明かりを消したら守ってあげる


 結局、これが最後ということで忍先輩と一緒にもう一度プラネタリウムへ行った。
 昨日より長く、1時間近くは中にいられた。

(でも、怖かったな。昨日一人で寝た時よりももっと……)

 昨夜も怖かった。ずっとドキドキしながら耐えていた。
 だけどそのうち、藤倉の寝息が聞こえてきて。
 ああそうだ、すぐ隣ではなくてもここには藤倉がいるんだ──そう思ったら怖さが和らいで、それからしばらくして寝入ることができた。

(次からは一人で行こう。慣らしていけば、もっと長く中にいられるはず)

 そうして徐々に、平気な闇を増やしていくんだ。
 そして、できれば──

(この気持ちを、藤倉にももう一度、ちゃんと伝えたい)

 昼間はあんな別れ方になってしまったけど、お互いあまり冷静じゃなかった。
 忍先輩が言った通り、何かが噛み合っていなかったのかもしれない。
 もう1回、落ち着いて話したい。藤倉がどういう気持ちだったのかも詳しく聞いて、誤解があるなら解きたい。
 そう思って部屋へ帰ったけれど、そこに藤倉はいなかった。
 せっかく部活が半日だったんだし遊びに行ったのかもしれないと、その時点ではたいして気にせずにいた。
 でも、夕食の時間になっても藤倉は帰ってこない。門限を過ぎても、お風呂の時間帯になっても。

(え……外泊? でも明日学校なのに……)

 届けを出せば外泊もできる。とはいえ、そうだとは思えない。
 念のため寮監に藤倉の外泊が出ているか聞いたけれど、予想通り出ていなかった。

(ということは、寮のどこかにはいる)
(……もしかして、おれを避けてる?)

 その可能性に思い至って、一瞬目の前が暗くなる。

(なんで……もうおれとは、顔を合わせるのも嫌ってこと……?)

 怒っているように見えた。でもおれは、彼が何を怒っていたのかちゃんと把握できていないままだ。

(おれは、このまま気まずいほうが嫌だ。納得し合えるまで話したいのに……)

『あの子とは、ちょっと距離を置いたほうがいいんじゃないか』

 昼間の、忍先輩の言葉がよみがえる。

 そうなんだろうか。藤倉がおれと話したくないなら、そっとしておいたほうがいいんだろうか。

(でも、それで解決する? 噛み合ってないまま放っておいて、勝手にどうにかなる?)

 気まずいからってぶつかるのを避けて、このままぎくしゃくした関係が続いてしまったら?
 うわべの言葉だけでやり過ごすような関係になってしまったら……?

「……嫌だ」

 声に出して言って、おれは部屋を出た。

(探しに行こう。おれは、藤倉と話がしたい)

 まずは一番の心当たり、サッカー部の岡嶋くんと庵野くんの部屋に行った。2人は同室だと藤倉から聞いている。でも……

「おー、柏木じゃん。どうした、珍しい?」
「急にごめん。藤倉来てない? どこにいるか知らない?」
「いや、来てねーよ」
「どっか行ってんの? 悪い、わかんないなぁ」
「……そっか、ありがとう」

(違ったか……)

「他には……同じクラスの寮生とか……?」

 クラスメイトの誰が寮生で誰が自宅通学かなんて、あまりよく知らない。でも知っている範囲で部屋を訪ね歩いていく。
 ネームプレートを見て、もしやと思う部屋にも訪ねてみた。
 けれど、そのどこにもいない。

(もう心当たりないや……)

 それでも、あきらめて自室へ戻る気にはなれなかった。このままじゃダメだという焦りが足を動かす。

(人がいなさそうなところも探してみよう。こっそり隠れてる……なんてことはないかもしれないけど。でも、じっとしてるよりはいい)

 共用ルームは使用時間が決まっていて、22時頃に消灯される。いつの間にかその時間になっていて、気づけば廊下もずいぶん薄暗くなっていた。
 間もなく点呼が始まるから、寮生の大半はもう自室にいるだろう。
 藤倉も点呼には戻ってくるかもしれない。でも戻らないかもしれないし、一刻も早く会いたい。

「藤倉っ……」

 おれは廊下を走った。
 食堂。その隣のドリンクスペース。浴場。
 どこも使用時間を過ぎて消灯している。それでも中に入って、ぐるっと見回した。いない。

「藤倉、出てきてよ……!」

(喧嘩別れなんて嫌だよ。おれはこれからも友達でいたいのに)

 頼ってばかりじゃなくて、藤倉に対しても胸を張れるような。
 与えてもらってばかりじゃなくて、対等な。
 そんな自分で、藤倉の隣にいたい。

(藤倉が言ってくれたことやしてくれたことが、たくさんおれを支えてくれたから。だから、おれも──!)

ドンッ!

「ぶっ」

 廊下の突き当たりを曲がるところで思いきり誰かとぶつかって、おれは間抜けな声をあげた。盛大に鼻をぶつけた痛さで目を閉じる。

「……柏木っ?」
「えっ……」

 痛みも忘れて目を開けた。
 藤倉だった。目を真ん丸にして、呆けたような顔でおれを見下ろしている。

「ふ、藤倉!」
「おま、なんでこんなとこ……!?」

 同時に言ったので、ほとんど声が被さっていた。
 でも藤倉のほうが勢いが強い。おれの両肩を掴んで顔を近づけてくる。

「何してんだよ!?」

(何って、そんなの)

「探してたに決まってるだろ、藤倉を! すっごく探したんだからな!」

 こっちも語気が荒くなる。藤倉は信じられないというように何度か瞬きした。

「探してたって……けど……」

 言いながら周囲や、おれが来た方向に目をやる。
 つられておれも視線を動かした。そして、藤倉が言わんとすることを察する。

「暗っ……」

 ここも共用ルームしかない区画で、廊下の照明は省エネモードに入っている。
 並んだドアの、ガラス窓の向こうも真っ暗だ。その中には、さっき入ってみた談話サロンもある。

(え、おれ、この暗闇の中入っていったの……?)

 想像するとぶるっと震えがきて、思わず藤倉の腕にすがってしまった。

「……怖くなかったのかよ」

 おれを抱き留めて、藤倉は呆れたような、気の抜けた声を落とす。

「今怖くなった……」

 一度意識してしまうと、自分でも自分の行動がちょっと信じられない。普段なら絶対こんなことしようとは思わないし、できない。

「おれ、探すのに夢中で……藤倉のことしか考えてなくて……」

 そうつぶやくと、肩に触れる藤倉の指先にぐっと力がこもった。

「~~~~っ。あーっ、くっそ!」

 ふいに藤倉は、吐き出すように叫ぶ。腕が動いて、今度は手首を取られた。

「ちょっと、こっち」

 おれを引っ張って歩き出す。入った先は、すぐ近くのランドリールームだった。
 ここも22時までしか使えないので消灯している。

「ごめん、部屋まで待てないから。暗いのは大丈夫、俺がいる」

 小声で言ってドアを閉める。
 次の瞬間、壁に押し付けるようにしながら抱きしめられた。背中と腰に回った腕が、苦しいくらいにぎゅっと締め付けてくる。

「っ……? ふ、藤倉っ……?」

 ここまで時間にしたらほんの数十秒で、理解の追いつかない俺は抱きしめられたままぽかんとしていた。

(え……なんで抱きしめられてるんだろ、おれ)

 そして藤倉は、どうしてこんな感極まったようにおれを抱いているんだろう。伝わってくる心臓の音が、こんなに速いんだろう。

「どうしようか全然整理できてなかったんだけど、もう我慢できそうにないから言うわ」

 頭の上から、妙に観念したような声が降ってきた。

「俺、柏木のことが好きなんだ」

(は……)

 おれの頭は真っ白になった。声はたしかに聞こえたんだけれど、その意味がすぐには入ってこない。

(好き? 好きって……あの『好き』……?)

 藤倉の鼓動は相変わらず速い。つられるように、おれの胸を叩く音も徐々に加速を始める。

「好きだから、あいつに嫉妬しただけなんだよ。俺よりあいつに頼ってて、すげー仲良さそうなのか悔しかっただけ」

(あいつ? 嫉妬?)

「……忍先輩のこと言ってるの?」

 そろそろと問うと、藤倉はその名前を聞くのすら面白くなさそうにウッと喉を鳴らす。

「そうだよ」
「……嫉妬って。あの人は普通におれを可愛がってくれてる地元の先輩で……」
「だとしても妬くだろ。俺の知らない中学の時の柏木知ってるし、『ゆき』とか呼んでるし。俺じゃなくてあいつと出かけるし」

 言葉通り苛立ちまぎれに言って、藤倉は腕をゆるめた。
 右手がおれの頬に添えられる。熱っぽい瞳がまっすぐおれを見ている。

「俺は、あいつより俺に頼ってほしい。俺がおまえを守りたい。好きなんだ、柏木」

(ああ……本当にそうなんだ)

 目を見てもう一度言われて、今度はすとんと落ちた。
 藤倉はそういう意味でおれを好きなんだ。こんなに真剣な顔で言ってくれるくらい。
 ──だけど、気になることもある。

「でも……昨日の夜、一人でいたいって言ったのは……?」

(昨日はおれの傍にいたくなかった。それは間違いないよな……?)

 おそるおそる見上げる先で、藤倉は弱り切ったように眉をハの字にした。

「……あれも嫉妬で、まだ頭ん中がモヤモヤっていうかグラグラっていうか、とにかく冷静じゃなくて」

 目線が宙を彷徨い出す。薄闇でもわかるくらいに、頬が赤くなっていく。

「このまま近くにいたらムラムラして、勢い余って手出しちまうかも……とか、思って……」
「……っ!」

 今度はおれが息を詰める番だ。カーッと頭に血がのぼっていく。

「って、あっ、昨日は状況が状況だったからだからな!? そんな四六時中は盛ってないし! 普段はちゃんと理性あるから我慢できるし!」
「う、うん……」
「……あー。情けないこと言ってんな、俺」

 藤倉の肩はしょぼんと下がっている。大きな身体がいつもより少し小さく見えた。

「だから、昨日だけはごめんってつもりだったんだよ。けど、結局今日もまた嫉妬爆発して、あんな態度取っちまったから。なんかもう合わせる顔なくて、逃げてた」

(おれを避けてたのは勘違いじゃなかったんだ)

「どこに行ってたの? おれ、岡嶋くんたちとかクラスの子とかの部屋、けっこう探したんだけど」

「そこまでしてくれてたのか……。立場にもの言わせて後輩の部屋にいたわ。もう点呼だし、戻ろうとしてたんだけど」

(後輩くんか。そこまではわからないな、おれじゃあ)

「ギリギリまで雲隠れとか、しょうもなくてごめん」

「ううん、いいよ」

 おれは首を振る。なんの迷いもなく、心から出た言葉だ。

「藤倉がいなくなってくれたおかげで、おれもわかったかも」

(それに、藤倉の言葉を聞いて……おれにも、すとんって落ちてきた)

「おれも多分、藤倉のことが好き」

 落ちてきた言葉は、どこにも引っかかることなく自然と声になる。

「えっ」

 藤倉はこぼれんばかりに目を見開いた。やっぱり藤倉は、百面相かというくらいころころ表情が変わる。
 おれはそんな藤倉の顔を見ているのがとても好きだし、楽しい。

(これからもこういう藤倉を見ていたい。友達って思ってたけど、こんな気持ちになる相手、他には一人もいない)

 だからきっと、この気持ちは。

「訂正。多分じゃなくて、好き」
「うそ、秒で多分取れた」

 複雑そうに唇をむずむずさせる藤倉の顔がおかしくて、おれはつい噴き出した。

「ごめん。やっぱりそうだなって思ったから」

 さっき藤倉がしてくれたように、おれも思い切って彼の頬に手を伸ばす。
 指先でそっと触れた。肌はほんのりあったかくて、しっとりしている。

「おれも藤倉のことが好きだから、甘えてばっかりの自分じゃ嫌だったんだ。自信持って隣にいられるような男になりたかったんだ」
「……そんなの」

 頬に触れるおれの手に自分の手を重ねながら、藤倉は一度言葉を切る。

「だったら余計、俺にも手伝わせてよ」

 夜の空気の中、そう言う彼の笑顔は、やっぱり闇を晴らすお日さまみたいだなと思った。
 さっきのわずかな間の理由もなんとなくわかる。きっと、『変わらなくていい』とか『そのままでいい』という言葉をのみ込んだ間だ。

(おれの気持ちをちゃんとわかって、それに寄り添おうとしてくれてる)

「『頼る』と『甘える』ってイコールじゃないだろ。俺は、柏木が人に甘えてるとは思わないよ」
「……そうなのかな」
「そうだって。この数週間、毎日一緒にいた俺が言うんだから信じろ」

 バシッと、少し強めに両肩を叩かれた。

「好きな人の力にはなりたいじゃん。恐怖症も、俺と一緒にゆっくり治していこう」
「……うん」

(そうだな。藤倉がこう言ってくれるなら、信じてもいいのかもしれない)

 藤倉の言葉なら信頼できる。
 それに、彼がそう望んでくれるならおれも嬉しい。

「……よろしくお願いします」

 思わずぎゅうっと抱きつきながら言うと。

「任せとけ!」

 藤倉は、倍の強さで抱き返してくれた。