僕と隼の幼馴染という関係は変わらない。
ただ、僕たちの距離感が、少しだけ開いたような気がする。
というのも、隼が僕と離れて何かしている時間が増えたんだ。
「ねぇねぇ空森君、国府谷は?」
クラスの女子が僕に尋ねてきた。
「さっき出てったみたいで……」
「マジかー。最近捕まんないんだよねー」
「はぁ」
「国府谷の住所ここだから安心してたのにさー」
住所……とは。
女子は「困ったー」と唸りながらそのままどこかに行った。
その背中を見送りながら思い返す。
三年に上がって同じクラスになってから、僕と隼はそれまでよりつるむ頻度が高くなっていた。というより、隼が僕を構う度合いが高くなっている。だからクラス的にも僕と隼はセットのような扱いをされることがあるようだった。
ところが最近──文化祭が終わってからは、例えば休み時間だったり、昼休みの時間の数分だったり。隼の姿が消えて、こうやってクラスメイトを困惑させることが増えている。
もちろんトイレに行くこともあるし、それをいちいち報告してもらうことなんてない。あとは個人的な進路の話で先生に呼び出された、とかもあると思うし、本人からも説明を受けたこともある。
(でも……)
ちょっとした空白を感じるんだ。
文化祭の日の、あのできごとが関係しているのでは? なんて思ったりもするけれど。
(……よーく考えろ空森矢弥。ごく普通の男友だちなら、ここまでべったりしないはず。密かに目標にしているクラスの陽キャ2トップの男子だって、四六時中べったりではないし、常に女子に囲まれている)
僕たちのようなのが、異質なんだ。
キャハハ! と女子たちの笑い声が教室に響き、僕は露骨にビクッとしてしまった。
(──まさか、ついに僕の気持ちに気付いてしまった?)
僕はゾッとしてかぶりを振った。
(いやいや、絶対そんなことない。これはお墓まで持っていくって決めたんだ。そのために最大限、『幼馴染』の仮面をかぶっているんだから)
それが隼のために僕が返せる精一杯の恩だからだ。
「隼……」
クラスメイトがそれぞれの時間を過ごす中で、僕はただひとりぼっちの昼休みの終わりを待つしかなかった。
※
「……よし、書けた」
温州みかんの空箱に、文化祭で使った展示紙と取材ノート、そしてきっかけになったあの〈八不思議〉ノートをまとめて入れた。蓋を閉じてマジックペンで『令和八年 塔覧高校七不思議 歴史クラブ』と書く。
「これで、かつての歴史クラブ部員の未練はなくなったってことかな」
「はは、だね」
資料室で保管されていた昔の部員一覧を見せてもらったけれど、今のようにたくさんいて、誰から当たっていいかもわからないし連絡先もないしで断念したんだ。
「なんかお墓みたい」
多部山がぽつりと呟いた。どきりとした僕を横に、
「いやいや、そこは記念碑ってことにしよーぜ」
と鯖田。
「な、なら一番目立つところに片付けようか」
僕は気を取り直して、記念碑派として提案してみた。
「持つよ」
隼も賛同してくれ、みかんの箱を一緒に持ち上げてスチール棚の一番上に置いた。拍子に拭き残った埃がふわっと舞い、僕はくしゃみをしてしまう。
「はっくしゅん!」
「大丈夫か?」
心配する隼の肩を滑るように、何かが落ちてきたのに僕は気づいた。
「なんだろう、これ……」
「何が?」
僕がそれを拾うのを隼が問いかける。答えたのは鯖田だ。
「……ルーズリーフ、みたいっすね」
「そうみたいだね」
それはたしかにA4サイズのルーズリーフ一枚で、雑にふたつ折りされていた。
「ここ、この前片付けた場所だけど、残ってたのかな」
首を傾げながら、僕はそれを手を持ち折り目を戻すように開けた。そこには几帳面そうな筆跡で「青星」と書き出されていた。
「……アオ、ホシ?」
僕は戸惑いのまま、その文面を読み上げることにした。
「青星
願いがひとつだけ叶えられる
わたしが見つけ願ったから、もうわたしの手元にはない
まだこの塔覧高校のどこかにあることを祈る
誰も知らないであろうこれを、わたしは「青星」と名付けることにする
次にこれを見つけた者に忠告する
願いは何かと引き換えだ
安易に願うな
心せよ」
「……なんっだ、これ」
鯖田が沈黙を破る。
「なんかのファンタジーの始まりみたい」
と多部山。
「七不思議とはまた違うの?」
「……わからない」
新浜の問いに答えたのは僕だ。答えにはなっていないけれど。
「あのノートには、こんなの書いてなかったよ」
いや、と僕は声を上げた。
「あったよ。ほら、〈アオ〉なんとか。消しゴムで丁寧に消されてた」
八つの不思議の最後に書かれていて、消された文字の最初が「青」だった。僕は密かに心臓の高鳴りを感じた。
「これのことだったんだぁ」
「でもなんで消したん?」
僕は顎に手をやって考え込んでいる隼を見た。
「隼は、どう思う?」
「……、何?」
「え? だから、この〈青星〉とノートの〈アオ〉なんとかと、何か関係あるのかな?」
「……わからない。〈青星〉と名付けた人物が書いて、消した……」
「なるほど! てことは、〈青星〉の話はこのノートのあとに、歴史クラブの誰かが書きかけてやめたってことですね?」
なんでかわらないけど、と続く。僕もそう思う。
「クラブの人間とは限らねんじゃね? 当時の顧問の先生が書いたとか」
西村先生に訊いてみよう、と誰かが言った。
「色とか形とか、そんなのは書いてないんだね。どんな見た目なんだろ?」
多部山が問う。
「〈青星〉ってくらいだし、青くて星みたいにギザギザしてるのかも」
九蔵が応じる。
じゃあ、違うかもしれない。僕は胸を撫で下ろした。アレはやっぱりただの石なんだ。
「この高校のどこかにあるって、マジっすかね? ワンピース的な感じ?」
「探せ! って?」
「グランドラインキタコレ!」
ケラケラと笑う下級生たち。僕はグッと考え込んでしまう。
僕以上に険しい表情なのが隼だった。
「隼?」
気付いた僕が問いかけると、夢から覚めたような勢いでハッと僕を見返した。
「……矢弥」
「何か気になることでもあった?」
視線を逸らして一瞬の逡巡のあと、
「あ……いや、文化祭前に見つけていればよかったな、って……」
途端に鯖田が頭を抱えて叫んだ。
「それっすよ! これめっちゃ大スクープになったかもじゃん!」
「優秀クラブ展示賞もらえてかたもしれない」
「そんな賞ないよ」
二ノ前の言葉に僕は苦笑しながらもツッコミしてしまった。
「でも願いが叶ったって、本当かな?」
「何をもって願いが叶ったと見なすかは本人次第」
「代償って?」
「等価交換的な」
みんなの話し声が交差する中、どうしてか隼はずっと何か考え込んでいた。
「……隼?」
声をかけたら僕を見るけど、作り笑顔なのはバレバレだ。
珍しく、少し不安に思えた。
言葉少なの隼と別れて家に帰り、いつもの場所を探る。
僕の部屋にある、システムデスクの抽斗。あの青い石が置いてある。
毎日家に帰ってから一度はそれに触っている気がする。
なんとなく触り心地がよくて、いつまでも手の中で転がしてしまうんだ。
「……お前、〈青星〉じゃない、よな?」
返事が来るはずのない問いかけをする。
もしこれがあの〈青星〉なら、僕の願いが叶えられるということになる。
「引き換えって、何を、なんだろう」
体の一部? 持ちもの?
等価交換だと一年は言うけど、まさかあんなマンガのようなことがあるなんて現実的じゃない。
仮にもし、本当だとして、このメモを残した人は何と引き換えに何を願ったのだろう。
僕は何と引き換えに、何を願うのか──
「……っ、もしもの話!」
僕はハッとしてわざと口に出した。危なかった。油断して願いを呟くところだった。たぶん、考えているだけなら大丈夫。声に出したらダメだ。
「……もしも、本物なら」
嘘とも本当ともわからない、モヤモヤしたまま、僕はこの青い石を抽斗に戻した。
次の日から、歴史クラブの面々の視線は校舎のあちこちに向かうようになっていた。
目的はもちろん、昨日見つけた〈青星〉だ。
みんな熱心なので笑ってしまうところだけれど、僕も表面上はそれに乗っかる必要がある気がする。あの青い石の正体がわからない以上、〈青星〉はこの学校のどこかにある可能性が捨てられないのだから。
「いつか鯖田くんみたいに、誰かとぶつかりそうだね」
そう言って笑う。隣を歩く隼は一拍遅れてから「そうだな」とだけ答えた。
変わったのは隼もだった。もちろん、僕との距離とは別に。
歴史クラブの下級生のように周囲に視線を配る場面もあるけれど、どことなく悩みごとを抱えているような気がする。
「隼も探してるの?」
「え?」
「いや、だから、みんなみたいに〈青星〉探してるのかなって」
「ああ……うん、そう。そこら辺に落ちてないかなって」
口を歪めて笑う隼を、僕は初めて見た。
「あはは、そんなゴミみたいに」
「ゴミじゃないよ」
「え?」
不意に真剣な声色になった隼に、僕はうっかりたじろいだ。それが隼にも伝わり、「あ、いや」と言い淀ませる。
「……あんな含みのある書き方だから、やっぱり普通じゃないんだろ」
「だ、だよね。あんな、ゲームの始まりみたいな書き方」
尻すぼみになった会話を、始業を知らせるチャイムが引き取った。僕たちは少し気まずい思いで教室へと戻っていった。
※
十一月も後半になると、三年で推薦入試を受けた生徒の合否が明らかになる。
僕のクラスでも推薦で大学を受けた生徒がいて、先生から「受かったよ」と告げられ喜んでいる場面を視るようになった。
「いいなぁ推薦組は」
僕は彼らの喜びようを遠くから眺めながら、ぼんやりと呟いた。隣に隼は、いない。「トイレに行ってくる」と告げて教室を出て、また次の授業開始ギリギリまで戻ってこないつもりなのかもしれない。
(告白とか、またされたのかな)
クラスの女子がヒソヒソしていたのを聞いてしまったことがある。
──国府谷、また告られてたって。
──隣のクラスの女子でしょ? フラれんの覚悟って、よくやるよね。
──断りの理由は「今はそれどころじゃない」って。好きな子いるわけじゃないのがイミフ。
──もはや名言みある。うちらもそれ聞きに行っちゃう?
もう、うんざりだ。
「矢弥は、何を願う?」
ある日の帰り道。僕は隼からそんな風に訊かれた。あまりに唐突でタイムリーな話だったから、かなり焦ってしまった。
「えっ? ぼ、僕……?」
そんなの、決まってる。
隼の、気持ちが知りたい。
隼は僕のことをどう思ってるんだろうって。知りたいって。
僕の思いは隠したままだから、ずるいって言われるかもしれないけれど。
だって怖いじゃないか。
僕みたいな陰キャ男に好きって言われて、いくら幼馴染だからって、受け入れてもらえるなんて思えない。
隼相手だけ、先が見えないならなおさら。
「……隼も僕も、進路は違うけど第一志望に行けたらいいな、って」
結局笑って誤魔化した。隼は顔を顰めて「そっか」とだけ言った。
「あ、でも願いを叶えるって、何かと引き換えにしないといけないんだよね。僕が大学受かる代わりに、これからのテスト赤点だらけ、とかだったらどうしよう」
先生ひっくり返るかな、なんて、いつものように妄想全開で続けた。呆れてくれていいんだよ。それでこの話はおしまいにしよう。
「叶えたい」
「え?」
「矢弥の願い、叶えてやりたいよ」
「叶える……って、僕の大学受験が成功すること?」
僕の言葉には曖昧に微笑む。
「……そう。矢弥がちゃんと受験できるように」
僕は首を傾げた。「合格するように」じゃないのかって。
「もしかして、願書の出し忘れを心配してくれてる?」
今度は隼がきょとんとなる番だった。
「……そうだよ」
僕は思わず破顔した。
「まだ先だし、大丈夫だよ。先生もいるしさ」
「そう、だな」
その前に期末試験が待っている。それが終われば冬休み。そして共通テストで、卒業だ。
ただ、僕たちの距離感が、少しだけ開いたような気がする。
というのも、隼が僕と離れて何かしている時間が増えたんだ。
「ねぇねぇ空森君、国府谷は?」
クラスの女子が僕に尋ねてきた。
「さっき出てったみたいで……」
「マジかー。最近捕まんないんだよねー」
「はぁ」
「国府谷の住所ここだから安心してたのにさー」
住所……とは。
女子は「困ったー」と唸りながらそのままどこかに行った。
その背中を見送りながら思い返す。
三年に上がって同じクラスになってから、僕と隼はそれまでよりつるむ頻度が高くなっていた。というより、隼が僕を構う度合いが高くなっている。だからクラス的にも僕と隼はセットのような扱いをされることがあるようだった。
ところが最近──文化祭が終わってからは、例えば休み時間だったり、昼休みの時間の数分だったり。隼の姿が消えて、こうやってクラスメイトを困惑させることが増えている。
もちろんトイレに行くこともあるし、それをいちいち報告してもらうことなんてない。あとは個人的な進路の話で先生に呼び出された、とかもあると思うし、本人からも説明を受けたこともある。
(でも……)
ちょっとした空白を感じるんだ。
文化祭の日の、あのできごとが関係しているのでは? なんて思ったりもするけれど。
(……よーく考えろ空森矢弥。ごく普通の男友だちなら、ここまでべったりしないはず。密かに目標にしているクラスの陽キャ2トップの男子だって、四六時中べったりではないし、常に女子に囲まれている)
僕たちのようなのが、異質なんだ。
キャハハ! と女子たちの笑い声が教室に響き、僕は露骨にビクッとしてしまった。
(──まさか、ついに僕の気持ちに気付いてしまった?)
僕はゾッとしてかぶりを振った。
(いやいや、絶対そんなことない。これはお墓まで持っていくって決めたんだ。そのために最大限、『幼馴染』の仮面をかぶっているんだから)
それが隼のために僕が返せる精一杯の恩だからだ。
「隼……」
クラスメイトがそれぞれの時間を過ごす中で、僕はただひとりぼっちの昼休みの終わりを待つしかなかった。
※
「……よし、書けた」
温州みかんの空箱に、文化祭で使った展示紙と取材ノート、そしてきっかけになったあの〈八不思議〉ノートをまとめて入れた。蓋を閉じてマジックペンで『令和八年 塔覧高校七不思議 歴史クラブ』と書く。
「これで、かつての歴史クラブ部員の未練はなくなったってことかな」
「はは、だね」
資料室で保管されていた昔の部員一覧を見せてもらったけれど、今のようにたくさんいて、誰から当たっていいかもわからないし連絡先もないしで断念したんだ。
「なんかお墓みたい」
多部山がぽつりと呟いた。どきりとした僕を横に、
「いやいや、そこは記念碑ってことにしよーぜ」
と鯖田。
「な、なら一番目立つところに片付けようか」
僕は気を取り直して、記念碑派として提案してみた。
「持つよ」
隼も賛同してくれ、みかんの箱を一緒に持ち上げてスチール棚の一番上に置いた。拍子に拭き残った埃がふわっと舞い、僕はくしゃみをしてしまう。
「はっくしゅん!」
「大丈夫か?」
心配する隼の肩を滑るように、何かが落ちてきたのに僕は気づいた。
「なんだろう、これ……」
「何が?」
僕がそれを拾うのを隼が問いかける。答えたのは鯖田だ。
「……ルーズリーフ、みたいっすね」
「そうみたいだね」
それはたしかにA4サイズのルーズリーフ一枚で、雑にふたつ折りされていた。
「ここ、この前片付けた場所だけど、残ってたのかな」
首を傾げながら、僕はそれを手を持ち折り目を戻すように開けた。そこには几帳面そうな筆跡で「青星」と書き出されていた。
「……アオ、ホシ?」
僕は戸惑いのまま、その文面を読み上げることにした。
「青星
願いがひとつだけ叶えられる
わたしが見つけ願ったから、もうわたしの手元にはない
まだこの塔覧高校のどこかにあることを祈る
誰も知らないであろうこれを、わたしは「青星」と名付けることにする
次にこれを見つけた者に忠告する
願いは何かと引き換えだ
安易に願うな
心せよ」
「……なんっだ、これ」
鯖田が沈黙を破る。
「なんかのファンタジーの始まりみたい」
と多部山。
「七不思議とはまた違うの?」
「……わからない」
新浜の問いに答えたのは僕だ。答えにはなっていないけれど。
「あのノートには、こんなの書いてなかったよ」
いや、と僕は声を上げた。
「あったよ。ほら、〈アオ〉なんとか。消しゴムで丁寧に消されてた」
八つの不思議の最後に書かれていて、消された文字の最初が「青」だった。僕は密かに心臓の高鳴りを感じた。
「これのことだったんだぁ」
「でもなんで消したん?」
僕は顎に手をやって考え込んでいる隼を見た。
「隼は、どう思う?」
「……、何?」
「え? だから、この〈青星〉とノートの〈アオ〉なんとかと、何か関係あるのかな?」
「……わからない。〈青星〉と名付けた人物が書いて、消した……」
「なるほど! てことは、〈青星〉の話はこのノートのあとに、歴史クラブの誰かが書きかけてやめたってことですね?」
なんでかわらないけど、と続く。僕もそう思う。
「クラブの人間とは限らねんじゃね? 当時の顧問の先生が書いたとか」
西村先生に訊いてみよう、と誰かが言った。
「色とか形とか、そんなのは書いてないんだね。どんな見た目なんだろ?」
多部山が問う。
「〈青星〉ってくらいだし、青くて星みたいにギザギザしてるのかも」
九蔵が応じる。
じゃあ、違うかもしれない。僕は胸を撫で下ろした。アレはやっぱりただの石なんだ。
「この高校のどこかにあるって、マジっすかね? ワンピース的な感じ?」
「探せ! って?」
「グランドラインキタコレ!」
ケラケラと笑う下級生たち。僕はグッと考え込んでしまう。
僕以上に険しい表情なのが隼だった。
「隼?」
気付いた僕が問いかけると、夢から覚めたような勢いでハッと僕を見返した。
「……矢弥」
「何か気になることでもあった?」
視線を逸らして一瞬の逡巡のあと、
「あ……いや、文化祭前に見つけていればよかったな、って……」
途端に鯖田が頭を抱えて叫んだ。
「それっすよ! これめっちゃ大スクープになったかもじゃん!」
「優秀クラブ展示賞もらえてかたもしれない」
「そんな賞ないよ」
二ノ前の言葉に僕は苦笑しながらもツッコミしてしまった。
「でも願いが叶ったって、本当かな?」
「何をもって願いが叶ったと見なすかは本人次第」
「代償って?」
「等価交換的な」
みんなの話し声が交差する中、どうしてか隼はずっと何か考え込んでいた。
「……隼?」
声をかけたら僕を見るけど、作り笑顔なのはバレバレだ。
珍しく、少し不安に思えた。
言葉少なの隼と別れて家に帰り、いつもの場所を探る。
僕の部屋にある、システムデスクの抽斗。あの青い石が置いてある。
毎日家に帰ってから一度はそれに触っている気がする。
なんとなく触り心地がよくて、いつまでも手の中で転がしてしまうんだ。
「……お前、〈青星〉じゃない、よな?」
返事が来るはずのない問いかけをする。
もしこれがあの〈青星〉なら、僕の願いが叶えられるということになる。
「引き換えって、何を、なんだろう」
体の一部? 持ちもの?
等価交換だと一年は言うけど、まさかあんなマンガのようなことがあるなんて現実的じゃない。
仮にもし、本当だとして、このメモを残した人は何と引き換えに何を願ったのだろう。
僕は何と引き換えに、何を願うのか──
「……っ、もしもの話!」
僕はハッとしてわざと口に出した。危なかった。油断して願いを呟くところだった。たぶん、考えているだけなら大丈夫。声に出したらダメだ。
「……もしも、本物なら」
嘘とも本当ともわからない、モヤモヤしたまま、僕はこの青い石を抽斗に戻した。
次の日から、歴史クラブの面々の視線は校舎のあちこちに向かうようになっていた。
目的はもちろん、昨日見つけた〈青星〉だ。
みんな熱心なので笑ってしまうところだけれど、僕も表面上はそれに乗っかる必要がある気がする。あの青い石の正体がわからない以上、〈青星〉はこの学校のどこかにある可能性が捨てられないのだから。
「いつか鯖田くんみたいに、誰かとぶつかりそうだね」
そう言って笑う。隣を歩く隼は一拍遅れてから「そうだな」とだけ答えた。
変わったのは隼もだった。もちろん、僕との距離とは別に。
歴史クラブの下級生のように周囲に視線を配る場面もあるけれど、どことなく悩みごとを抱えているような気がする。
「隼も探してるの?」
「え?」
「いや、だから、みんなみたいに〈青星〉探してるのかなって」
「ああ……うん、そう。そこら辺に落ちてないかなって」
口を歪めて笑う隼を、僕は初めて見た。
「あはは、そんなゴミみたいに」
「ゴミじゃないよ」
「え?」
不意に真剣な声色になった隼に、僕はうっかりたじろいだ。それが隼にも伝わり、「あ、いや」と言い淀ませる。
「……あんな含みのある書き方だから、やっぱり普通じゃないんだろ」
「だ、だよね。あんな、ゲームの始まりみたいな書き方」
尻すぼみになった会話を、始業を知らせるチャイムが引き取った。僕たちは少し気まずい思いで教室へと戻っていった。
※
十一月も後半になると、三年で推薦入試を受けた生徒の合否が明らかになる。
僕のクラスでも推薦で大学を受けた生徒がいて、先生から「受かったよ」と告げられ喜んでいる場面を視るようになった。
「いいなぁ推薦組は」
僕は彼らの喜びようを遠くから眺めながら、ぼんやりと呟いた。隣に隼は、いない。「トイレに行ってくる」と告げて教室を出て、また次の授業開始ギリギリまで戻ってこないつもりなのかもしれない。
(告白とか、またされたのかな)
クラスの女子がヒソヒソしていたのを聞いてしまったことがある。
──国府谷、また告られてたって。
──隣のクラスの女子でしょ? フラれんの覚悟って、よくやるよね。
──断りの理由は「今はそれどころじゃない」って。好きな子いるわけじゃないのがイミフ。
──もはや名言みある。うちらもそれ聞きに行っちゃう?
もう、うんざりだ。
「矢弥は、何を願う?」
ある日の帰り道。僕は隼からそんな風に訊かれた。あまりに唐突でタイムリーな話だったから、かなり焦ってしまった。
「えっ? ぼ、僕……?」
そんなの、決まってる。
隼の、気持ちが知りたい。
隼は僕のことをどう思ってるんだろうって。知りたいって。
僕の思いは隠したままだから、ずるいって言われるかもしれないけれど。
だって怖いじゃないか。
僕みたいな陰キャ男に好きって言われて、いくら幼馴染だからって、受け入れてもらえるなんて思えない。
隼相手だけ、先が見えないならなおさら。
「……隼も僕も、進路は違うけど第一志望に行けたらいいな、って」
結局笑って誤魔化した。隼は顔を顰めて「そっか」とだけ言った。
「あ、でも願いを叶えるって、何かと引き換えにしないといけないんだよね。僕が大学受かる代わりに、これからのテスト赤点だらけ、とかだったらどうしよう」
先生ひっくり返るかな、なんて、いつものように妄想全開で続けた。呆れてくれていいんだよ。それでこの話はおしまいにしよう。
「叶えたい」
「え?」
「矢弥の願い、叶えてやりたいよ」
「叶える……って、僕の大学受験が成功すること?」
僕の言葉には曖昧に微笑む。
「……そう。矢弥がちゃんと受験できるように」
僕は首を傾げた。「合格するように」じゃないのかって。
「もしかして、願書の出し忘れを心配してくれてる?」
今度は隼がきょとんとなる番だった。
「……そうだよ」
僕は思わず破顔した。
「まだ先だし、大丈夫だよ。先生もいるしさ」
「そう、だな」
その前に期末試験が待っている。それが終われば冬休み。そして共通テストで、卒業だ。
