僕は十八歳の春を君と迎えたい

 来た。あのブワッというかサワーッて感じの感覚。

 鯖田がドヤ顔でノートを表返し、『塔覧高校の七不思議の秘密に迫る‼︎』と油性マジックで手書きされた表紙を見せるんだ。

「えっ? なんでわかったんすか?」

 鯖田が面食らって僕を見た。周囲も驚いている。

「あ、えっと……そう! 裏に鉛筆書きで書いてあるじゃん。ごめんね、見ちゃった」

 僕の弁明に、鯖田は慌てて裏表紙を睨むように検分した。

「……うわ、マジだわ書いてある。やられた〜! 驚かせるつもりだったのに!」

 悔しさを隠しもせず鯖田は喚いた。二ノ前が慰めるように「その迂闊さが君の美徳だよ」と褒めた。褒めてるのかこれ?

「えっと……で、それが鯖田くんの報告ってやつかな?」

 気を取り直して僕が訊ねると、鯖田はまたいつもの表情に戻って朗らかに話し始めた。

「あっ、そうっす。この前、部室漁ってたら出てきたんすよ」
「へぇ。七不思議なんて調べてたんだ」

 多部山が食いついた。

「そういうのって理科部あたりがやってそうなイメージじゃない? オカルトっていうか」
「そもそも七不思議って小学校ってイメージじゃない?」

 とは新浜。多部山がそれに応じる。

「たしかに。私のとこにもあったよ、トイレの花子さん」
「うちにもあった。全国区の有名人レベル」

 と西日本出身の九蔵が乗ってきた。
 僕も懐かしさに釣られて、ひとつ思いついたのを言ってみた。

「四時ババ……とか」
「懐かしい! 四時四十四分になると現れるんでしたっけ?」

 でも小学生って四時まで学校にいたかな? と首を傾げるので、

「たぶん、『四時まで居残ってないで早く帰れよ』って意味なんじゃないかな? なんて……」

 僕のへなちょこ推理に一同が「ああ〜」と同意なのかよくわからない相槌を返してくれた。

「あとは音楽室の夜に目が光るベートーヴェン!」
「なんでベートーヴェン限定なんだろうね?」
「てか夜なんて誰も見てなくね?」
「動く人体模型は?」
「聞くよねー。見た目からして不気味だから、単純に子どもは怖がりそう」

 と多部山。

「女子トイレにある鏡に三人で並んで覗いたら真ん中の子の死相が出る」

 九蔵の発言に新浜が叫ぶ。

「あー聞いたことある!」
「男子トイレでそんなのなかったぞ?」

 と鯖田。

「そもそも男子って連れ立ってトイレってしてなくないですか?」
「てかちゃんと手洗ってます?」
「男子ってなんでトイレで騒ぐんですか?」

 鯖田の発言には下級生らの質問が容赦ない。

「隼は? 他に何か知ってる?」

 僕はふと、部外者だからか発言を控えているかもしれない隼に振ってみた。隼は瞬時黙したあと、「動く二宮金次郎」とだけ答えた。

「あ、聞いたことあります。昔、小学校の校庭の隅にあった銅像がそんな名前だった」
「夜に走るって話」
「なんか背負ってません?」
「薪。働きながら勉強していたって」
「マジメ〜」

 隼の説明に一同が感嘆する。僕たちの世代は二宮金次郎像の実物を見たことがない。西村先生の時代にはあったから訊いてみたら、「目も光るんだってねぇ」と乗ってきた。

 インターネットで検索してみると、この像は「昔の勤勉さの象徴みたいなもの」ということ。銅像ならではの不気味さ──風雨にさらされて劣化している様子など──は画像越しにもわかる。当時の子供達もそれを感じとり、恐れ慄いていたんだろうな。

「──ごめんね、話逸れちゃった。で、鯖田くんはそのノートを見つけたのを報告したかったの?」

 僕の問いに、鯖田は「チッチッチッ」と人差し指を振った。

「オレもこの高校の七不思議ってないって思ってたんすよ。高校生にもなって花子さんでビビるってないだろって。でもこうやって、あったんすよ。めっちゃ気になんないっすか?」

 言いながら鯖田はノートを広げた。見開きでもう一度『塔覧高校の七不思議の秘密に迫る‼︎』と、こちらは赤色のインクペンで目立つように書かれている。

「ふぅん……『目的、塔覧高校生徒の間で囁かれている噂を解明する。目標、冊子化し文化祭にて公表』。秋の文化祭の出しものとして予定してたんだね」
「らしいっす」
「らしいって、出してなかったの?」

 僕は首を傾げた。

「冊子っての探してみたんすけど、冊子どころか取材ノート的なのが他には全然ないっす」
「え? てことは、この話はここで……?」

 いや、違うな。

「部長! ここで終わるなんて誰も言ってないっすよ!」
「え? あ、だよね」

 僕はまたあの感覚になり、反応を変えた。鯖田だってこれで報告を終わりにするつもりもなかっただろうし。
 今度は二ノ前がノートのページをめくる。そこには太字で「確認されているウワサ」と命題されていて、下に何行かかけて記されていた。



「確認されているウワサ
 ・プールの伊藤さん
 ・新月の夜の十三階段
 ・開かずの教室
 ・人壁
 ・音楽室のピアノ
 ・女子トイレの花子さん
 ・男子トイレの水
 ・体育館のボール
 ・        」



「……微妙に多くない?」

 僕は思ったことを素直に言ってしまった。隼を盗み見たら目を細めてジッと羅列された文字を見つめている。

「八不思議じゃん」

 新浜も続く。やっぱりそう思うだろうね。
 ページをさらにめくると、「体育館のボール」のタイトルがあった。



「体育館のボール
 内容…誰もいない体育館でボールがひとりでに動く。
 検証…放課後、あるいは体育館を使うクラブ活動終了後に当該エリアに立ち入り、各種ボールを並べて三十分間放置する。
 使うボール…バスケットボール、バレーボール
 結果…どれも動かず。」
 


「駄目だったんだ」

 次のページをめくると「女子トイレの花子さん」とある。これも検証をした結果、特に反応はなかったとのこと。

「この八個の項目について、ひとつひとつ検証していくような体裁になっているみたいだな」

 と隼が言った。

「『男子トイレの水』は、結果的には超常現象的なのはなかったけど、蛇口の栓が緩んでたって結果みたいだね」

 問題はここからだった。

「……終わり?」

 次のページからは何も書かれていなかった。

「そうなんすよ。こんだけやる気満々だったのにパッタリと止まってる。絶対なんかあったんすよ」

 鯖田の隣の二ノ前もフンフンと頷いている。

「極め付けはこの最後の点ですよ」

 黒丸だけが打たれた行。そこには薄く跡がある。

「書いたけど消したって感じだね」

 何を書いて消したのか。僕はシャーペンを手に持った。途端に頭に浮かんだのが例の既視感だ。

「……アオ?」

 呟きは誰にも聞かれてなかったけれど、僕は気を取り直してシャーペンで書いた跡に、薄く膜を張るようになぞった。

「……アオ……青?」
「二文字目もありそうなんだけど……元の字が汚いのかな、読めないよ」
「めちゃくちゃ謎っぽいっすね」

 鯖田が興味津々で覗き込んでくる。

「先生はどう思いますか?」

 僕が訊ねると、西村先生もそこを覗き込んで唸った。

「先生もこれは知らないねぇ」
「そうですか……」

 そこで校内放送があり、呼び出された西村先生が「戸締りよろしくね」と出て行った。

「隼はどう思う?」
「……よくわからないな。でも他のは、今はあまり聞かない話ばっかりだし、調べようっていうんなら、おもしろそうだとは思う」

 たしかに小学校ならいざ知らず、高校でも似たような七不思議というのは、まさに不思議だ。

「やばい、私気になります」
「嘘だ履習してないはず」
「オカルトはちょっとなぁ」

 一年生の反応はまちまちだ。

 僕は僕で少し惹かれていた。新浜が言うようにオカルトにはそこまで興味がないけれど、あの時に感じた既視感に、乗ってみようと思ったんだ。

「これ、うまくいったら文化祭で発表してみるの、どうっすか!」

 見てしまった僕に否やはない。むしろ、これは賛成するべきだ、と思った。

「そうだね。せっかく昔の先輩がやろうとしてできなかったっぽいし、高校のひとつの歴史としてまとめてみるのはいいかもね」
「よっしゃ!」
「緊張するー」
「なんでやねーん」

 盛り上がる後輩たちを後目に、僕は隼の意見も聞いてみよう、と彼の方を向いた。タイミングよく隼と目が合う。

「……で、いいと思う?」
「矢弥がここの部長なんだろ? 矢弥が決めたならそれでいいんじゃないか?」

 隼は少し緊張したような様子で言った。

「そ、そっか……」

 けれど、と、隼は続ける。

「ただ夜間が条件の噂があるし、学校の許可とか親の許可とか、大変そうじゃないかな」
「あー、たしかに……」

 今度は僕が唸った。「夜の」が付いている噂を検証するには、夜に学校にいないといけない。昔ならともかく、今は防犯上の問題でやすやすと許可はもらえないかもしれない。大きな壁だ。
 これには鯖田が手を挙げた。

「訊くだけ訊いたらいいんじゃないっすか? このアオなんとかはよくわかんねーし、よけとくとして、〈人壁〉も場所もわかんねぇし、だめなら『せじょーをはんえーし』的な理由で飛ばすのもアリだと思うっす」

 彼の思い切りのよさに僕は感心しきりだ。

「わかった。まずは西村先生に話をして、許可をもらおう。僕がやっておくから、わかったらメッセージ送るね」
「俺も行くよ」

 隼が立候補してくれた。

「いいの?」
「いいんすか?」

 僕と鯖田が聞き返す。隼は微笑ましそうに「いいよ」と答えた。

「職員室についでに寄る用事があるからね」