことさら真面目ではないけど、サボりを好む方でもない。

 僕は廊下の隅に寄ってスマートフォンを取り出した。隼にメッセージを送ろうとしたんだ。

 その時だった。

「うっ」

 僕は酷い既視感に見舞われた。頭がごわんごわんと響く。

「……何……これ」

 今まで感じてきた感覚とは違う。すぐあとに起ころうとするできごとを予感したり、起こったことに対する既視感じゃない。

 ──数分後、赤チームの生徒が救急搬送される。

 明確な予知だった。

 いや、そんなわけはない。でもそうなんだ。頭の中で救急車がここに来るイメージがこびりついている。

 サイレンの音。

 全身がバラバラになる感覚。

「──ぃ……っ」

 言葉にならない声が僕の喉から絞り出された。

 グラウンドから歓声が聞こえる。いや、これは悲鳴?
 しばらくして本部テントの方向がにわかに慌ただしくなる。「三年が倒れた」「発熱してる」「体が熱い」「保健室運んで」

 次々と声が飛び交い、やがて動けなくなっている僕の前を、先生におんぶされた赤ハチマキの三田さんやその取り巻き達が通り過ぎた。

 廊下の壁にべたりと張り付いたまま、僕は浅く呼吸を繰り返していた。

「なん……なんで……」

 わからなかった。僕は本来なら隼を探して校舎の外の中庭に出て、保健室に運ばれた女子のおんぶ姿なんて見ていないのだから。

「……は?」

 ──今、僕は何を考えていた?

 茫然とその場に立ち尽くして、何分くらい経過しただろうか。遠くからサイレンの音が聞こえる。救急車だ。

 救急車が来る。

「あっ……っ」
「矢弥!」

 軽い恐慌状態に陥っていた僕の耳に、隼の鋭い声が届いた。バタバタとこちらに駆け寄り、手を伸ばしてくる。

「……しゅ、ん……!」

 僕は隼の伸ばされたその手を、跳ね除けた。

「⁉︎」
「うぁぁぁあああ‼︎」

 叫んだのは僕だ。今まで生きてきてこれほど叫んだことはない。もう悲鳴に近かった。けれど、何に対してこんなに叫んだのかはわからない。

 伸ばされた腕は怖かった。

「矢弥!」

 救急車のサイレンの音がけたたましく校内外に響く。僕たちの声もサイレンの音でかき消されてしまいそうだ。

 そして僕は何かに対して恐れ、悲鳴を上げるのを止められなかった。

 隼がこれ以上ないくらい苦しそうな顔をしている。その端正な顔が近づいてきて──

「ぁああ──っ、んむっ」

 僕の腕は隼に掴まれ廊下の壁に貼り付けられている。
 僕の悲鳴を上げていた口は、隼の口によって、塞がれていた。

「むっ、う、うぅ」

 驚愕で見開かれた僕の瞳に、隼の焦るようにぎらついた顔が映っている。いや、怒っている? 違う、泣いているようにも見える。

 真っ白になった頭に支配されて、僕は叫ぶ気力を失っていた。

 それを察した隼はようやく口を離す。自分のジャージの袖で僕の口を乱暴に拭った。

「……ごめん。声、止めようと思って、こうするしか、できなくて……」

 心底申し訳なさそうに隼は言った。
 謝らなくていいのに。

「……いいよ、……助かった、から」

 僕は荒い息を整えながら、緩慢に隼の体をどかそうとした。けれどそうはできず、隼は僕の手を掴んで歩き出した。

「ど、どこ行くの?」

 連れて行かれたのは体育館裏手の人気のない場所。そこの階段に並んで座り、隼は僕の方を向いてその両手で僕の耳を塞いだ。

「隼……?」
「矢弥、しばらくこれに集中して」

 言われた意味を理解するのに時間はかからなかった。
 救急車が、けたたましいサイレンを鳴らしながら再び走り出したのだ。

「っ!」

 途端に固まる僕の体。けれども今度は隼の掌を通じて聞こえる「ザーザー」という音が、妙に心地よく聞こえる。

 僕は思わず隼の体に縋るように倒れ込む。それでも隼の手は僕の耳から離れなかった。

「ゆっくり呼吸して」

 隼の言葉がゆっくり僕の中に染み込んでくる。簡単に眠れそうだな、なんて思ってしまう。それくらい、隼の声が僕の体を撫で続けているようだった。