ゴールデンウイークで案の定なまけてしまった僕は、隼に発破をかけられながら、なんとか中間テスト期間を迎えた。
既視感で問題文がわかるのはお得とは言え、答えがわからないと結局同じ。僕は出題でありがちな「作者の気持ち」問題が苦手だ。誰かも言っていたんだよ。「その時は『この本売れてくれないかな』と考えていた」って。
「──その頃の作者は生活に困っていたみたいだから、『手っ取り早く金を手に入れられる方法としてこの話を書いた』って答えでもいいと思うんだけどな」
隣の席に座る隼がポツリと呟いた。まったくもってその通りだと思う。
「わかる。僕だって宝くじの当選番号さえわかればなぁって思う毎日だよ」
「はは。今日帰りに駅前寄って買ってこうか?」
「当たるとは限らないしなぁ。当たったらココンチャ飲みたいけど」
ココンチャはこの地域の学生御用達のジューススタンドなのだ。
「いいよ、俺も飲みたいし。行こう」
そしてテスト終わりに、隼と一緒にバスで駅前まで行った。そこで(一枚百円のスピードくじを買うといい)と思い出した僕は、隼に疑われないようにそれとなく誘導。見事に三等当選という微妙な結果をひっさげ、ココンチャへ向かったのだった。
※
──暗闇の向こうで、小さく煌めくものがある。
見たことはないのにひどく懐かしいそれは、ゆらゆらと空中を揺らめきながら僕の方に近寄ってくる。
空間は色と黒と灰色でできていて、それが何色のものなのかはまったくわからない。
──ヲ──
声? 音?
耳にくすぐるような震えが、ひどく懐かしく思えた。
不意に来てほしくない気持ちが沸き起こってきた。
なぜ来るんだ。
僕は思わずそれをはたき落としていた。
なんの音も立てずに足元に転がったそれは、しばらくするとまたふわりと浮き上がって僕の方に移動する。
何度も払い除ける。その度それはめげずに僕に向かう。
まるで僕に触れてほしいかのように。
けれども僕にはそれが伝わらない。
むしろ「やめてほしい」とさえ思う。
やめてくれ。しつこい。何度も何度も。諦めてくれ、僕なんかのために、最後の力を振り絞るように僕に触れてこないで。
頼むから。
そいつは何度目かの僕の手に当たり、不意に消えた。待っても再び現れることなかった。
僕はにわかに不安に駆られ、周囲を見回す。真っ黒くて何も見えないから、「おーい」と呼ぶ。
誰を呼ぶ?
もうやめてくれ。
頼むから。
どこからか声が聞こえて、それが僕自身の声に似ている気がして、ゾッとして、目を覚ました。
※
「おはよう。また眠れてない?」
隣に立った隼が僕に言った。山城台バス停は隼の家の最寄りのバス停留所だ。昔々にはこの地域を治める領主が築いた城があったらしい。あっさりと侵略されて落城し、それから使われることがなかった城跡が我が町の誇りのひとつだ。
いつの間にかこんなところまでバスは走っていた。僕は朝起きてここに至るまでの記憶がぼんやりしていて、さらにそんなことは初めてなので、とてもうろたえていた。
「……ああ、おはよう。寝た、は寝たんだけど……変な夢見たような気がするんだよね……」
「夢?」
どんな夢? と訊かれて僕は言い淀んだ。あのよくわからない夢の内容を隼に伝えるべきか迷ったんだ。迷って、話さない方がいいような気がして、やめた。
その代わりその続きで、知らない家族と知らない家に旅行に行く夢を伝えてみた。
「……知らない家族、か。もしかしたら、矢弥は何かやりたいことがあるのかもな」
「やりたいこと?」
夢占いだか診断だかの結果なのだろうか。ヘンテコなもので、タロットカードでも人が死んだら再生のチャンスなんて言われたりする。
「今までやったことのない新しいチャレンジとか」
僕は「うーん」と指を顎に当てて考えてみたけれど、これといってやりたいことはない。こんな陰キャモブ、よろしくないけど、仕方がない。
「強いて言えば、このテスト期間が早く終わらないかなって強く願ってるけど……」
「ああ、それは俺も思う。じゃあ違うか」
隼は「はは」と笑って、流れていく窓の向こうを見ている。
「クラブ活動を別のにしてみるとか」
「今さら? 面倒くさいよ。もう三年だし、受験あるし。隼だってバスケ部でいろいろやってんでしょ?」
隼はスポーツ系部活の花形のひとつであるバスケ部に所属している。
「もう辞めた」
「そっか、辞めたんだ。……えっ⁉︎ 辞めた⁉︎」
危うくバス車内で大声を出しそうになった。サラリーマンが新しい眼鏡でチラリとこっちを見た。
「……ちょっ、待って、辞めたの? なんで?」
僕は小声であわわと隼に問いただす。何度か試合を見たことがあるけど、プロ顔負けってくらいに動きが素早くて、毎試合必ず得点に貢献していたはずだ。本人的にも活動を楽しんでいない風には思えないし、女子にはキャーキャー言われるし、男子としては楽園のはず。
何より、隼が自分が始めたことを途中で放り出す性格ではないことを知っている僕からしたら、彼の決断はとんでもないものなのだ。
「もしかして、いじめられたとか……いや隼はいじめ程度じゃ動じないか……、あ、じゃあ部内の恋愛のゴタゴタに巻き込まれたとか……例えば上級生の女子マネージャーから複数言い寄られててその中とちょっと関係を持ってしまって」
自分で言っててしんどい。
「それがバレて修羅場だったのにうんざりしてとか……いやいや上級生だとしたらもう卒業していないし……いや親が出てきた? なら学校でも話題になってないとおかしいよな……僕には教えてもらってないことがあるとか」
「はい妄想終了」
「うえっ」
隼の大きな掌が僕の頭を鷲掴みにする。その瞬間、「バスが揺れる」と視た僕は隼の背中に腕を回して彼の腰をがっしり掴んだ。
「⁉︎」
ガタン!
思った通りに大きく揺れたバスに、乗客が一緒に前後に揺れた。その瞬間、隼の手が僕の腰部分に回される。
よく考えればこの程度の揺れなんて隼にはなんてことのないものだから、僕の無駄骨といえばそうなのだれけど。
「おっ、と……あっぶな」
恥ずかしさを紛らわせるために苦笑いでひとりごちる。
「ごめん、とっさに掴んじゃった」
僕は隼の腰から手を離してヒラヒラと手を振った。
「で、えーっと、なんの話してたっけ?」
誤魔化すように言うと、隼も呆気に取られていたのか反応が遅かった。僕の腰に添えられた隼の手はしばらく離れなかったが、次にバスが揺れたタイミングでスッと離れていった。
「……ああ、えっと、矢弥の妄想が相変わらず逞しくて羨ましくないって話」
「羨ましくないの?」
「勝手に架空の女と絡まされる身にもなれよ」
「架空の女の子とすら絡まれない身にもなってほしい」
「そう言う時に妄想は役に立つのか……」
「いいじゃん」
言ってて悲しくなってきた。ごめんね、絡まる気もない架空の女の子。
学校の最寄りのバス停で降りて、僕はようやく脇に置いてしまっていた大問題を思い出した。
「そう! バスケ辞めたってどういうこと? せっかく中学から頑張ってきたんでしょ? 将来はバスケの選手になるって言ってたじゃん。どっか怪我した? 病気? 僕でなんかできることない?」
隼の将来なんて隼にしか決められないのに、僕はとても不安になった。すべて捨てて引っ越しすると決められてしまったら、僕に口出しする権利はない。
勝手に置いていかれる、なんて女々しい感情が湧き上がって自分に嫌悪した。
「落ち着いて。怪我もないし病気もない。視力も両目Aだった」
「え、すご……僕Cに落ちてたからこの歳で眼鏡っ子デビューするかも知れないんだよね……じゃなくて、そっか……怪我とかじゃないならいいんだ」
限りなく低い可能性にも言及してみる。
「……成績激落ちしたとか?」
「妄想力〜」
杞憂でした。よかった。
僕は一度だけ隼の成績表を見たことがある。どこに出しても恥ずかしくない数字ばかりだったから、隼に限ってそれはないのだ。
だったらどうして?
「……わからない。正直、それに構っていられないっていうか……」
「? どういうこと?」
もしかして新しい夢を見つけたのだろうか。どんなものか知らないけど、やりたいことをできるというのは、とても恵まれたことのように僕は思う。
「──矢弥はさ、俺と一緒にいるのは、嫌?」
「え?」
靴箱で履き替えながら、僕は何を言い出すのかと隼を見返した。
「……よくわからないけど、そんなの考えもしないな。いいとか悪いとかじゃなくて、それが当然、みたいな」
言ってから僕はハッとした。
「もしかしてほんとに引っ越しするの?」
「妄想力」
「それ! いちいち茶化すのやめて!」
「矢弥のチャームポイントじゃん」
「チャームちがうし!」
恐ろしい例えをしてくる隼に言い返していると、背後に気配を感じた。そう言えば後輩が声を掛けてくるのだ。振り返ったら頬に指を突っ込まれるやつをされながら。
「先輩! おはっす!」
「おはって……僕が言うのもなんだけど、挨拶くらいちゃんとしようよ……」
言いながら、指がセッティングしてあるのとは逆向きに顔を向けた。「やられた!」の顔をしている後輩鯖田が悔し紛れに隼にも挨拶をした。
「はい! はっす!」
全然治ってない。
「おはよう」
「……おはようございます」
「なんで隼には言い直すの」
「いや、なんていうか……威厳? 的な」
「僕には威厳がないのか……ないよね……」
「いや〜だって就任理由が理由だけに」
鯖田がケラケラ笑う。腹が立つけど、たしかに就任理由が理由だけに、僕もそれ以上言えなかった。
「で、二年がなんでここにいるの?」
「伝言っす。今日はクラブ顔出してくださいね、報告あるんで」
「報告?」
どんな報告だと訊いても答えてくれなかった。よほど驚かせたいんだろうな。でもさすがの僕も五時間以上先は読めない。
「……そうだ、矢弥」
「うん?」
教室に向けて歩き出した時、隼がこう言い出した。
「矢弥のクラブ、見てみたいんだけど、いい?」
既視感で問題文がわかるのはお得とは言え、答えがわからないと結局同じ。僕は出題でありがちな「作者の気持ち」問題が苦手だ。誰かも言っていたんだよ。「その時は『この本売れてくれないかな』と考えていた」って。
「──その頃の作者は生活に困っていたみたいだから、『手っ取り早く金を手に入れられる方法としてこの話を書いた』って答えでもいいと思うんだけどな」
隣の席に座る隼がポツリと呟いた。まったくもってその通りだと思う。
「わかる。僕だって宝くじの当選番号さえわかればなぁって思う毎日だよ」
「はは。今日帰りに駅前寄って買ってこうか?」
「当たるとは限らないしなぁ。当たったらココンチャ飲みたいけど」
ココンチャはこの地域の学生御用達のジューススタンドなのだ。
「いいよ、俺も飲みたいし。行こう」
そしてテスト終わりに、隼と一緒にバスで駅前まで行った。そこで(一枚百円のスピードくじを買うといい)と思い出した僕は、隼に疑われないようにそれとなく誘導。見事に三等当選という微妙な結果をひっさげ、ココンチャへ向かったのだった。
※
──暗闇の向こうで、小さく煌めくものがある。
見たことはないのにひどく懐かしいそれは、ゆらゆらと空中を揺らめきながら僕の方に近寄ってくる。
空間は色と黒と灰色でできていて、それが何色のものなのかはまったくわからない。
──ヲ──
声? 音?
耳にくすぐるような震えが、ひどく懐かしく思えた。
不意に来てほしくない気持ちが沸き起こってきた。
なぜ来るんだ。
僕は思わずそれをはたき落としていた。
なんの音も立てずに足元に転がったそれは、しばらくするとまたふわりと浮き上がって僕の方に移動する。
何度も払い除ける。その度それはめげずに僕に向かう。
まるで僕に触れてほしいかのように。
けれども僕にはそれが伝わらない。
むしろ「やめてほしい」とさえ思う。
やめてくれ。しつこい。何度も何度も。諦めてくれ、僕なんかのために、最後の力を振り絞るように僕に触れてこないで。
頼むから。
そいつは何度目かの僕の手に当たり、不意に消えた。待っても再び現れることなかった。
僕はにわかに不安に駆られ、周囲を見回す。真っ黒くて何も見えないから、「おーい」と呼ぶ。
誰を呼ぶ?
もうやめてくれ。
頼むから。
どこからか声が聞こえて、それが僕自身の声に似ている気がして、ゾッとして、目を覚ました。
※
「おはよう。また眠れてない?」
隣に立った隼が僕に言った。山城台バス停は隼の家の最寄りのバス停留所だ。昔々にはこの地域を治める領主が築いた城があったらしい。あっさりと侵略されて落城し、それから使われることがなかった城跡が我が町の誇りのひとつだ。
いつの間にかこんなところまでバスは走っていた。僕は朝起きてここに至るまでの記憶がぼんやりしていて、さらにそんなことは初めてなので、とてもうろたえていた。
「……ああ、おはよう。寝た、は寝たんだけど……変な夢見たような気がするんだよね……」
「夢?」
どんな夢? と訊かれて僕は言い淀んだ。あのよくわからない夢の内容を隼に伝えるべきか迷ったんだ。迷って、話さない方がいいような気がして、やめた。
その代わりその続きで、知らない家族と知らない家に旅行に行く夢を伝えてみた。
「……知らない家族、か。もしかしたら、矢弥は何かやりたいことがあるのかもな」
「やりたいこと?」
夢占いだか診断だかの結果なのだろうか。ヘンテコなもので、タロットカードでも人が死んだら再生のチャンスなんて言われたりする。
「今までやったことのない新しいチャレンジとか」
僕は「うーん」と指を顎に当てて考えてみたけれど、これといってやりたいことはない。こんな陰キャモブ、よろしくないけど、仕方がない。
「強いて言えば、このテスト期間が早く終わらないかなって強く願ってるけど……」
「ああ、それは俺も思う。じゃあ違うか」
隼は「はは」と笑って、流れていく窓の向こうを見ている。
「クラブ活動を別のにしてみるとか」
「今さら? 面倒くさいよ。もう三年だし、受験あるし。隼だってバスケ部でいろいろやってんでしょ?」
隼はスポーツ系部活の花形のひとつであるバスケ部に所属している。
「もう辞めた」
「そっか、辞めたんだ。……えっ⁉︎ 辞めた⁉︎」
危うくバス車内で大声を出しそうになった。サラリーマンが新しい眼鏡でチラリとこっちを見た。
「……ちょっ、待って、辞めたの? なんで?」
僕は小声であわわと隼に問いただす。何度か試合を見たことがあるけど、プロ顔負けってくらいに動きが素早くて、毎試合必ず得点に貢献していたはずだ。本人的にも活動を楽しんでいない風には思えないし、女子にはキャーキャー言われるし、男子としては楽園のはず。
何より、隼が自分が始めたことを途中で放り出す性格ではないことを知っている僕からしたら、彼の決断はとんでもないものなのだ。
「もしかして、いじめられたとか……いや隼はいじめ程度じゃ動じないか……、あ、じゃあ部内の恋愛のゴタゴタに巻き込まれたとか……例えば上級生の女子マネージャーから複数言い寄られててその中とちょっと関係を持ってしまって」
自分で言っててしんどい。
「それがバレて修羅場だったのにうんざりしてとか……いやいや上級生だとしたらもう卒業していないし……いや親が出てきた? なら学校でも話題になってないとおかしいよな……僕には教えてもらってないことがあるとか」
「はい妄想終了」
「うえっ」
隼の大きな掌が僕の頭を鷲掴みにする。その瞬間、「バスが揺れる」と視た僕は隼の背中に腕を回して彼の腰をがっしり掴んだ。
「⁉︎」
ガタン!
思った通りに大きく揺れたバスに、乗客が一緒に前後に揺れた。その瞬間、隼の手が僕の腰部分に回される。
よく考えればこの程度の揺れなんて隼にはなんてことのないものだから、僕の無駄骨といえばそうなのだれけど。
「おっ、と……あっぶな」
恥ずかしさを紛らわせるために苦笑いでひとりごちる。
「ごめん、とっさに掴んじゃった」
僕は隼の腰から手を離してヒラヒラと手を振った。
「で、えーっと、なんの話してたっけ?」
誤魔化すように言うと、隼も呆気に取られていたのか反応が遅かった。僕の腰に添えられた隼の手はしばらく離れなかったが、次にバスが揺れたタイミングでスッと離れていった。
「……ああ、えっと、矢弥の妄想が相変わらず逞しくて羨ましくないって話」
「羨ましくないの?」
「勝手に架空の女と絡まされる身にもなれよ」
「架空の女の子とすら絡まれない身にもなってほしい」
「そう言う時に妄想は役に立つのか……」
「いいじゃん」
言ってて悲しくなってきた。ごめんね、絡まる気もない架空の女の子。
学校の最寄りのバス停で降りて、僕はようやく脇に置いてしまっていた大問題を思い出した。
「そう! バスケ辞めたってどういうこと? せっかく中学から頑張ってきたんでしょ? 将来はバスケの選手になるって言ってたじゃん。どっか怪我した? 病気? 僕でなんかできることない?」
隼の将来なんて隼にしか決められないのに、僕はとても不安になった。すべて捨てて引っ越しすると決められてしまったら、僕に口出しする権利はない。
勝手に置いていかれる、なんて女々しい感情が湧き上がって自分に嫌悪した。
「落ち着いて。怪我もないし病気もない。視力も両目Aだった」
「え、すご……僕Cに落ちてたからこの歳で眼鏡っ子デビューするかも知れないんだよね……じゃなくて、そっか……怪我とかじゃないならいいんだ」
限りなく低い可能性にも言及してみる。
「……成績激落ちしたとか?」
「妄想力〜」
杞憂でした。よかった。
僕は一度だけ隼の成績表を見たことがある。どこに出しても恥ずかしくない数字ばかりだったから、隼に限ってそれはないのだ。
だったらどうして?
「……わからない。正直、それに構っていられないっていうか……」
「? どういうこと?」
もしかして新しい夢を見つけたのだろうか。どんなものか知らないけど、やりたいことをできるというのは、とても恵まれたことのように僕は思う。
「──矢弥はさ、俺と一緒にいるのは、嫌?」
「え?」
靴箱で履き替えながら、僕は何を言い出すのかと隼を見返した。
「……よくわからないけど、そんなの考えもしないな。いいとか悪いとかじゃなくて、それが当然、みたいな」
言ってから僕はハッとした。
「もしかしてほんとに引っ越しするの?」
「妄想力」
「それ! いちいち茶化すのやめて!」
「矢弥のチャームポイントじゃん」
「チャームちがうし!」
恐ろしい例えをしてくる隼に言い返していると、背後に気配を感じた。そう言えば後輩が声を掛けてくるのだ。振り返ったら頬に指を突っ込まれるやつをされながら。
「先輩! おはっす!」
「おはって……僕が言うのもなんだけど、挨拶くらいちゃんとしようよ……」
言いながら、指がセッティングしてあるのとは逆向きに顔を向けた。「やられた!」の顔をしている後輩鯖田が悔し紛れに隼にも挨拶をした。
「はい! はっす!」
全然治ってない。
「おはよう」
「……おはようございます」
「なんで隼には言い直すの」
「いや、なんていうか……威厳? 的な」
「僕には威厳がないのか……ないよね……」
「いや〜だって就任理由が理由だけに」
鯖田がケラケラ笑う。腹が立つけど、たしかに就任理由が理由だけに、僕もそれ以上言えなかった。
「で、二年がなんでここにいるの?」
「伝言っす。今日はクラブ顔出してくださいね、報告あるんで」
「報告?」
どんな報告だと訊いても答えてくれなかった。よほど驚かせたいんだろうな。でもさすがの僕も五時間以上先は読めない。
「……そうだ、矢弥」
「うん?」
教室に向けて歩き出した時、隼がこう言い出した。
「矢弥のクラブ、見てみたいんだけど、いい?」
