僕は十八歳の春を君と迎えたい

 そこからはまた各自の「学校七不思議」談義で発熱した。謎の〈アオなんとか〉の正体とか、みんななんだかんだ言って楽しそうだ。

 内緒で持ち込んだスナック菓子を食べながら、その後はダラダラと過ごしてしまい、結局は下校チャイムが鳴ったので、この日は解散となった。

「ごめんね隼、なんかクラブ見学って感じじゃなくて」

 学校最寄りのバス停で次のバスを待ちながら、僕は隼に詫びた。鯖田からの予告もあったけれど、あんなに白熱するのは正直言って僕が部長になって初めてだった。

「そう? クラブの飾り気ない雰囲気が感じられてよかったよ」
「あはは……本当はいつもあんな感じじゃなくて、ダラーっとしてるだけだから、幽霊部員が多いのも頷けるよね」

 西村先生もあれを容認しているんだから、器が大きいと言うかなんというか、だ。

「矢弥も、楽しそうだったな」

 隼がしみじみと言った。

「そ、そうかな?」

 僕はにわかに照れ臭くなって鼻の頭をかく。

「矢弥が部長なんて心配したけど、ちゃんとやれてるんだって、安心した」
「なんだよその言い方。母さんみたいなこと言うなよー」
「ああ、矢弥のお袋さん、こんな感じで言うよな」

 ニヤニヤしながら隼が僕の頭をポンと叩く。バカにしやがって、僕は内心の喜びを隠しながら、隼の手を押し退けてそのまま握ってやった。

「っ」
「で? 隼ちゃんは歴史クラブに入るの? 入らないの?」

 仕返しに母さんの口真似をしてみた。よく考えたら仕返しどころか自分にだけダメージを食らうだけなのだけれど。
 隼は一瞬ポカンとしてから破顔し、「入るよ」と答え、ポケットから入部届の紙を取り出した。

「えっ? いつの間に?」
「矢弥が部室の鍵を返してる間に」

 その職員室に西村先生はいなかったけど、どうやら他の先生から入部届をもらっていたらしい。

 僕は嬉しくなって両手で小さくバンザイをしてみせた。

「やった。三年が増えたのはでかいね」
「でかいのか?」
「だって言ったじゃん? 三年もほぼ幽霊部員で、さらに誘うったって僕には無理だからさ。隼がいてくれると助かるなぁ」

 僕がウキウキと話す間、隼は僕を微笑んで見ていた。何を考えているかは知らないけれど、どうせ「単純な奴」とかなんとか考えているに違いない。

「西村先生には明日、あの不思議ノートの話と一緒に伝えに行こう。まずは、入部を決めてくれてありがとう、そしてよろしく!」

 僕が出した手を、隼は薄く笑って握り返した。


「──それにしても、よくわかったな」

 到着したバスに乗って最後方の席に座り、夕陽に目を眇めていた僕に、隼が話しかけた。何を言われているのかわからず、僕は隼を見返して問い返す。

「わかるって、何を?」
「あの二年の言いたかったこと。ノートの裏って言っても、手で隠れてて見えなかったのに」
「……ああ」

 僕はようやく合点がいった。
 話すべきか、少し迷った。僕の発言が既視感によるものなんだよ、なんて。

 隼だったらきっと「へぇ」くらいで受け入れてくれるはずだ。

 でももし、受け入れてくれなかったら?
 そんなはずはないのに、隼がそんなに不誠実な態度するはずがないなんてわかっているのに、どうしてか僕には、「これは口にしてはいけない」と妙な確信があった。

「見えてたよ? 隼が見逃してたのかもね」
「……そう、だったかもな」

 隼はそうして、僕の言葉を信じてくれた。
 僕は少しだけ胸にチクリとした痛みを覚えながら、半ば強引に話題を変えた。


 ※


 高校〈八不思議〉調査は、無事に西村先生の許しが下りた。ただやっぱり夜が条件のものはできません、ということで、〈新月の夜の十三階段〉は早々にお蔵入りとなる。ということは「七不思議」に収まるじゃん。

 僕はいそいそと『西村先生から許可降りました』と鯖田たちにメッセージを送り、次の水曜日に隼と一緒に部室に入った。

 まずは正式に新入部員となった隼と挨拶を交わし、さっそく七不思議調査を始める。今日は比較的ハードルが低そうで取りかかりやすそうなもの、というこでスタートは、

「音楽室のピアノ? それが夜に勝手に鳴るの?」

 音楽教諭の宮田先生に直接ヒアリングするという、荒技にして確実な方法は鯖田の考案だ。

「夜かどうかはわからないんすけど、だいたい人がいない時間帯っすね」

 鯖田の質問に、宮田先生は「んー」と考え込む。

「私ここに赴任して二年だけど、聞いたことないわねぇ」
「それ以前のことは?」

 今度は僕が訊いてみる。

「引き継ぎで前の先生とはいろいろ話したけど、そういうオカルトな話は聞かなかったわ」
「音が勝手に鳴るというのは、ピアノの構造上あり得るんでしょうか?」

 これは隼。訊き方が大人みたいだ。……という感想が子ども過ぎて自分でも呆れる。

「ああ、それなら、例えばピアノの中にあるフェルトが湿気で膨張しちゃって、鍵盤が下りたまま戻らなくて音が止まらないってことはあると思うわ」

 その対策で、湿気の多い時季にはピアノの中に除湿剤を入れる場合もあるのだという。おばあちゃん家のタンスみたいだな、と思った。

 音楽室に関する話はこれ以上進展がなかった。

「勝手に鳴るピアノ、なんて、まるで学校の七不思議みたいね」

 先生の鋭い指摘に、僕たちは苦笑いで答える。

「内緒ですけど、今それ調べてるんです」
「あらそうなの? そう言えば小学校に比べたら高校で七不思議はあんまりイメージないわね」

 お化けも高校生には怖気付いちゃうのかもね、と先生。

「学校にずっといる先生って、意外に少ないんだね」

 職員室を出たあと、僕の感想を拾った隼が応じる。

「教師ってひと口に言っても、常勤とか非常勤とかあるしな」
「正社員とかパートとかっすか?」鯖田がそれを拾う。「母ちゃんみたいっすね」
「『学校の先生』も所詮労働者だからな。採用試験に合格して無期限雇用されたり、期間契約で就職したり、いろいろあるみたいだ」
「夢が壊れる……」

 嘆くように呟いたのは二ノ前だ。今回の調査には僕と隼と二年生コンビが選ばれた。一年生三人は諸事情でお休みだ。

「二ノ前くんは学校の先生になりたいんだ?」

 僕が訊ねると、二ノ前はこくんと頷く。そのあと彼はこう言うのだ。

「グレートティーチャーに憧れて……」
「へ、へぇ……」

 そして僕だけがよくわからず相槌を打つ。覚えていたらあとで検索してみよう。

「結局、〈音楽室のピアノ〉の怪は湿気が犯人かも? ってことかな」

 僕が一応取りまとめようとしたが、鯖田は気に食わないようだった。

「音が鳴ったまま止まらないってのと、音が鳴るってのじゃ、最初にその現象を見た奴の受け取り方は違う気がするんすよね」
「まぁ、たしかに……」
「その音を鳴らした状態にした犯人がいて、そいつは音を鳴らしたまま現場から逃走した。目撃者は『ピアノから音が鳴っている』状態だけを認識して、それに尾鰭が付いていった」

 隼の推理に二年が大きく反応する。

「てことは、やっぱ湿気が犯人かぁ」
「鍵盤を押したまま逃げた犯人もいるかもって」
「犯人探しするとなると……沼りそう」

 正直それをするのは僕たちの役目じゃない気がして、これはここまで、ということになった。