だが段々と、その日の出来事を思い出さないよう、脳をコントロールするのが上手くなった。
治まっていく生理痛と比例するように。
けれど生理になった日に、教室から出る心音の下着から漏れ出た血を拭かなければいけなかった分の嫌味を瀬那に言われた。
加えて男子たちの視線も痛かったが、それも燃え上がっていた炎が水をかけられて鎮火するよう、収まった。
だが、やっとナプキンが取れたその日。
愛音と顔合わせないように朝早くに家を出ることで、すっかり早起きが体に馴染んだ心音は今日も、世間一般的には登校するには早い時間に玄関へ向かった。
「こ、心音……おはよう」
だが、誤算が加わった。
愛音が後ろに立っていたのだ。
いつかの保健室前では何事もなかったかのようにいつも通りに話していたというのに、今の腫れ物を扱うかのような口調は愛音ではないかのようだった。
そのことに心音は、なぜだか無性に苛立って振り向いてしまう。
愛音の顔を見ないように始めた早起きなのに、この瞬間台無しになった。
だが心音がその考えに至る前に、愛音が続ける。
「あの、ね。心音に言いたいことがあるの」
おおかた、仲直りしよう、とかそういう類の提案だろう。
心音は呆れた気分で玄関のたたきに座り、靴を履き替えようとした。
「今日、利美に別れ話……する」
だが、さすがにそれは、無視出来ない内容だった。
自分の靴を引き寄せようとした、心音の手がピタリと止まる。
――え?
「愛音、心音のこと大好きだよ。この前散歩した時に『恋人が出来た』って報告したら、心音、自分のことみたいに喜んでくれたよね。飾らない祝福の言葉をくれて、報告した愛音も嬉しくなった」
いきなりなにを言い出すのか。
利美に別れ話をする、という報告も含めて驚く心音の前で、愛音はつらつらと言った。
そして言葉が途切れると、小さく、すっと深呼吸をする。
「愛音、心音の妹でよかったよ」
ドクン、と心音の心臓が音を立てる。
今までずっと心臓が凍結していたような、そんな気がした。
「だから、利美と別れる」
「……へぇ」
静かな声が出た。
だが今の心音は、その声色と同じで表情も冷え切っていることだろう。
「私のために?バカみたい……利美って子のこと、その程度でしか好きじゃなかったんだ。なのにこっちにかかる迷惑だけは大きいとか、やってられない」
愛音が傷ついた表情を浮かべた。
姉に再び汚い言葉を吐かれたからか、あるいは利美のこともけなされたからか。
心音は自分の最低な発言を自覚していたが、妹の傷ついた表情もなにもかも気づかないふりをして、止まっていた手を動かして靴を履く。
「……ごめん。本当は、違う」
その瞬間、心音はなぜか心がチクッと痛んだ気がした。
「本当は、迷惑をかけたくないから」
思わず愛音の顔を見上げていた。
「利美のこと、まだ……好きだよ」
「……」
「でも、利美が愛音と付き合って嫌な思いをするのは、嫌なの。絶対嫌っ」
「……」
「利美、噂が広まって絶対に嫌な思いをしてるから。だから、別れようと思う。それに……心音にも、これ以上嫌な思いをしてほしくないんだ」
靴紐を乱暴に結ぶと、心音は立ち上がれた。
扉に手をかける。
「だけどっ。いつも飾らない心音のことが好きなのは、嘘じゃないよ!」
心音は勢いよく扉を開け、外に飛び出した。
もう1秒たりとも、愛音の言葉を聞いていたくなかった。


