「……今日はおとめ座が一番」
『今日のナンバーワンはおとめ座のあなた! ラッキーアイテムは……』
「ちょっとー! あたし最下位なんだけど最悪!」
他人が決めたランキングで一喜一憂している姉を横目に、僕はトーストの最後のひと切れを口に放り込んだ。
「また当たった……。これで四月から全戦全勝」
「矢弥のくせにうるさい」
姉の理不尽な責めを受けるのは弟の宿命だと思う。ということで僕はこれ以上の理不尽を受ける前に退散するべく、「ごちそうさま」と手を合わせた。
支度をして家を出るのが午前七時前。徒歩で大通りに出て、七時十五分発のバスに乗る。
「……あ」
来た。あの感覚だ。ポワッというかジワッというか……。
実は僕には今、秘密がある。
それは、直後から長くて数分先のできごとを予見できること。
始まったのが高校三年に進級した頃から。最初は日常の些細なことで「あれ?」と思って、気のせいじゃないと気付くのに時間はかからなかった。
例えばさっきみたいな、朝のニュース番組の占いコーナーの順位を予測するとか、夕方帰った時に晩ご飯のメニューがわかるとか──これは匂いもヒントになるけれど──、その程度のことだけど。だから明日の天気とか、誰が休むとか、そんな遠い先のことはわからない。どちらかというと既視感に近いかもしれない。
みんなもあるのかな? これまでも、例えば何年かに一度くらいはあったような稀な現象のはずなんだ。
今の僕はそれが結構な頻度で現れる。
大抵は(あ、これさっきも見た)程度の認識で終わるから、家族や他の誰にも話したことはない。
で、話を戻すと、このサラリーマンに関しては、たしか五つくらいのバス停を通り過ぎた頃だ。
乗っているバスが、飛び出してきたネコを避けようと急ブレーキをキキーッとかける。大きく揺れた車内でタタラを踏んだそのサラリーマンの眼鏡がズレて落ちる。それを自分で踏んづけてしまうんだ。
「うわっ、畜生!」
そうそう。こんな風に言葉が悪い。
ちなみに僕は体が竦み上がって、掴んでいる車内のバーから手が離せない。息が上がって体中の血液が飛んでいったような感覚になる。予感はしていたけれど、対策は取れなかった。
「おはよう。大丈夫か?」
いつの間にか空いた椅子に誘導された。隣に座ったのは国府谷隼。僕の幼馴染だ。心配そうに僕の顔を覗き込む。
「あ……うん、おはよ」
冷や汗をかいた僕は、隼に気づかれないように握っていた拳を隠した。
「ごめん、なんか急に頭クラッてきちゃって」
「また夜更かしでもしたんじゃないだろうな?」
さりげなく背中に置かれた隼の手が暖かい。本人はそんな気もないだろうけれど、僕は縮み上がった心臓が解ける感覚に包まれた。
そんなことなど知らない隼は、僕を疑いの目で見てくる。とりあえず僕は無罪だ。昨夜は夜十一時……三十分には寝たんだから。
「怪我は?」
「ないない」と苦笑する。「あのサラリーマンの人が眼鏡壊したくらいだよ」
「ふぅん」
隼は小声の僕の言われるままに車内前方で途方に暮れるサラリーマンを見やり、また僕の方を向いた。瞳を覗いてくるが、そんなことで僕の何がわかるのか、僕には不思議だった。
国府谷隼。
家はともに同じ小学校区の端で、町のイベントとかで会ったのが始まりだった。隼が一月生まれ、僕が二月生まれという早生まれ同士ということもあり、小学三年くらいから遊ぶようになった。どちらかがひと筋挟んだ向こうの家に住んでいたら学区が別になって、最悪中学校まで出会うことはなかった、という奇跡のような巡り合わせ。
今は市立の高校に僕と入学を果たし、毎日バス通学をしている。
凡庸で陰キャな僕より十センチ高い一七八センチで、それだけでもハイスペ仲間入りに加えて、切れ長の目にすっと通った鼻筋、薄い唇は誰がどう見てもイケメンだ。女子は当然集まる。それなのにバスケ部員らしいしなやかな筋肉を見せつけることもせず、慎ましやかにワイシャツの向こうに隠して穏やかに彼女たちに接する様子は、まるで歴戦の遊び人。
……いや、別に本当に遊んでいるかといえば怪しい。たしかに具体的に女子からアピールや告白を受けていて、付き合っていた時期もあった。取っ替え引っ替えとまではいかないけど、どれもそんなに長続きはしてなかった記憶がある。どっちかと言うと隼は「バスケひと筋のバスケ野郎」と呼んだ方が僕としてはしっくりする。
ちなみに僕はその時間、彼の「隣にいる男子」に徹していて、これといった趣味もなく、着々と陰キャとして成長していったのであった……。
……とにかく。その関係性の基本的なところは高校に上がっても変わらない。僕の中で少し変化があったくらいで、隼は広く浅く交友関係を結んでいるようだった。
──国府谷と空森ってなんでつるんでんの?
そう問われたことは数知れない。僕だってちょっと思うこともあった。幼馴染だから、腐れ縁だから。反応する方法はいろいろあるけれど、その度に隼は訊き返すのだ。
──俺が矢弥とつるむのに理由がいる?
と。なんだこのイケメン。
ただ、最近今までと違うな、と思うことが出てきた。
「……隼ってさ、三年になってから過保護じゃない?」
僕の指摘に、隼は降車ボタンを押してから「何が?」と訊き返した。
「いや、だから」
「ほら着いた。降りるぞ。足元気をつけて。破片とか踏むかも」
立ち上がって僕の袖を引いた隼が、今度は小声で僕に囁く。朝から眼鏡をダメにしたサラリーマンの心情を気遣ったのかもしれない。スーツが心なしかくったりしている。
(そういうところ、な)
バスを降りて校門までは徒歩で五分もかからない。素晴らしい立地だと思いませんか。ドアトゥドアとまではいかないけれど、たとえ眠気まなこであっても、時間通りにバスに乗っていれば到着するのだから。
さらにこの国府谷隼がいればゴールまでエスコートしてくれる。僕が女子なら惚れている。
(……女子でなくても惚れてるんだよな)
そう、僕にはもうひとつ秘密がある。
空森矢弥は国府谷隼が好きだということ。
そして、彼に関してだけ既視感が見えない、ということ。
『今日のナンバーワンはおとめ座のあなた! ラッキーアイテムは……』
「ちょっとー! あたし最下位なんだけど最悪!」
他人が決めたランキングで一喜一憂している姉を横目に、僕はトーストの最後のひと切れを口に放り込んだ。
「また当たった……。これで四月から全戦全勝」
「矢弥のくせにうるさい」
姉の理不尽な責めを受けるのは弟の宿命だと思う。ということで僕はこれ以上の理不尽を受ける前に退散するべく、「ごちそうさま」と手を合わせた。
支度をして家を出るのが午前七時前。徒歩で大通りに出て、七時十五分発のバスに乗る。
「……あ」
来た。あの感覚だ。ポワッというかジワッというか……。
実は僕には今、秘密がある。
それは、直後から長くて数分先のできごとを予見できること。
始まったのが高校三年に進級した頃から。最初は日常の些細なことで「あれ?」と思って、気のせいじゃないと気付くのに時間はかからなかった。
例えばさっきみたいな、朝のニュース番組の占いコーナーの順位を予測するとか、夕方帰った時に晩ご飯のメニューがわかるとか──これは匂いもヒントになるけれど──、その程度のことだけど。だから明日の天気とか、誰が休むとか、そんな遠い先のことはわからない。どちらかというと既視感に近いかもしれない。
みんなもあるのかな? これまでも、例えば何年かに一度くらいはあったような稀な現象のはずなんだ。
今の僕はそれが結構な頻度で現れる。
大抵は(あ、これさっきも見た)程度の認識で終わるから、家族や他の誰にも話したことはない。
で、話を戻すと、このサラリーマンに関しては、たしか五つくらいのバス停を通り過ぎた頃だ。
乗っているバスが、飛び出してきたネコを避けようと急ブレーキをキキーッとかける。大きく揺れた車内でタタラを踏んだそのサラリーマンの眼鏡がズレて落ちる。それを自分で踏んづけてしまうんだ。
「うわっ、畜生!」
そうそう。こんな風に言葉が悪い。
ちなみに僕は体が竦み上がって、掴んでいる車内のバーから手が離せない。息が上がって体中の血液が飛んでいったような感覚になる。予感はしていたけれど、対策は取れなかった。
「おはよう。大丈夫か?」
いつの間にか空いた椅子に誘導された。隣に座ったのは国府谷隼。僕の幼馴染だ。心配そうに僕の顔を覗き込む。
「あ……うん、おはよ」
冷や汗をかいた僕は、隼に気づかれないように握っていた拳を隠した。
「ごめん、なんか急に頭クラッてきちゃって」
「また夜更かしでもしたんじゃないだろうな?」
さりげなく背中に置かれた隼の手が暖かい。本人はそんな気もないだろうけれど、僕は縮み上がった心臓が解ける感覚に包まれた。
そんなことなど知らない隼は、僕を疑いの目で見てくる。とりあえず僕は無罪だ。昨夜は夜十一時……三十分には寝たんだから。
「怪我は?」
「ないない」と苦笑する。「あのサラリーマンの人が眼鏡壊したくらいだよ」
「ふぅん」
隼は小声の僕の言われるままに車内前方で途方に暮れるサラリーマンを見やり、また僕の方を向いた。瞳を覗いてくるが、そんなことで僕の何がわかるのか、僕には不思議だった。
国府谷隼。
家はともに同じ小学校区の端で、町のイベントとかで会ったのが始まりだった。隼が一月生まれ、僕が二月生まれという早生まれ同士ということもあり、小学三年くらいから遊ぶようになった。どちらかがひと筋挟んだ向こうの家に住んでいたら学区が別になって、最悪中学校まで出会うことはなかった、という奇跡のような巡り合わせ。
今は市立の高校に僕と入学を果たし、毎日バス通学をしている。
凡庸で陰キャな僕より十センチ高い一七八センチで、それだけでもハイスペ仲間入りに加えて、切れ長の目にすっと通った鼻筋、薄い唇は誰がどう見てもイケメンだ。女子は当然集まる。それなのにバスケ部員らしいしなやかな筋肉を見せつけることもせず、慎ましやかにワイシャツの向こうに隠して穏やかに彼女たちに接する様子は、まるで歴戦の遊び人。
……いや、別に本当に遊んでいるかといえば怪しい。たしかに具体的に女子からアピールや告白を受けていて、付き合っていた時期もあった。取っ替え引っ替えとまではいかないけど、どれもそんなに長続きはしてなかった記憶がある。どっちかと言うと隼は「バスケひと筋のバスケ野郎」と呼んだ方が僕としてはしっくりする。
ちなみに僕はその時間、彼の「隣にいる男子」に徹していて、これといった趣味もなく、着々と陰キャとして成長していったのであった……。
……とにかく。その関係性の基本的なところは高校に上がっても変わらない。僕の中で少し変化があったくらいで、隼は広く浅く交友関係を結んでいるようだった。
──国府谷と空森ってなんでつるんでんの?
そう問われたことは数知れない。僕だってちょっと思うこともあった。幼馴染だから、腐れ縁だから。反応する方法はいろいろあるけれど、その度に隼は訊き返すのだ。
──俺が矢弥とつるむのに理由がいる?
と。なんだこのイケメン。
ただ、最近今までと違うな、と思うことが出てきた。
「……隼ってさ、三年になってから過保護じゃない?」
僕の指摘に、隼は降車ボタンを押してから「何が?」と訊き返した。
「いや、だから」
「ほら着いた。降りるぞ。足元気をつけて。破片とか踏むかも」
立ち上がって僕の袖を引いた隼が、今度は小声で僕に囁く。朝から眼鏡をダメにしたサラリーマンの心情を気遣ったのかもしれない。スーツが心なしかくったりしている。
(そういうところ、な)
バスを降りて校門までは徒歩で五分もかからない。素晴らしい立地だと思いませんか。ドアトゥドアとまではいかないけれど、たとえ眠気まなこであっても、時間通りにバスに乗っていれば到着するのだから。
さらにこの国府谷隼がいればゴールまでエスコートしてくれる。僕が女子なら惚れている。
(……女子でなくても惚れてるんだよな)
そう、僕にはもうひとつ秘密がある。
空森矢弥は国府谷隼が好きだということ。
そして、彼に関してだけ既視感が見えない、ということ。
