神獣後宮の宮姫〜後宮で神獣の蝦蟇さまのお世話をしていたら、帝に興味を持たれたようです〜

 蝦の宮には、寝殿造りの御殿と、広い庭に囲いがあって、そこにガマガエルが十匹ほど住んでいる。
「さて、まずはお食事ね。多邇具久さま。今日から宮姫となりました、翠です。どうか、主上の呪いをお解きくださいませ」
 蝦蟇の宮には、女房が三人あてがわれた程度だった。
 みな、ガマガエルなんて世話したくないのだろう。それ以上に、異国の目を持つ宮姫になんて。
「多邇具久さまはなにをお召し上がりなのですか?」
 女房のひとり、奈子が答える。
「虫や幼虫でございます」
「……む、虫や幼虫、ですか」
 奈子はひやひやした面持ちで翠を見ている。つまり、それらを調達するように、女房に命令するのではと思っているらしい。
 しかし、これしきでめげる翠ではない。
 翠は、もともと、男として育てられた時期がある。
 その時に、さんざん虫やら動物には触れてきた。
「では、私は虫を取ってきますので、多邇具久さまには、水を撒いて、お体が乾かぬように計らってください」
「宮姫さま!? しかし、宮姫さまが虫など!」
「よいのです。私自らお食事を作らねば、蝦の宮姫とは言えぬでしょう?」
 奈子が感激したように涙を浮かべている。
 翠は、庭の木の下に行き、木の棒で土を掘る。
 幼虫を何匹かと、ミミズ、それから、木の上にいた毛虫を捕まえて、茶碗一杯に集める。
「これくらいで足りるかしら」
 泥まみれになりながら、翠はガマガエルを囲う庭のほうに歩く。
 奈子が水をまき終えて、ほかの女房達は食事の支度をしていた。
「宮姫さま! そんなにお汚れになって!」
「いいのです。では、多邇具久(たにぐく)さまにお食事を。奈子さん、お箸をいただけますか?」
「宮姫さま。わたくしめに『さん』などお付けにならないでください」
「すみません。まだ宮中には不慣れで」
 奈子が恐る恐る翠に箸を渡す。
 翠は、幼虫を箸でつまんで、ガマガエルの前で動かした。
 ガマガエルは、生きた虫を食べるのだそうだ。だから、動かして食を誘う。
 げこ、とガマガエルが鳴き、べろんと舌を伸ばして虫を口に運ぶ。
「ひいい! おぞましや!」
 奈子は見ていられなくなって、食事を作る女房達のもとへと消えていった。
 ガマガエルは全部で十匹いる。
「多邇具久さま。まだまだご飯はありますので、みなさまごゆるりとお召し上がりくださいね!」
 べつに、ガマガエルなんて珍しくもなんともない。ちょっと大きいだけのカエルだ。
 よく見たらかわいらしいし、先ほど奈子が水をまいたから、肌が潤って心なしか上機嫌にも見える。
 翠は一匹ずつ丁寧に餌を食べさせ、早くもほかの宮には悪評が立つ。
 蝦蟇の宮姫は悪趣味だ。ガマガエルを従えて自ら虫を捕らえて神獣に餌付けする呪詛師だ、と。

 そのころ、帝は食欲不振に臥せっていた。
「主上。そろそろなにか召し上がりませんと、お体に触ります」
「いい。どうせわたしは、呪われた帝。死しても誰も困らぬだろう?」
 宮姫を信じられない帝など、あってはならない。信じてこそ、神獣の加護を宿せるというのに。
 それにあの新しい宮姫は、帝のことをなにひとつ『覚えていない』。生きていたと知り安堵したのは帝だけか。
「あれなら食べられる気がする」
「あれとは!? 主上、なんでもお申し付けください!」
「丸くて、もちもちして、甘い。小麦と卵の食べ物だ」
 しかし、そのようなもの、庖丁人(りょうりにん)に訊いてもまるで分らない。
 手探りで出された唐菓子を見ても、帝は見向きもしなかった。
「そういえば、宮姫さま」
「なんでしょう」
 翠が宮姫になってから一ヶ月が過ぎようとしている。
 女房の奈子は、ほかの女房と違って翠に心を開いてくれる唯一の人間だった。
 翠がガマガエルに餌をやるのを横で見るのにももう慣れて、奈子は翠に、
「来月の頭に、宮姫の集まりがございます」
「宮姫の」
「はい。四人の宮姫さまがそろうのは珍しいことなので、帝主催で宴席が。それで、そのために衣をあつらえませんと。十二単(せいそう)を」
「十二単?」
「さようです。祭祀用の色味のものを。あとは、舞も」
 宮姫には、基本的には由緒ある家柄のものが選ばれる。
 翠が選ばれたのもまた、父が大臣だったからである。
 しかし、翠はなにぶん、雛子に疎まれて育てられたから、舞などの教養はない。
 ガマガエルの餌付けには動じない翠が、さっと青ざめる。
「舞……私にできるでしょうか」
「えっと……でしたら、ほかの宮の宮姫さまたちと、ともに練習しますか?」
「え? できるのでしたら、そうしていただきたいです」
「……でもなあ」
 と渋るのは、きっと翠が青い目で、蝦蟇の宮姫だからだ。
 ここにきて一ヶ月、蝦蟇の宮姫というだけでどういう扱いを受けるのか、嫌というほどに思い知った。
 御殿に石を投げられるのは日常茶飯事。
 配達される米に石や砂利が混じっていたり、そもそもこの蝦蟇の宮に移り住んできた当初は、雨漏りはするし埃だらけだしで、つまり蝦蟇の宮姫は、宮姫であって宮姫ではない。
「無理にとは言わないけれど」
「いいえ。宮姫さまのためにも、奈子が一肌脱ぎます!」
 そうして、四人の宮姫の顔合わせの席が設けられた。