次の日、登校した心音は決められたルールに沿うように、瀬那と玲亜の元へ歩み寄る。
2人はほぼ、同時に心音に気づいた。
「あ、おはー」
「おはよう、心音〜」
「うん、おはよう」
「あれ〜。どしたの心音、なんかめっちゃ顔明るくない?」
1日が経って愛音の繋いだ手の温度は消えてしまったものの、恋人が出来たという報告や子どもみたいに手を繋いで帰った嬉しさはまだ残っている心音の普段とは違う様子を、玲亜がすぐ見抜いた。
「え、私顔明るい?」
「うん、明るいよ〜」
「ならたぶん、昨日、嬉しいことが起こったからかも」
自分たちの通う高校の1年生に、愛音という心音の妹がいることは2人共知っている。
それでも直接言葉を交わしたことのない愛音からされた報告なんぞ、言ってもさして興味は持たれないだろう。
そう思った心音の返事は、本題を言わずにシャッターが降ろされた。
――「瀬那パイセンー!あ、いたいた!」
だけど玲亜に深掘りされる可能性が、という焦りが本格的にわく前に、子犬のような声が教室に響いた。
「千波?どうしたー?」
「ちょっと話がありましてですねー!瀬那パイセン、ちょっと来てくださーい!」
そう言われて心音と玲亜に言葉もかけず、瀬那は千波の元へ歩いていく。
「あ、行っちゃったね〜」
千波に二言三言なにかを伝えられ、共に廊下の死角へ移動していく瀬那を見て、玲亜がどこか他人事のようにつぶやいた。
心音は頷く。
瀬那が所属するバスケ部の1年生――端的にいえば後輩である千波は、仲良しの先輩である瀬那をたずねにたびたび来ることが多い。
「ね、心音の妹ちゃんって、千波ちゃんと同じクラス〜?」
「え?えっと……たしか、そうだったはず」
愛音の口から千波の話もいつか出ていたことを思い出した心音がそう答えると、「へぇ〜」と玲亜が言ったきり、2人の間には沈黙が流れた。
「……ずっと思ってたんだけど、千波ちゃんってなんで、『パイセン』って言うんだろう。普通に『先輩』じゃなくて」
その沈黙を破った心音自身、密かに驚く。
学校で自分から話題を振った記憶はどれだけ思い返してもないのだが、妹の話題になって昨日のめでたい報告が頭をよぎったことで、自然と話題を振っていた。
「わ、うちも同じこと思ってた〜奇遇」
「え、嘘」
「こんなことで嘘つかないよ〜。で、ちょっと考えたらなんで『パイセン』って呼ぶのか分かったんだけど」
「すごい。なに?」
「試しに〜、瀬那先輩、って1回言ってみ」
「せなせんぱ――い、言いづらっ」
「でしょ?でも、瀬那パイセン、だと言いやすいじゃ〜ん?だからだと思うんだよね〜」
「そっか……たしかに」
自分が振った話題が意外にも続いたため、心音は純粋な嬉しさをそのまま顔を出していただろう。
――「戻ったよー」
「瀬那おかえり〜。千波ちゃんとなに話してたの?」
「あー。まずさ、昨日山崎の話したの覚えてるっしょ?」
山崎佳子――保健室登校をしているクラスメイトについての昨日の会話を思い出し、心音は玲亜とほぼ同時のタイミングで頷いた。
「それがさ、今日、保健室登校のお仲間が増えたらしくてっ!千波のクラスの、たしか……あ、琴里ってやつらしい」
「山崎さん、保健室登校仲間が増えてよかったじゃ〜ん」
「くくり方おもろ!でもたしかにね!で、で、その琴里って山崎みたいな陰キャじゃないんだってさ」
「…どういうこと?」
「千波情報だと、むしろ隠れ人気者、って感じで保健室登校するようなイメージゼロってやつらしいよ」
心音の頭に、愛音の顔が浮かぶ。
愛音は隠れ人気者ではなく正真正銘の人気者だろうが、保健室登校をするイメージがゼロ、という点は同じだ。
山崎佳子のような地味で陰が薄く、友達もいない生徒が保健室登校になるのは分かる。
実際、心音は彼女が保健室登校になったと知らされた時もそんなに驚かなかった。
それに引き換え、琴里という愛音と似たようなタイプらしい1年生が保健室登校になったという報告は、相手の顔も見たことがないのに驚いた。
瀬那の玲亜の会話を聞きながら、心音は思う。
――人間って、分からないな。


