僕は十八歳の春を君と迎えたい

 二学期に入った。

 模試の結果は例の既視感や隼のサポートもあって、少し判定を上げることができた。

「隼のおかげだよ。本当に、神様仏様隼様ってやつ」
「なんだよそれ。矢弥の、自分のペースを崩さず勉強した成果だと思うけどな」

 そんな背中が痒くなりそうな褒め言葉をサラッと言えてしまう隼が羨ましい。

 二学期は受験に向けて本格的に動き出す時期でもあり、修学旅行に文化祭と学校行事が目白押しだ。

 僕のクラスでも修学旅行の班決めでそれなりに盛り上がり、「見た」通り、僕は隼と一軍男子の班に組み込まれた。

「よろしくな、矢弥」

 ニヤリと笑って僕を迎え入れる隼が、とても嬉しそうだった。

 同時進行で文化祭の出しものの多数決がおこなわれ、トリックアートを作って展示しSNS映えを狙う、に決まった。美術部員が多いクラスでよかった。制作に時間はかかりそうだけど、当日は順番に店番みたい感じでいるだけになるのが幸いだ。

 歴史クラブも勝つ気はないけど負けていない。文化祭企画を正式に「高校七不思議」として申請したので、もうあとには引けないんだ。といっても中身は「先輩の調査を引き継ぎ発表する」なんだけど。
 最後の〈人壁〉も場所がわからない謎が残るものだ。

「先に見つけたもん勝ちっす!」と鯖田が意気込んでいたからお任せして、僕たち三年は十月のある晴れた日に、修学旅行へ出発した。


 日程も天気もつつがなく進行した。とは言え、時間までに戻ってこない班が出たり、ホテルで就寝時間過ぎての館内徘徊を見咎められた生徒がいたり、事故渋滞に巻き込まれてお寺の参拝時間が半分以下になったり、旅行あるあるな事態はひと通り起こった感じではあるけど。

「走るのはもう……勘弁、して……っ」

 息も絶え絶えに、乗り過ごせないバスを求めて京都の町を走る僕に、隼は横から手を差し出してきた。

「遅れるなら一緒に!」

 さすがのイケメン仕草にドキッとした。それでも平静を装って──走っているので正直そんな余裕はなかったけど──「う、うん」と繋ぎ返した。

「そこ! イチャつくな! バス来たぞ!」
「早くー!」

 同じ班の男子と女子たちが遠くから叫ぶ。

「は、はぃー」
「ははっ、そら急げ!」
「ひぇ〜っ」


 
「……〈人壁〉見つけたって、二ノ前くんが」

 二日目の旅程を終えて京都市内のホテルに戻った夜のこと。
 広間でのレクリエーションの最中に、ポケットに入れていた僕のスマートフォンが震えた。不意に灰白い壁が頭に浮かんで、まさかと思いながら画面を見ると、『人壁発見???』のメッセージが。

 驚いて勢いそのままに隣に立つ隼に近づいた。隼は驚くことなく「どこ?」と訊いてきた。

「体育館の裏だって」

『体育の授業中に偶然見つけてしまいました。確定じゃないんですけどご報告』

 メッセージに添付された写真を隼にも見せる。

 あっちは雨だったらしい。薄暗く濡れた壁面に逆らうように、白く浮き上がっている形がたしかにしゃがんだ人のように見える。

「触るとそこだけちょっとぶよぶよしてるんだって。……別の意味で怖いんだけど」
「帰ったら俺たちも触ってみよう」

 そして修学旅行を終えて次の月曜日。僕たち歴史クラブはコソコソと体育館裏に集まった。

 二ノ前たちが言う「体育館裏」は、そのさらに雑草が生い茂った裏手にあって、普段は蚊なんかがうようよいるからみんな近付かないような場所だ。

「ふわぁ……こんなところに……。ほんとだ、ゴツゴツでブヨブヨしてる」

 僕が代表して言われた箇所を触ると、建物の外壁のあのザラザラゴツゴツした質感に、一部分にだけブヨブヨが混じって変な感じがあった。

「でしょう」

 二ノ前が珍しく自慢げだ。

「よく見つからなかったよね。毎日体育とか部活の練習で使ってるし、体育祭の時なんて……」

 言いかけてハッとした僕に、隼がなんてことない様子で、

「ああ、あの時な」

 とのたまう。僕は隼の手首の皮を器用につねってやった。

「もしかして、空森先輩が国府谷先輩を探してるって言ってたあとですか?」

 多部山も当時を思い出したのか言った。思い出しドミノが恐ろしい。

「あー、まぁね……」

 前後の説明をするにも気まずくて、僕は適当に誤魔化し、ドミノを止めようと試みた。

「クラス一丸となって楽しむ体育祭もアリ。あるいは気心知れた親友と高校生活最後の体育祭を楽しむのもアリ。どちらも青春、萌ゆ」
「……」

 九蔵の感想はいつも少し難解だ。

 体育館の中では、バレー部やバスケ部なんかのクラブ活動真っ最中だ。気付いた部員に「なんだこいつら」と怪訝な視線が送られている。

 どうやって体育祭の話題から離そうか考えていたら、横から声が掛かった。

「国府谷じゃん。何してんの?」

 バスケ部で隣のクラスの足立だ。たしか夏休みの試合で負けてインターハイには出られず、ウインターカップも予選で負けたんだ。三年はそのまま引退したからか、彼は着崩した制服姿だった。

 隼は一瞬眉を寄せて「別に。散歩」とだけ返した。
 随分無愛想なんだなぁと思っていると、

「いや嘘じゃん。前言ってた幼馴染のワンコ連れてんじゃん? あ、オトモ増えたん?」

 ヘラヘラと足立は言う。

 ワンコ。オトモ。

 僕が「聞き間違えかな?」と思うより先に、隼の返事があった。

「昔話には飽きたんだよ」

 随分と、冷たい声だ。

「は、意味わかんね。いーよなー就職組はのんびり部活続けられて。いやそっちのワンコは進学? 余裕じゃん」

 足立の言い草には隠しきれない棘が満載だと、さすがの僕でも気づいた。でも僕は怒りよりも疑問が先に立つ。

「オトモって、私たちのこと……?」
「ひど」

 一年がヒソヒソ言い合う。ということはワンコってやっぱり僕のことなんだね。
 足立が「どうなんだよ」と大して興味もないだろうに僕に絡む。

「も、目標が……あるから」
「なんだそれ。こっちに目標ないとか思ってんのか?」

 仕方なく答えたのに、足立はにわかに喧嘩腰になる。僕は「うわぁ」と慌て、下級生たちは応じる構えだ。
 そこへ、隼が僕の前に立ち塞がる。

「足立。お前も目標があるなら、いちいち他人に喧嘩売ってないで、それに向かってがむしゃらに努力しろよ。人の粗探しして優位に立とうなんてしてる暇ないはずだろ」
「なんだとこのヤロ!」

 まなじりを上げた足立が拳を振り上げる。

「……っ」
「おい何やってる三年! ここは受験生の逃げ場じゃないんだぞ!」

 体育館の中から怒声が響いた。どうやら同席していたらしい顧問の先生に見つかったようだ。

「やべっ」

 足立は舌打ちしてから背を正して、こちらを振り向くことなく先生の元へ飛んでいった。

「大丈夫か矢弥?」

 ため息をついてそれを見送り、隼は僕の方に体を向けた。ずっと背中で僕を守ってくれていたんだ。後輩がいる手前恥ずかしいけど、嬉しい。

「う、うん……びっくりしただけだし」

 そう言えば変な表現をされていたんだっけ。

「えと……ワンコって?」
「……ワンコみたいに可愛いって話」
「かっ⁉︎」

 隼が冗談を言うのは珍しい。聞き間違いかと耳を疑い、背後からの後輩たちの会話にも耳を疑った。

「国府谷先輩マジ推せるっす」
「こらオレの真似すんな」
「と、とりあえず……」

 野次馬が増える前に、僕たちはそそくさとその場をあとにした。

 その足で向かったのは職員室。すっかり先生の間で有名になってしまった七不思議調査なので、先生も訳知り顔だ。
 スムーズに事情が説明でき、対応してくれた先生も「近いうちに調べておくよ」と約束してくれた。

 後日、業者の人に調べてもらったところ、なんとあのブヨブヨの場所には発酵したゴミが埋まっていたということがわかった。

「ゴミ? なんであんなところに?」
「建設当時に誰かがゴミをついでみたいに埋めたんだろうな。それが時間をかけて腐って発酵して、膨らんでいったんだ」

 みんな、信じられない思いで隼の解説を聞く。

「それがいつの間にか『死体が埋まってる』なんて言われるようになったんだろうな」

 ある意味、有機物の死体なんだけどな、と隼が苦笑気味に呟いた。

 あとは発表のためのまとめ作業に入る。文化祭まであと一か月。長いようで短い、僕の拙い歴史クラブ部長としての最後の仕事が始まった。