どこをどう走っているのかわからなくなってきた。
駅前のロータリーに近付いているのはわかる。そこから電車に乗って、行けるところまで行けばいいかな。
「そんなことしても……僕はテスト日に死ぬんだよな……」
何度も何度も経験したこと。
どこに行っても無駄なんだ。
僕は踵を返して駅を背に、駅前の商店街を歩き出した。
「……隼は、なんでこんなことをするんだろう」
同じ光景を繰り返して。
巻き込まれた僕も同じことを繰り返していのに。
どうやって?
僕は不意にポケットに入れていた青い石があたたかくなっているのを感じ、手を入れてそれを握った。
「これが〈青星〉なら……隼がそれを探していたんだとしたら……」
文化祭のあとから落ち着きがなくなった隼。
僕のあの事故を、どうにかしようとしてくれていたんだとしたら。
「これは、本当は隼が持つべきもので、僕が持っているのは、隼にとってよくないんだよね」
けれどこれを隼に返したとして、それが何を意味するか。僕は隼の苦しみを思い、立ち尽くしていた。
「矢弥!」
道路の向かいの歩道に隼がいる。苦しそうに肩で息をしている。いつもの余裕のある隼ではありえないくらい焦っているのがおかしくて、僕は思わず笑みをこぼしてしまった。
「矢弥……」
隼には悪いように取られてしまったみたいだ。痛みをこらえるような顔で言いつのる。
「ごめん……俺」
やめてよ。隼には笑っていてほしいのに。もう、こんな辛いことなんてやめてほしいのに。
「ねぇ、しゅん、」
ガコッ。
僕が口を開くのと同じタイミングで、左奥に続く道路からそんな音がした。何かが落ちたような、ぶつかったような。
隼も僕もハッとしてそっちに顔を向ける。
三十メートルくらい奥の道。そこにはフロント部分がひしゃげた車がいて、スピードを落とさず猛然と駅のロータリーの方向──僕たちのいる方へ向かってきていた。対岸の歩道の柵にぶつかり、こっちの柵にぶつかりしながら向かってくるんだ。
「あれ、やばくない?」
通行人が不穏な空気を察して逃げていく。
「ああ、今、なんだ……」
あの時と違うのに、これが運命ってやつなのかな、と僕は思った。
思い出すのが早過ぎたから、今その時が来てしまったんだ。
僕はポケットから手を引き抜いた。掌の中に収まる〈青星〉が強く光っている気がする。
「矢弥っ‼︎」
隼が僕の方へ弾けるように駆け出す。周囲に「ブォーン」と強く加速する音が響き、「キャー」と悲鳴が上がった。
僕は動かなかった。少し前だったら、正体のわからない恐怖で縮こまっていたかも知れない。
でも今は違う。僕は運命を受け入れた。僕には隼がいる。
僕の信じる隼が、この世界で一番愛しい隼が、何があっても、笑って受け入れてくれる。
「隼!」
僕は体を捻って振りかぶり、手首のスナップを効かせて、車の方へ〈青星〉を投げた。
「今度は──!」
大丈夫だよ。今度はもう使わなくていい。隼はもうじゅうぶん苦しんだ。僕はいなくなるけど、僕はずっと隼のそばにいる。
だから。
(さよなら)
僕の言葉が届いたのか、けれども頭を左右に振る隼が走る。宙を舞う〈青星〉に目もくれずに。必死に僕を見ているんだ。
「俺が! 助けるんだよ‼︎」
途端、目の前で光が弾けた。
ブレーキのけたたましい音が響き渡り、僕は何かにぶつかって倒れ込んだ。
静寂が永遠に続くかと思った。けれど実際は数分に満たないものだった。
僕はうっすらと目を開くと、地面のざらざらしたタイルが間近にあるのを見つけた。ハッと身を起こす。
「……痛、た……」
覚悟していたよりも痛みが少ない。むしろ体には幾分柔らかな感触があって……
「うわっ、隼⁉︎」
僕が下敷きにしていのは、あろうことか隼だった。僕の声に反応がない。慌てて隼から降りて、隼のほっぺたをぺちぺち叩きながら体をあらためる。
「隼! だっ、大丈夫⁉︎ 怪我……あ、おでこ擦りむいてる……っ」
「大丈夫ですか⁉︎ 救急車呼びました!」
「警察ですか? 車の暴走事故です!」
「すっご、車ひっくり返ってんじゃん」
「よかったねぇ、車の方から避けてくれて」
救急車を呼ぶ人や、僕たちの様子をたしかめに来た人たちが次々と喋る。僕はぐるぐるした頭をどうにかしようとしてどうにかできず、いつの間にか隼の隣で一緒に気を失った。
※
病院で先に目を覚ましたのは隼の方だった。
一時間ほど遅れて僕が意識を取り戻し、事故の様子を聞き取りに来たという警察の人からいろいろ質問を受けた。
ブレーキとアクセルを踏み間違えたドライバーによる事故だったそうで、本当なら真正面にいた僕は大変な目に遭う可能性があったらしい。それがどういうわけか、ぶつかる直前で車の向きが変わり、道路標識のポールにぶつかるだけですんだ。怪我人も僕たちくらいで、それも直接の怪我ではないという。
不思議な事故だったよ、と警察の人は言っていた。僕が「目の前が突然光った」とうっかり口を滑らせたら、それはちょうど商店街の電飾がスパークを起こしたのだろうという返事だけがあった。
警察の人が帰るや、僕はこの場にいない隼を案じた。
怪我の度合いがひどいのもどちらかというと隼だったはずだ。けれど、なんとかという数値が僕の方が低いというので、大事を取って僕がひと晩入院することになった。
母さんは「私が土産を買ってと頼んだばかりに」と嘆き、姉は「隼と喧嘩するからよ」と自分を棚に上げて涙目で僕を責め、父さんは口数少なに「ゆっくり休みなさい」とだけ言った。
しばらくして姿を見せた隼は、僕たちのいる病室に来ると、家族全員の前で深く深く頭を下げた。
「ふたりで話し合いなさい。こっちのことはなんにも考えないでいいから」
隼の謝罪を理由も聞かずに受け入れた母さんの号令で、僕は隼と向かい合う。
そして、隼から「繰り返す」話を聞いた。
「──巻き込んで、本当にごめん」
隼は憔悴しきった顔で言った。
「仕方ないよ。僕だって、隼があんなことになったら、おんなじように願ったと思うしさ……」
僕の拙いフォローに、隼は辛うじて微笑む。
「あの石、矢弥が持ってたんだな」
「うん……。やっぱりあれが隼の探してたもので、〈青星〉だったんだね」
隼は頷いた。
「僕ね、夢をたくさん見たんだ」
「夢?」
今度は僕が頷く。
僕は〈青星〉の記憶を話した。ただの石ころが、みんなの願いを受け入れて、代償を吸って、また人の願いを叶えるようになったことを。
「隼の願いも、〈青星〉が教えてくれたよ」
僕は左手から延びる点滴のチューブを眺めた。
「隼がどれくらいの回数、願っていたかはわからないけど……とても、たくさんだったんだと思う。本当にたくさんの隼の気持ちを教えてもらった」
それを僕は壊した。もう願いを叶えてもらうことはできなくなってしまった。
「矢弥は、全部思い出したんだよな」
「うん……」
すべて、僕は知った。
隼の気持ちも。
「俺の気持ちも」
「……うん」
隼は腰掛けていた折りたたみ椅子をギシッと鳴らし、背を正した。
「頼みがあるんだ」
「なに?」
「考えないでほしい」
「──え」
何を言われたのか、一瞬理解できなかった。隼の真摯な眼差しが、僕の戸惑いを映す。
「俺が矢弥を思う気持ちを、もう考えないでほしいんだ」
「……」
「返事もいらない。俺たちはただの幼馴染で、長くいすぎたから距離感が他より少しおかしくなっていただけなんだ」
「なに、言ってんの」
「俺は矢弥を大切に思う。これからも、いい友だちでいよう」
「ま、って、それって」
僕が隼に言った言葉だ。あの光景を見て、身を引こうと決めて言った言葉。
「違うよ、それは……」
続けられなかった。それを言ったのは、隼のあの光景があったからだ、なんて。隼のために言った言葉なのに、なんて。
隼の幸せのせいにしてやり直そうとする言葉だなんて、なんて、僕は──
愕然とする僕を置いて、隼はパイプ椅子から立ち上がった。
「矢弥はこれから俺にかまわず、自分のしたいことをしてほしい。──お大事に」
部屋のドアが静かに閉まる。
「隼……待って……行かないで」
僕を置いていかないで。
僕の声は届かない。
駅前のロータリーに近付いているのはわかる。そこから電車に乗って、行けるところまで行けばいいかな。
「そんなことしても……僕はテスト日に死ぬんだよな……」
何度も何度も経験したこと。
どこに行っても無駄なんだ。
僕は踵を返して駅を背に、駅前の商店街を歩き出した。
「……隼は、なんでこんなことをするんだろう」
同じ光景を繰り返して。
巻き込まれた僕も同じことを繰り返していのに。
どうやって?
僕は不意にポケットに入れていた青い石があたたかくなっているのを感じ、手を入れてそれを握った。
「これが〈青星〉なら……隼がそれを探していたんだとしたら……」
文化祭のあとから落ち着きがなくなった隼。
僕のあの事故を、どうにかしようとしてくれていたんだとしたら。
「これは、本当は隼が持つべきもので、僕が持っているのは、隼にとってよくないんだよね」
けれどこれを隼に返したとして、それが何を意味するか。僕は隼の苦しみを思い、立ち尽くしていた。
「矢弥!」
道路の向かいの歩道に隼がいる。苦しそうに肩で息をしている。いつもの余裕のある隼ではありえないくらい焦っているのがおかしくて、僕は思わず笑みをこぼしてしまった。
「矢弥……」
隼には悪いように取られてしまったみたいだ。痛みをこらえるような顔で言いつのる。
「ごめん……俺」
やめてよ。隼には笑っていてほしいのに。もう、こんな辛いことなんてやめてほしいのに。
「ねぇ、しゅん、」
ガコッ。
僕が口を開くのと同じタイミングで、左奥に続く道路からそんな音がした。何かが落ちたような、ぶつかったような。
隼も僕もハッとしてそっちに顔を向ける。
三十メートルくらい奥の道。そこにはフロント部分がひしゃげた車がいて、スピードを落とさず猛然と駅のロータリーの方向──僕たちのいる方へ向かってきていた。対岸の歩道の柵にぶつかり、こっちの柵にぶつかりしながら向かってくるんだ。
「あれ、やばくない?」
通行人が不穏な空気を察して逃げていく。
「ああ、今、なんだ……」
あの時と違うのに、これが運命ってやつなのかな、と僕は思った。
思い出すのが早過ぎたから、今その時が来てしまったんだ。
僕はポケットから手を引き抜いた。掌の中に収まる〈青星〉が強く光っている気がする。
「矢弥っ‼︎」
隼が僕の方へ弾けるように駆け出す。周囲に「ブォーン」と強く加速する音が響き、「キャー」と悲鳴が上がった。
僕は動かなかった。少し前だったら、正体のわからない恐怖で縮こまっていたかも知れない。
でも今は違う。僕は運命を受け入れた。僕には隼がいる。
僕の信じる隼が、この世界で一番愛しい隼が、何があっても、笑って受け入れてくれる。
「隼!」
僕は体を捻って振りかぶり、手首のスナップを効かせて、車の方へ〈青星〉を投げた。
「今度は──!」
大丈夫だよ。今度はもう使わなくていい。隼はもうじゅうぶん苦しんだ。僕はいなくなるけど、僕はずっと隼のそばにいる。
だから。
(さよなら)
僕の言葉が届いたのか、けれども頭を左右に振る隼が走る。宙を舞う〈青星〉に目もくれずに。必死に僕を見ているんだ。
「俺が! 助けるんだよ‼︎」
途端、目の前で光が弾けた。
ブレーキのけたたましい音が響き渡り、僕は何かにぶつかって倒れ込んだ。
静寂が永遠に続くかと思った。けれど実際は数分に満たないものだった。
僕はうっすらと目を開くと、地面のざらざらしたタイルが間近にあるのを見つけた。ハッと身を起こす。
「……痛、た……」
覚悟していたよりも痛みが少ない。むしろ体には幾分柔らかな感触があって……
「うわっ、隼⁉︎」
僕が下敷きにしていのは、あろうことか隼だった。僕の声に反応がない。慌てて隼から降りて、隼のほっぺたをぺちぺち叩きながら体をあらためる。
「隼! だっ、大丈夫⁉︎ 怪我……あ、おでこ擦りむいてる……っ」
「大丈夫ですか⁉︎ 救急車呼びました!」
「警察ですか? 車の暴走事故です!」
「すっご、車ひっくり返ってんじゃん」
「よかったねぇ、車の方から避けてくれて」
救急車を呼ぶ人や、僕たちの様子をたしかめに来た人たちが次々と喋る。僕はぐるぐるした頭をどうにかしようとしてどうにかできず、いつの間にか隼の隣で一緒に気を失った。
※
病院で先に目を覚ましたのは隼の方だった。
一時間ほど遅れて僕が意識を取り戻し、事故の様子を聞き取りに来たという警察の人からいろいろ質問を受けた。
ブレーキとアクセルを踏み間違えたドライバーによる事故だったそうで、本当なら真正面にいた僕は大変な目に遭う可能性があったらしい。それがどういうわけか、ぶつかる直前で車の向きが変わり、道路標識のポールにぶつかるだけですんだ。怪我人も僕たちくらいで、それも直接の怪我ではないという。
不思議な事故だったよ、と警察の人は言っていた。僕が「目の前が突然光った」とうっかり口を滑らせたら、それはちょうど商店街の電飾がスパークを起こしたのだろうという返事だけがあった。
警察の人が帰るや、僕はこの場にいない隼を案じた。
怪我の度合いがひどいのもどちらかというと隼だったはずだ。けれど、なんとかという数値が僕の方が低いというので、大事を取って僕がひと晩入院することになった。
母さんは「私が土産を買ってと頼んだばかりに」と嘆き、姉は「隼と喧嘩するからよ」と自分を棚に上げて涙目で僕を責め、父さんは口数少なに「ゆっくり休みなさい」とだけ言った。
しばらくして姿を見せた隼は、僕たちのいる病室に来ると、家族全員の前で深く深く頭を下げた。
「ふたりで話し合いなさい。こっちのことはなんにも考えないでいいから」
隼の謝罪を理由も聞かずに受け入れた母さんの号令で、僕は隼と向かい合う。
そして、隼から「繰り返す」話を聞いた。
「──巻き込んで、本当にごめん」
隼は憔悴しきった顔で言った。
「仕方ないよ。僕だって、隼があんなことになったら、おんなじように願ったと思うしさ……」
僕の拙いフォローに、隼は辛うじて微笑む。
「あの石、矢弥が持ってたんだな」
「うん……。やっぱりあれが隼の探してたもので、〈青星〉だったんだね」
隼は頷いた。
「僕ね、夢をたくさん見たんだ」
「夢?」
今度は僕が頷く。
僕は〈青星〉の記憶を話した。ただの石ころが、みんなの願いを受け入れて、代償を吸って、また人の願いを叶えるようになったことを。
「隼の願いも、〈青星〉が教えてくれたよ」
僕は左手から延びる点滴のチューブを眺めた。
「隼がどれくらいの回数、願っていたかはわからないけど……とても、たくさんだったんだと思う。本当にたくさんの隼の気持ちを教えてもらった」
それを僕は壊した。もう願いを叶えてもらうことはできなくなってしまった。
「矢弥は、全部思い出したんだよな」
「うん……」
すべて、僕は知った。
隼の気持ちも。
「俺の気持ちも」
「……うん」
隼は腰掛けていた折りたたみ椅子をギシッと鳴らし、背を正した。
「頼みがあるんだ」
「なに?」
「考えないでほしい」
「──え」
何を言われたのか、一瞬理解できなかった。隼の真摯な眼差しが、僕の戸惑いを映す。
「俺が矢弥を思う気持ちを、もう考えないでほしいんだ」
「……」
「返事もいらない。俺たちはただの幼馴染で、長くいすぎたから距離感が他より少しおかしくなっていただけなんだ」
「なに、言ってんの」
「俺は矢弥を大切に思う。これからも、いい友だちでいよう」
「ま、って、それって」
僕が隼に言った言葉だ。あの光景を見て、身を引こうと決めて言った言葉。
「違うよ、それは……」
続けられなかった。それを言ったのは、隼のあの光景があったからだ、なんて。隼のために言った言葉なのに、なんて。
隼の幸せのせいにしてやり直そうとする言葉だなんて、なんて、僕は──
愕然とする僕を置いて、隼はパイプ椅子から立ち上がった。
「矢弥はこれから俺にかまわず、自分のしたいことをしてほしい。──お大事に」
部屋のドアが静かに閉まる。
「隼……待って……行かないで」
僕を置いていかないで。
僕の声は届かない。
