「ただいま」
しかし、それでストレスがたまらないわけがなかった。
心音が本当に、心から周りに合わせることを望んでその通りに立ち回っているくらい鈍感だったらどれだけよかっただろう。
残念ながらそんなに鈍い頭を持ち合わせていない心音は、当然ながらストレスをためて息をしている。
塵も積もれば山となる、ということわざはあるが、ストレスも積もれば山となる、と言い換えればどうだろう。
心音のストレスが積もったものは、とっくのとっくに山となっているだろう。
そのストレス発散、とは言えないが、山になるほどストレスが積もっても、心音という人間が壊れない理由はきちんとあった。
――「あ、心音おかえり!」
我が家のリビングに、今さっきまで靴を履いていた足を踏み入れる。
「ただいま、愛音」
彼女に向けた笑顔は、決して作り物ではなかった。
愛音は、心音の妹だ。
1つ下で、同じ高校に通っている。
だから家では姉妹だが、高校だと先輩後輩の関係でもある。
両親は共働きで幼い頃から家にいないことが多かったもの、愛音がいるからそこまでさみしいとも思ったことはなかった。
いつもにこにこしていて怒ったことは1回もない愛音と話すと、自分まで心が綺麗になったかのような錯覚を受ける。
同じ空間にいるだけでも愛音が妹でよかった、と思うほどだ。
それくらい、心音にとって妹の愛音は、自分を保てる唯一無二の存在だった。
「あ、そうだ。友達と帰りにコンビニ寄ったんだけど、心音の分のアイスも買ったよ!」
「そうなの?ありがとう、愛音の分は?」
「愛音は帰りながら食べた〜。心音も食べなよ、って押しつけるわけではないけど」
「ううん、食べるよ」
アイスくらい食べても夕ご飯はお腹に入るだろうと思い、ちょうど小腹が空いていた心音は頷いた。
「で、なんのアイス買ってくれたの?」
「それは見てのお楽しみ!喜ぶと思う!」
愛音の返事に、カバンを壁の隅に置いた心音は、少しわくわくしながら冷凍庫の引き出しを開けた。
「……あっ」
「期間限定、瀬戸内レモンのアイスバー!どうよ!?」
「あー……やめておこう、かな」
「えー。せっかく買ってきたのに」
「ごめんね、あんまりお腹空いてなくて」
瀬戸内レモンの〝瀬〟と、瀬那の〝瀬〟が頭の中で結びついて食べる気力が失われたなんて、言えるはずもなく。
そんな心音が慌てて繰り出した言い訳を、唇を尖らせながらも愛音は「なら仕方ないー」と信じたようで、ホッとすると同時に罪悪感もわいてくる。
瀬那と玲亜にはあんなに嘘をついてきたのに、妹相手には少し言い訳をしただけでこうなる自分が、心音は少しおかしい。
そう思いながら心音は、手を洗いに洗面所へ向かったのだった。


