六月に入った。体育祭が近いので、体育の授業もそれに向けた内容になる。
運動なんて歩くだけで大成功な僕からすれば、百メートル走は僕以外のランナーの背中を見送るのが常。どんなにフォームを修正しようと、ビリの座を譲るわけにはいかない。
「そんなので威張るなよ」
「……隼。運動音痴をなめないでくれるかな」
「そんなに酷かったっけ?」
「小五から僕は自分を運動音痴だと認めたんだ」
そして今に至るまで、改善されたことはない。
「じゃあ最後くらい脱ビリしよう」
「できるの?」
「俺をなんだと思ってる?」
ふ、と隼がドヤ顔で僕の背中を叩いた。口から覗く白い歯がまぶしく、僕は顔を赤らめながら部室のドアを開けた。
「お疲れっす!」
相変わらず軽い鯖田に出迎えられた。
「そっか。今日水曜日だから一年生いないんだ」
隼とカバンを適当な場所に置きながら、カレンダーを見上げた僕は言った。
塔覧高校ではクラブによって活動日が違っていて、運動系はほぼ毎日、文化系は大体週二か三回が主流だ。
歴史クラブは月曜日と水曜日の週二回になっているけど、木曜日に委員会活動があって、今は体育祭が近いので実行委員会が今日水曜日にある。
一年生は三人ともこの体育祭実行委員に参加しているので、歴史クラブの活動に参加できるのは月曜日だけになってしまった。音楽室調査の日はそういう事情だ。
「この前の月曜はその音楽室のピアノのことまとめてたし、次は一年も一緒にしたいよね」
「残るのは〈プールの伊藤さん〉と〈人壁〉と〈開かずの教室〉。すぐ終わりそうだ」
「でも場所がわかるのがプールだけで、あとは探さないとわからないな」
二ノ前の言葉に、隼が〈八不思議〉ノートを眺めながら応じる。
「また先生に訊いちゃうのは?」
僕の提案に、鯖田が呆れたように首を振った。
「そんなのつまんないじゃないっすか。次は自分で見つけたいんすよ」
では探しているのかと訊けば、
「毎日キョロキョロしてます」
と二ノ前。この前はコワモテの先生にぶつかって叱られたそうだけど。
「こんなんできるの今のうちっすよ。いい年したおとながやるもんじゃないっす」
「探索系ヨウチューバーを敵に回したぞ」
「……そういう夢のある仕事もいいよな」
陥落が早い。
「空森先輩は進学ですか?」
二ノ前が話題を転換して訊いてきた。
「うん、一応、ね」
「矢弥は大学でやりたいことがあるんだ?」
隼にこういう話をあまりしたことはなかった。考え始めたのが最近なのもあるし、なんだか恥ずかしいのもある。
「父さんの仕事、ちょっと興味あってさ。そういうの勉強できるところがいいなって」
僕の父さんはいわゆる法曹界にいて、表立って活躍する仕事ではないけれど、縁の下の力持ちサイドで頑張っているのは小さい頃から見ていた。
「すげぇ、尊敬するっす」
「うん。矢弥らしい」
鯖田が驚き、隼が自分のことのように喜ぶから、僕は複雑な気持ちだ。
「ごめんね隼、変に黙ってた感じになっちゃって」
「それだけ悩んでたってことなんだろ? ……矢弥の人生なんだから、俺は応援するよ」
そう言って隼は僕の頭をポンポンと軽く叩いた。
「……いちゃついてんな」
「国府谷先輩尊敬」
後輩ふたりのコソコソ声を、内心赤面の僕は無視する。
「……隼は、就職するんだっけ」
「ああ。自由にすればいいって父さんは言ってたけどね」
それも隼なりの親孝行なんだろうな。僕は隼の優しさが身に沁みた。ところでさっきからずっと隼が僕の頭を撫でてるのは気のせいかな。
キーンコーンカーンコーン。
「なんだかんだで下校チャイムが鳴るまでいちゃったね」
「意外と楽しめたし、よかったよ」
本当に、宿題をしてゲームを見たりやったりしてダラダラとしゃべるだけだった。
「不思議調査もいいけど、こういうなんでもない日もいいね」
「そうかな? 隼はバスケ部の時にこういうダラダラタイムみたいなの、なかったの?」
「ないよ。みんなプロ目指したりスポーツ推薦もらおうとしてたりだから」
「えぐ。そりゃ体育の授業もガチになっちゃうっすよねー」
鯖田は具体的なことを思い浮かべたようでうんざりした顔をした。
それに苦笑しながら部室の鍵を閉め、旧校舎を出る。
「……?」
僕は不意にうしろを振り返った。呼ばれたとかではないけど、何か変な違和感があったんだ。
振り返ったそこには、なんの変哲もない、夕日に照らされた旧校舎があるだけ。
──キラッと光る。
「? 誰、だろ」
「どうした、矢弥?」
隼が訊く。先を行く鯖田たちも不思議そうに僕を振り返った。
「いや、あそこに誰かいた気がして」
そう言って二階の窓を指差した。
「あそこって、何があったっけ?」
なぁニノ、と鯖田が二ノ前を見るも相手は首を傾げるだけ。そう言えば、旧校舎の二階に何があったか、僕たちは誰も知らないんだった。
「……まさか、〈開かずの教室〉……?」
「まさかぁ」
「……」
灯台下暗し。
そもそも二階部分に行くための階段には立ち入り禁止のポールがあるので、真面目な僕や後輩たちは最初にそれを見て、今の今まですっかり存在ごと消していたわけだ。
「先入観ってヤバいな」
立ち入り禁止のポールの前に立って、隼が言った。
「だね。すっかり忘れてたよ」
二階にいるはずの不審者を確認するため、僕たちは旧校舎に戻ってきた。
僕と隼が階段の下で待ち受け、二年のふたりが先生を呼びに行くという作戦だ。
「本当に見たのか?」
隼の問いに、ちょっと自信がなくなってきた僕が答える。
「たぶん……動いてたから」
「どっち方向に?」
「えっと、校舎の手前から奥の方?」
うん、ますます自信がない。
「まぁ、階段は部室のさらに奥のひとつしかないから、降りてきたらすぐにわかるか」
隼は落ち着いているので頼りになる。
「不審者だったらどうしよう?」
「そのために俺たちが残ったんだろ? 襲いかかってきたらタマを蹴飛ばしちまえばいいんだよ」
「ひ〜」
想像して勝手にダメージを受けてしまった。
ほどなくして鯖田たちが先生を連れて戻ってきた。眼鏡をかけたヒョロヒョロの先生だったので、僕は目線で「他にいなかったの?」と問うた。答えは「いませんでした!」だ。
「不審者ってほんとなのぉ?」
ヒョロヒョロ先生を先頭にどさくさでポールを乗り越え、僕たちはついに旧校舎二階に足を踏み入れた。
そこは部室のある一階部分がコピーされたような空間だった。窓もドアも全部封じられていてひっそりとしている。コンクリートの床にはうっすらと埃が積もり、僕たちが歩くのに合わせて舞い上がった。
「ここねぇ、本校舎を建て替える時に取り壊す予定だったんだよね。でもなんでか残されて、歴史クラブの部室以外は移転したんだよねぇ」
「なんでかって、わかってないんですか?」
「昔のことだからねぇ。歴代の校長も顧問の先生も『そのままでいいんじゃない?』ってなったと聞いたよ」
「そう、だったんですか……」
僕が密かに唱えていた「資料を溜め込みすぎて移動できなかった説」は大外れだったわけだ。
「不審者を見たのはこの部屋かな?」
先生が示したのは、廊下の一番奥にある部屋。教室と呼んでもいいくらいの広さがありそうだ。
磨りガラス越しに覗き込むと、中には大小の箱や大きな袋に入ったもの、折りたたみ式の長机のようなものなんかがぎゅうぎゅうに入っていた。
手前の引き戸にある、あと付けらしい南京錠を外した先生は、恐る恐るカラカラと引き戸を開けた。
「だ、誰かいますかぁ……」
先生の控えめな呼びかけに、けれどどんな物音も返ってこない。
僕たちは目を見合わせた。鯖田がもう一度、
「誰かいるー?」
と、さっきより大きめの声で呼びかける。
「……反応ないっす。入ってもいいっすか?」
「いいけど、勝手にあちこち触らないでねー」
「普段は使ってないんですか?」
「基本的には使わなくなったものを保管してるんだよ。学校の持ち物だから勝手に捨てられないしねぇ」
ためしに大きな袋に入ったものは何かと聞いてみたら、「あれは体育祭で昔使っていた大玉転がしの玉で、それの回転に巻き込まれて怪我した生徒がいたから、以来使わなくなっちゃったらしいよ」とのこと。
「とにかく、誰もいないみたいだねぇ。ネズミとかが走ったのを見間違えたのかなぁ?」
「ネズミって大きさじゃないと思うんですけど……」
そこへ、鯖田が突然手を挙げた。
「先生! ここ実は〈開かずの教室〉って言われてません?」
びっくりした先生が肩を震わせて鯖田を見返した。
「〈開かずの教室〉ぅ? さぁねぇ? 言ったとしても、『旧校舎の物置教室』くらいだけど……」
先生は首を傾げるだけだ。
「……まぁ、空森くんの気のせいだったってことで、今日のところはこれでおしまいにしましょ」
南京錠を再び閉めて、僕たちは追い出されるようにして旧校舎をあとにした。
「人影も僕の見間違い。〈開かずの教室〉も候補になって外れて、進んでないなぁ」
「まぁ、すべてがうまくいく日なんてそんなにないさ。もともと進まない日だったし、切り替えよう」
しょんぼりとする僕の頭をまた軽くポンポンする隼。三年に上がってから頻度が高くて嬉しい反面、戸惑う。どうしてと理由を聞くとやめてしまいそうで、僕は口を閉じ、卑怯にもこうやってされるがままになるんだ。
運動なんて歩くだけで大成功な僕からすれば、百メートル走は僕以外のランナーの背中を見送るのが常。どんなにフォームを修正しようと、ビリの座を譲るわけにはいかない。
「そんなので威張るなよ」
「……隼。運動音痴をなめないでくれるかな」
「そんなに酷かったっけ?」
「小五から僕は自分を運動音痴だと認めたんだ」
そして今に至るまで、改善されたことはない。
「じゃあ最後くらい脱ビリしよう」
「できるの?」
「俺をなんだと思ってる?」
ふ、と隼がドヤ顔で僕の背中を叩いた。口から覗く白い歯がまぶしく、僕は顔を赤らめながら部室のドアを開けた。
「お疲れっす!」
相変わらず軽い鯖田に出迎えられた。
「そっか。今日水曜日だから一年生いないんだ」
隼とカバンを適当な場所に置きながら、カレンダーを見上げた僕は言った。
塔覧高校ではクラブによって活動日が違っていて、運動系はほぼ毎日、文化系は大体週二か三回が主流だ。
歴史クラブは月曜日と水曜日の週二回になっているけど、木曜日に委員会活動があって、今は体育祭が近いので実行委員会が今日水曜日にある。
一年生は三人ともこの体育祭実行委員に参加しているので、歴史クラブの活動に参加できるのは月曜日だけになってしまった。音楽室調査の日はそういう事情だ。
「この前の月曜はその音楽室のピアノのことまとめてたし、次は一年も一緒にしたいよね」
「残るのは〈プールの伊藤さん〉と〈人壁〉と〈開かずの教室〉。すぐ終わりそうだ」
「でも場所がわかるのがプールだけで、あとは探さないとわからないな」
二ノ前の言葉に、隼が〈八不思議〉ノートを眺めながら応じる。
「また先生に訊いちゃうのは?」
僕の提案に、鯖田が呆れたように首を振った。
「そんなのつまんないじゃないっすか。次は自分で見つけたいんすよ」
では探しているのかと訊けば、
「毎日キョロキョロしてます」
と二ノ前。この前はコワモテの先生にぶつかって叱られたそうだけど。
「こんなんできるの今のうちっすよ。いい年したおとながやるもんじゃないっす」
「探索系ヨウチューバーを敵に回したぞ」
「……そういう夢のある仕事もいいよな」
陥落が早い。
「空森先輩は進学ですか?」
二ノ前が話題を転換して訊いてきた。
「うん、一応、ね」
「矢弥は大学でやりたいことがあるんだ?」
隼にこういう話をあまりしたことはなかった。考え始めたのが最近なのもあるし、なんだか恥ずかしいのもある。
「父さんの仕事、ちょっと興味あってさ。そういうの勉強できるところがいいなって」
僕の父さんはいわゆる法曹界にいて、表立って活躍する仕事ではないけれど、縁の下の力持ちサイドで頑張っているのは小さい頃から見ていた。
「すげぇ、尊敬するっす」
「うん。矢弥らしい」
鯖田が驚き、隼が自分のことのように喜ぶから、僕は複雑な気持ちだ。
「ごめんね隼、変に黙ってた感じになっちゃって」
「それだけ悩んでたってことなんだろ? ……矢弥の人生なんだから、俺は応援するよ」
そう言って隼は僕の頭をポンポンと軽く叩いた。
「……いちゃついてんな」
「国府谷先輩尊敬」
後輩ふたりのコソコソ声を、内心赤面の僕は無視する。
「……隼は、就職するんだっけ」
「ああ。自由にすればいいって父さんは言ってたけどね」
それも隼なりの親孝行なんだろうな。僕は隼の優しさが身に沁みた。ところでさっきからずっと隼が僕の頭を撫でてるのは気のせいかな。
キーンコーンカーンコーン。
「なんだかんだで下校チャイムが鳴るまでいちゃったね」
「意外と楽しめたし、よかったよ」
本当に、宿題をしてゲームを見たりやったりしてダラダラとしゃべるだけだった。
「不思議調査もいいけど、こういうなんでもない日もいいね」
「そうかな? 隼はバスケ部の時にこういうダラダラタイムみたいなの、なかったの?」
「ないよ。みんなプロ目指したりスポーツ推薦もらおうとしてたりだから」
「えぐ。そりゃ体育の授業もガチになっちゃうっすよねー」
鯖田は具体的なことを思い浮かべたようでうんざりした顔をした。
それに苦笑しながら部室の鍵を閉め、旧校舎を出る。
「……?」
僕は不意にうしろを振り返った。呼ばれたとかではないけど、何か変な違和感があったんだ。
振り返ったそこには、なんの変哲もない、夕日に照らされた旧校舎があるだけ。
──キラッと光る。
「? 誰、だろ」
「どうした、矢弥?」
隼が訊く。先を行く鯖田たちも不思議そうに僕を振り返った。
「いや、あそこに誰かいた気がして」
そう言って二階の窓を指差した。
「あそこって、何があったっけ?」
なぁニノ、と鯖田が二ノ前を見るも相手は首を傾げるだけ。そう言えば、旧校舎の二階に何があったか、僕たちは誰も知らないんだった。
「……まさか、〈開かずの教室〉……?」
「まさかぁ」
「……」
灯台下暗し。
そもそも二階部分に行くための階段には立ち入り禁止のポールがあるので、真面目な僕や後輩たちは最初にそれを見て、今の今まですっかり存在ごと消していたわけだ。
「先入観ってヤバいな」
立ち入り禁止のポールの前に立って、隼が言った。
「だね。すっかり忘れてたよ」
二階にいるはずの不審者を確認するため、僕たちは旧校舎に戻ってきた。
僕と隼が階段の下で待ち受け、二年のふたりが先生を呼びに行くという作戦だ。
「本当に見たのか?」
隼の問いに、ちょっと自信がなくなってきた僕が答える。
「たぶん……動いてたから」
「どっち方向に?」
「えっと、校舎の手前から奥の方?」
うん、ますます自信がない。
「まぁ、階段は部室のさらに奥のひとつしかないから、降りてきたらすぐにわかるか」
隼は落ち着いているので頼りになる。
「不審者だったらどうしよう?」
「そのために俺たちが残ったんだろ? 襲いかかってきたらタマを蹴飛ばしちまえばいいんだよ」
「ひ〜」
想像して勝手にダメージを受けてしまった。
ほどなくして鯖田たちが先生を連れて戻ってきた。眼鏡をかけたヒョロヒョロの先生だったので、僕は目線で「他にいなかったの?」と問うた。答えは「いませんでした!」だ。
「不審者ってほんとなのぉ?」
ヒョロヒョロ先生を先頭にどさくさでポールを乗り越え、僕たちはついに旧校舎二階に足を踏み入れた。
そこは部室のある一階部分がコピーされたような空間だった。窓もドアも全部封じられていてひっそりとしている。コンクリートの床にはうっすらと埃が積もり、僕たちが歩くのに合わせて舞い上がった。
「ここねぇ、本校舎を建て替える時に取り壊す予定だったんだよね。でもなんでか残されて、歴史クラブの部室以外は移転したんだよねぇ」
「なんでかって、わかってないんですか?」
「昔のことだからねぇ。歴代の校長も顧問の先生も『そのままでいいんじゃない?』ってなったと聞いたよ」
「そう、だったんですか……」
僕が密かに唱えていた「資料を溜め込みすぎて移動できなかった説」は大外れだったわけだ。
「不審者を見たのはこの部屋かな?」
先生が示したのは、廊下の一番奥にある部屋。教室と呼んでもいいくらいの広さがありそうだ。
磨りガラス越しに覗き込むと、中には大小の箱や大きな袋に入ったもの、折りたたみ式の長机のようなものなんかがぎゅうぎゅうに入っていた。
手前の引き戸にある、あと付けらしい南京錠を外した先生は、恐る恐るカラカラと引き戸を開けた。
「だ、誰かいますかぁ……」
先生の控えめな呼びかけに、けれどどんな物音も返ってこない。
僕たちは目を見合わせた。鯖田がもう一度、
「誰かいるー?」
と、さっきより大きめの声で呼びかける。
「……反応ないっす。入ってもいいっすか?」
「いいけど、勝手にあちこち触らないでねー」
「普段は使ってないんですか?」
「基本的には使わなくなったものを保管してるんだよ。学校の持ち物だから勝手に捨てられないしねぇ」
ためしに大きな袋に入ったものは何かと聞いてみたら、「あれは体育祭で昔使っていた大玉転がしの玉で、それの回転に巻き込まれて怪我した生徒がいたから、以来使わなくなっちゃったらしいよ」とのこと。
「とにかく、誰もいないみたいだねぇ。ネズミとかが走ったのを見間違えたのかなぁ?」
「ネズミって大きさじゃないと思うんですけど……」
そこへ、鯖田が突然手を挙げた。
「先生! ここ実は〈開かずの教室〉って言われてません?」
びっくりした先生が肩を震わせて鯖田を見返した。
「〈開かずの教室〉ぅ? さぁねぇ? 言ったとしても、『旧校舎の物置教室』くらいだけど……」
先生は首を傾げるだけだ。
「……まぁ、空森くんの気のせいだったってことで、今日のところはこれでおしまいにしましょ」
南京錠を再び閉めて、僕たちは追い出されるようにして旧校舎をあとにした。
「人影も僕の見間違い。〈開かずの教室〉も候補になって外れて、進んでないなぁ」
「まぁ、すべてがうまくいく日なんてそんなにないさ。もともと進まない日だったし、切り替えよう」
しょんぼりとする僕の頭をまた軽くポンポンする隼。三年に上がってから頻度が高くて嬉しい反面、戸惑う。どうしてと理由を聞くとやめてしまいそうで、僕は口を閉じ、卑怯にもこうやってされるがままになるんだ。
