もうそろそろ夏は終わる頃だが、殺人的な暑さの鱗片は夕方でも消えずに、少しはまだ顔を出していた。
けれど愛音が散歩道を川沿いにしてくれたおかげで、夏の暑さをしのぐグッズと言われて思い浮かぶあれこれは必要なかった(ちなみにこの川は、2人の家のすぐ前にある)。
気まぐれのように時々吹く風が気持ちいい。
心音が砂漠で遭難していたらオアシスを見つけた人の気持ちを味わっていると、唐突に隣を歩いていた愛音が立ち止まった。
つられるように、心音も足を止める。
神様のイタズラか、風は吹くのをやめていた。
「愛音?」
「心音」
姉の名前を呼んだことで、愛音はよりなにかに後押しされたかのように一気に言葉を。
「愛音、恋人が出来たっ!」
「え」
まず、素直に驚いた。
その次に、だれよりも魅力的な愛音なら恋人が出来て当然、嬉しいという感情が泉のわき上がってくる。
「おめでとうっ!」
祝福の言葉と同時に、愛音の手を握った。
温かな感触がすると同時に、愛音は少しびっくりしたように目を見開く。
でも振りほどかれることはなく、愛音はそのまま口を開いた。
「えへへ、ありがとう。心音に1番に言えてよかった」
「1番が私……?嬉しい」
言葉に出す以上に、愛音の言葉は嬉しかった。
周りに合わせることでしかコミュニュケーションを取れない心音とは反対に、愛音はだれに対しても深く付き合える、いわばコミュ力お化けを具現化したような人間。
家に『愛音の友達の〇〇です、愛音いますかー?』と訪問してくる子が来るたび、実の妹を宇宙人のように遠く異質な存在に感じるほどだ。
それなのに大切な報告をする順番の1番手に心音を選んでくれ、正の感情しかわき上がってこない。
「心音。それで……愛音の恋人は」
愛音は友達が多いから、比例するように男友達もいるはずだ。
男友達から恋人になったのかな――心音は1人、色々と想像する。
ありきたりかもしれない『恋人が出来た』という報告も、妹からというだけで、自分でも驚くほどはしゃいでいるのが分かった。
「……ねぇ心音、もう帰ろうか」
「えっ?あ、うん、そうだね」
「お母さん、今日は早く帰れるかもって言ってたし」
「たしかに。帰ろう」
愛音から、恋人について色々聞き出したかった。
しかしその前に、心音が愛音の片方の手を握り直して歩き始めると、愛音にびっくりされる。
「わっ」
「え、あっ、なんかごめん!」
恋人がいるのにアウトだっただろうか、そもそも小さな子どもでもないのに手を繋いで帰るというのは、心音は気にならないが愛音からすれば恥ずかしかっただろう。
だが、手を離す1秒前に「待って」と止められる。
「驚いただけだから、大丈夫。このまま帰ろう」
「いいの?」
「うん」
心音は頷いた愛音に、にこっと笑ってそのまま歩き出す。
「…心音」
「うん?」
「手繋いで歩くの、結構ひさしぶりじゃない?」
「言われてみれば…たしかにね」
「でもさ、高校生になっても手繋いで歩く姉妹、なかなかいなそう。愛音たち仲良すぎ」
「ふふっ、自分で言うんだ」
笑いながらも、心音は否定しなかった。
手を繋がないのは仲良しじゃない姉妹、というわけではない。
しかし心音は、手を繋がなくても愛音と仲良し姉妹だと思う。
仮に姉妹という関係に生まれなかったとしても、愛音とならなにかのきっかけで友達になれるような、そんな気もしていた。


